第九話 懸念

 アピオの家へやって来た。ノノは出掛けていた。

「それで、どうして私の家で。」

「そりゃあ、一番広いからだよ。2階建ての綺麗なお家。お菓子も美味しい。」

「はあ。」


 ルカとアチェトと私は、木の椅子へ腰かけた。

「で、何が言いたいの。」

 アピオが紅茶とクリームが内に込められたドーナツを持ってきて問う。

「アチェトにも説明するね。ルカちゃんは、この世界へやってくる時に見失ったお友達を探し出して、元の世界へ戻りたいんだって。」

「私も手伝ってあげようか!」

 アチェトがいきなり口を挟んできた。やっぱりこの馬鹿は何も考えていない。


 とりあえず、ルカが手伝いを求めていることを伝えた。

 ルカはというと、紅茶やドーナツには手を付けず、私達の議論の動向を見守っているようだった。


 アチェトは、二週間と少しの間ルカと楽しく過ごした仲だとして、何も考えずに「助けたい」とか言っている。

 ルカを元の世界へ送り届ける方法を知らないことと、故に各地で情報を集め旅をする必要があることを伝えた。

 それでも「助けたい」とか言ってるので、とことん馬鹿だと感じた。


 アピオは、何も言わなかった。

 ルカを助けたいかどうかをアピオに向かって聞いてみた。特に興味がないと言っていた。


 メーレルハント聖域区。世界の中心と呼ばれるに相応しく、この大地の上には様々な情報たちが駆けつける。それらは恐ろしくも底知れぬ、夜の大海のごとき私の興味を長らく満たし続けていた。

 しかしながら、この地で手に入る情報のいずれにも、ルカのそれに似た体験談は無かった。私は、未だ何も知らない事を思い知り、私の興味の器は更に拡がってしまった。

 私は、私の為に旅をしたい。

 ルカと一緒に情報を集めれば、新たな物たちを沢山見知る事ができるだろうから。


 そう言うと、アピオが「じゃあ私も行きたい」と言ってきた。

 心から興味が無さそうにしていたのは如何どうしたんだよ。


 3人の話が少し聞き取れたようで、ルカは顔がほころんだ。

 そうしてどのように旅をするか、どこへ向かうかという話へ変わった。

 悪巧みをしているようで、楽しい時間だった。

 この楽しい時間の最中、ノノが帰ってきた。


「ご主人様、皆さん。聖域区から出ようとしていらっしゃるのですか。」


 話の欠片が聞かれていたのか、帰るなりこう言い放ってくる。

「ええとね、ノノちゃん。」

 とりあえずどう誤魔化そうか。適当な事を喋ってやり過ごそうとしていたのを遮り、ノノは言い放つ。

「聖域区から許可無しに出ることは法で禁止されています。どうしてそこまでして外に出たいのでしょう。」


 ノノの手が震えて、歯軋はぎしりをしているのが見て取れた。買ってきたであろう林檎が1つ、袋から零れ落ちた。

「解りました、ルカさんの故郷探しというわけでしょう。アチェトさんの思いつきそうなことです。大体ルカさんは、何処から来て何を目的にしてるのかも理解不能です。言語も通じません。こうは考えないのですか、【いように利用されている】と。」

「やめてよ!ルカはそんな悪い人じゃない!言葉も教えた!これ以上言うなら怒るよ!」

 咄嗟にアチェトが言い返したが、遮って話し続ける。

「そもそも皆さん、歴史はご存知では無いのでしょうか。フーテルの民が、ルーテルやクーテルの支配の為に攻め入っては、国を何度も滅ぼした歴史を。しばらくの平和ゆえ今では余り聞きませんが、フーテルの民たちへの差別は長く続いてきたようなんです。差別が根深い地域もあるでしょう。ルカさんはかく、それ以外の3人は出てはいけません。」


 やめてくれ。それが懸念だったんだ。

 ここで良い生活ができているのも、ここから出たら暗殺される可能性が十二分とあることも、全て私達フーテルの民への恐怖心ゆえである。

 山盛りに積もった恐怖に基づき組み立ったのがこの「聖域区」という、開放的な監獄である。

 では、その恐怖に心が捻じ曲げられた人々は、私達を見れば如何に思うだろうか。

 情報を話してくれるどころか、逃げられ、はたまた通報され、最悪は殺されるだろう。


「でも、出てみたい。」

 好奇心が人を殺すとは、とても良く人間そのものを言表している。私も知の探究故に身を滅ぼそうとしているのだろう。アチェトも続けて言う。

「私もルカの助けになりたい!」


「あのですね、なんでそう言って私を困らせるんですか!私は、貴方たちに、貴方たちに……!」

 目を見ると涙を浮かべていた。

「死んで、ほしく、ないんですよ!」


 こんな感情的なノノを見たことがあるだろうか。

 ノノは人付き合いが苦手だ。故にアピオとも殆ど喋らない。そんなノノが泣き出しそうに言っている。

 彼女は、普段は物静か、大人しくそして涙一つ浮かべないしっかり者だ。それがこうも涙を浮かべる様相で、特段と取り乱していることがはっきりと見て取れる。


「ご主人様!貴方はどうなんですか!」

「サリーが行くから、私も行く。」

「死ぬかもしれないんですよ、そんな理由で良いんですか!」

「良い。」

「他者に流され、それを理由に行動し、死ぬ。最悪な死に方ではありませんか!私にはえられる気がしません!ご主人様、私は絶対に認めませんよ!」


 ノノは、大泣きしながら叫んだ。

「私と戦いなさい、アピオ。アピオ・パルセロート!気絶させてでも、動けない体にしてでも、聖域区から出させやしない!」


 ――私は竜使いの末裔、ノノ・ノスカーテャ。おまえを、阻む者だ。

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