XXXVIII

僕はそのまま勢いで基地を飛び出し、周辺の森の中まで来てしまった。

…まだ、僕は足を止めずに走り続けていた。

……どうして…

なんで…?なんでなんで??

なんで、

Faithfulさんが…??

考えたくもないけど、

でも、何かがおかしい気がして、

…でも、何か、嫌で。

足を止めたくなくて、ずっと闇雲に走り続けている。少しでも嫌な可能性を考えたくなかった。

何が起こっているのか分からない。

考えたくない。

もし、もしあれが本当のことだったとしたら、

僕は、どこに帰ればいいんだ。

嫌だ…もう大佐とは一緒にいれないの…?

どうすれば、どうすれば————


『少佐っ!!今どこにいるのですか!!

大佐が

ゔぅッ、あああぁあッッ!!!————』

『少佐!!!

基地外にいらっしゃるようでしたら今すぐにお戻り下さい!!!』


足を止めずに走っていると、

突然、イヤホンマイクに通信が入った。

……しかも、何か…、

様子がおかし、い……?


「…え、一体何が……」


今さっきまでずっと走っていた反動がきて、少し息切れしながら返事をする。


『大佐、大佐が…っ、

突然基地内の者達を虐殺し始めて、暴走しているんです…っ!!』


ぎ、

虐殺…っ!?

な、何が起こって、大佐に一体何が…っ

どうしてそんな……大佐が虐殺?暴走…!!?

まさかさっきのことがきっかけ…でも何で————

……、…ダメだ、落ち着け、

経緯を知ろう、

コピー能力で、探ろう。

僕はすぐに能力で自分が居ない間基地で何があったのかを探り、脳内で映し見た。


《………

…、これ、

…誰、だろう……?

大佐の寝室に、見慣れない人がテレポートで入って来た。

…顔、顔が見たい。

誰……?

…軍服、…軍服は、Phantom軍、だ。

でもマントがついてる。ただの隊員じゃない…?

…、…僕に、姿を変えた。

変装、してる…?

大佐が、何かに苦しんで飛び起きた。

僕に変装した誰かは、…あたかも自分が僕であるかのように振る舞って、大佐に話して……、

……大佐がキスしようとし、あれ、

今度は僕じゃなくて、

Faithfulさん……??

……!

僕だ、僕が部屋に入って来た。


『っ、違う

違うッ!!

これは違うんだMajor!!』


…わざとこうなるように、仕向けられていたってこと…?

僕が部屋から去って、その後、…!

…その人は大佐を押さえ付けて、…大佐は身動きを取れない。

……僕に変装していた人が、元の姿に戻った。

…何か話してる。…「やっと捕まえたぜ」……??

…大佐がその人の顔を見ると、

みるみるうちに、大佐の顔が青ざめていく。

…誰、なの……?


『Quali、a……、』


……え、

…知ってる。…この人は、

大佐の、元彼女さんを殺した人だ……!!》


「っ、!!」


半強制的に能力の中から現実へと戻された。少し、能力を使い続ける時間が長かったかもしれない。

…でも、もう最後まで見なくても分かる。

奴はPhantom軍で、マントを身に付けていて…だから多分上層部の地位で…、

大佐が取り押さえられて、Phantom軍、幽霊、だから、

…そのまま、大佐に取り憑いて……っ!!


『次々に、隊員達が…っ、Faithfulさんもいなくて…っ、

少佐っ…

早く、助けて下さい…っっ』


現実での音が耳に戻ってきて、イヤホンマイクから、

隊員の、恐怖に震えるような、

必死に僕へ助けを求める声が聞いた。


「今…っ、今すぐ戻るっ!!」





テレポートを使いながら急いで基地へと戻る。

飛び出すようにして基地入り口のドアを開けると


「っ、ッッ」


開けた先には、

血だらけになった隊員が何にも倒れていた。

いつも日常的に関わっていた隊員達の、見たことのない表情の数々に、

僕はあまりの光景に口元を押さえ、吐き気を催す。

そんな、みん、な……

……ほとんど、息もしていない。

みんな、大怪我だ。

何で、こんな……

その中の一人が、ゆっくりと肩を上下させてまだ堪えているのに気が付いた。

僕は急いでその隊員の安否を確認しに行く。


「大丈夫!!?

ねえっ、ねぇっ…何でこんなことに……っ」


とても一人で間に合う量ではなかったが、今一番近くにいるその隊員に早く効くヒールをかけた。


「……少…佐……

俺達、の、…こと、は………

早、く…

…大佐、…を、………」


隊員はほぼ息で、声になっていないまま僕に伝えた。

何で、このままではみんな死んでしまう

……と、今のこの状態の退院に深追いすることなんて出来なかった。

…、…今隊員達を置いておくのは苦しすぎる。

…けど、

大佐を止めないと、犠牲は増えるばかり…。

…そうなると、

本当に、みんな死んでしまう……!!

僕は、そのまま自分が居なくてもヒールが効き続ける能力に変え、

急いで大佐を探しに走った。

…少しでもみんなの命を危険に晒したくない。

さっきの場所に倒れてる隊員は少しずつ回復していくように能力を置いといたけれど、

それと同時に、僕の体力も少しずつ削られていくんだろう。

…それでも、僕はみんなが死ぬだなんてこと考えたくなかった。

必死に大佐を探し回り、

ついに訓練の広場までやって来た。

…今みんなの悲鳴が聞こえてくるのはここからだ。

目をやる度にその場所に隊員達が倒れていて、本当に痛々しい。

僕は大佐を探すためにまた移動をしながら辺りを見渡した。

すると、

自分から右手側の廊下で、追い詰められて尻餅をついた一つ目のナース、Varlinがいた。

…彼女の先には、

血濡れのレイピアを持って、今にもそれを振りかざそうとしている大佐が。

Varlinが大佐にレイピアを振り上げられ、悲鳴を上げた。

見つけた、

僕は咄嗟に大佐とVarlinの間へテレポートし、

素早くレイピアを抜き、横に持って大佐のレイピアを受けて防いだ。


「っ……し、少佐…っ…」


酷く震えて怯えた声で、Varlinは僕の名前を呼ぶ。

…受ける力が強く、僕の手とレイピアが小刻みに震える。

…、殺意を、感じる…。

軍帽の鍔で隠れた大佐の目元が、ゆっくりと覗き見え始める。

その大佐の目は、

真っ赤に変色していて、僕を睨んだ。

…完全に、大佐の目つきではなかった。

次の瞬間、


「っゔぅッ」


大佐に強い力で蹴り飛ばされ、僕は広場の方へと転がった。


「っ少佐!!」「ッ少佐っっ!!」


周りのまだ十分に動ける隊員達が、僕に心配の声を上げているのが聞こえる。

…容赦ない力で蹴られ、腹を押さえて痛みの余韻に耐えながらまた立ち上がる。

その間、大佐も無気力な表情で僕を睨みながらじりじりと近付いてくる。

よろよろと立ち上がった僕は、もう一度大佐に向かってレイピアを構えた。

……が、

大佐へレイピアを構えた瞬間、

手元のレイピアが震え始める。


「……っっ、そんな、

…そんな、無理、だよ……っ、」


僕が、大佐に攻撃して、傷付けることなど出来るわけがない。

思った気持ちがそのまま口から溢れた。

その刹那、大佐が背後へレポートし、続けて容赦なく攻撃を仕掛けてくる。

それを何とか感じ取って攻撃を弾く。

弾いて避けても尚大佐は、容赦しなかった。

攻撃が絶え間なく続き、次から次へとレイピアが振り下ろされる。

っ、…っっ、無理、だよ……っ、

僕には、

大佐に、攻撃なんて、

出来ない、よ……っっ

何かいい策は…っ、

解決策は……ッ、

カウンターすら取れずにこちらから攻撃すら仕掛けられないまま、どうしようもなく絶望した気持ちでいると、


「ッが、ッッ」


隙を突かれ、また僕は酷い力によって蹴り飛ばされてしまう。

壁に背中を叩きつけられて、また声が漏れる。

攻撃は、本当に絶え間なく続いた。

その後すぐに大佐が僕の目の前へテレポートし、レイピアを僕の顔に突き立てる。

それを間一髪で避け、大佐のレイピアはそのまま僕のすぐ首横の壁を貫いた。

息をつく暇など、まるでなかった。

僕は大佐から距離を取るように少し離れた場所へテレポートし、またレイピアを構えようとする。

出来るわけ、ないよ……っ!!

そして、


「っ、」


大佐が隙も見せず僕の目の前はテレポートし、

とうとう僕のレイピアは弾き飛ばされてしまった。

しまった—————

大佐の真っ赤な瞳と、大佐ではない大佐の表情が目に映った後、

腹から身体全体に激痛が走った。


「っ少佐ァ!!!」「少佐っっ、」「少佐ッ!!!」


耳鳴りの中、隊員達の僕を呼ぶ声が響く。

…が、段々と聞こえる音が小さくなっていく。

僕は呻き声すら出せず、顔を俯かせ、自分の腹に大佐のレイピアが刺さっているのを朦朧としながら見つめる。

やがて刺さったレイピアを引き抜かれ、

僕は力が入らないままその場に倒れた。

その後間もなく胸倉を掴まれ、無理矢理体を起こされる。

…体に力が入らない。


「ッ、おいっBrave!!!」


誰かの呼び返すような叫び声して、誰かがこちらに走って来るような音も聞こえる。

…Brave。…彼が助けに来ようとこちらに向かっているんだろう。

っ、


「来ないで!!!

……、…来ちゃ、…ダメ…だよ

大丈、夫…だから……」


力を振り絞って、顔すら確認出来ないままその隊員に近付かないよう警告する。

…Braveは僕の声で足を止めた。

僕は力無くそちらへ向いた。

「…下がれ、Brave」と言われながらBraveは他の隊員に腕を引っ張られながら下げられる。

…今援護されても、余計に怪我人が増えるだけだ。

…これ以上、犠牲は増えて欲しくない。

……、

…振り絞って声を出したせいで余計に体力を削られ、痛みも一層に増した。

……痛い…

もう、本当に声すらでなくなってしまった。

身体に力も、入らない……

そんな中でも、どうにか大佐に訴えかけたくて、

弱々しいながらも僕の胸倉を掴む大佐の手を掴む。

…そして、大佐がレイピアを振り上げ、僕にトドメを刺そうとする。


「………た、…たい……さ…」


最後に、やっと思いで声を出す。

…ほぼ、息だ。

…今にも、大佐のレイピアは勢いをつけて僕に振り下ろされそうだ。

……、何も出来ずに、

終わっちゃう、のか…

























……

…、

何も感じなくて、諦めて詰まった目をゆっくりと開けた。

…、僕の目の前で、レイピアを寸止めさせた大佐が目に映る。

僕を真っ赤な瞳で見つめたまま、若干息を切らしている。

……大、佐…?


「………

……Ma、…jor…」


その僅かな大佐の声が耳に届いた瞬間、

息が出来ない苦しみと、全身に感じていた痛みが何故かみるみるうちに引いていく。

…以前に、僕が自分で決意したことが頭によぎった。


『僕、大佐を守れるぐらい強くなってみせます』


……そうだ。

僕は、自分で決めて、それを大佐に伝えた。

…自分で、決めたことじゃないか。


『大佐は、僕が守らなくちゃいけないんだ』


決めたんだ。決めたじゃないか。あれ程、心に決めたじゃないか。

…なのに、何簡単に諦めようとしてるんだ。

大佐を守るんだろ、大佐の役に立ちたいんだろ、

大佐に、強くなった自分を見せたいんだろ。


“決意” したんだろう?


僕の身体は決意で力がみなぎり、さっきまで弱々しく大佐の手を掴んでいた自分の手にも力が入るようになる。

僕は地面に踏ん張り、怯んでいる大佐の腹に思いっ切り蹴りを入れた。

大佐は僅かな声を漏らし、僕に寄って強いパワーで蹴り飛ばされた。

…もう、痛みも弱気も感じない。

大傷を負ったはずなのに、

その痛みさえも、感じない。

僕はその場にすぐに立ち上がり、テレポートで素早く弾き飛ばされたレイピアを拾い、

すぐ間も無くよろよろと立ち上がる大佐へ接近し、斬りかかろうとレイピアを構えた。

そんな僕を、大佐は斬りつけようとレイピアを振る。

…全て、動きが読める。

僕はその大佐の攻撃を避け、背後にテレポートして回り込む。

僕は、以前から大佐を守ると決めていた。

そうだ、決めていたんだ!

そして今が、その時だ!!


僕は、僕の目標を果たす!!!


決意で更に力がみなぎり、僕はそのまま大佐の背を斬り付けた。


「ッッ、」


大佐が体勢を崩した。

しかし、僕の今の力では大佐を追い詰めることは出来ない。

けど、それでいい。むしろそれが狙いだ。

大佐がこうなっているのは奴が取り憑いていることが原因。

奴を引き摺り下ろせば、大佐は元に戻る。

奴が居座れない程大佐を弱らせれば、自動的に引き摺り下ろされる…!

大佐はすぐに体勢を持ち直し、隙を作らず僕に攻撃を仕掛けてくる。

…さっきまではあんなに早い動きで太刀打ちすら出来なかったのに、

今はもう、まるで違った。

全て読める。次の動きも、どう動けば攻撃を当てられるかも。

前から襲い掛かかると見せかけて、背後にテレポートし僕の首を刎ねようとする大佐のレイピアを、

僕は分かり切ったかのように避け、隙を見せた大佐をまた斬り付けた。

きっと上手くいく。

…いや、

絶対に、上手くいく。

大佐を助けることが出来るのなら、

どんな手を使ったって、どんなに自分の身が削れたって構わない。

過去の自分はもういないんだ…!

絶対に、やってみせる…!!

僕に攻撃されて、また大佐の動きが鈍る。

そしてまた僕にレイピアを向けようとするが、

そのまま若干身体を屈め、呻き声を漏らしながら頭を抱える。

……苦しそうに、してる…?

軍帽の影から少し覗く大佐の顔は、

苦しんでいるかのように、力が入っていた。

…大佐も戦ってるんだ…っ

早く、早く助けてあげないと…っ、


『どうしたァ、

さっさと殺せよォオオッッ!!!』


っ、!?

誰…!?

聞いたことのない声に周りを見渡すが、

どうやら、その声の主は此処にはいないらしい。

…まさか…!


「っ、ぁああア…ッッ!」


大佐は大きく耐えているかのような呻き声を上げ、また僕にレイピアを向ける。

…顔は俯かれていて、口元や手元が震えている。

…大佐…っ


「…っ、…ッ嫌、だ…っ

Maj———」

『もたもたするなァッ!!!

早くしろ!!死にてェのかァ!!?』

「ゔぅ、ぅあぁ」


一瞬、抗うように自我を持って話した大佐を見て酷く唖然としてしまう。

今までにないぐらい苦しそうで、泣きそうな声色だ。

奴に頭も身体も支配され、過呼吸になって苦しみ、僕にレイピアすら向けられなくなってしまう。

見たことない程に苦しむ大佐を見て、僕は怒りと悲しみが入り混じった感情になる。

僕はレイピアを構えながら走り、怯んで動けなくなった大佐をそのまま能力を使いながら蹴り上げ、

加えてレイピアに魔力を込めながら、大佐に振り下ろした。


「早く、大佐から、

離れろぉぉおお!!!!」


僕の攻撃を正面から受けた大佐は、その勢いで一直線に切り飛ばされた。

飛ばされた大佐が、飛ばされた猛烈なパワーで壁を破壊しながら二階の部屋内まで叩き込まれる。

どデカい音を立てながら壁もドアも突き破り、砂埃を舞い上がらせた。

……、にしてもちょっと、

気合い入りすぎちゃった、かな…。

宙に浮いたまま下を見ると、隊員達は心配した表情をしながら唖然と僕を見上げている。

…よく見ると、

さっき基地の入り口で倒れていた隊員達ももう動けるまで回復したのか、表まで出て来ていた。

…そうだよね、びっくりだよね、

急に僕がこんなことしたらびっくりだよね、

…ちゃんと、後で壊した分直さなきゃな…。

隊員達から正面へ向き直り、さっきまで熱くなっていた気分を少し冷まし、大佐を斬り飛ばした場所の前まで移動をした。

砂埃を掻き分けて、大佐が叩き込まれた部屋へ入って行く。

…部屋の中にあった家具や道具、壁ももう大分ボロボロで、崩れていた。

……その奥に、背を叩きつけられた大佐が、酷く息切れて立ち上がれない状態でそこにいた。

…かなり、弱っている。

が、力が入りそうにないまま無理矢理その場に立とうとしている。

…いや、奴に、無理矢理立たされそうになっている。

…だめっ、そんなことしたら、大佐が先に壊れちゃう…!

僕はすぐに大佐に駆け寄り、意識を戻そうと名前を呼びながら肩を掴んで揺らす。

…しかし、僕が呼び掛けても、

大佐はまだ僕の声が聞こえていないかのようにもがいて立ちあがろうとしている。

……ッッ

僕は思わず大佐の胸倉を掴み、自分の顔面の高さまで持ち上げた。

…大佐の顔を改めて見ると、

様々な感情が大量に込み上げてくる。


「いつも“私が守らなければ”って言ってる癖にッ、全然僕のこと守れてないじゃないですかッ!!

大佐が僕に助けられててどうするんですか…っ

前だって大佐は捕えられて、少しでも遅かったら死んでるところだったんですよ!!!

僕に心配ばっかりかけてっ、もうっ、心も身体もどうにかなっちゃいそうでしたっっ

その後だって“離れない”って、“側に居る”って約束してくれましたよね!!!僕と約束っ、しましたよね…っっ

なのにっ、今また…っ、大佐は敵に弱みを握られて僕に情けない姿を見せるんですか……っ!!

僕は強い大佐が好きだったのに…っ

強くて、僕を守ってくれるような大佐が…っ、好きだったのに……っ!

…酷い、ですよ…っっ

大切な約束も守れないような大佐なんて、僕は大ッッ嫌いです!!!!」


僕の顔は、気付けば涙でぐちゃぐちゃになっていた。

…今までにないぐらいの金切り声を上げ、大佐に叫んだ。

それも、涙で酷く乱れ、滑舌が回らなくなってしまった。

……僕は、更に涙が溢れて来てしまって、声を漏らしながら顔を俯かせた。

…僕だって、本当は無理してたんだ。

僕は大佐を守りたいけど、

…でも、本当は大佐に僕を守ってもらいたい。

僕は、強くて、僕を守ってくれる大佐が好きだったのに。

…今はもう、そんな大佐もこんなにも上手くいかなくなってしまった。

今度は僕はそんな大佐を守りたい、と思った。

……でも、やっぱり、

…僕は、強くてかっこいい大佐に、自分を守ってもらいたかった。

涙が出て止まらず、段々と大佐の胸倉を掴む手に力が入らなくなっていく。

……強くて、かっこいい大佐が好きなのに…、

…なのに、最近はもう僕よりも弱くなっていってる気がして、どんどん好きだった大佐から離れていってしまっている気がして。

…寂しかった。置いて行かれてしまう気がした。

僕から、離れて行ってしまう気がした。

そんな大佐なんて…っ、

僕は、もう……—————


「……泣かないで、くれ…」


…そっと、大きくて温かい何かが僕の頬を包んだ。

その声を聞いて顔を上げると、

…、いつもの目の色に戻った大佐が、僕の顔を覗き込んでいた。


「……っっ、

大佐ぁ…っ」


僕は気持ちに耐え切れなくなって、大佐の身体に抱き付いた。

…大佐も、体力がないながらも力無く僕の背へ腕を回した。

大佐の胸へ顔を埋めるが、涙は止めたくても止まらなかった。


「うっ、ぅ…っ、大佐の馬鹿ぁ…っ」

「…すま、ない…」

「…っ、っ馬、鹿ぁ……っ」

「……すまない……、」


大佐は、いつもよりも弱って力の入らない手で僕を抱き締めた。

悲しくて、寂しくて、辛くて、色々な感情が入り混じって苦しくなりながら大佐の身体を抱き返した。

……大佐は黙り込んで、僕を抱き締め続けた。

…耳元で、静かに息遣いだけが聞こえる。


「……大佐…っ」

「…」


大佐は何も話さないまま僕の言葉を待った。

…確かに最近の大佐はどこか情けなくて、僕にそんな姿ばっかり見せていて、僕が好きな大佐からも離れていってしまっているかもしれない。

…でも、だからと言って、

やっぱり、大佐への愛がなくなったわけではない。

大佐が今のように変化してしまっていても、

それでも、僕は、


「……大佐、

愛してます……」


好きに理由なんてない。

…だから、こんな大佐が好きだなんて、本当はそんな想像図なんてものはないんだ。

ただ僕は、大佐が好きなだけ。

大佐と一緒に居たいだけ、愛し合っていたいだけ。

…繋がり合っていれば、それでいいんだ。


「…私がこんなになってでも尚、お前は私を愛してくれるのか…?」

「大佐がどんな人になろうと、僕は大佐が好きなんです…

ただただ、大佐が好きなんです…、

大佐と居ることが出来たら、もうそれでいいんです」


大佐はまた黙り込んで、そう話す僕を見つめた。

…そして、

そっと、僕の頭の上に手を置いた。


「…ずっと、悲しい気持ちにさせて済まない

……私も、Majorが好きだ」


大佐によるその行動が今までで初めてで、余計に涙が溢れそうになってしまう。

…それを堪えるように、僕は袖で涙を拭った。


「…すまない…」

「…大佐が僕を愛してくれて、ずっと側に居てくれるのなら、

僕は、それでいいんです

…それだけで、僕は幸せです」


…僕は大佐に顔を見上げ、

そして、微笑んで見せた。

大佐は僕の顔を見つめた後、またそっと僕の頬に手を添えた。


「…Major

愛している」

「…僕もです

…好きです。愛しています」


互いの顔をまた見つめ合った後、

そのままゆっくりと口を重ね————


「、ッぐっ、ッッ!」

「っ、た、大佐っ」


次の瞬間、僕は突然苦しそうにし始めた大佐に身体を後ろへ蹴り飛ばされた。

…っ、まだ、終わってなかった…っ!?

僕は蹴られた痛みで腹を押さえながらまた大佐に向き直る。

…大佐は、僕に拳銃を構えて立って、

……いや、

…奴が、大佐の姿をして、僕に拳銃を向けている。

…しかし、大佐の拳銃を持った手は、酷く震えていた。


『なァに勝手に終わろうとしてんだァ??

さっさと決着付けようぜ…、早く殺せェ!!』

「ッッ、や、やめろ…っ、よせ…っ、」


大佐は苦しそうな表情をしたまま、僕に何かを訴えるような目で僕を見た。


「……よせッ…、逃げ、ろ……っ、

逃げて、くれ……っっ!」


大佐は奴に必死に抵抗しながら僕に訴えかけた。

…逃げる……、

でも、そうしたら奴は大佐の中にいるまま、

これ以上好き勝手して欲しくないし、最悪本当に大佐の命が危ない…っ

……、

奴を大佐から追い出すには……っ、

僕は、拳銃を手に持ち、ゆっくりと大佐に向けた。


「…ッ、Ma、jor……ッッ」

「…っっ」


こうする、しか…っ!

恐らくこの一発を打ち込めば、大佐の身体に限界がきて、

奴も大佐の身体には居られなくなる。

…けど、

当たりが悪いと、大佐まで死んでしまう。

…僕の手も、段々と震え始めた。

……っ

狙う場所は、大佐の腹。

腹なら重症程度で死ぬまではしない。

…怖い。失敗した時が怖い。

けど、大佐を助けるためなら、

やらないと……!!

今にも大佐の持つ拳銃の引き金が引かれそうだ。

早く、早く……っ

———————————————————————————

発砲音が鳴り響くのと同時に、私の腹に激痛が走った。

手から拳銃がずり落ち、私は声も出せないまま若干の息を漏らして箇所を押さえながらその場に膝をついた。

……激痛によって立ち上がれそうにはないが、私の意識は戻ったらしい。

もう、さっきまで身体にまとわりついた不自由な感覚はなくなっていた。

…痛みで冷や汗が流れる。

……、

…Major…?

痛みで瞑っていた目を開ける。

目線の先には、丁度私が先程落とした拳銃が。

…、……?

銃口から、

煙、が……

まさ、か

私は感情が青ざめていくのを感じながらMajorの居た方へ顔を上げる。

————Majorが、

頭から血を流して倒れている。


「ッ、ッッMarj————」


必死な思いで駆け寄ろうとしたが、身体の痛みに耐えられず、思わず顔が俯く。

身体が前に出ない。

腹を押さえながら精一杯力を入れて前に進もうとするが、

…身体に力が入らない。

っ、よせ…、Major……ッッ

また俯いた顔を上げる。

…Majorの頭から流れ出る血で、地面に血溜まりができていく。

やめろ…やめろ…っっ、前のように冗談だと言ってくれ、頼む、Major…ッ!

近付こうともがきながら、一直線にMajorを見つめる。

……Majorが、少しずつ塵と化していく。

あの日のことが、

脳裏に蘇る。


「っっ……Ma、jor …ッ」


嫌だ、嫌だ…ッ

やめてくれ、頼む、繰り返さないでくれ、

もう、繰り返さないでくれ…っっ!!


「…たく、ユーレイに物理攻撃は効かねェっつーの

追い出されたところでまた自由の身になるだけだからなァ…」


気付けば目の前にはQualiaの姿があった。

奴はそう言って私に嫌にニヤつき、そのままMajorの方へと近付いていく。


「っ、おいやめろ…ッッ」


そして、倒れたMajorの首の後ろから襟を掴み、その場で乱暴気味に持ち上げた。


「ッッ、く、ぅ…っ、やめ、ろ……ッッ!!」


必死に動こうともがいても、身体は少しも持ち上がらない。

…気持ちよりも痛みが表に出てしまい、やはり力が入らない。


「決着、ついたな。お前の勝ちだ

だが…、」


Qualiaは項垂れたMajorの顔を近距離で覗き込み、見にくくニタついた後、そのまま私へ顔を向けた。


「俺の勝ち、だなァ…?」


次の瞬間、

Qualiaは能力を使いながら、Majorを私の背後にある窓へと猛烈な勢いで投げ付けた。


「ッ、—————」


投げつけられたMajorは窓ガラスを突き破り、そのまま下へ落ちて行こうとする。

投げられるMajorを目で追うのと同時に、

身体が、スッと動き始め、

状態を起こし、Majorの方へと足が動く。

そして、私も、Majorを追うようにして窓から身を乗り出した。

…窓から飛び出し、身体が宙に浮く。

Majorに向かって、精一杯手を伸ばす。


——————

背後から発砲音が鳴り響き、弾丸は私の頭を貫通し、

意識は途切れた。————————






















「…たく、君もまだまだだね」


聞き覚えのある声に、はっとし、倒れて伏せていた顔を上げ、状態を起こす。

反射的に顔を横に向かせた目線の先には、

…目を閉じ、呼吸をして眠っている無傷のMajorがいた。

…夢、では、…なさそうだ。

…状況が理解出来ない。

一体何が…、


「Majorくん、君は本当に良く頑張ったね

初めの頃とは見間違うよ、すっかり一人前だ」


…声のする方へと顔を向ける。

……その先には、

いつも通りの顔で、Faithfulが屈んでMajorの身体を撫でていた。

…、…Qualiaは…、

探すように周りを見渡すと、

…部屋の奥の方で、苦しむように倒れ、もがいているQualiaの姿があった。

……何があったのか現時点ではわからないが、

とても回復する見込みはなさそうだった。


「……Faithful————」

「Colonel、君はMajorくんの言う通り、Majorくんや隊員達に情けない姿を見せてばっかりだね

…何で、そんなのでここまで大佐をやってこれたの?」


私はただただ唖然として、微笑んでこちらへ顔を向けるFaithfulを見つめた。

…Faith、ful…


「大佐なら、みんなのお手本になってあげないと駄目でしょ?

俺、Colonelにならこの軍を引っ張っていけるって思って大佐を任せたのに…、」


そう言って私から視線を外し、屈めていた身体を起こす。

…そして、もがいているままのQualia方へと顔を向けた。


「……でも、今回ばかりは

俺が一番、許されないかもね」


私に背を向け、Faithfulはそう言った。


「…、なあ————」

「今まで隠しててごめん

俺、

…」


———————————————————————————

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