XXXIII
















引き金が引かれて、

銃声が辺りに鳴り響く。

……、銃声?

何故、銃声が私に聞こえているんだ?

撃たれて、音も聴かないまま死ぬはずじゃなかったのか?

…、…何、だ?

私は、うっすらと目を開けた。

…、目を開いた先で、

私の身体の上に、

奴が倒れ込んでいる。

…何、なんだろうか、

何が、起こっているんだ…?


「残念だったな

どうやら、ミラーへの攻撃に対する対処がなされていなかったようだ」


すると、倒れていたMajorが起き上がり、

まだ頭から血を流したまま何食わぬ顔で突然喋り始めた。


「ミラーの身体は脳天をぶち抜かれたぐらいでは死なない

増してやソウルを2つ持っているんだ。こっちの世界の住民よりも倍身体が強いと言う事、

貴様らは、そこまで知っていなかったな…?

俺達の作戦に、まんまとハメられたんだ」


私は、夢でも見ているのだろうか?

何が起こっているのか、理解が出来ない。頭が追いつかない。

Majorは、私に倒れ込んでいる奴に向かって、そう言い放った。

…開いたままのドアの向こうからも、何か声が聞こえる。


「貴様らぁああああああぁああッッ!!!!」

「っっぅるっさいなーー!

まじゃちゃんコイツどうすればいいのー!?」

「こっちが済むまで抑えておいて下さいってさっきも言いました!!

そいつ逃して更に大事になったらまた大佐のせいになるんですからね!!!」


その声に、Majorが大声で返答した。

……

本当に、Major…、?

なの、か……?


「Colonel、助けが遅れてしまって本当に申し訳ない…!

今助け出して傷を癒してやる

Major、……おいMajor!?」


違う、

此奴はMajorじゃない。

また、別の誰かだ。

けど、見た目はMajorそのままだ。

頭が回らない、何が起こっているのか理解出来ない。

何かを忘れている気がする。

そもそもMajorは今日、

スケルトンの姿のままだったか…?

違う気が、してきた。

思い出せそうで、思い出せない。

私は……


「Majorやめろっ!!そいつはもう死んでいるんだ!!」


会話だけが聞こえる。

状況は、理解出来ない。

…、

Ma、jor…?

私は、首だけ動かしてゆっくりとそっちを見た。


「…、大佐…!」


見た方向から、

人間の姿をしたMajorが私に近寄って来た。

…、

人間の、姿……

人間の姿をしたMajorは、そのまま私の上半身を起こして揺らし、

私の名を呼んだ。


「大佐…っ」

「Colonel、気は確かか?

これから基地に帰るぞ、早急に手当てを受けるんだ、」


スケルトンの姿をしたMajorと、

人間の姿をした、Major…。

…そうだ。

今日のMajorは、

調査の為に人間の姿に変装をしているんだった。

…すっかり、忘れていた。

もう、死ぬものだと思ったから、

本気で、頭を空っぽにしてしまっていた。


「大佐っ、大佐…っ、ごめんなさい…

僕、大佐に何もしてあげられる事が出来なくて…っ」


…覚えている。

その呼び方、その顔付き、手つき、

…Major、だ。

Majorは、

死んでなど、いなかったんだ。


「大佐…っ

生きてて、良かった……っっ」


Majorは、私の手を取って涙を流し始めた。

…私は気付けば言葉も出ないままそんなMajorの顔を見つめていた。

……そう、か

私は、生きたのか。

私も生きて、

誰も、死なずに済んで…

無事で、いられたのか。

…良かった、

本当に、良かった。


「…無事、で、良か————」














—————————————————————————

「作戦通りに、です

もう失敗は許されませんよ」


皆んなで中にテレポートで入り、長い廊下を歩いて行く。

ミラーさんの作戦によると、

ミラー界の住民は皆んな僕達の世界の住民の倍以上の力と体力を持っているそうで、

もし、仮に一発銃で撃たれたとしても、そのぐらいでは大して怯まないらしい…。

そこで、拳銃を所持しているターゲットの元へ先に乗り込むのは僕のミラーさんで、

ミラーさんが銃で撃たれた後で向こうが油断した隙を狙って僕がターゲットに攻撃を仕掛ける…と言った感じらしい。

だが、恐らくそこに辿り着く前には、

僕のドッペルゲンガーが足止めさせようとしてくる事だろう。

その相手をするのが、大佐のミラーさんになるようだ。

僕のドッペルゲンガーは、大佐のミラーさんに任せて、

僕はもう1人のターゲットを撃ちに行く…と言う流れだ。


「相手も、堂々と仁王立ちしてそこで待っている訳ではないでしょう

ですから、いつ何時襲われてもいいように、周りの事は常に警戒をしておいて下さい

いいですね、大佐

特に貴方はもう二度目の失敗は許されませんよ」

「分かってるよ…

…はあ、

でも、そうやって思うと俺、上手く出来るか不安だよ」


僕のミラーさんが、大佐のミラーさんに釘を刺すようにそう言った。

さっきから大佐のミラーさんに同じような言葉をかけてばかりのようだ。

…対して大佐のミラーさんは、

突然、どこか自信なさげな様子を見せていた。


「勘弁して下さい大佐

さっきまで「任せて」などと言っていたではないですか

あの自信は突然何処へ行ってしまったんですか?」

「…まじゃちゃんだって、

もう少しぐらい元気付けてくれたっていいじゃん?

俺だって一回失敗したから大いに反省してるよ

次もちゃんとやりたいけど、そんな脅すような言い方されたら余計に凹むし自信も無くなってきちゃうよ…」

「面倒臭い人ですね…、

俺の応援がないと自身で力を発揮する事すら出来ないのですか?」


二人は、歩いて行きながらちょっとした言い合いを見せていた。

…でも、僕には分かる。

二人の方がこんなに油断しているのではないかと思ってしまうけど、

二人には、此処の世界の人の力なんて自分達にとても及んだものではなくて、

常に、自信と力に満ちているんだと。

…きっと、

今突然襲われてもしっかり対処する事が出来るんだろう。


「?」


大佐のミラーさんが僕のミラーさんに言い返そうとしたその時、

突然大佐のミラーさんがその場で足を止め、背後に振り返って、その遠くの方をじっと見つめた。

…、何か、感じたのだろうか。


「…来ましたか?」

「…多分」


…僕には二人が何の話をしているのか全く理解が出来なかった。

ただ、何も分からず身構える事しか出来ない。

…すると、


「!!」


次の瞬間、何者かが僕達に襲い掛かろうとテレポートで仕掛けて来た。

しかし、事前に予測して構えていた大佐のミラーさんはそれを上手く押さえ、動きを制御する事に成功していた。


「…っしゃ、上手くいった」


どうやら襲い掛かって来たのは、

僕のドッペルゲンガーだったようだ。

けど、最も簡単に、こうして押さえられてしまっている。

…対して、大佐のミラーさんもまだまだ余裕のありそうな様子だ。


「…貴方、何故さっきは失敗したのでしょうね

初めからそうやって動いて欲しいものです」


僕のミラーさんはそう吐き捨てると、そそくさと先の方へ歩き始めてしまった。


「っちょっと!一言ぐらい褒めてくれたっていいじゃん!

…たく、とにかく後はこっちで押さえておくから!早く行ってColonel連れ戻して来てよね!

いつまでもつか分からないから手短に頼むよ!」


大佐のミラーさんは、そう大声で僕達に呼び掛けた。

…が、僕のミラーさんは相変わらず無視…。通路に大佐のミラーさんの声が響き渡るだけだった。

僕は申し訳ない気持ちで、自分も結局何も返事が出来ないまま何度も振り返っては大佐のミラーさんを確認してしまっていた。


「…あの人、初めから実力不足だとか、しっかり動けない訳がないんだ

俺よりもはるかに強い筈なのに、いつも調子に乗ってばかりだから大事なところでいつも失敗をしてしまう…

いい加減どうにかして欲しいものだ」


僕のミラーさんは、少しぶつぶつ言うようにそう話していた。

…、ミラーさん、

もしかして、今のを見て大佐のミラーさんに少し関心した、のかな…?

と言うより、元々凄いとは思っているけど、

それを中々表で伝えない、みたいな…。

…。

何だか、そう言う部分も正にミラーの中での僕、と言う感じなんだな。

ミラーさんは、相変わらず凛々しい表情を浮かべていた。


「…Major、もうすぐでColonelもいる部屋に着く

もう一度言う。作戦はしっかりと覚えているな?

俺が先に部屋に入るから、それで俺が殺られた振りをする

その後に、奴が油断したところをMajorが銃で仕留めるんだ

今日は互いに姿も服装も違うが、

俺の予測では、向こうの不手際で偶然それには気付かれない

余計な行動をしなければ、バレないで済むだろう

…さっきも言ったが、失敗は許されない

だが、Majorなら絶対に出来る。信じると伝えるまでもない

お前は正確な腕の持ち主だ。落ち着けば、何だってやりこなしてみせるだろう」


…話している間に、既に部屋であろう場所の前には到着していた。

ミラーさんは小声になりながら、また僕なそう伝えた。

…、ミラーさんって、本当に丁寧な人だ。

そんなミラーさんの期待を、

簡単に裏切る訳にはいかない。


「…うん、ありがとう

任せて」


僕は改めて決意し、ミラーさんを不安にさせないようしっかりとそう伝えた。


「…、

絶対に、Colonelを助けて帰ろうな」


ミラーさんは、さっきと同じことを、また改めて微笑んで僕に伝えてくれた。

…、元気付ける為なら何度でも、とでも言うように。

ミラーさんは少しの時間僕の顔を見つめた後、

自分も意を決し、その部屋のドアを開け、

…そして、中へ入って行った。

…、僕は、タイミングが来るのを待つだけ。

中で今何が起こっているか、音を聴けば————

次の瞬間、

部屋の中で、銃の発砲音が響いた。

……、

本当に、これで大丈夫なんだよね…?

部屋のドアは、少しだけ隙間を見せて開いている。

…その隙間から、少し中を覗いてみる。

……、

中には、

頭から血を流して倒れている、僕のミラーさん。

思わず、口元を手で押さえてしまう。

………

彼は自分で、銃で撃たれた程度では死なない。殺られた振りをする、とは言っていたけど、

本当の、本当に大丈夫なんだよね……?

生々しすぎて、とても不安になってしまう。

…そして部屋の中には、

他に、ターゲットの姿と、

…そして、拘束された上沢山の傷を付けられている大佐。

っ、た、大佐……っ

大佐の痛々しすぎる光景に、気が動転してしまいそうだ。

様子を見ていると、大佐ももう体力の限界に近い様子だった。

早く、早く助け出さないと…、

すると、ターゲットは大佐の腕の拘束をレイピアので切り落として解き、

そのまま大佐を仰向けに転がしてその上に跨った。

…そして、何かを話しながら、ミラーさんを撃ったであろう拳銃を今度は大佐のこめかみに当てている。

…、今だ。

奴は、こちらに気付いていない。

大佐に何かを喋るのに夢中で、こっちの方向にまだ誰かいると言う事にすら気を配れていない様子だ。

…早く、

早く、その薄汚れた身体で大佐に触るのをやめろ…!

僕は、奴がこちらを向いていないタイミングを見計らい、

隙を作らないよう部屋に入り、

そして、背後から奴の身体を自分の手に持った銃で撃ち抜いた。




…。

や、やった、かな…?


「残念だったな

どうやら、ミラーへの攻撃に対する対処がなされていなかったようだ」


奴を撃ち殺して僕も部屋に入ると、

さっきまで血を流して倒れていたミラーさんが、あたかも何も起こっていないかの様子でその場に起き上がり、

もう死んだであろうターゲットに向かって煽り立て始めた。


「ミラーの身体は脳天をぶち抜かれたぐらいでは死なない

増してやソウルを2つ持っているんだ。こっちの世界の住民よりも倍身体が強いと言う事、

貴様らは、そこまで知っていなかったな…?

俺達の作戦に、まんまとハメられたんだ」


…撃たれた程度では死なない、とは言っていたけど、

まさかこんなにへっちゃらでぴんぴんしているだなんて…。

本当に生きている人なのか…?とまで心配になってしまう。

でも、良かった、

作戦は、上手くいった…?

大佐も、無事助かった……————

……

でも、

何だろう、

何だか、胸騒ぎがする。

まだ、何かが、僕の中で落ち着かない。

落ち着いて、いない。

…そうだ

僕は、

こんなんじゃまだ、

満足、しない

僕はふらっ、と奴の前まで行き、

足で大佐の上から乱暴にどかした。

そして、転がったそれに銃口を向け、

何度も、何度も発砲した。

許さない

許さない、許さない許さない許さない許さない

大佐をこんなにも傷付けて、ミラーさんをあんなにも残酷に、簡単に撃ったこいつを、

僕は、何をしても許せる気がしなかった。

何度も発砲し、発砲された数だけ、どんどんそれに穴が空いていく。

死ね、死ね…死ね死ね死ね死ね死ね死ねッッ!!!

弾が、次々にぶち撃たれていく。

大佐が傷付けられた以上に、それ以上に、

ぐちゃぐちゃに、して————


「Majorやめろっ!!そいつはもう死んでいるんだ!!」


ミラーさんに強く肩を揺らされ、

はっ、として僕の手の動きは止まった。

…目の前には銃の弾で穴が空きまくった奴の死体。

僕はそれを黙って見つめたまま銃を持っている手を下ろした。

……、奴は、僕が一発撃った時からとっくに死んでいる。

許さない、…けど、

もう、罰は与えられた、筈だ。

…大丈夫、…。

…そして、ミラーの方に顔を向けた後、

僕は思い出したかのように大佐の方へと向いた。


「…、大佐…!」


気持ちが込み上げるのと同時に、その言葉は押し出されるようにして口から溢れた。

僕はすぐに大佐の元へ駆け寄り、大佐の状態を起こしながらその身体を何度も譲って呼び掛ける。


「大佐…っ」


大佐は虚な目をしながら、僕に目を合わせた。

…体の状態は酷く、呼吸は深くゆっくりだ。


「Colonel、気は確かか?

これから基地に帰るぞ、手当てをするんだ、」


ミラーさんが呼び掛けても、大佐の反応は薄い。

かなり、限界が近かったようだ。

…僕が、ちゃんと守ってあげられなかったから…っ、

もっと、探すのが早ければ、

こんなに傷付かずに済んだかもしれないのに…っ


「大佐っ、大佐…っ、ごめんなさい…

僕、大佐に何もしてあげられることが出来なくて…っ」


ごめんなさい、ごめんなさい…っ

本当に、大佐を守れない僕でごめんなさい…

痛くて、苦しくて、辛い思いを沢山させてしまって本当にごめんなさい……っ

後悔で一杯になって、

僕の目からは涙が溢れ始めた。

意識が朦朧としている大佐の手をそっと取り、強く強く握った。

…強く打ち付けられ続け、長時間痛みを感じる体勢で拘束されて、おまけに冷え切った大佐の手。

もう力も入らない様子で、本当に酷く冷たかった。

そんな大佐の手に、余計に、涙が溢れてきてしまう。

…、…でも、

でも、大佐は、

生きてくれた。

言われなくても、説明されなくても分かる。

大佐は、どんなに苦しくて痛くて辛くても、

僕の為に、僕達の為に生きてくれたんだと、生きようとしてくれたんだと、

それを、感じ取る事が出来た。

…一番苦しんで頑張って乗り切ったのは、

紛れもなく、

絶対に、大佐だ。


「大佐…っ

生きてて、良かった……っっ」


涙で視界が歪んで、大佐が見えなくなってしまう。

大佐の手を握る僕の手には、更に強く力が入った。

大佐は、生きてくれたんだ。

これ以上に安心して肩の力が抜ける事など他にないだろう。

大佐だけ、大佐だけにこの世界に生きてもらえているのならば、

僕はもう、何だっていいぐらいに思えてしまっていた。


「…無事、で、良か————」


すると、大佐は身を委ねようとし、ほぼ息で発されたかのような声でそう僕に言いかけると、

そのまま僕に体重を預け、言葉を途切れさせて目を閉じてしまった。


「っ、大佐、大佐…っ!!」


また身体を揺すって何度も呼び掛けてもみたが、反応はない。

そんな焦った僕の横から、ミラーさんが大佐の状態を確認しようと少し身を乗り出す。


「…大丈夫。眠っているだけだ

けど、眠っているのも身体が弱り切っているからだろう

早く連れて帰って手当てをした方がいい」


…僕はまた潤んできた目元を拭い、一旦状態を起こしていた大佐の頭をそっと地面に置いた。

…大佐の衣服を見つけなければならない。

そして僕がその場に立ち上がろうとすると、

大佐のミラーさんが、部屋の方まで戻って来て入り口から顔を覗かせた。


「大佐!捉えていたターゲットは一体どうしたんですか!?」


ミラーさんはまたさっきのように、大声で大佐のミラーさんに話しかける。


「大丈夫だって!今Colonelの所の隊員達が来てくれたから!

奴ももう連れて行ってくれたよ。ほら、Colonelの服も別の場所に置いてあったから!

あんまりのんびりしてても良くないでしょ、早く基地に戻ろう!」


そう、大佐のミラーさんは僕達に呼び掛けた。

大佐のミラーさんの手元には、既に大佐の衣服が持たれていた。

…、早く、大佐を安全な所へ移動させないと。















………

…、

此処は…

…。

私の、部屋だ。

今はもう夜のようで、自分の部屋のベッドに寝かされているようだった。

…、

何だか、とても長い時間眠っていたような気分だ。

若干身体を動かそうと思ったが、

全員に針を刺されたような痛みが走り、思わず顔を歪めてしまう。

特に胸や腹の辺りが痛み、その部分を手で押さえようとするが、

ふと、何か違和感に気付き、

仰向けのまま自分の胸元に顔を向けた。

……、

私が横になっている胸の上では、

Majorが突っ伏して眠っていた。

…目元には、涙の跡があるようにも見える。

…。

私は自分の胸元にあるMajorの頭を、そっと撫でた。

…きっと、酷く疲れている事だろう。

私も沢山心配をかけた事だろうし、そもそもの今日の調査内容も中々慣れない事をして、

心も身体も、疲れ切ってしまっているこだろう。

…、Majorの頭が私の胸に当てられていて、

温かみを感じる。

身体のほんの一部しか触れ合っていないのに、

物凄く、安心が出来る。

私は、Majorの寝顔を見つめながら、ずっと頭撫で続けた。

…、

……すると、


「…、……?」


Majorが、ゆっくりと目を覚ました。

…やがて、Majorは私に頭を撫でられている事に気付いて、

こちらへ顔を向けた。

…。

…私は、

…、その顔を見て、

「すまない」と口から溢しそうになったが、

……、けど、

その言葉は、発される事のなく噤まれてしまった。

…Majorは、私の顔をしばらく見つめていると、

段々と目に涙を溢れさせながら、まるでその涙を隠そうとするかのように、

私に飛び付くようにして抱き付いた。

少し勢い良く抱き付かれて傷が痛んで若干に声を漏らしてしまう。

……けど、

何、だろうか、

酷く、安心する。

柔らかくて、優しい体温が、肌の表面からゆっくりと伝わってくる。

それだけで、身体の傷が癒えていくように感じられた。

…そして何だか、とても懐かしいようにも感じられた。

私はMajorの身体を支え、痛む身体を押さえながらベッドからゆっくり起き上がろうとした。


「っ大佐、傷口が開い————」


慌てて私に話そうとするMajorを遮るようにして、私は黙ってまた自分の胸に片方の手でMajorの顔を押し付けた。

Majorも、私の手に力が入るのを感じて、察するようにして喋るのをやめる。

…痛みを抑え、少し時間をかけてやっと上半身をベッドから起こすことが出来た。


「…大佐…、」


起き上がった私に、Majorは小さくまた話しかけた。 

身体の痛む部分を押さえながら、私も俯いていた顔を上げてMajorの顔を見る。

…、今にもまた涙が溢れてきてしまいそうな顔だ。

…。

私まで、悲しくなってしまいそうだ。

起き上がった状態で、私はまたMajorの身体をそっと引き寄せて抱いた。

Majorの身体は相変わらず小さくて、簡単に私の腕の中に埋もれてしまう。

…けど、やはり十分な温かさを持っていて、私の心の緊張を徐々に解かしていく力があった。

今も、私の胸でMajorの呼吸が感じられている。

…それに応えるように、私もMajorを抱いたままゆっくりと深呼吸をした。


「…、

……ごめんなさい」


…。

伝えられると予想はしていたが、

またそうなってしまうと、考えたくなかった。

…Majorに謝らせるのは、一体これで何度目なのだろうか。

…同時に、

Majorに心配をかけるのも、これで何度目、なのだろうか。

本当に、Majorには今までに数え切れない程心配をかけてきたし、

…涙も、枯れてしまう程に流させてしまった。

……

…私は、

何度、Majorを浮かれさせれば気が済むんだ。

いつ、改善しようとするのだろうか?

一体、いつまでこんな、

私で、…

私は、Majorを抱き締める力を強めた。

…謝罪の気持ちも、反省の気持ちも、感謝の気持ちも、

全部、そのハグに込めた。

また少し身体の傷に痛みを感じたが、

それをも吸い取ってぐらいに、Majorは温かかった。


「…大佐…?」


ふと、Majorが離れ、私の顔を覗き込むようにして見つめてくる。

…そして、

私の頬に、何やら指を拭わせるような仕草を見せた。


「…泣かないで、下さい、」


そう言われて気付いた時には、

…私も、Majorと同じように涙を流していた。

Majorは自分も涙を堪えながら、私の涙を優しく拭ってくれていた。

……そうか

今更、気付いた。

寂しくて、怖くて、心配で、…それから、今こうして力が抜ける程に安心していたのは、一番、そうだったのは、

私、だったのか。

さっきまでMajorの身元も確認することが出来ず、挙げ句の果て殺されら現場を目の前に突き付けられたかと思えば、

もう、Majorとは会えない。愛し合うことも出来ないとこれからの人生に絶望して、

…けど、今はもう全て取り返す事が出来て、

またMajorと温かみを確認し合う事が出来ることに対して、

…何よりも、誰よりも、今に安心していたのは、

この私だったのだ。

私は自分の気持ち自覚して、更に涙腺が熱くなるのを感じ、また顔を俯かせてしまう。

…Majorがいない世界に、あんなにも希望をなくして、心の行き場を失くして、

……、私は、

本当に、Majorがいなければ何も出来ない身体になってしまったんだ。

情けない。

もう、昔のように自分で強く生きていける私はいないんだ。

もう……

…すると、

そんな私を見かねたMajorが、

慰めるように、私をそっと抱き締めた。

再び、Majorの温かみが私の身体に伝わる。

…結局私は、

こうする事でしか……っ

……

…いや、

もう、いい。

もう、いいんだ。

私は、もう、

Majorが居れば、それでいい。

Majirが居てくれば、私はもう、

何だっていいんだ。

Majorが生きて私の側に居て、愛してくれるだけで、

もう、何もそれ以上の事はない、

求める事もない筈だろう?

私はMajorが居ないと生きていけないのだから、

だから、もう、

Majorが生きて私を愛してくれるだけで、それでいい。

もう何も、悔しむ事も、悲しむ事も、

怖がる事だってない。

心配する事なんて、

何も、ないんだ。

私は、

自分の嫌な気持ちを全部放り捨てて忘れるようにして、

そんなMajorを抱き返した。

…全て忘れたい。

Majorの温かみで、愛情で、

嫌な事、辛い事、全て忘れてしまいたい。

けど、Majorはきっと、

そんな私の心も癒してくれるのだろう。

……もう、

身を委ねてしまっても、いいのだろう。

何も怖がる事なんてないんだ。

大丈夫なんだ、もう、

もう、何も…。

…、

Majorをただただ抱き締めて、

ただひたすらに、Majorの暖かさを、感じていた。

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