第十二話 メーレルハントの友情
まずは、メーレルハント元老院国について解説しておこう。メーレルハントは、西方大陸の国の1つである。北緯45度~57度が大陸領土の範囲である。高緯度であるが、偏西風のお陰で冬も比較的暖かく、非常に住みやすい気候である。
メーレルハントと言えば聖域区が特徴である。
元来この区画はフーテルの民の大監獄として作られた。しかし暫くの運用の末に、フーテルの扱う強大な魔術の前にはコンクリートと鉄格子による監獄の効果は無いと判断された。
為政者は、罪と罰により拘束をするのではなく、愛と自由により拘束をするよう方針転換をした。具体的には、フーテルには家と沢山の金を与え、外の人間には自由な出入りができるようにし、フーテルの物的充足を高めるように仕向けた。
結果、大監獄地域は政治・経済的重要性を高める結果となり、人々はそこを「聖域」と呼ぶようになった。
また、聖域内のフーテルにはあらゆる義務が免除されている。勤労の義務、教育の義務、納税の義務等。
教育の義務を制定した結果、聖域から沢山のフーテルが逃げ出したことから悪政と評価され、義務を免除する方針が取られている。
このように、メーレルハントはフーテルの民を逃さぬため、幸福度を上げる政策を行ってきた。
その思想が国中に蔓延し、今やあらゆる義務が形骸化して機能していない。
納税については、国が国内外に於ける大規模な経済投資を行うことで、配当金のみでの国の運営が成立するようになったため、義務は全国民に於いて免除されている。
また勤労については、配当の超過金で最低限の食費と家賃が支払われるようになったため、義務は形骸化。肉体労働はロボットがある程度を担うようになった。
教育については、一定の教養は必要とされているが、トラブルを起こし易い、つまり幸福度の下がる一対多の方針は忌避されるようになった。
メーレルハントでは元老院共和制が敷かれている。
王や皇帝を上には置かないのは議会共和制と非常に似ているが、元老院共和制は議会を置かないのが特徴である。議会を経ないため、独裁制に近い決断力の速さを実現している。
最初に元老院構成員が無作為に20人選ばれる。1ヶ月の間政治を執らせ、期間終了後辞任させたい相手を選挙で選ぶ。その後空いた穴が無作為に選ばれる。それから1ヶ月続投し、解任が繰り返される。
これと同様の形式の元老院が自治体単位でも存在する。
選挙用紙は普通紙1枚と複写紙の2枚によるセットで与えられ、1枚は選挙用に、複写紙の2枚は不正選挙対策の為に保管する。
そして、聖域に住むフーテルの民には選挙権が与えられていない。
さて、話を戻そう。
アピオと戦った後ノノは気絶した。
そうして、私とアチェトとルカで協力してノノを綺麗にし、アピオが清潔に整えたベッドに寝かせてあげた。
ノノは、暫くして目を覚ました。
アピオは台所へ行っている。3人はノノの部屋で彼女を見守っていた。
本当に、心配した。
「あはは、負けちゃいました。」
さっぱりとした笑顔を見せてきた。
そうして、ノノは語りだした。
「折角仲良くなった親友が奪い去られる苦しみを、もう二度と味わいたくなかったんです。だから、ご主人様を止めようとしました。」
「でも、ああ戦う必要は無かったじゃない!」
アチェトが声を張って言う。
「ここから出た人がどうなるか知っていますか。貴方達もニュースを調べてみれば分かります。聖域から出れば一人残らず、全員捕まえられるんです。逃げた子が殺されたというニュースもありました。貴方達にはそうなって欲しくない。だから、阻む者として怖がらせる為に、傷つけてでも出させない為に、また決意を試す為に戦を挑みました。」
確かに、聞いたことがある。
メーレルハント聖域区は住み心地がとても良いが、壁を超えるのは違法であるため、外へわざわざ逃げ出そうという輩はほぼ居ない。
だが数年に一度、逃げ出した人が即日捕まえられたというニュースは流れてくる。
「試したとは言っても、やはり、ご主人様には勝てませんでしたね。ご主人様の本気が見られなくて残念です。」
ルカは驚いていた。
「アピオさんは、本気じゃなかったんですか。」
「本気を出せばノノは死ぬ。」
扉の向こうには、林檎が盛られた皿を片手に持つアピオが立っていた。
「ご主人様。さっきはごめんなさい。」
「ノノじゃ私には勝てないよ。」
「はい……。」
アピオは、林檎を置いて出て行った。
横を向き寝たままのノノに語り掛けた。
「優しいご主人様だね。」
「はい。本当に……。」
ノノは、泣き出した。
どれだけアピオの事を敬愛していたのか伝わってくる、大粒の涙だった。
「ずっと、一緒に居てほしかった……。」
車中で、ルカと話をしていた。
やはり外に出るのが相当怖いみたいで「ごめんなさい」「出たくない」と何度も言っていた。
「私はアピオよりも強い。そして、私はルカちゃんをできるだけ守ってあげたい。」
ルカの瞳から、恐怖の感情がほんの少し薄れてたように思えた。
アチェトは「やることがあるから」と一人で走ってアピオ宅を飛び出していった。
仕方が無いので、私の部屋にルカを招いた。
「お部屋、綺麗ですね。」
「んー、ありがとう。あの馬鹿よりかは部屋を綺麗にしておきたくって。そうだ、夕食作るよ。あの窓辺の椅子に座っていて。」
「サリスさん、今日は私がご飯を作ります。」
やはり、ルカはまだ発音もぎこちないし、意図して簡単な言葉を選ばないと『解らない』という表情を浮かべる。
それでも、この世界にやって来て17日でよくここまで喋れるようになったものだ。
そうそう。私は時々アチェトの部屋に入って、ご飯を作っている。
ちゃんと見ておかないとすぐ野菜を腐らせるからだ。
「すみません、サリスさん。私が招かれた日に、アチェトさんと何か喋っていましたよね。どんな内容だったか教えていただけますか。」
「いいよ。」
まずはエレベーターでのお話から。
『ねえ、アチェト。この子は本当に信用できるのかい。』
『信用云々の前に、この子が野垂れ死ぬのを見たくない。』
『まあ、それもそうなんだけど。アチェト、どうなっても知らないよ。』
『あ、5階だ。』
部屋に入ってのお話。
『サリちゃーん、ルカちゃんが寛げるようにちょっと片付けといて。私はシャワー浴びてくる。』
『はあ。あの馬鹿。』
最後は、ベッドの縁でのお話。
『ルカちゃん、意外と可愛いかも。』
『ね、ね。気付いてくれたんだね。』
『ルカちゃんの為に部屋を片付けてたら、一緒に片付けてくれたんだ。』
『客人に部屋を片付けさせるなんて、酷い。』
『お前が言えることか。私だって客人だぞ。』
『あっ、そうか。ごめんね。明日朝ごはん作ってあげるから許して。ルカちゃんと3人で食べようね!』
『うん、許してあげる。不味い物体は作らないでよね。』
『あはは、勿論。そうだ、ルカちゃんシャワー浴びて服着替えてなかったから、明日買ってきてあげて。』
『もう、アチェトが行って来なよ。』
『私は朝食作るの。』
私は、覚えている限りの話をルカに伝えた。
そうすると、ルカが近づいてきて私を抱きしめた。
「サリスさん、大好き!」
「は!?いきなりどうしたの!」
驚き、観葉植物に肩を当て倒してしまい、土を零した。
「サリスさん、友達になっていただけませんか。」
「もう友達でしょ。」
ルカは、笑顔を見せた。
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