第七話 魔導書B

 ルールやマナーとは、自由を縛るものである。

 それが人々に平和と安心を与えようとも、社会に必要なものだとしても、それは自由を縛るものだ。


 魔法。それは物理法則を超越するものとして、ある種の自由を感じるものである。

 実際御伽話おとぎばなしの中では鍛え抜かれた肉体や鋼鉄の鎧に勝るものとして、またはペンは剣よりも強しの象徴として、魔法の強大さと自由さが描かれている。

 だが本当の世界は物理法則がたった1つでも崩れれば、世界の存在ができないようになっている。

 例えば重力。それが崩れてしまえば惑星や恒星の存在ができなくなる。故に生物も存在できない。

 認識者の居ない空間で世界が存在していると言えるだろうか。私は、そうは言えないと思っている。

 この世界も、物理法則がある種のルールやマナーとして、自由を縛っているのである。

 故に私は、魔法は存在しないと思っていた。


 流石に覚えたての異言語で長い文章は聞き取りにくい。

 それ故、サリスが短く区切って教えてくれるのがありがたい。

 黒髪で大人びた長髪の女性が、プラメンティ。

 気品があるが、それは色気というよりも清楚さに近い。

 サリスがゆっくりと「Uol ew ladi-ruuternok tiol.」と喋った。

 直訳すると、彼女は一歳年上の私、である。サリスよりも年が1コ上なんだな、と理解できた。

 まあ、読ませる為の書物で、わざわざ地球上に存在しない言語の文を記しても意味が無い。日本語で書いたほうが良い。


 ピオーナという可愛い少女も紹介してもらった。背はアピオくらいか。年齢は聞き逃した。

 しかし可愛いとは言え、可愛さ美しさ共に、質はアピオの方が断然上である。

 

 今日は意外にもサリスとアチェトがバラバラになった。

 アチェトがピオーナにアチェ姉と呼ばれつつ、手を引かれていったからだ。サリスに聞いてみた。

「アチェトさんとピオーナさんは姉妹なんでしょうか。」

「ん。ピオーナちゃんが勝手に姉と呼んでいるだけだよ。」


 アピオがちょこちょこと付いてきた。サリスはいつもの3階吹き抜け近くに座り、アピオはサリスの隣に座った。

 最近では、国語辞書らしきものを引いて言葉を調べられるようになってきた。

 サリスの持っている難しそうな本のタイトルも読めるだろう。

 どれどれ、と辞書を引いて解ったのが「質量作用属性 プログラム魔術教本」だった。

 少し驚き「魔術……?」と呟いたところ、サリスが「興味あるのかい。」と言ってきて、すくっと立ち上がった。

 席に座ってから5分後のことだった。


 どこへ向かうのかと思えばエレベーターだった。

 いつもは階段で登り降りるが、5分と少しで再び階段を使うのは怠い。

 ちょこちょことアピオも付いてきた。可愛い。

 腕を強引に掴まれた時は恐怖したが、アチェト以外とは殆ど喋らないのを見るに、ただの内向的な少女だったのかなあと感じた。


 そしてエレベーターに乗ると地下へ向かった。

 コンクリートの地下には廊下が伸びており、防音室のような所や屋内射撃場のような場所があった。

 空いている射撃場に入り、サリスが手を伸ばした。

 瞬間、数秒と青色のレーザー光が掌から放たれた。


 え……。こわ。

 今すぐにでも逃げ出したい気持ちを抑えて、わあすごい、と褒めておいた。

 サリスは楽しそうだった。アピオは無表情だった。


 とりあえず物理法則の大原則として、質量エネルギーの等価性と、殆どの粒子は質量を持っているという事実を頭の中から引っ張り出す。

 目の前で起こったこれはどういうことだ?

 うーん……。わからん。なにせ私は文系だ。

 セリナなら魔法という物理現象に興奮しそうだし、何かしら解き明かしてくれそうだ。まあ彼女も文系だが。


 でもなんだか興味が湧く。サリスの持っていた魔導書を奪い取って、まるで英文の定期試験の様に血眼になり、慣れぬ文章を読んでみた。

 一切関係の無さそうな魔法陣は放っておいて、とりあえず解りそうな数式の場所を見る。

 暫く格闘した上で、やはり意味が解らないということがよく解った。

 まず、定義ができないであろう「÷0」が堂々と文中に書かれている。

 数学Ⅱに確か微分とか積分が出てくるんだっけ。あそこで使うのかなあ、ゼロ除算。


 サリスは楽しそうに、なんだかよく解らない魔法を使っている。

 呆れながら、冷たいコンクリートの床に体育座りをしたら、隣にアピオも体育座りをして言った。

「魔法、見たことないの?」

「はい……。」

「サリスの魔法、キモいよね。」

「そうでしょうか……?」

「引いてたじゃん。まあ酷い時には指先に五本指を生やして驚かせてくるから。あいつ。」

 変な言葉をアピオが喋る。どうせ何かしら間違えて解釈したんだろう。

 だがふとアピオの指を見ると、それぞれの指先から掌のように指が生えていた。気持ち悪過ぎた。

「こういう感じ。」

 こういう感じ、じゃないがな。


 サリスは誇らしげに「見てた~?」と言っていた。

 見てはいなかったが、見たと言っておいた。

 サリスが、これまでにない程活き活きとしていた。

 活きのいい彼女に手を引かれ、3階へ戻る。1つ階段を登るだけで椅子と机は有ろうに、わざわざエレベーターで3階まで戻された。

 聞いてもいないのに古典力学とか、微積分とか、はたまた0除算とかの講義が始まった。いやせめて魔法について教えろよ。

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