第六話 魔導書A

 アチェトがルカに対して、どうしてそこまで良くするのか理解が出来ない。

 だから気になって聞いてみた。

「アチェト。なんで見ず知らずの、それも言語が伝わらない人にそこまで良くするんだい。」

「いやあー、そんなこと言われても。仲良くなってみたいから、かな。」

「もしそれをルカが嫌がっていたら。いきなり言葉を教えるのも不快かも。」

「だったらね、頬杖ほおづえをして聞き入ってはくれないと思うんだ。」

 確かに人をようく観察している。それは素晴らしいことだが、親切の理由に「仲良くなりたい」と言う彼女はやはり馬鹿である。理由を聞いても無駄であった。だがそんな気紛きまぐれで、私やアピオが、アチェトと友になれたのは事実である。


 皆を惹きつける明るさと優しさを持った、何も考えない馬鹿。それがアチェト。

 いつもはそう感じているが、時々不可解な行動を取る。

 メーレルハント中央図書館でもそうである。

 まあ「馬鹿だから」の一言で済ませてしまえばいいのだが、数日に一度、小一時間図書館のどこを探してもアチェトを見つけられない時がある。

 一度気になり館内でストーキングをしてみたけれど、本棚の間をするすると抜けて見失ってしまう。

 もしかしたら何かがあるのかもしれぬと、たまに興味が湧いてしまう。


 少し前のある日、ピオーナが私の傍に来て言う。

「アチェ姉ちゃんは居る?」

 ピオーナは、私より2コ年下の女の子だ。

 名前のつづりが読み方と違うため興味を持ってしまい、出身を聞いたところ、口をつぐまれてしまったことがある。

「待ってたら出てくると思うよ。」

「そっか。サリちゃん、一緒に待ってくれる?」

「んー、良いよ。でも余り喋らないから許してね。」


 別にネットで情報を集めても良い。しかし本はネットとは違い、プログラムを実行できる点が強い。

 ウェブページやソフトウェアを作るために言語を用いてプログラムを成すように、複雑な魔術を魔法陣上にプログラムとして成すことができる。

 組み上がったプログラムは、コードを眺めたり実行するだけでも参考になるものである。


 スマホに魔法陣を映しその上からマナをなぞらせれば良いのではないか、と思うこともあったが、これは不可能である。

 夏場にスマホを使っていると、いつの間にか画面が高温になっていることがあるだろう。

 スマホ画面は、白と黒どちらも同じように光を吸収する。つまるところ電源を切った状態、すなわち画面全体が黒色として光を吸収しているのである。

 しかし魔法陣にいては、それを認識する条件として、紙色とインクの光の反射率の差が大きく関わっている。

 そのため、スマホ画面上では魔法陣の起動が不可能なのである。

 プリンターを用いろ?

 ――印刷に至るまでが面倒臭い。


 そういった経緯で、多くの人々が図書館を利用している。

 解析する際に実際にマナを流してプログラムを実行し、着想やアイデアを得る。私や利用者の多くが行っていることだ。

 だが場所を考えないと本や周囲に被害が及ぶ。所々傷付いている魔導書が多いのはそのためである。


 私はただの興味で、魔法学と数学の専門書をよく読みに来ている。

 3階吹き抜け傍のいつもの席でピオーナに向かい座り本を読み、時々ピオーナに目をやる。

 ピオーナはどこかで買ってきた炭酸飲料を美味しそうに飲んでいた。図書館で飲食はやめてくれよ。


 そうして30分程待っていると、アチェトがやって来た。

「わあー!ピオーナちゃんだ!」

「ここに来れば会えるかもって思って。明後日プラム姉と映画館行くんだけど、一緒にどう?」

「行く行く!何の映画?」

「最近ちょっと話題になってる、……。」

 アチェトの交友関係の広さにはよく驚かされる。そうして驚いていると、私を置いていつの間にか図書館を出て行ってしまった。

 車が無いと、帰宅に2キロ程歩く必要が出てくるのが本当に怠い。あの時は急いで追いかけ車に乗った。

「消えて何していたのだい」と聞いたら「トイレ行っていた」と言う。下痢か生理か、――まあ、あれ程頻繁に生理は無さそうだが。

 いきなり消える様な馬鹿で身勝手なところは、たまに不審さも感じる。本当に直してほしいと思った。


 今日も、ルカとアチェトと図書館へ向かった。

 最近のアチェトはルカに付きっきりなので、いきなり消えたりすることもなくなった。

 アチェトは毎日、ルカの分の料金を払って図書館に入っている。

 ルカが居なければ聖域民証のみで良いんだけれど。


 図書館に通い始めて16日目。今日はアピオに加え、ピオーナとプラメンティも居た。

「あ、サリーとアチェ。」

「アピオちゃーん!」

「やっぱり帰ろうかな。」

「そんなあ!」

 いつも通りアチェトがあしらわれている。それを見て笑っていると、プラメンティがやって来て聞いてきた。

「サリスさん、こんにちは。隣の方は?」

「こんにちは。この子は、ルカって言うんです。」


 ルカに二人の事を説明してあげた。

 ピオーナは、さっきも述べた通りガキである。少し紫っぽく見える灰髪が特徴だ。

 一方プラメンティは、私より1つ年上である。余りどういう人かはよく判っていないが、大人びている気がするので敬意を払っている。

 ――ルカへ説明する際、ガキ、と言う言葉は使っていないが。


「ええ、私ってそんなに大人びてますか。あのう、もしかしたら怖がらせちゃってたかも。そうでしたらすみません。ルカさんですね。よろしくお願いします。」

 プラメンティとは余り話したことが無かった。しかしいざ話してみると、なんだか凄まじく上品で威圧されてしまった。

 ひー。上品系、こわ。

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