XXXV

呼ばれた場所まで向かうと、そこには数人の隊員が居るようだった。

その中にFaithfulもいる。

…そしてその奥には、

腕を背で拘束されたMajorのドッペルゲンガーが居た。


「尋問をしていたのですが、情報を吐かないもので

今後こいつをどうしていくか大佐にもお訊きしたかったのです」


…尋問か。

まあ、そう簡単に吐く事はないのだろう。

しかしこのまま帰すのもリスクが高い。

どうしたものか…、


「…、何故、黙秘する必要がある

今更足掻こうと遅いだろう、逃げ道はとうに塞がれている」


それもそのはずだ。

とっくにこいつは仕留められていて、口答えしようともう逃げられるような事もない。

…脱れようとしても、無駄のはずだが、

…すると、

私のその言葉を聞いて、Majorのドッペルゲンガーはくつくつと笑い始めた。


「貴様は、大きな勘違いをしているようだ

…俺達の作戦は、まだ序盤に過ぎない」


…。

私は少し睨むようにして奴を見た。

…そもそも、送り主の氏名が書かれていないあの宣戦布告書が伏線であって、昨日それが実行されて私は罠にかかった訳だが、

…、それ以上に、何か企んでいる事があるのだろうか。


「…、どうするべきだろうか、」


始末する、と言う考えも一瞬浮かんでしまったが、

それだと私達の規約に反してしまう。

簡単に始末する事は出来ないが、同時に簡単に釈放する事も出来ない。

私達に捕えられたとは言え、こいつは既に私達の情報を大量に取り入れた後の筈、このまま帰すのはあまりに危険だ。

…最善の策は何なのだろうか。


「…迷っているのか?

もう今更どう足掻いたって無駄だ、

いっその事殺してしまったらどうだ?」


奴はまた、不気味な笑みを見せながらそう私に言った。

…、よくない方向へと催促されている。

罠である事ぐらいは分かるのだが、これ以上にどう対処すればいいかが分からない。

一体何が、最適な手段になるのか…、


「…また、僕が以前のように記憶を消して帰還させたらどうでしょうか」


Majorが、横から私を覗き込むようにして顔を出し、問いかけた。

…、

Majorのその言葉を聞いて余計に頭を悩ませる。

敵軍隊員を捕えてその後の対処となると、

毎回全く同じ流れでMajorの力を借りている気がする。

…、このまま頼っているままでは良くないに決まっている。

それに今回は記憶を消そうが、帰還させる事自体がリスクが高いような気がする。


「…いや、大丈夫だ

今回は、Majorがそうする必要はない」


…だが、帰還させないのならどう始末すればいいんだ…?

このまま残しておく訳にはいかない。

…かと言って、

殺して処分をするのは方針から逸れる。

……、


「…ま、Colonelのドッペルはもう死んだんだし

こいつ一人で帰ってもぶっちゃけ何も出来ないんじゃない?

記憶消して帰すだけすれば十分かもよ」


悩む私の背中に、Faithfulが声をかけた。

…確かに、そうとも言える。

…だが、私はもうMajorに頼りっきりな対処の仕方ももうしたくはない。

私が自分でどうにか出来ればいいのだが、

生憎私は能力も有能と言えるほど豊富じゃない。

……

…少し、悩みすぎだ。

このままだと一向に事が進まない。


「…、じゃあさ、魔導書使えばいいじゃん」


Faithfulは少し考えた後にそう言い、能力で魔導書を取り出した。


「俺がやるよ

Majorくんがこれをやろうと思うと、元々持ってない能力をコピー能力で使う事になるから魔力の消費が激しいだけで、他の人がやり方に沿ってしっかり使えばより低コストで済むでしょ」


Faithfulは魔導書を持ったままMajoのドッペルゲンガーに近付いた。

…私はMajorに能力を使わせたくないと口では一言も言っていないと言うのに、

Faithfulからは、それが全てお見通しだったようだ。

私は申し訳ない表情になってFaithfulの様子を見ていた。


「…お願い出来るだろうか」

「いいよ、気にしないで

Colonelも昨日の事があって大分身体が疲れてるだろうし、確かにMajorくんが能力使うのも負担があるから

とりあえず今日は無理して欲しくないからしっかり休んでね」


Faithfulは私に振り返って笑みを見せた。

私はそのまま申し訳ない気持ちを覚えながら部屋を後にするが、

帰り際、

Majorのドッペルゲンガーが始終未だ何かを企んでいるような表情が、

ほんの少しだけ気掛かりだった。

—————————————————————————

大佐の部屋に戻ると、大佐は僕に紅茶を淹れてくれた。

僕も大佐には今日はもう無理はして欲しくなくて休むように言ったが、

「せめてこれだけでもさせてくれ」と言って淹れてくれたみたいだった。

…一番無理して欲しくないのは、僕なんかじゃなくて大佐の方なのにな…。

僕は大佐に淹れてもらった紅茶のカップを持って見つめながら考えていた。


「…さっきのドッペルゲンガー、これでFaithfulさんに後始末はしてもらえましたが、

…もう、これ以上に何も起こらないといいですね」


僕は、今のちょっとした気まずい空気を少しでも軽くしようと何か会話を挟んだ。

結局今回は僕も大佐も何も出来ずにFaithfulさんの手を借りてしまったが、

もう、これ以上何も起こらない事を願いたい。

…Faithfulさんは、今回明らかに僕達に気を遣ってその場を対処してくれていた。

少し申し訳ない事をした気持ちはあるけど…、

…後で、今後のためにもしっかりFaithfulさんに話を聞きに行こう。


「…そうだな

正直、もうこれ以上のトラブルは懲り懲りだ」


大佐は静かに僕にそう返事をしながらティーポットを置いた。

…、ひたすらに、静かな空気が流れていた。

気まずい気持ちはまだ残ったままだ。

…でも、こののんびりと時間が流れていく感じは、僕は嫌いではなかった。

どこか、安心の出来る雰囲気だ。

僕は手元にある大佐にもらった赤く透明で、いい香りを漂わせる紅茶を見つめた。


「…、冷めないうちに飲むといい」


大佐は優しく僕にそう言った。

…、

僕はまだ柔らかく息を吹きかけながら、まだ湯気の出ているその紅茶を飲んだ。

……。

僕はその紅茶を飲んで、懐かしい気持ちになった。

僕が、少佐に任命された日の事を思い出す。

僕は、大佐に少佐を務めるよう任命を受けた後、

抱え切れなくなって倒れて、気を失ってしまった。

その後、大佐は僕を部屋まで運んで、

落ち着けるように、と紅茶を淹れてくれた。

…この紅茶は、その時の紅茶と同じものだった。


「…」


…とても、心が温まる優しい味だった。

当時はまだ緊張していた事もあって、結局紅茶を湯気が立たなくなってしまった後にしか飲めなかったが、

今日は、温かい状態のまま飲むことが出来た。

…この紅茶、こんなに美味しかったんだ。


「…Major、

色々と、謝らなければいけない事がある」


大佐は僕の隣にそっと座って、そう僕に話しかけた。

…、今日の大佐は、ずっと気分が重そうな様子だった。

…僕はカップから口を離すと、そんな大佐の横顔を見た。


「…大丈夫ですよ、謝らなくても」


大佐がどんな事を話し始めようとしているのか、もう大体分かっていた。

恐らく、ほとんどの内容は昨日の事なのだろう。

また僕に迷惑をかけただとか、心配をかけさせただとか、

…危ない目に巻き込んだ、とか…。

でも、僕は大佐に謝られなくても、もうとっくに大佐に対しては何とも思っていなかった。

…正直言うと、こう言った状況が起こる事に多少慣れてしまった事もあるが、

それ以上に、大佐が無事に生きて帰って、僕の元に居てくれていると言う現実がある事が、何より僕が落ち着ける理由だった。


「…大佐、もう自分でも分かってるかもしれないですけれど、

大佐は僕に対して心配しすぎなんですよ

僕は初めから謝られるつもりはないですし、今となってはもう、大佐が過去に起こした事よりも今一緒に居られる事が何よりの幸せなんです

そりゃあ、一時期はどうなるかと思って焦りもしましたし、大佐の事も物凄く心配でしたけど、

…でも、もう今が幸せなんですから。

過去の事なんて何も悔やむ必要ないんですよ」


大佐には、僕が大佐といるひと時ひと時を幸せに感じていると言う事を分かって欲しい。

例えどんなに辛い事があったとしても、しっかりと幸せが戻ってきてくれるのならそれでいい。

…実際大佐はボロボロになって帰って来たけれど、

でも、生きて帰って来た事に変わりはないんだ。

傷はいくらでも癒せる。大佐がまた元気になれば、以前までの日常は戻ってくる。

だったら、僕もいつまでも過去のこと引きずってたら気分も悪いままだし、せっかく今が幸せなのに逆にそれを潰してしまうかもしれない。

確かに過去を思い出して気持ちが落ちる事はあるけれど、でもそれ以上に今が幸せである事が嬉しいから。

僕はそれで良かった。


「…」


大佐は僕の話を聞いて、少しの間黙り込んで俯いた。

…、大佐の紅茶は、まだ僕の手を温め続けていた。


「……この間も言ったかもしれないが、

私はMajorと会ってから弱い自分を晒してばかりだと思っている

私が思っている以上に、Majorは私が心配する程でもなくて、私がこんなに引きずる必要もない事も分かっているのだが、

…それ以上に、やっぱり私はそうである自分に嫌悪を抱いてしまうんだ

…それで、毎回同じ流れで自分から謝罪を伝えて直接許しの言葉を得られないと気が済まないのだろう」


大佐は、またそう話している自分自身に気分を落としている様子で声を小さくしていた。

…相変わらず、大佐は自分に自信がないようだ。

あんなに攻撃を受けてもここまで元気に生きて帰って来れた事自体もまず凄くて、喜ぶべきだと思うのに…。

…、僕は、少し考えるようにして座ったまま正面を一点に見つめた。


「……けど、

Majorがいつもこうして私を理解してくれている事はしっかり分かっている

Majorが私を十分に愛してくれている事も、分かっているんだ

私もいつ成長の兆しが見られるのか自分で分からないが、

…けど、これでも努力をしているつもりなのは確かだ

これからもMajorを愛して私自身も愛されながら努力するから、

……今後も、私の事を好いていて欲しい」


…大佐の言葉は、真っ直ぐに伝える気持ちはとても伝わって来ても、やっぱりどこか自信なさげな様子が見られていた。

…、今日の大佐は、中々僕に目を合わせてくれない。

きっと、本人もこの気持ちだからこそなんだろう。

とは思いつつ、やはりこちらとしては寂しかった。

また、沢山愛を伝える日常を取り戻したい。

何気ない会話をしながら距離を縮めて、何気なく顔を近付けて愛を確かめ合いたい。

……大佐、

早くこっち向いてくれないかな…。

僕は持っているティーカップを一旦机に置き、

そして、隣で俯く大佐の身体をそっと抱き締めた。


「どんな大佐でも、僕はずっと大好きですよ」


僕は、萎んでいる大佐を温めるようにして言葉をかけた。

…正直の事を言うと、

僕はどんな大佐であろうと好きである気持ちは一切変わらなかった。

何故なら、大佐は大佐だから。

僕が好きなのは大佐で、大佐は他の何者でもないから。

大佐に変化があれば、僕もそれに対して変わるだけ。

悩む事なんて何もない。

僕はただ大佐と一緒に居たいだけなのだから、大佐が自分自身をどう思おうと、何を心配していようと、

僕はその大佐を好きでい続けられるだけだ。


「……だから、

絶対に、僕より先に死んだりしないで下さい」


…その中でも唯一怖い事と言ったら、

大佐が、僕の元から居なくなる事だった。

僕がどんなに大佐のことが好きで、大佐もどんなに僕の事が好きだったとしても、

上手くいかない事があった時、

最悪、大佐は僕の元から居なくなってしまう。

もう、愛を伝え合う事も、身を温め合う事も、言葉を伝え合う事も出来なくなってしまう。

…僕の、生きる理由が、なくなってしまう。

ただ唯一、それだけが僕の脳裏にこびりついて怖かった。


「…、」


…大佐は、黙ったまま僕の身体を抱き返した。

…僕の身体が、大佐の大きくて温かい身体に包まれる。


「……同じ言葉をお前に返したい」


大佐の声が、小さく耳元で響いた。


「…私も怖かった

昨日、Majorが目の前で殺されたと勘違いをして、

本当に生きる価値を無くしたと思った

…改めて、Majorが居ないこの世界で私が生きる理由なんてないと思い返した

どれだけMajorが自分の中で大きな存在かを再認識した

……私にとって、Majorは命なんだ

Majorが居なくなったら、私は、本当に生きる価値がないと感じている

Majorがが思っているように、私も同じようにMajorを離したくない

…お前が生きていて、本当に良かった」


大佐の、僕を抱き締める力が強くなった。

…大佐の言葉を聞いて、僕の瞼は自然と痛い程に熱くなっていった。

噛み締めるように強く目を瞑り、それに応えるように大佐を強く強く抱き締め返す。

……僕が大佐を心配しているように、

大佐も、僕を同じように心配している。

離れたくないと言う気持ちをひたすらに大きくして、幸せを手放さないために必死に、しがみついている。

…僕が辛い時は、

大佐も同じように辛いんだ。

大佐はいつも自分の心配で一杯だけど、

それと同時に、僕への心配も一杯で、

抱え切れそうにないんだ。


「…Majorは、

私の人生なんだ」


大佐は僕を抱き締めている状態からそっと離れ、

僕の頬に優しく手を当てながらそう言った。

大佐の愛が溢れる程に温かい手の温もりに、僕は更に幸せを噛み締めた。

…瞼がどんどん熱くなっていってしまう。

自分の頬に置かれる大佐の手の上に、自分の手を重ねた。


「…、愛している」


大佐も、僕と一緒に幸せに噛み締めるようにして、

顔を近付けておでことおでこをくっつけた。

触れられている大佐の全てが、温かくて幸せに感じた。

…昨日大佐を失ってしまうかもしれないと言う恐怖を思い出すと、よりそれが怖く感じた。

今の自分から大佐が居なくなってしまった時、

僕は本当に、どうなってしまうんだろう。


「…僕も、大好きです」


僕は、大佐に返事をするようにして愛を伝えた。

喋ると涙が溢れてしまいそうだった。

…大佐といるとずっとずっと温かくて、死ぬまでこのままでいたくなってしまう。

一つ大きな出来事が起こって、今、それをより強く感じられている。

本来の感じる幸せを、また思い出せた気がした。

…大佐は僕からそっと離れると、

僕の顔を静かに見つめた。

僕も、同じ熱意の込もった視線で大佐を見つめ返す。

……。

…大佐は、僕の手元の側に手を置いて少し顔を近付ける。

…、僕の顔を見つめながら、若干躊躇った様子を見せて、

…やがて、僕の口に自分の口を重ねた。

…僕はもっと大佐と触れ合いたくて、大佐の首に腕を回した。

…それに応えるように、大佐も僕の背に腕を回した。

…、しばらく口を重ねていると、

ゆっくりと、互いの舌を当てがい始めた。

…深くまでお互いに触れ合って、段々と身体が温まってくる。

少しずつ昂っていく気持ちに動かされていくように、お互いの抱きしめる力が強まっていく。

大佐は僕を強く抱き締めながらも、優しく僕の身体を支えてくれているのが分かった。

…、今、この上ない幸せを感じていた。

このまま離れたくなくなってしまう。

ずっと、大佐とこのままこうしていたい。

ずっと、こうして温かいままでいたい。

…幸せを、手放したくない。

そう感じながら、僕達はしばらく愛を確かめ合うのをやめないでいたのだった。

…しばらくして、僕達は顔を離す。

…また少しの間顔を見つめあった後、

互いに正面に座り直し、一息ついた。

…僕はまだ大佐とくっついていたい気持ちを残しながら、隣に座る大佐に更に距離を近付けては手を取り、指を絡めて握った。

…、初めから分かってはいたけど、

より一層、離れたくない気持ちが強まってしまった。

今日はもう、このままでいても許されないだろうか。

僕は、大佐の方に自分の頭をもたれさせた。

…大佐の温かみから、離れたくない。

ずっと、あったかいままでいたい。

……許されない、かな。

僕は大佐に持たれながら、握る大佐の手を離そうとしなかった。


「…また、何かあったらちゃんと言って欲しいです」


僕は、何気なく大佐にそう伝える。


「…、そうだな

そうするようにする」


大佐も、何気ない返事を返してくれた。

…心なしか、さっきよりも少し大佐に元気が出てきたような気がする。

それもまた嬉しくて、僕は少し表情を隠す形になりながら頬を緩めた。


「……、…Major」


少し間を置いた後、大佐は僕の名前を呼ぶ。

僕は、それに返事をするように顔を見た。


「…、今こんな事を言うのも少し躊躇われるが、

昨日の調査が終わった後の夜は、一緒に寝たいと約束をした事を思い出した

…言ってしまえば昨日の夜も一緒のベッドで寝たが、

…、もう少し、しっかりお互いに気持ちに余裕を持った状態でも一緒に寝たいと思った

…今夜、良かったら夜一緒のベッドで寝てくれないだろうか」


…僕も、大佐に言われて今思い出したことだった。

けど、確かにそんな約束もしたんだった。

…、

元々は、僕が寂しくて大佐におねだりした事だったのに、

最終的には大佐が僕に頼んでいる形になってしまっていた。


「…いいですよ

僕も、今夜は大佐と一緒に寝たいです」

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