第三話 奇妙なむすめ

「アピちゃーん。遊びに来たよ!」

「あいつら。また来た。」

 馬鹿がアピオ宅のインターホンに突撃した。数日ぶりにここへ遊びに来た。


 私は、ただいたずらに退屈な毎日を過ごしていた。今日もまた何かしらの変化を欲して生きる。

 この世界については、あまり良く知らない。

 興味は、少しだけある。

 色んな人に聞いても、世界の全てがこの都市へ集まるため、都市から出ても何も手に入らないと言われる。

 実際ここで住んでいて生活に不自由をしたことも、強烈な不快感を催したこともない。


 アピオが戸を開けた。

「サリー。アチェ。遥々はるばるいらっしゃい。」

 嫌味そうに言う。

 彼女はアピオ。珍しい髪色である、緑髪が美しい少女である。

 私と同い年であるが、少し背が低く童顔であるため子供らしく見える。

 あまり人付き合いが得意ではなく、また表情も殆ど出さない。

 嫌味そうに言うのは、がやがやと騒がれるのが苦手だからだろうか。


 インターホンに突撃した茶髪の馬鹿がアチェト。同い年だ。

 アピオのことをよく気に入っていて、しばしば家へ遊びに行く。

 そりゃあ、小さくて幼気いたいけで可愛いのが彼女だから、良くしたくなるのも分かる。

 だが、アピオが嫌味そうに話す理由の候補に挙がる程、べたべたと絡むのもアチェトである。

 この行為を愚かと言わずして何と言おう。

 

 そしてこの愚かに付き合う私こそ、サリスである。

 何を書けばいいか解らないが、とりあえずただの平凡少女であるとでも書き記しておこう。

 さらさらとした金髪が自慢だ。よく目に掛かってはいらつくが、伸ばしたくて伸ばしているのだから仕方ない。


「アピオちゃんこんにちは。この馬鹿がいつもお世話になってるね。今日はケーキを持ってきたんだ。」

「ん。ありがとう。」

 不愛想ではあるが、そういった点が幼くてかわいい。


 遊ぶと言っても、好きな本を持ち寄り読み感想を言い合ったり、モニターに映画でも流したりして、スナック菓子をむさぼるだけである。

 そうやって、今日もぐうたらと過ごそうとしてやって来たが、奇妙な娘が居た。

 いや、風貌は特段奇妙という訳でもないが、普段見知らぬ者を招き入れることすらないアピオが、家に見知らぬ黒髪少女を招いていた。

 

「この子、誰?」

「知らない。」

「へえー。」

 アチェトは不思議そうに黒髪少女を覗き、何かを企んでそうな、不敵な笑みを浮かべた。

 

 黒髪少女は繕った笑顔こそ見せていたもの、縮こまった様子でリスの如くクッキーを小さく齧っていた。

 アチェトは、そこまで縮こまらなくても大丈夫、と伝えたが、更に縮こまった。

「この子、言葉が解らないみたいなんです。」

 ノノがそう囁いた。

 ノノは、アピオ宅の従者として雇われている、白髪の少女だ。私より年下である。

 アピオ程ではないが人付き合いが苦手だ。しかし、所々笑顔を見せたり優しくしてくれたりするので、意外と接しやすい。

 また私たちが遊びに行くと時々話し相手になってくれる。そして従者らしくしているところを見たことが無い。今日は黒髪少女に向かいあい紅茶を飲んでいた。


 そこに居るは不思議な黒髪少女。アピオいわく、何を目的にどこからやって来たのかが、全く見当が付かないと言っていた。

 翻訳ソフトを使っても翻訳不能な言語で、コミュニケーションに困っているという。

 元々絶望的にコミュニケーションを苦手としていたアピオが、言葉も通じない相手とのコミュニケーションに困るのは仕方がない。

 そう思っていたら、アチェトが黒髪少女に向かって話しかけていた。

 自身と三人に向かって一人一人指差し、「私が、アチェト。この子が、サリス。この子が、アピオ。この子が、ノノ。」と伝えた。


 黒髪少女は、指を差し返して名前を呼応した。

 少し間違えてたのでアチェトが訂正した。アチェトは物凄く楽しそうにしていた。

 アチェトと黒髪少女の間で、しばらく私たちの名前を呼応し合い、はたから見たところ二人が少しずつ打ち解けてゆくように感じられた。


「君は?」

 アチェトが呼びかけ指差した。

「ルカ……。スミダ、ルカ。」

「ルカちゃん!ルカルカルカルカ!」


 私だったら言葉も解らない、翻訳も利かない、そんな場所で外国人たちと絡むのは物凄く怖いと感じる。

 いきなり挨拶で殴打されるかもしれない。槍で突き通され煮て喰われたらそれこそ一巻の終わりである。

 実際、黒髪少女、ルカが感じているのもそんな感情だろう。

 だからこそ、アチェトの底なしの明るさには救われる所があると思う。

 何を言ってもへこまない、何を言っても怒らない。そういった人に対してなら、言葉が解らなくても信頼できる。


 アチェトが指差しながら、ルカの肩を掴んで所々動き回り、最後は一緒に映画を見たりポテチを貪ったりしていた。

 私はアピオやノノと本を読み合っていたが、何だか羨ましくなり、私もルカの隣へ行き映画を一緒に見た。

 アピオはと言うと、うるさいからか、羨ましそうな様子もなくただ眉をひそめていた。


「ルカちゃんはどうするの?」

「ベッドやお金みたいな絵を紙に描いては、ぐしゃぐしゃと打ち消すように塗りつぶしてた。多分泊まる場所やお金も無いんだと思う。」

「だからアピちゃんが泊めてあげるって感じかあ!」

「そうだよ。なんか文句ある?」

 帰り際、アピオとアチェトが話していた。


「えー帰りたくないー。私も泊まってルカちゃんと過ごす!」

 それに対しアピオは鬱陶うっとうしそうな声で言う。

「そんなにルカと過ごしたいなら持ち帰ればいいよ。」

 乱暴にルカの腕を掴み、アチェトに押し付けた。


 夕暮れ。アピオに別れを告げた。ルカはというと、結局持って帰ることになったみたいだ。

 ルームミラーを覗くと、車の後部座席でルカは再び縮こまっていた。

 アピオが乱暴に腕を掴んだり、鬱陶うっとうしそうに話していたからだろう。可哀想に。

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