XXVIII

「少佐っ、気分の方はどうですか…っ」


意識がはっきりしてきて、目を開くと目線の先には僕の顔を覗き込んでいた。

首を動かして音のする方に顔を向けると、

……、大佐と、Faithfulさん…?

二人は誰かと戦闘をしている最中だった。

戦っている相手は…、Varlin…。

…そっか、応援が来てくれたんだ。

僕も、触手から助け出されて…、

僕は寝ている状態から体を起こそうとする。


「っ少佐!ご無理なさってはいけません!!

体へのダメージが大きいのですから、安静にしていてください…っ」


隊員の、精一杯の心配の声でそう止められてしまう。

…けど、僕も助太刀に入らないと…、

隊員に止められながらもたもたしていた、

次の瞬間、


「ッひ、いやぁああぁあああああっっ!!!」


甲高い悲鳴が響き渡り、僕達も驚いてそちらに目を向けた。

…、大佐が、Varlinにレイピアを振り上げていて、……?


「Colonelッ!!」


え————

Faithfulさんの大声が聞こえた直後、

銃声が辺りに響き渡った。

……二発。

初めの一発はFaithfulさんの肩を貫通し、

それに気を取られていた大佐の、

大佐の脇腹を、

二発目の銃弾が、背から被弾した。


「Faithfulさんッ!!」

「大佐っ!!!」


隊員達が被弾した二人に声を上げた。

僕の体は考える前に動き、その場に立った。

…突然起き上がったのにも関わらず、何故かふらつきすらしなかった。

大佐は撃たれた後、力無く前に倒れた。

Faithfulさんも先程打たれた勢いで倒れ込んでしまい、その状態のまま肩を押さえてうずくまっている。

隊員達がすぐさま二人の元に駆け寄って行き、処置をしようとし始める。

…大佐が倒れた所にも血溜まりが出来て、

赤く赤く染まっていく。

僕は銃声のした方へ顔を向けた。

……おのれ


「おのれえぇぇええええええ!!!」


気付いた時には既にそちらの方へ走り出して半無意識にレイピアを引き抜き、

銃を撃ったLorenaに走りだし、襲い掛かった。

そして、そのまま無我夢中にLorena目掛け、

レイピアを勢いに任せて振り下ろした。

………、

振り下ろしたはずのレイピアが、

何か、硬いものによって止められている感覚がする。

僕のレイピアを振り下ろす力が余り、レイピアとそれを持つ手に精一杯の力が込められていて小刻みに震えている。

……確認するように顔を上げると、

大佐が、僕の振り下ろしたレイピアを片手で掴んで止めていた。

もう片方の手では腹が押さえられ、出血が止まる様子はなく永遠と、ポタポタ音を立てながら血が垂れ続けている。

…大佐、

背から撃たれたのに、腹を押さえて……

……もしかして、

弾、貫通して……??


「Major……っ、はぁ…、…落ち着け…、

…もっと周りの様子を見ろ

明らかに、さっきと様子が違うのが分からないのか…」


大佐は弱った声で、息切れながらそう僕に話した。

…酷く、痛そうで、苦しそうだった。

力の入ったままのレイピアを掴む大佐の手から、血が滴り始めている。

……気付いて大佐の背後の方に目を向けると、

さっきまで立っていたLorenaは驚いて怯えたように腰を抜かし、

スタンガンも、既に手から離れてその場に転がっていた。

…、さっきまでの表情と、まるで違う。

……、別人…?

………

…僕は、大佐のその様子を見て、

徐々に気持ちが治まっていくように、ゆっくりとレイピアを下ろした。

…と、同時に、

大佐も力尽きたかのように、

その場に足から崩れ落ち、そのまま僕の目の前に倒れた。

—————————————————————————

痛みが、酷い。

意識が遠ざかっていくような感覚がする。

……呼吸が、深く、ゆっくりになっているのが分かる。


「大佐…っ、大佐、ヒールが効かないんです…っ!

何で…っ、大佐、しっかりして下さい…っ!!」


正気を取り戻したのか、ナース達は私達に駆け寄って治療をしようと必死だ。

……さっきまでの様子は、本当に何だったのだろうか。

やはり、今までの様子は全て彼女らの異変、だったのだろうか。

Varlinは、私が彼女へレイピアを振り上げた時から元の性格に戻ったかのように性格が大人しくなった。

もう荒れた口調で話す様子すらなさそうだった。

私が撃たれて倒れた時、そのままVarlinに覆い被さる形になってしまったが、その際も冷や汗をかいて心配してくれていた。

今も治癒能力をかけてくれている、

らしいが……、

一向に、効き目がない……ようだ。

…なん、なのだろうか…

弾に、毒でも塗られていたのだろうか……

毒のせいで、ヒールが効かない、のだろうか……

……

…Faithful

彼は、身体があまり良くない。

更に外傷を負っていては、身に危険が及ぶのでは……

私は力無くFaithfulの転がっている方へと顔を向ける。

Faithfulの方も、治療しようと隊員達が周りを囲っていた。

……

……周りの音が聞こえなくなっていく。

……瞼が、どんどん、重くなっていく。

……嗚呼…、

………

…、

ふと、何か感覚を感じて再び閉じていた目を開けた。

…目を開いた先には、

Majorの顔があった。

Majorは私の撃たれた腹に手を当て、ナースに代わってヒールをかけていた。

…コピー能力、なのだろうか。かなり強力な能力のように感じる。

意識が徐々に戻ってくるのも感じるが、

まだ自分で体を動かすのは不可能そうだった。


「…皆んなごめん

後は僕が治せると思うから、Faithfulさんの方に行ってあげて」


Majorがヒールを続けながら淡々と話した。

……Major…


「……Faithful…は……」


私はほぼ声も出せていない状態で、掠れてそう訊いた。


「…Faithfulさん……

…?

Faithfulさん……?」


MajorがFaithfulの様子を見ようとそちらを見ると、

Majorは、何故かそちらを見たまま顔色を変えた。

…何、だ

…何が、見えて……














……

…、

私は目を覚ました。

…若干重い体を、ゆっくりと肘で支えながら起こす。

私は、あれから一体…、

……、

腹の痛みが、ない。

私は撃たれて、ついさっきまでは激痛で動く事すら出来なかった部位に手を当てる。

…。

…Majorが、してくれたのだろうか。

……、

また、Majorに能力を使わせてしまった。

…まただ。

また私へ、能力を使わせてしまった。

それに、私はまた失態を犯した。

冷静でいれば何事も問題がなかっただろうに、

また、私は……

……

…さっきも、同じようなことを考えていたような気がする。

私は思わずため息を吐いた。

……くそ

気が滅入りそうだ。何故私は……、

……はあ、

部屋を出よう。

早く、Majorの所に行かなければ。

…Majorは、大丈夫だろうか。

今、何処にいるのだろうか。

私は自分が考えていた事を忘れようとするようにベッドを出た。

…いい加減、隊員達も失敗ばかりの私を見て、

呆れたりなどしないのだろうか。

これで大佐として失敗を犯すのはおよそ二、三回目。

もう、失敗は許されないのでは?

Colonel軍の大佐として、本当にこのままでいいのだろうか。

…、…いい訳がない。

こんな上司、誰も頼りに出来ない。

……はあ、

本当に、気が滅入る。

私はまたため息を吐きながら掛けられていた服をまた着用する。

…、服は血に汚れているものではなく、新しいものに替えられていた。

…Majorが替えてくれたのだろうか。

…。

そして、部屋のドアノブに手を掛けた。

…ドアを開けると、

部屋の前には、二、三人の隊員がいるようだった。


「った、大佐!!」

「むやみに動いてはなりませんっ、お身体はもう大丈夫なのですか!?」


隊員達は私を見ると、顔色を大きく変えて私の体を心配した。

…、しかし、本当にもうどこにも痛みは感じていなかった。


「私は大丈夫だ。もう痛みもない」

「なんと…

…コピー能力とは、本当に底知れぬ力を持っているんだな…」

「しかもあんな短時間で…、もう治療係のナースもいらないぐらいじゃないか…?」


…。

確かに、コピー能力があれば限度なく能力を使う事が可能なのだろう。

…しかし、

Majorもそれ以外にもやらなければならない事が山ほどある。

とても一人では手が回らないだろう。

それに、

コピー能力は、魔力の消費が激しい。

下手に使いすぎると、本人に危険が及んでしまう。


「おい、そんなこと言ってやるんじゃない

Majorにもナース達にも、しっかりと役割が振り分けられているからこその立ち位置にいるんだ

Majorのコピー能力は、私たちの持っている通常の能力よりも魔力の消費も多ければ量のブレも激しい

他にもやるべきことがあるMajorにこの全てを任せるのには負担が大きすぎる

だから今までも多少でも治癒が使える隊員達も含めて全員で治療に取り掛かっていたんだろう」


私は、隊員達に伝えた。

Majorのコピー能力の事は、本人が自覚し始めたぐらいから基地内にも情報が広まっていったが、

まだ世間的にもどんなものなのか知識が得られていない。

…使い方を間違えて、取り返しのつかなくなる事だけは避けたい。


「そう、ですよね

失礼致しました、私共も更に学習する必要がありそうです」

「私でもまだしっかりと分かっている訳ではない

そもそも大いに知られている能力ではないから、分からないのは当たり前だ

だから私達は————」


…そうだ、

そんな話をしている暇はない。

Majorと、Faithfulは何処にいるんだ?

私は話している話題を切るように話すのをやめ、二人の事を思い出した。


「…すまない。そんな事より、

MajorとFaithfulは何処にいるんだ」


すると、次の瞬間、


『…大佐…?』


マイクロマイクに、通信が入った。

…Majorの声だ。


「Major、」

『あの…、もうお身体が大丈夫なようでしたら、

さっきまでいた所まで来て下さい。基地周辺の森の中です

…、宜しくお願いします』


そう聞こえた後、通信が切れた。

…Major、

無事、なのだろうか。


「…Majorから通信が入った

今から向こうへ向かう」

「左様ですか、

俺達も大佐が目を覚ましたら一緒に来るように言われているのでご一緒します」


隊員達と私は、言われた場所まで移動をし始めた。

動く足は、自然と早足になっていく。


「他の隊員達は何処にいるんだ」

「基地が空っぽになることを避ける為、何人かは此処に残っている状態です

数人は少佐方の所にいるようですが、どちらからも今は特にトラブル等は伝えられていません」


事は落ち着いた、と言う事か…。

しかし本当に、

突然な出来事で気持ちを焦らせたものだ。

一時期はどうなってしまうかも思った。

…私も、Majorがいなければ今頃命を落としていたかも知れない。

また、Majorに助けられてしまった。

……、

また余計な事を考え始めそうだ。




テレポートしながら目的地まで向かい、ようやく着いたかと思うと、


「どう言うつもりだって言ってんの

正々堂々と戦いに来ていればいいもののとんだ汚い手を使うものだよね

罪のない者を巻き込んでそう言う手を使うだとか反吐が出そうだよ」


誰かの、怒り散らしたかのような声が聞こえる。

…誰だ?

私達がその場所に着くと、Majorや周りに居た隊員達が私達に気付いて振り返った。


「大佐…、」


私はMajorに近寄って行き、その先で繰り広げられる口論を見て、

…驚いてしまった。


「何か言ったらどうなの?

ねぇ、調子乗んのもいい加減にしてくれない?

人でなし。本当に最低だよ」


Faithful…??

怒り散らしていた声の主はFaithfulだった。

それも口論と言うより、Faithfulが一方的にものを言っているようだった。

どうやら、相手の胸倉を掴んで怒りをぶつけているらしい。

私はMajorの元を離れ、言葉が止まらないFaithfulに駆け寄った。


「Faithful、」


私は彼の顔を覗き込むようにして、話を止めた。

…Faithfulは話すのをやめ、私に顔を向けると、

いつも通りに近い、柔らかい表情に戻った。

…その前までの一瞬の表情は、

Faithfulでは滅多に見たことない、表情だったが。


「Colonel、無事だったんだね

さっきまでは動くことすら難しそうだったのに、もう立って走ることまで出来るようになったんだ」


Faithfulは私に安心したような表情を見せた。

…相手の胸ぐらは掴んだまま。離す様子すらない。

……それに、

こいつ…


「お前、怪我はどうした」


Faithfulも、肩を撃たれたはずだ。

痛がっている様子すらない。

…なんなら、

治療をした跡すらなかった。


「え?」

「何とぼけた顔をしているんだ

肩を撃たれた筈じゃないのか?」


私の真横で、彼の肩が撃たれたのを見た筈だ。

この目に、焼きついてしまう程の近い距離で見た筈だ。

なのに、

何故、こんなに……。

…Faithfulは、少しの間私の顔を見ると、

…また、私に笑みを向けた。


「大丈夫

俺エルフだから。死なないよ」


私は酷く心配する表情を崩せないまま黙り込み、Faithfulのそんな顔を見つめた。

……エルフは、不老不死。

…死なない、のか。

……そうか。


「…あは、

何でそんな顔してんの、俺がずっと若いままで死なないの知ってる筈でしょ?

何今更心配しちゃって」


Faithfulは更に私に笑顔を見せた。

…彼の笑顔を見ると、

気になっている事を忘れる程に、安心させられてしまう。


「ね、それよりさ、

こいつら、あのナースちゃん達に取り憑いてたんだって

一番罪のない存在の身体を使ってあんな手使うのほんと有り得ないよね」


はっ、としてやっとFaithfulの掴む相手に目を向けた。

……、?

見たことの、ない軍服だ。


「Phantom軍の隊員だよ

こいつら死んでるから、霊体としてナースちゃん達に取り憑いてたんだって

だからあんな人が変わったように襲いかかってきたりしてさ

それと、やっぱりColonelを撃った弾には毒が塗られてて、ヒールが効かなかったのも痛みと出血が止まらなかったのもこれのせいだって」


Phantom軍…。

産まれて初めて見た。

霊体同士が集まって結成された軍隊らしいのだが、

見かけることすら珍しく、何をどう活動しているのかすらも知られていなかった。

ナースの人数も同じ、三人のPhantom軍隊員がおり、その隊員達は背で腕を縛られ、身動きの出来ない状態にされていた。

よく見ると、霊体だからなのか体が透けている事が見て分かった。

全体的に透けていて、足元にいくにつれて更に透明に透けている。

…ふと、辺りを見渡すと、

近くの木の下で、いつもの姿に戻ったナース達が隊員達の近くで座っていた。

今は、隊員達が彼女らから話を聞いている途中のようだった。

…Phantom軍隊員達は、私の顔を睨むような表情でこちらを見ていた。


「…どう言うつもりだ」

「……」


私がそう訊くと、その隊員達は目を逸らした。

…黙秘、か。

良く出来ているものだな。

すると、Majorも後ろから私達の元へそっと近寄って来た。


「いつからナース達に取り憑いていたかまでは詳しく分かんないけど、既に取られた情報があるかもしれないね

逃す前に処分してしまう手もあるけど、

…それだと、うちの軍の約束を破る事にもなるよね」


Faithfulは相変わらずPhantom軍隊員に対して嫌悪を向けるような表情で見ながらそう言った。

…処分か。

そうするのが一番妥当ではあるが、確かにしきたりを破るのは好ましくない。

しかし、情報を盗む為だったらわざわざ私達に絡む必要はなかっただろうし、あんなに誘拐をしたり殺意を向けてきたりする理由とは…?

……、

何か、他に目的があるのだろうか。

……いや、

…待て、そうだ。

そもそも、何故私達の基地の場所が知られているんだ…?

…しかし、今までにPhantom軍と遭遇したことなど一切なかった筈。

最近は急激に表に出過ぎて、

とうとう、情報が漏れてしまったか…?

…となると余計にこのまま逃すのは————


「僕が記憶を消すのはどうですか…?」


Majorが、私の顔を覗き込みながらそう訊いた。

…記憶……、

…だが、

そしたら、またMajorが…、


「…、また能力を使わせてしまう」


その反面、こんなに頑なにMajorには能力を制限させようとしているようでは、

まるで私がMajorを贔屓しているようではないか。

…そんな、そう言う事をしたい訳ではない。

……、贔屓

…いや……

そんな筈は……、

…やめろ、

また関係のない無駄な事で考え過ぎようとしている。


「仕事、ですから

少し使ったぐらいでは大丈夫ですよ

あったとしても、少し寝れば何ら問題はありません」


そう静かに言うと、MajorはPhantom軍隊員の元へと近付いて行き、そこにしゃがんだ。


「戦うんなら、面と向かって勝負しようね」


MajorはPhantom軍隊員達にそう言った後、

彼らをそのまま何処かにテレポートで飛ばした。

あっけないように事々を終わらせたMajorは、若干ため息混じりで私達の元へ戻って来る。


「テレポートすると同時に、記憶を消して拘束も解けるようにしておきました

そこから帰れそうな場所には飛ばしましたが、僕達の基地の場所までは覚えていないので安心して下さい」


Majorは、相変わらず静かに話して、

そう、最後に伝えた。

…私はしばらく、今まで敵軍隊員達ががいたその場所を、黙ったまま見つめていた。

何だか頭が回らなくて、空虚を感じるような気持ちだった。

…そして、背後の方から若干Faithfulからの視線感じた後、

そのまま、Faithfulは基地の方へと帰って行った。

……、

私は動かない足をとりあえずと言うように動かし、ナース達のいる元へ行った。

…何も気付かないまま、ナース達に剣を振おうとした事を謝りたかった。


「Varlin、Melia、Lorena

…、その、すまなかった

気付かないまま、お前達を傷付ける形で剣を振るってしまっていた

終いには、怖い思いまでもさせてしまった

…それ以前に、

もっと早くに3人の異変に気付き、対処をするべきだった

……考えが甘かった。本当にすまない」


方からは、謝罪の言葉しか出なかった。

異変には、気付いていた筈、だったと言うのに。

私は、ほとんど見て見ぬフリをしたようなものだ。

…最低だ、本当に最低だ。

こんなに長い間同じ場所で過ごしてきていていると言うのに、

何故もっと早く対処に取り掛かれなかったんだ。

それにすらまともに気付こうとせず対処すらな出来ないだなんて、

本当に、失礼極まりない。

仲間を、傷付けるような事にまで…

三人は私の言葉を聞くと、お互いに目を見合わせた。


「…いえ、取り憑かれた私達も悪いのです

大佐の軍隊のナースとして務めているのにも関わらず、自分達が気付く前に、既に取り憑かれてしまっていました」

「きっかけとしては、こちら側の失態なのです

ナースであり、普段は隊員方の治療をする役割を持っていたとしても、こう言った状況にも対処出来ていないと良くありません」

「こちらこそ、大佐や少佐に武器などを振るって攻撃してしまった事、本当に深くお詫び申し上げさせて下さい…

この上ない無礼な行動を取ってしまったのです、このまま処分対象になってもおかしくないとまで思っております…」


三人は、謙虚に、私を慰めるような言葉も交えてそう言った。

…、いつもの、三人だった。

やはり、今までの三人は明らかに異常だった。

…何故、放置してしまったんだ。

……

…三人は、ほとんど悪くない。


「…とんでもない

完全に不意を突かれてしまっていた。そもそも、こちら側の警備不足なんだ

…基地の場所が、向こうにバレている時点で重大な失態だ

今までの私達の基地では相当平和な雰囲気で過ごせていたものだから、突然襲い掛かられる事など思いもしなかっただろう

…その分、対処をするなどもっての外だったのだろう

……気にしないでくれ」


…ここで私が三人に怒りを下すのは、絶対に違う。

……今の私に、そうする権利などない。

私の、不手際だったのだから。

三人は少し沈黙を続けた後、そっとその場に立った。


「あの、私達も今後はこう言った状況にも対処出来ますよう、訓練しますので、

次は、絶対に同じ失敗を繰り返さないよう努力致します」


真っ直ぐな表情で、面と向かってそう伝えられた。

…彼女らの純粋で真面目な表情を見ると、

余計に、今まで対処が出来なかった自分が憎くなった。


「…分かった。礼を言う

身体を、壊さない程度にな」


私は、静かにそう返事をした。

ナース達は「失礼します」と私に伝え、三人揃って基地の方へと帰って行った。

…私は、その場に立ち尽くしたままそれを見送った。

……

……また私は、罪を重ねた気がする

…そんなに、考える必要などないのか?

そんな、そんな事、

もう、そう言っていられる事態ですらなくなってきたように感じられる。

……。

私に、これから大佐が務まるのだろうか。

皆んなは、私がどんなに失敗を繰り返しても慰めの言葉しか掛けてこない。

基地内で誰かが私を批判した事など、注意をした事など、

一回も、ない。

何故、皆んなは私の失敗を認めた様子を見せないんだ。

とっくに務まらないことが決まっているのならば、さっさと役割を降ろしてしまえばいい。

…だのに、

何故、誰も伝えてくれないんだ。

私など、とっくに務まっていない筈だ。

これまでに重ねた失敗は何回だ?他の方がよっぽど務まる筈だろう。

………

私は、

これから、また更に失敗を重ねることが不安で仕方がない。

あんなに気を付けようと努力してでもこれだ。

努力、している筈、…

…そもそも、努力など、していないのではないか…?

怖い、

また、失敗を繰り返す時が怖い。

そうならないようどんなに努力してもまたやらかしてしまう事がとてつもなく怖い。

私が次失敗した時、その時は、

どうなって—————


「大佐、」


意識が帰ったかのように、

私は、Majorに正面から顔を覗き込まれているのに気付いた。

Majorは私の両頬に手を当て、私を心配する表情でいる。


「……Major…」


ほとんど息のような声でMajorを呼んだ。

今回、Majorにまで負担をかけてしまった。

死ぬかもしれなかった。

…また、Majorの身を危険に晒させてしまった。

……全部、

もう、全部全部、私の手が回り切っていない。

私じゃ、

私、じゃ、


「……何故、皆んなは私の失敗を認めてくれないんだ」


私の顔は自然と俯いた。


「私は、もう、

とっくに大佐を降ろされている程に失敗を繰り返している筈だ」


握る手に、力が入った。

…疑問だった。

ただただ疑問だった。

とっくに、務まってなど、いない筈なのに。

何故、皆んな私を————


「それは、皆んな大佐のことが大好きだからですよ」


—————

Majorの顔を見た。

Majorは、真剣な顔で私にそう伝えていた。


「皆んな、大佐のことが大好きで、慕っているからですよ

…、大佐は、いつも僕達のことを愛して育てて、導いて下さっているから

僕達はいつも大佐から正しさを学んでいるから

…大佐から、親切心をもらっているから」


隊員達の、いつも私に向けてくれる笑顔が、

フラッシュバックのように次々に思い出されていく。

……私は


「いつも、僕達に正しい方向を教えて救って下さっている大佐の事が、

皆んな、大好きなんですよ」


私は…

何、故


「……私、なんて…っ」


目頭が一気に痛く、熱くなり、

大粒の涙が溢れ始めた。

…大切な事を忘れていた気がする。

私が、この軍の大佐という役割を引き受けた理由は何だ。

私が此処で大佐を務め、していきたいことは何だ。

私自身が、とうに理解していた筈だろう。


「…皆んな、大佐がいつも努力しているのを知っていますから」


私がこう活動することによって定められる目的を知っているからこそ、

隊員達は、私をいつも慕ってくれているのだと、

今更、改めて気付いた。

こんな、こんな私でさえ、

愛されることなど、

そんなこと……

本当に、あっていい事なのか。

顔が俯いたまま、涙が止まない。

胸が、酷く苦しいのを感じる。

締め付けられて、息がし辛くなる。


「……私で、いいのか…?」


Majorは、涙の止まらない私の頬に手を当てたまま、溢れ出続ける涙を指で拭ってくれていた。

私は弱々しく溢し、そうMajorに訊いた。

嗚咽と呼吸で声が出てしまいそうなのを抑えながら、私は顔を俯かせたままでいた。

…すると、

Majorはそんな私を、

そっと抱き締めた。


「相当お疲れですね

皆んな、大佐の事はいつまででも待ってますから

もっとしっかり、沢山休んで下さい」


酷く、安心する温かさだった。

今此処で感じる苦痛も、今までの後悔も、

全て、浄化させられそうな程に、安心する温かみだった。

…私は、やるべき事を果たせているのだろうか。

そのままMajorの背に手を回した。

……もしも、

本当に、許されるのならば、

…私はまだ、

目的を、諦めたくない。

こんな私でも、許されるのならば、支えてくれるのならば、

このまま、続けていきたいと、そう思った。

Majorと抱き合って温かみに身体が解されていく今でも、

私の胸には、皆んなからの愛情が刺さったままのように感じられていた。

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