猫とツナ缶

昼行灯

1話でさっくり完結

 ツナ缶という食べ物がある。


 ツナ缶とは、キハダマグロをフレーク状にして食用油に浸した保存食にもなる缶詰のことだ。最近では油分が少ないヘルシーな種類もあるようだが、サラダにも卵焼きにもチャーハンにも合う、ご家庭の食事に優しいツナ缶を知らない者は現代日本では少ないだろう。

 今やコンビニでも手に入るメジャーなツナ缶だが、猫がいるとツナ缶はただのツナ缶ではなくなる。


 戦いのゴングになるのだ。


 ツナ缶のツナはもちろん魚である。魚は猫の好物である。本質は肉食獣でも古来から海に囲まれた環境で生きてきた和猫は魚好きが多い。その遺伝子は現代にも受け継がれて来ている。

 しかし、下僕用に製造されたツナ缶は猫には油分が多い。たとえカロリーオフのツナ缶でも、猫に合わせたわけではない。猫には猫用の缶詰があり、ツナ味もある。


 そう、猫缶にもツナ味があるのだ。


 つまり猫はツナの味を知っている。風味も知っている。そして嗅覚は下僕の数万~数十万倍あると言われる鼻の持ち主だ。ツナ缶をキキキッと開ければたちまちバレてしまう。

 バレたら最後。

 こたつの中にいようがキャットタワーにいようがベッドで寝ていようが一陣の風となって飛んできて下僕に圧をかけ始めるのが猫である。


 キッチンに立つ下僕の背後から。

「にゃーにゃーにゃー」


 足元に擦り寄りながら。

「にゃーにゃーにゃー」


 立ち上がって下僕の服に爪を引っ掛けながら。

「にゃーにゃーにゃー」


 諦めません。もらうまでは。


 と、言わないばかりに根性を見せてくる。また困ったことにこの絶え間ない圧に下僕は負けるわけにはいかない。体に悪いとわかっている食べ物を与えては下僕の名が廃ってしまう。

 圧に屈しず、3次元を駆使して伸びてくる手や顔や口からツナを守り完食する。下僕の食べ物を狙う愛らしい手との戦いに勝利してこそ下僕になれるというものだ。

 ツナ缶を開ける度に繰り広げられる好物を賭けた戦いは、なんならフルーツ缶でも乾パンでも発生するようになる。猫にとって缶詰は缶詰だ。中身の厳選は後回しである。そして猫の生涯の間に幾度となく繰り広げられる防衛戦は、いつしか下僕にスキルを習得させる。


 立ち食いスキルと早食いスキル。

 この猫の巧みな技術を回避するための重要な二つのスキルを利用して。

 今日もまた下僕はツナ缶を開けるのだった。

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猫とツナ缶 昼行灯 @hiruandon_01

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