END

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「…歳は、いくつなの?」

「……二十二歳だ」


Colonelくんは中々顔を合わせてくれなかった。

…まあ、あんなことがあったすぐ後じゃ、普段通り居られる訳もないだろうけど。


「そうなんだね

俺の方が歳上になっちゃうけど、遠慮なく呼び捨てで呼んでね」


俺はなるべく微笑みながら彼に話しかけた。

…割と、無茶なことをしていると思う。

それも急で、勝手なことだとも思っている。

これから犯罪者として扱われ兼ねない子を突然保護するだなんて。

…だけど、一度彼の運命を見てしまった俺は、

とてもじゃないが見て見ぬフリをすることなんて出来なかった。

…、俺も、自分勝手だったかもしれない。


「…急にこんなところ連れて来られていい気する訳ないよね、ごめんね

でも、絶対に不満のない居場所を用意するって約束するから」


時刻は二十三時を回る。もうすっかり夜だ。

隊員達ももう寝静まっている時間で、基地の中で起きているのは恐らく俺とColonelくんと、後は基地内の見回り係の隊員だけ。

色々あった中疲れていることだろう、あまり長くは起きていて欲しくない。


「……いや

…どうせ、この後行く宛もなかった。それよりかはマシだ」


…ずっと気分が悪そうで、声が小さい様子だ。

俺のこともまだ信用し切れていないだろうな…、なるべくストレスにならないように早めに此処がいい場所だと分かってもらいたい。

…話したいことは沢山あるけど、

とりあえず、今日はもう寝てもらおう。


「…夜遅くまで付き合わせちゃってごめんね。まだまだ話し足りないんだけど、

今日はもう疲れてるだろうし、とりあえず寝よっか

…色々怖いことばかりで信用もまだ出来ないかもしれないけど、そこは大丈夫だよ

ちゃんと君が寝れる部屋もあるんだ。今から案内するね」


俺はColonelくんを部屋まで案内した。

…Colonelくんから暗い雰囲気はまだ抜かなかったが、言うことを聞いてくれなかったり、完全に心を閉ざしている訳ではなさそうだった。

それだけでも、十分に嬉しかった。

話が出来ない状態だと中々どくすればいいか分からなくなっちゃうけれど、会話が出来るのなら俺も行動しやすくなる。

…とりあえず、恐怖心を抱かせないようにしないとな。


「ここだよ

居心地が君に合うといいんだけど…、

…明日は、起きたらまたさっき部屋までおいで

そこでこれからのこととか色々話したりしたいから

…、あまり眠れなかったらごめんね

じゃあ、また明日ね、おやすみ」


それだけ言い残して、俺はColonelくんが寝る部屋から去った。

少しあまりにほったらかしな気もするけど、これでいい。

いきなり沢山話しすぎて鬱陶しがられちゃっても嫌だし、今の時点で沢山彼に踏み込むのも、彼にとっていい気はしないだろうから。

…もしかしたら、寝たら少しは元気になれるかも知れないし。

とにかく、これからのことは明日彼と決めていくとしよう。

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「急な話になるけどね、

昨日の夜、みんなが寝た後、実は此処に保護した人が一人いて

ちょっと見てたらほっとけなくてさ、これから此処で匿うことにしたんだ

…歳は、二十二歳って言ってたかな。結構若い子だよ」


俺は朝みんなを広場に集め、Colonelくんのことを伝えた。

…急なことになっちゃったけど、みんな許してくれるといいな。


「だから、皆んなには彼に優しく接してあげて欲しくて

早く此処が安全な場所だって気を許して欲しいしね、…彼は行く宛がないみたいだから

ここで少しでも居心地良く過ごしてもらえるなら何よりって思うよ

…まあ、ただメンバーが一人増えたみたいなものだよ

詳しい話も追々話そうかな。突然な話になっちゃってごめんね、

気になることあるようなら個人的に俺に訊いてくれてもいいし、でも基本的に彼とコミュニケーションをとって上げて欲しいな

名前も敢えて言わないでおくね、本人に訊いてみて、

…彼はね、今はまだ寝てると思うよ

そのうち起きて歩いてると思うから話しかけて上げてね」


一通り話し終えると、俺はまたみんなの前から去った。隊員達は俺の去り際に礼儀正しく敬礼をして見せる。

…隊員達の様子を見てても、思ったよりも疑問を持ってそうな子はいなかったな。

本当みんな物分かりが良くて助かる。俺も行動がしやすい。

さっきの説明でも、あまり詳しいことは話さなかった。

まあ、話すと長くなっちゃうだろうし、みんなには是非自分達でColonelくんとコミュニケーションをとって関係を深めて欲しいと思ったから。

恐らく、今までの様子を見てると大丈夫だとは思うけれど。

…上手く馴染んでくれるといいな。

Colonelくんも、少しでも隊員達と仲良くなれたなら幸いだと思った。




自分の部屋へ戻り少し作業をしていると、

Colonelくんがそっと部屋を開けて中を覗き込んできた。

どうやら、目が覚めたようだ。


「あ、おはよう

目が覚めたんだね、寝心地は大丈夫だった?」

「……、まあ」


まだはっきりとしない返事であったが、不愉快そうな表情はしていなくて安心出来た。

俺もそんな彼に対して優しく微笑みかける。


「いいよ、中入って

隣までおいで。話したいことが沢山あるからね」


Coloneくんは部屋に入って少し様子を見た後、俺の方へとやって来る。

俺が自分の席の隣に椅子を用意してやると、少し遠慮気味にそこは座った。


「…話なんだけどね

俺達、これから君をここで保護したくて。要は匿いたいんだ

衣食住も揃えて、苦のないように俺達と一緒にここで暮らせたらどうかなって思ったんだけど」


…、しまったな。

Colonelくんの考えを全然聞けていなかった。

せっかくみんなにももうここで匿うって伝えちゃったのに、

もしこれでColonelくんが嫌だって言ったら折り返しまた伝えなきゃいけなくなるけれど。


「…、そうだね、

君の意見もちゃんと訊かなきゃね?

遠慮なく自分の思ったことを話して欲しいんだけど、

君は今後のこと考えても此処に居たいと思わなかったりはするかな?

嫌なのに強制はしたくないからね、もしColonelくんが気に入らないなら、それは俺達が手を引くしかないから

…いきなりこんなこと訊かれてもって感じだけど、

Colonelくんはどうしたい?」


俺はColonelくんにそう訊きながら彼の顔を見て様子を伺った。

…Colonelくんはこちらを見た後、少し目を逸らして、

それから、俯いた。

…まだ此処に来て一晩しか経っていない。

信頼度もまだまだ低いことだろうから、…どうだろう。


「…、……

…分から、ない

まだ、考えが固まりそうにない

…今の時点でも他に行く宛はないが、…とりあえず、もう少し返事を待って欲しいと思う」


Colonelは、声が小さくなりながら恐る恐るした様子でそう伝えてくれた。


「…そっか、

いいよ、何日でもゆっくり考えて

また考えが固まったらいつでも教えてね」


俺はまた彼に微笑みかけてそう言った。

…そりゃあ、そうだよね。

彼のこの様子でいきなりこんなこと訊かれてOKを出す訳もない。

…いくらでも、彼が決め切るまで待つとしよう。

…それにしても、

彼は思ったことを割としっかり相手に伝えてくれる性格の持ち主みたいだ。

…まだ様子が暗いながらも、意志は強く持てている。

これだけ俺とも話してくれるなら、問題はないようにも感じる。


「…そうだ。俺達が何者なのかもしっかり話しておかないとね

俺達は見ての通り軍人をやってるけど、他の軍とはちょっと違ってね、

戦争をなくそうと活動をしている軍なんだよ

…まあ、俺が立ち上げた軍にはなるんだけど、もう軍と言うよりそう言う活動をしている人達、みたいな認識になるかな

隊員は今は大体四百五十人、とかかな…、他の軍に比べたら人数は少ないよ

でもみんないい子達ばかりだから大丈夫。優しくて、前向きで、頑張り屋な子達ばかりだよ。

君とも仲良くしてくれると思うから、また話しかけられたらお話ししてあげてね

基地内には色んな部屋があるけど、Colonelくんは主に食堂と治療室を使ってくれれば大丈夫そう。また後で案内するね

そこで働いてる子達は女性なんだけど、…ナース三人と、調理人。

ナースは三人しかいないけど、それでも手が回るぐらい強力で大きい治癒能力を持ってるから凄く優秀だよ

調理人も一人しかいないんだけど、彼女は腕が沢山あって、能力も使えてそれだけで手が回ってるからこれまた優秀だね

…、ちょっと話しすぎちゃったね

とにかく、みんないい子達ばかりだから、怖がる必要はないってこと」


Colonelくんの気分はまだ良くなっていっているようには見えなかったが、俺の話は真剣に聞いてくれていた。

…真面目でしっかりしてそうだ。


「…因みに、君を今後正式に入隊させて戦わせるなんてことはないから安心してね

…まあ、絶対にないとは言い切れないんだけど、そのために君を此処へ連れて来たわけじゃないから

それは安心して欲しいかな

もし入隊してもらうことになったとしても、それは大分先のことになりそう

…ごめんね、俺も嘘はつけないから「もしかしたら入隊してもらうかもしれない」なんて言ったけど

でも、いつ何時でも君の安全は保証するから大丈夫

まだ俺のこともちゃんと信用できないと思うけど、怖がらなくていいからね」


少し不安になるような話をしても、彼は真剣に話を聞いてくれた。

…実際これから沢山不安ではあるんだと思うけど、しっかりしようとする気持ちはとても伝わってくる。

…でも、良かった。

全く信用されてないならどうしようもないから。

Colonelくんが素直な子で良かった。

…すると、

静かな部屋の中で、Colonelくんの腹が鳴った。


「…あれ、お腹空いた?」


俺が顔を覗き込むようにして訊くと、

…Colonelくんは、少し、顔を背けた。

…、何だか、恥ずかしがってるような?


「……、実は、

…昨日の夜から何も食べてなくて、…」


Colonelくんは顔を俯かせながらそう言った。

俺は少しびっくりするように身体を反応させた。


「っえぇ、そうなの??

もっと早く言わないと、昨日の夜ご飯を食べていなくて、それから何もってことだよね

良くないよ、ただでさえ疲れてるんだから

ちょっと特別になるけど、先に食堂いこっか。来て」


俺はColonelくんと一緒に部屋を出て食堂まで向かった。

…通り道で隊員達が訓練をしている場所の道を通り、Colonelくんはそっちに目を向けながら俺に着いて来ていた。


「調理人の子は愛称でよくアミって呼ばれててね

彼女も気軽にそう呼んでくれると喜ぶと思うから、遠慮なくそう呼んであげてね

…彼女の料理は美味しいよ、Colonelくんにも気に入ってもらえるといいな」


色々と話していると、もう食堂に着いてしまった。

多分、アミはもう食堂に居て作業していることだろう。

…食材の仕込みでもしているところかな。

食堂のカウンターまで来てみると、

…調理場の奥の方で作業をしているアミが居た。


「アミ

悪いんだけど、ちょっといいかな」


声が届くように話すと、アミはこちらに気付いてカウンターまでやって来る。


「お、どうした?

…ん?隣のは…?」

「そう、あのね

色々あって彼のことをここで匿うことになって

詳しいことはまた話そうと思うんだけど、彼、ちょっと昨日の夜から何も食べてないらしくて

急になってほんと申し訳ないんだけど、何か作ってあげてくれないかなって、」


隊員達の昼食の準備もある中申し訳ないが、無理だったとしても訊くだけしておきたかった。

…まあ、

正直、アミなら快く受け入れてくれると思ったからでもあるけれど。


「へーそうだったのか!

気にすんな、ちょっと待ってろ」


アミは俺の話を聞くと、すぐに作り始める準備を始めてくれた。


「アミとは付き合い長いんだ

腕も目も沢山あってびっくりしたかもしれないけど、いい子だからね

信用して大丈夫だよ」


俺はなるべく緊張が解けるようにとColonelくんに伝えた。

やっぱり、思ってた通り。アミなら大丈夫って思ったんだ。

アミは作業をしながら続けて俺達に話す。


「なんか元気なさそうだもんな、多分身体的にも心的にもだろ

元気になるためにはやっぱ食べるのが一番手っ取り早い

作るのにはそんなに時間はかからないからちょっと待っていてくれ、ほらその辺に座ってさ」


アミがカウンターから近い席を指差して行った。

そうだね、お客さんには座っていてもらわないと。

俺はColonelくんを案内して近くの席に座らせた。

完成した料理の皿は俺が持って行ってあげようかな。


「……、…なんか、すみません

昨日から言えてなかったが、…」


席に座ると、Colonelくんは申し訳なさそうに声を小さくしながら言った。


「気にしないで、俺が勝手に連れて来てるんだから。そうでしょ?

だからしっかり面倒を見るのは当然だよ

Colonelくんが許してくれるなら、此処では好きに過ごしていて欲しいな

アミも快く作ってくれるみたいだから、ちょっと待ってて」


俺が宥めると、Colonelくんはまた申し訳なさそうに俯いた。

…早く遠慮の気持ちも解けるようになって欲しいな。

此処では有意義に過ごして欲しい。

早く、元気になってくれるといいけど。




「出来たぞー!

ちょっと手間かけさせるけど取りに来てくれー」


数十分すると、アミが俺達に料理が完成したことを伝えた。

少し能力を使ったのか、感性がかなり早かった。

俺は一緒に取りに行こうとするColonelくんを止めてまた座らせ、カウンターまで向かった。


「王道にカレーライスにしておいたけど、嫌いとかなかったか…?初めに好みとか訊いておけば良かったな…、」


皿に盛り付ける前に、アミは俺に訊いた。

俺はカウンターに立ったままColonelくんに振り返った。


「カレーらしいよ、カレー嫌いだったりしない?大丈夫?」


その場から訊くと、Colonelくんは引っかかることなく頷いてくれた。

優しく微笑み返して、またアミに向き直る。


「大丈夫そうだよ」

「それなら良かった、

じゃあせっかくだし赤飯カレーにしてやろうかなー、美味いし!

後々思いついたんじゃ本当は遅いけどな」


アミは少し笑いながら皿に白飯から盛り付けて行った。

白飯を盛り付けると、能力を使って白飯から赤飯へと変化させる。


「ちょっと大盛りにしちゃうか、

男だし沢山食った方がいいだろ」


そう言って、歩いた先から少し戻ってまた追加で少し白飯を盛りに行った。

「二度手間だな」とまた笑って追加した分も赤飯へと変える。

その後にルーをかけ、カウンターまで持って来た。


「ごめんなー待たせて!

お代わりもなくはないからもし欲しかったら言ってくれ!遠慮すんなよ、」


アミはColonelくんに向かってそう言いながらら食器や水の入ったコップも一緒に俺に差し出してきた。

そして、机で待つColonelくんの方へと運んだ。


「お待たせー、さあ早く食べて。お腹減ってるんでしょ

冗談抜きで凄く美味しいからほんと遠慮なくお代わりとかしてね、アミも喜ぶよ」


そう伝えながら、俺もColonelくんの隣に座った。

「ありがとう」と小さく俺に言いながら、Colonelくんはスプーンを持って、食べ始めた。

…、カレーを口に運んでいくと、段々その手を動かすスピードが早くなっていく。

どうやら、口に合ったようだ。

俺は座った状態からアミの方を見て微笑んで見せる。

アミも微笑み返して、カウンターからColonelくんの様子を見ていた。




Colonelくんもお腹一杯カレーを食べ終え、そのまま昼の時間ものんびりと過ぎていった。

彼にももう俺は付き添わず、ここから自由に動いて来ていいと言うことで、

今頃基地内を散歩でもしていることだろう。

…うちの隊員達は気遣いも出来るから、彼が困ることはきっとないだろう。

資料室から必要な資料を持ち出して部屋まで戻ろうとしていると、


「なあなあ、名前何て言うんだっけ?」

「…Colonel、だ」

「そうだそうだー、中々名前覚えられなくてさー

大佐とはもう結構話したのか?割と?そっかー、

なんか軍って聞くと怖いイメージやっぱあると思うけど怖がらなくていいからな、

他の軍と比べてみるとここってのんびりしてる感じでどちらかと言うと学校に近いよ

仲良くしてね、なんかあったらまた訊いてくれ!」

「…分かった

ありがとう、申し訳な————-」

「あー!!丁度いいところに!

えっと、Colonel、だっけ?ちょっとお願いがあって!

一緒に物を運んで欲しいんだ!量が多くて一人じゃしんどくて!」


隊員達と、話しているColonelくんの姿があった。

俺は足を止めてその様子を見る。


「おいお前Colonelは雑用しに来たわけじゃないんだぞ、しかもいきなり仕事に関わらせるのは彼にも可哀想だろ」

「いいじゃんかー運ぶだけだよ!」


……良かった。

Colonelくんの様子も、心なしか少し生き生きしてきた気がする。

正直ちょっと心配だったけど、

大丈夫そうだ。

Colonelは手伝いを頼まれて少し動揺しながら周りをキョロキョロし、やがて俺がいることにも気付いたようで目が合った。

…少し迷っているような表情だった。

俺はそんな彼に優しく微笑んで頷いて見せた。

隊員達も気付いて俺の様子を見ると、「ほらー」と言わんばかりにまた楽しそうに言い合いをし始める。

…、確かに、楽しそうな様子だった。

良かった、これなら、

大丈夫そうだね。

俺は安心した気持ちで部屋へと再び足を動かし始めた。

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「あれ?Colonel…、」


隊員達が訓練をしている広場まで来ると、Colonelが隊員達に見られている中、レイピアを振るっている様子が目に入った。

一人の隊員が俺に近付いて来て、状況を説明してくれた。


「やってみるか?と訊いてみたところ、どうやら興味を持っていたようで

少し体験してもらっていたんです

…それが、まあ、かなりの能力の持ち主だったみたいです」


とても今日初めてレイピアを持ち始めたとは思えない振る舞い方だった。

…姿勢が整っていて、それも問題なく相手とも戦えそうな程しっかりしていた。

いつも隊員達の訓練を興味深そうに眺めていたのは知っていたけど、

…まさかこんな力を秘めていたなんて。


「凄いなお前!本当に初めてか?」

「とんでもない…、」

「次、拳銃も扱ってみないか?お前になら出来る気がするぞ、」


初めも今も此処の軍に入隊させる気はなかったが、Colonel自身が自ら興味を持ち始めるだなんて思いもしなかった。

一体どう言う気持ちがあるんだろう。

続いて隊員達に拳銃を持たされ、扱い方を説明されている。

…少し自分も緊張した気持ちでその様子を見てしまう。

…そして、Colonelが説明された通りに拳銃を構え、

発砲した。

隊員達が一斉に弾丸の行方を確認すると、またざわめき始める。

「これかなり凄いぞ」「いきなりここまで出来るのは凄いよな」「俺でも難しかったのに!」

Colonelは隊員達に囲まれて称賛されていた。

正直言って、現時点でのColonelの実力は中々のものだった。

初日にしてここまで使いこなせる人もあまりいない。


「…まあ、見ている感じだと、

センスがあるんでしょうね。彼」


隣にいる隊員が、俺にそう言った。

…そっか、Colonel、

そんな力を持ってたんだ。

俺はすっかりColonelへ感心を覚えてしまう。


「…、訓練を続ければ、もっと強くなれるのだろうか」

「勿論だ、そりゃあ積み重ねれば積み重ねる程力は身に付く

継続は力なり、とか言うだろ」


…Colonelは、どこか更に軍へ興味を持ち始めている様子だった。

…そう言えば、まだColonelには此処の軍に関して詳しい情報は教えていなかった。

入隊してもらう気もないのに教えても意味がないと思っていたけど、

…もしも、興味を持ってくれるのなら話してみてもいいかもしれない。

すると、Colonelが広場からこちらへと戻って来た。

隣に居た隊員も、入れ替わるように皆んなの輪へと帰って行く。

Colonelが此処に来てから一ヶ月弱。彼も大分此処に慣れてきた様子だった。

…結局また迷っていると言ってずっと此処で過ごしているようだけど、訓練にも少し参加が出来て、気に入ってくれたりしたのだろうか。

…それなら、何よりだけど。

まだ本人から答えは聞けていなかった。

…、やがて、Colonelはこちらに気付いて足を止めた。

俺はそんな彼に微笑みかける。


「…見ていたのか」

「見てたよ

凄いんだね、Colonel」

「…、たまたま出来ただけだ」

「そんなことないよ、凄かったよ

君にそんな力があるだなんて知らなかった。感心しちゃったよ」


Colonelはそう言って微笑む俺から少し目を逸らした。

…Colonelは相変わらずクールだったけれど、

でも、初めて会った時に比べたら、顔色は大分良くなった気がしている。

…苦じゃないなら、いいんだけど。


「…、…なあ」


Colonelは、まだ何か言いたそうにして僕に声を掛ける。

俺は優しく返事をし、Colonelの言葉を待った。


「…、長い間中々言えないままでいたが、

此処での暮らし、悪くないと思っている

…当初の時も話たが、俺は行く宛がない

……もし可能なら、これからも此処に居させて欲しい」


…まさか、こんなに丁寧にColonelの口からこの事が聞けるとは思っていなくて、

俺は驚いたような表情を見せてしまう。

…てっきり、「やっぱり申し訳ない」とか言って出て行ってしまうのだろうとも思わなくはなかった。

Colonelが自分でそう伝えてくれたことと、そう思っていてくれたことが、

俺は、何より嬉しかった。


「…そう、

なら好きなだけ此処に居て

君の居場所になれればと思っていただけだから。君が居心地良く感じるなら、何よりだよ」


Colonelはそう話す俺の顔を見ていた。

…、そして、また俯き、

沈黙した後、俺に伝えた。


「…、ありがとう」


Colonelは、少し口角を緩めてそう言った。

その表情に、ソウルが鳴った。

…今、初めてColonelの笑顔を見た気がして。

俺はただずっとColonelの言葉を待っていただけだったが、

…、その表情と言葉を聞いて、

色々と、考えるものがあった。

そして、俺もそんなColonelに応えるように、

同じように、微笑んで見せた。

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目を覚ました。

…、…病院の、天井だ。

…、まだ夜だと言うのに、目が覚めてしまったらしい。

…ゆっくりと状態を起こす。

俺は、…

…俺は、基地で突然倒れたと聞いている。

半年前に此処へ運ばれて、…Colonelにもお見舞いに来てもらったのを覚えている。

…Colonelが俺の軍に来てからは六年が経過していた。

時と言うものは早いもので、エルフである俺に取っては特に時間の進行が早く感じていた。

俺の身体が歳を取っても変化をしないのに対し、Colonelは少し大きくなって、すっかり逞しくなった。

…、…だけど、

…俺は、ソウルに病を持っていた。

前から、自分で分かっていた。状況だって状態だって分かっていた。

…でも、俺が思っていたよりもどうやら深刻だったみたいで、

それが溢れて、活動中に大きく悪影響が出てしまった。

うちのナース達でも対処が出来ない程協力な病らしく、しばらく基地内には居られなくなってしまった。

俺はもう軍の際上層部を務められなくなり、やむを得なく大佐の役目をColonelに移した。

…と言うより、

Colonelの方から、名乗り出た。

俺が誰に大佐を務めてもらうか迷っていたら、…Colonelが、自分から引き受けると言い出した。

俺がそれを拒否することなく承諾したのにも理由がある。

Colonelはあれから更に興味を持ったのか、入隊まではしていなかったが、積極的に隊員達と訓練に参加し、彼は「強くなりたい」と何度も伝えていた。

お陰で実力はどんどん上がっていき、今はもう普通に隊員達の中に紛れていてもおかしくない程強くなった。

それも結構ずば抜けて能力が高い。

皆んなもそれを認めていて、Colonelはすっかり称賛される身となった。

…だから、彼に俺の役目を渡した。

俺はベッドの上から動けないままだったけど、毎日のように何度もColonelに此処へ通ってもらって、基礎から教え上げた。

Colonelは本当にセンスがあって能力が高いから、俺がベッドの上から伝えて教えるだけでもどんどん上達していき、いざ戦場に立っても何も問題なく終えられていた。

彼の凄さにはずっと驚かされているが、自ら名乗り出たColonelの様子や、今までの様子も見ていて、

…彼になら、任せられるかもしれないと思って、判断を下した。

…けど、入隊させる気はないとあれ程言ったのに、本当に申し訳ないことをしたと思っている。

小さい軍だった。だから上層部は初め俺しかいなかった。

けど流石にColonel一人でいきなり軍を回していくのは無理があると思い、急遽少佐の枠を作り、その枠に俺が入ってサポートをした。

動けなくとも、全力で協力をした。

かなり無理な計画ではあったけど、隊員の皆んなも内容を分かった上で俺とColonelを信頼し、了承を得てくれた。

お陰でことは円滑に進み、今も順調のはず。

みんなには感謝しかない。沢山、助けられている。

それに、一昨日には新入隊員のMajorくんも入って来た。

まだ直接会って顔を見たことはないけど、話によるとかなり優秀で今後に期待出来ると聞いている。

…直接会えるのが楽しみだ。

そんなこんなで半年が経過したが、俺はいつものように今日も病院のベッドで目を覚まして、起きた。

……けど、

やけに変な時間に目が覚めているし、

何だか、今日は、

身体の感覚が違う気がする。

何、だろう。


「お迎えでーす

…ん?あれ、霊体起きてんじゃん」


突然声がして、そっちの方へ顔を向ける。

…声は窓の方からしていたようで、

窓はいつの間にか開いていて、その窓の縁に誰かがしゃがんこちらへ覗き込んでいる。

…深紫の、ローブを羽織っている。


「……誰」

「誰って!失礼だなー、

お迎えに来たって言ってるでしょ、」


そう言って、ローブを羽織った男は遠慮なくそのまま部屋の中へ入り込んでくる。

…警戒をしたいけど、生憎動けるような状態じゃない。

…どうしようかな、

変な人じゃないといいけど。

ローブの男は俺の近くまで来ると、

その顔を、俺に見せた。


「これから俺にお世話になるんだからそんな態度取らないでよー」

「さっきから“お迎え”だとか”世話になる”だとか、

ちょっと状況が理解出来ないんだけど

人の部屋に入るなら要件を伝えてからにしてよ」


…その男は、

一つ目で、種族は、Colonelと同じスケルトンだった。

大きな一つ目の瞳には、魔法陣のような模様が刻まれていて紫色をしている。

警戒もしたいため真剣な顔をして彼に伝える。

…彼は少し黙った後、大きなため息をついて見せた。

……でも、何だろう、

この人、

俺より強い気がする。


「んー、霊体って何でみんな自覚ないんだろーなー、」


そう、頭を掻きながらボソッと呟いた。

……、さっきも、言っていた。

聞き間違いだと思ってスルーをしたけど、

やっぱり、

はっきりと「霊体」と喋っていた。


「……

霊、体…?」


彼は呆れた顔で俺のベッドの横でしゃがんでまたため息をついた。


「もー、いくら処理するとは言え伝えるこっちもしんどいんだからさー、自分で分かってよねー、」


そう言って頬杖をつき、少しジト目でこちらを見つめてくる。


「…、…」

「……、はーー、

分かんない、か」


そう言って、彼はまたその場に立った。

…大きな紫色の一つ目が、真っ直ぐ、怪しくこちら向いていた。


「…君は死んだんだよ

これで分かった?」


俺はそれを聞いて、

思考が固まったかのような感覚を覚えた。

……

…死ん、だ…?


「…何、言って……」

「んーそうだねー、

まあ調べによると、君はソウルに病を患っていて、入院してたけど、結局悪化して、

それで、ぽっくり逝っちゃったー、と

自覚してもらわないと困るよー、俺も忙しいんだから」


彼は能力で空間から資料のような物を取り出してそう言い、読み終わるとまた空間へ仕舞った。

……そんな

死んだって、じゃあ何のために入院していたんだ。

これからのことはどうするんだ。

隊員達は、Colonelは、…アミにだって何も伝えられていない。

…Majorくんの顔だってまだ見ていない。

今だって確かに自覚を持って視界はあるし耳だって聞こえるし言葉を喋っている。

死んでいる感覚なんてない。

死んだだなんて


「だ、だって、俺の今のこの身体以外に死体すら残ってないじゃん

生きてるんじゃないの、」

「死体は死んだ場所に縛られる。君は今魂だけで動いてる状態だよ

そのベッドから離れたら、初めて完全に身体と魂が分かれる。…まあ、そしたら俺も君を在るべき場所へ連れて行けるんだけどー、」


彼は俺に促すようにそう言った。

…、話している様子からして、この人が普通のモンスターではないと言うことは分かった。

…一体、何者…、


「…何者、なんだ」

「…、

俺は死神。死んだ魂を運ぶのが仕事だよ

だから、迎えに来た」


…、彼の言っていることに、偽りはなさそうだった。

死神…、なら、俺、

本当に死んで……

……、そんな

…俺、本当に、

死んだん、だ。

病気が進行して、身体が蝕まれて、

…っ、そんな、そんな、

俺は、まだ…!


「…っまだ、まだ死に切れない…っ

Colonelのことこれから見ていかないといけないし、Majorくんの顔だってまだ見てない…、

まだ、俺が居ないとあの軍は…!

これからなんだ、まだ、これからなんだ、

俺が、居ないと…っ、」


悔しかった。

…悔しかったし、

まだ、諦める気もなかった。

ここまで順調だった。全てはこれから始まっていくはずなのに、

こんなところで終われない。

まだ、終わるわけにいかない…!!


「そんなこと言われてもー、

仕方ないよそう言う運命————」

「このままじゃ駄目なんだ…!

終われないんだ、俺はまだ、あそこを支えていかないといけないんだ

全て俺が始めたことで、本来俺の手で終わらせなくちゃいけないのに、ただでさえみんなにも迷惑かけて、

挙げ句の果て何も出来ないままこの世を去るなんて…、

そんなの、あまりに無責任だ

やり遂げたいのに、ここまでやってきたのに、

…せめて、

最後の最後に、みんなの為になりたい…」


考えれば考えるほど離れられなくなる。

離れてはいけない、と分かる。

俺は死神に必死に訴えかけた。

何も出来ないと分かっていても、訴えかけた。

此処を離れる気はなかった。

俺が駄々を捏ねているようでみっともないだなんて、

今は考えなかった。

俺のことはみんなには関係ない。

俺が元々始めたことにみんなに着いて来てもらっていたのに、何も出来ないまま終わるなんて、

ただの自分勝手だ。

運命だとか仕方ないとか言って終わらせられることじゃない。

こんなことで、こんなところで、


「このまま投げ出すことなんて出来ない…!

お願いだよ、何とかしてやり遂げたいんだ、

みんなを置いていけない、まだまだ伝え切れていないことも教え切れていないことも沢山あるんだ。不十分なんだ、

どうにかして、

……、本当に、まだ、終われないんだ」


どんどん気持ちが大きくなっていって、掛け布団を握り締める力が強くなる。

どうにかならない状況だと分かっていても、俺はもがき続けた。

どうにかしたい。

何とかならないのか。

みんなを助けられないのか。

最悪、せめて教え切れていないことを伝えたい。

明らかに今のまま手放しては元も子もない、今後に繋がらなくなってしまう。

…何とか、何とかしたい……。


「…んー、かなり意思が固いねー、

正直俺が聞くだけでも状況が深刻なのは分からなくもないけどもー、

どうしようかな、」


死神はもう俺には言い返さず、動く気がないと言うことを察したのか、少し考えるような仕草を見せた。

…、こんなに諦め切れないのは初めてだ。

今、俺がこんなに取り乱していることに対しても自分が一番驚いている。

…けど、当たり前だ。

何度返事をしようと答えは同じ。

今、離れられない。それだけ。

綺麗事なんかじゃない。

みんなに伝えたことよりも、みんなが思う程俺の気持ちは大きい。

ずっと揺らぐことなんてなかった。

諦めるわけには、いかなかった。


「…

……じゃあ、こうしよう

死者と取引するのも、随分久しぶりだけどね」


死神は、俺のベッドから離れ、窓の方へと歩いた。

…そして、窓の外を見ながらそう話す。


「…、取引…?」

「そう

死神との契約

君の望みは分かったよ

どうせ俺が何を言っても君はそこから離れる気はないんだろうね、ならどんなに同じ返事をしようが無駄だからー、

…俺と契約

どう?」


薄暗い部屋の中で死神は俺に振り返り、紫色の瞳をほんのら光らせていた。

その形は、口角が上がって三日月のように形取っている。


「まだ続けられるなら何だってする

戻りたい…、戻らせてくれ」

「勿論条件付きー、

死んだのに争おうとしてるんだからちょっと重くしちゃおうかなー

正直、君が「俺が支えていかなきゃいけない」って散々言ってたことは間違ってないよ

本当のことを言うとねー、彼らはいつか軍が丸ごと潰されるぐらいの危機に追いやられる時が来るんだ

当然君がいなければ呆気なく全員潰されて終わりー!

いつかは言わないけどね(笑)

君はそこまでその軍に居ないと、彼らを救うことは出来ないね、間違ってないし本当のことだから、手助けしてあげる

その代わり、条件付きってこと!」


…少し、分かっていた。

俺は未来が読める。

先すぎることはぼんやりと読むことしか出来ないけど、

Colonel達が最悪の事態に追いやられることは分かっていた。

だからこそ、離れられないと思ったんだ。

それを、

もしも救えるなら…、


「条件、って…」

「知りたがりだね〜、まあ当然かー

簡単なこと!君達の世界にはmirrorって場所が存在するでしょ?

契約が終わった後、君はmirrorに居座れなくなるだけ!

だから勿論、思い出の人達には二度と会うことが出来なくなるよ

あ、んーでも、流石にmirrorが一般化している中で一人だけ対象者から外すのは可哀想、かな?

でもやっぱ、ほんの時々mirrorに行けるようにしてあげても、実際に行けるのは何十年に一度!しかも不定期!

だからもうほぼ会えないようなもんだねー

それから更にこの世に滞在するとしても身体は霊体のまま

水分をとることも食事をすることもないよ!仮に攻撃されたとしても怪我することもないし痛みを感じることもない、

もしもそれを生者に隠し通せなかったら、

その時点で君と俺との契約は終わり!君が最後の最後にやり遂げたかったことも出来ないまま消えちゃうわけ!

軍活動を行っている以上、余計にバレるきっかけは多い筈…、君に隠し通せるかどうかは知らないけどね!

でも、物とか人に触れることは出来るからそこは安心してね〜

そんな感じの条件なんだけど、どう?

君が大好きな人達にももう二度と会うことも話すことも出来なくなっちゃうけどー?

それはいいのかな?」


…死神は、少し不気味に、どこか楽しそうにしながら俺に話した。

…、それもそうだ。

正直、死んだ後でもmirrorでならColonel達に会えると思っていた。

それなら今俺がベッドの上からColonelに伝えるのとほぼ同じ、話し合いだって出来る。

…けど、

それだと表の世界でどうしようもないトラブルが起こった時、俺が介入して協力することは出来ない。

…ただ、見ているだけになってしまう。

それでは困る。

そのために今回延長してこの世界に居座らせてもらう必要はあるけど、

その代わり、その後はもうColonel達とは会えなくなる。

彼らが成長した姿も、顔も見ることが出来ない。…声も、聞くことが出来ない。

…それに、軍の危機がやってくるのはかなり先の話。

もしもそれまでに俺の存在を隠し通すことが出来なかったら、

結局何も出来ないまま終わってしまう。

…俺がここまで拒んだことも、今までの努力も全て無駄になる。

俺は死神から一旦目線を手元へ逸らした。

……

…でも、

もう死んだはずの俺の意思を特別に汲み取ってくれたことはかなり貴重で、

かなり、チャンスだ。

これを逃せば、

もう、俺の人生はここで終わり。

契約をするとして、Colonel達に会えなくなるのは心苦しいしとんでもなく寂しい。

…けど、それよりも、

みんなには、これからを生きて欲しいと思った。


「…構わないよ

これで、最後の滞在にする」


俺は意を決して、再び死神に向き直ってそう伝えた。

俺の返事を聞くと、死神は更に不気味に楽しむような表情を見せた。


「交渉成立ー!

君にはもう延長してこの世界に滞在する権利は与えたよ、

それから、“ある力“を与えておいた

切り札、ってヤツかなー

俺と君がさっき話していた、今後いずれやって来るアクシデント、

君が使うべきだと思った時に使ってね!

その時が来るまでは自由に行動して良し!ただし条件を達成出来なかったら、

契約は終わり!君の計画は失敗!

それだけ!」


楽しそうに話しながら死神はまた窓の縁に立ち、空間から大きな鎌を取り出して肩に担いだ。

鎌の刃が月明かりで反射し、死神の目と一緒に怪しく光った。


「明日起きたら、そのまま君の軍の所まで行くといいかなー、それから君の思う行動を取ればいいよ

契約の説明はこれで終わりー、今後君に助言することもないよ!せいぜい頑張ってね!

今日の仕事も一つ減ったことだし!超ラッキー!

それじゃあね!

あはっ!楽しくなってきちゃったーっ!」


大きな声で楽しそうに笑っている死神を少し唖然と見つめる。

外から風が吹いてカーテンで死神が隠れる。

…そして、風が吹かなくなった頃には、

もう死神はその場から消えていた。

———————————————————————————

…次の日。

俺は病院を出て、基地に向かった。

何気に此処へ戻って来るのは久しぶりで、懐かしい気持ちを覚える。

病院は、…どうしようもなかったから、何も言わずにこっそり出て来ちゃったけど、

今頃騒ぎにでもなってるのかな。

少し申し訳ないことをしたけど、優先順位としてはColonel達が最優先だ。

仮にあそこのお医者さんが俺を探しに来るとしても、

俺達の軍は公になっていないから場所は分からない。

…だから、放っておくのは悪いけど、今回は許して欲しいかな。

身体は、ほんの少しだけ軽いような気もする。

これが霊体、ってヤツなのかな。

俺は基地の入り口まで来て、一旦その前で立ち止まる。

…、

まず突然退院して一人で帰って来たと言うことがおかしい。

あまり嘘はつきたくないけれど、何とか説明を作ってやり過ごそう。

…、

一番初めに話す言葉は何にしようかな。

おはよう?久しぶり?…どうしようかな。

Colonelのことだから、まず色々質問してくるんだろうな。

病院はどうしたんだ、とか病気はどうなったんだ、とか一人で帰って来たのか、とか。

Colonelが取る行動を想像して、少し微笑ましい気持ちになる。

Majorくんはどんな顔をしているのかな。

また話してみたりしたいな。

つい、色々考えるフリをして中に入るのを少し躊躇ってしまう。

これからみんなに嘘をついていかなきゃいけないのが心苦しい。

正直隠し通すことに不安も覚えている。

…上手くやっていけるかな。

病院から帰って来て、不審な行動ばっかりする俺をみんなは今までみたいに信用してくれるのかな。

…今まで通りに、過ごしてくれるかな。

このことが途中でバレたり、全て終わる時に伝える時、

嫌われないといいな。

俺は今から嘘つきになるけど、嫌わないでいてくれるかな。

俺は入り口のドアの手すりに手をかけたまま考える。

……

…まあ、あの死神も言ってたし、

…最後までやり遂げたくはあるけど、

そうなったとしても、そう言う運命だよね。

気持ちを入れ替えて微笑むよう表情を作り、入り口を開けた。




基地の玄関まで入った。

…まだ朝だし、隊員達もちょろちょろ起き始めるぐらいかな。

普通に上がっていくか迷っていた

その時、

玄関前の廊下の影から、一人の隊員が通りかかって、

俺と目があった。


「っっF、Faithful、少佐……!!?

な、何故此処に…!?」


隊員は俺を二度見して目を合わせ、驚きを沢山表に出して見せた。

俺はそんな様子を見て自然に微笑みかける。


「ごめんね、突然で。びっくりさせたよね

俺、退院したんだ。一人で帰って来ちゃったけど」


俺がそう話すと、隊員は驚いた顔のまま少しキョロキョロし始める。


「っ、た、大佐を呼ばないと

あの、ちょっと待ってて下さい!」


隊員は慌てながらそう言って、走って行った。

…ちょっと大袈裟で面白いな、こんなものなのかな。

さっきの隊員の様子を見たら、

少し、これからやっていくことに対して安心できた気がする。

…ほんと、みんなには助けられてばかりだな。

今の俺が、みんなへの恩返しにでもなればいいな。

…少し待っていると、走るような足音がこちらへ近付いて来る。

そして、曲がり角の影から、

まだ軍服に着替え切れていない、

白シャツ姿のColonelが顔を見せた。

息切れて肩を少し上下させながら、俺の顔を見て唖然とする。


「……、Faith、ful…」


俺はColonelに気持ちも表しながら微笑んだ。

…、

相変わらず、

元気そうで何より。


「ただいま、Colonel」

———————————————————————————

「…俺、実は退院なんかしてなくてね

…本当は、もう居ないんだ」


Faithfulは私に顔を合わせないまま私に伝えた。

…一体、どう言う、


「…、

退院しないまま、終わったよ」


Faithfulは私に振り返って微笑んだ。

……、退院しないまま、…、

…なら、

まさか、それは


「…だから、今のこの俺は嘘の存在なんだ

今までずっとみんなを騙してたよ

嘘ついてて、ごめんね」


Faithfulはまた正面に向き直って言った。

…Faithfulが話す度に、状況を理解していく。

理解、していってしまう、が

理解したく、ない

信じたくない私は現実から目を背け始める。


「…そんな、今だって確かに見えていて、話しているじゃないか、

今までだって確かにお前に触れられて、関わって、ずっと此処に居て————」

「それがね、嘘なんだよ

俺は確かに此処に居たかもしれないけど、

実際にはは、居ないんだ」


私は、とうとう言い返せなくなった。

……どう言うことだ。

信じたくない。

何故、

Faithful


「…、死神と契約したんだ

彼は一つ目で、明るくて陽気な性格をしてた

俺が残りたいって我儘言ったら、融通利かせてくれて

みんなを支えるために此処に居座ることを決めたよ

それから“ある力”を与えられて、使うべき時に使えって言われて

…延長して此処に居させてくれる代わりに、

俺とはもう、mirrorでは会えなくなるんだって

この力って何なんだろうって思ってたけど、

いざ発揮しようとするとわかった気がするよ

これって、決意を具現化したものなのかも

…いやあ、実際に分かるものなんだね

その時が、今なんだって」


ソウルの鼓動が強くなっていく。

どう言うことなんだ。

分かりたくない、

理解したくない、考えたくない。

考えれば考えるほど、

自分自身を絶望が支配していくのが分かった。


「この力を使ったら、

俺は本当に此処から居なくなる

…やっと、俺の役目が終わるね

最後までやり遂げられて本当に良かった」


Faithfulに現実を完全に知らされ、私は絶望の感情がそのまま表情に出してしまう。

…何で、なんだ

嘘だと言ってくれ、

「居なくなる」って何なんだ

「役目が終わる」って何なんだ

その、

本当のことを言っているかのような表情をやめてくれ


「これで満足。もう毎日ハラハラしながら過ごす必要もなくなるんだね

みんなのお陰だよ。みんなのお陰で、此処まで来れた

やり残すことはもうないよ」


そう言って、FaithfulはQualiaの元まで行き、奴の襟を掴んで持ち上げた。


「安心して、怪我したみんなのことは治しておいたよ

基地の壊れた部屋も、もう大丈夫

ColonelもMajorくんも、俺が居なかったら死んで終わってたもんね…、こいつに軍を乗っ取られて、最悪の事態になってたかも

ほんと、この時まで居残れて良かった。みんなの力になれて良かった

そろそろ行かないとね、

…ついでにこいつも連れて行こうかなって

犯罪者の癖に、死んでもこの世にしがみついて金魚のフンみたいについて来て…、

…、あは、死んでもこの世にしがみついてるのは、

俺も同じか、

…まあでも、

そんな悪い奴は、成仏して居なくなってもらわないとね」


待て、待ってくれ…っ、

お前には、謝らなければならないことが沢山ある…!

申し訳ないことをした、謝れていないままなんだ、

伝え切れて居ないことだってある…っ

私は……っ、

お前に、

数え切れない程の迷惑をかけた

私の、私の未完成な性格のせいで、

不足した実力のせいで、

酷く、迷惑をかけた…っ

私の身体は自然と立ち上がり、Faithfulへ向く。


「Faithful…!!

お前には、…っお前には…、

沢山迷惑をかけた、謝りたいことが沢山ある、

伝え切れていないことだって—————」

「大丈夫、ちゃんと分かってるよ

気持ちも受け取った

…それに、俺も全然話し足りないし、伝え切れてないよ

Colonel、

…、「最初から怒ってないよ」とかは、多分君にとっては納得いかないよね、

俺は、Colonelを許すよ」


Faithfulは、私に使って優しく微笑んだ。

全てを伝えたいはずなのに、今、伝えなければならないはずなのに、

もうそれ以上、私の口から言葉は出なくなってしまった。


「…、あはは、あーあ。…いい加減、

寂しくなってきちゃったな

もう、行かなきゃ

今まで本当にありがとう。沢山いいもの見せて、本当にくれてありがとう

…伝えておいて。Majorくんにも、…アミにも、みんなにも。

それから、ちゃんと「ごめん」って伝えて欲しいな

俺が直接伝えられないのは申し訳ないけどね」


Faithfulは、ずっといつも通りの絵柄を崩さずに話していた。

やめろ、やめろ…っ!!

返してくれ、

大切な人なんだ、これからずっと感謝を伝えて行くつもりだった、

何も返せないまま終わるだなんてあんまりだ…っっ

やめて、くれ…っ、

Faithful…っ


「それじゃあね、

俺が居なくても、これからも頑張ってね

みんなならきっと大丈夫。いい子達だからね

Colonelにも、Majorくんがいるから、大丈夫

Colonel、

…今のままの、Colonelでいてね」


私が止めようとFaithfulは走り始めた、

次の瞬間、

FaithfulとQualiaは、輝きを増す白い光へ呑まれていった。


「やめろッッ、

Faith—————」


部屋が眩い光に包まれ、言葉は届かないまま途切れた。

Faithfulへ走る足が止まり、

私は顔を伏せた。






……

光が治まり、私はゆっくりと視界を戻した。

そして、正面へ向き直る。

………

Faithfulは、居ない。

…Faithfulが居た場所に、

Faithfulの、軍帽だけ残されていた。

私は、

唖然として、言葉を出せなかった。

何も言えないまま、ほぼ無意識に足を動かしてその方向へと進んで行く。

…そして、

その、Faithfulの軍帽を震える手で拾い上げた。

彼の軍帽に触れると、

感情が、耐えられない程込み上げてくる。

Faith、ful……?

すると、

拾い上げた軍帽の中から、何かが落ちた。

…それに気付き、拾って手に取った。

……

紙切れ、だ。

折り畳まれている。

…軍帽を持ち替え、

その紙切れを、ゆっくりと開いた。

…、

紙切れの中に、

私が当時此処へ入隊した時、

Faithfulと私で撮った写真が入っていた。

…紙切れには、

短い文が、書かれている。









『成長したね。』








私は















涙が止まらなくなった。






























………目が覚めた。

僕は、寝ている状態からベッドの上で起き上がる。

……

昨日、見たものを思い出して、

身体が酷く重たい。

昨日目を覚ました時、

大佐は、Faithfulさんの軍帽を拾い上げていた。

落ちた紙切れを拾って、

見たことがないぐらいに、泣き崩れていた。

…今でも、はっきりと覚えている。

……その後も、大佐は部屋に入って出て来ることはなかった。

そして、そのまま話すことなく夜を迎えて就寝してしまった。

…だから、あれから大佐の声も聞けていないし、

姿も見られていない。

……

とてもじゃないが、大佐に何があったのか詳しく聞けることなど出来なかった。

けど、早く知っていないといけないことのようにも感じて、

コピー能力を使って、何があったのかを覗いてしまった。

…それで、大佐がどうしてあんな様子を見せたのかが分かった。

……僕も、

ショックを隠し切れなかった。

……

大佐の部屋に行こう。

僕はベッドから出て、いつものように着替え、

少し重く感じる身体を動かし、

大佐の部屋へ向かった。




ノックをしたが、返事はなかった。

…、

失礼を承知の上で、

そのまま大佐の部屋へ入った。

しかし、

部屋の中に、大佐の姿はなかった。

……、

大佐…?

中に入り、ドアを閉める。

…何処に、行ったのかな。

机の上に、何か置いてある。

僕は、机の方までまで歩いた。

……、

一通の、手紙…?

表紙に、宛先が書いてある。


『Majorへ』


…僕宛、だ。

…僕はそっとその封筒を手に取り、

中身を取り出し、開いた。


『きっと、初めにこれを見つけるのはMajorになるのだと思う。

だから、前もってMajorを宛先にさせてもらった。

本当に申し訳ないのだが、私は前日や日頃の行いに反省し、しばらく此処には戻らないことにした。

いつ帰るかはまだ決めていないが、きっと早いうちに帰ると約束する。

それまで、Majorが大佐を務めてくれないか。

突然なことで、おまけに突然な押し付けで、本当に本当に申し訳ない。勝手は私を許して欲しい。

また、迷惑もかけることだろう。だが、責任は全て私が取る。

Majorは、私が帰って来るまで引き継いでくれるだけでいい。これからずっと大佐を務めて欲しい訳ではない。

無責任な私に言われたくはないと思うが、お前なら、出来ると信じている。

別れの言葉すら告げられなくて本当にすまない。

また、すぐに会おう。

愛している。

                             Colonel』


僕は何かを考える前に、

大佐からの手紙を持ったまま部屋を飛び出した。




……かなり遠くまで探し回った。

…が、

大佐はもう、行ってしまったらしい。

……

一言ぐらい、何か言ってくれて良かったのに…。

不安と寂しさで涙腺が緩む。

…けど、何とか堪える。

……せめて、

ハグやキスを一回だけでもしておきたかった。

もう、しばらく大佐とは、

会えない、のか。

……

…けど、

不思議と、もう涙は出てこなかった。

……。

…そして、僕はまた、

持ったままでいた、大佐からの手紙をその場で読み返した。

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Colonel戦記(添削中) うゆみ饂飩 @myuryu2468

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