XXVI

…、

……目が覚めた。

寝てしまって、いたのかな。

朝日が窓から差し込んでそれが目にかかって、少し眩しい。

眩しくて、少し目が痒いようにも感じられて目を擦る。

…、

……!!

僕は、はっとしてベッドから飛び起きるように身体を起こし、

自分の手を見た、

…、………

スケルトンに、戻ってる。

…無駄に、しちゃった、…?

大佐との大切な時間を、僕は無駄にしちゃった…?

…そんな、

昨日、あのまま一緒に夜を過ごすつもりで……、

大佐の方にも顔を向けてみる。

…大佐はまだ寝ているようだったが、

…、大佐も、僕と同じようにスケルトンに戻っていた。

寝過ごしてしまったショックで、僕は酷く肩を落としてしまう。

せっかく、人間の身体で大佐と触れ合える貴重な時間だったはずなのに、

僕は、それを自分の手によって成らないものにしてしまった。

最悪だ、後悔しかない。

丁度今回はあくまでも体験として人間になっていただけだから、帰って来た後も余裕があってゆっくり話をする時間だって作れていた。

けど、次回からは本格的な調査の為に人間になるのだろうから、

そう言った時間も、中々作れなくなってくるんだろう。

僕も、少し楽しみにしていのに。

人間の身体でもっと大佐と触れ合えたらどう感じられるんだろう、って。

ただでさえ中々大佐と二人きりの時間は作れないものなのに、

……本当に、何だか、

寂しい気持ちになってしまった。


「Major…?

……起きていたのか、」


すると、隣で寝ていた大佐が目を覚まし、こちらに向いていた。

…僕も少し顔を見せたくない気持ちでそちらを向く。


「…、…どうした」


大佐は僕の顔を見ると、見るからに元気そうではない様子に声をかけた。

…、僕の顔は自然とまた正面に戻った。


「…

…ごめんなさい」


口からは弱々しい謝罪の言葉が溢れた。

…それを口にすると、僕は更に悲しくなってしまって、正面に向いた顔を俯かせた。


「…何の話だ?」

「……大佐との、大切な時間を無駄にしてしまって」


僕の声は更に弱々しくなっていく。

大佐はそんな僕を少し考えるように見つめた。

…すると、大佐はゆっくりと身体を起こし、

そっと僕を自分の元へ引っ張ると、そのまま僕を横から抱き締めた。


「一度機会を逃しただけで、そんなに落ち込む必要などない

それとも、私の人間の姿を知って、本当に人間になった私だけしか愛せなくなってしまったか?」


耳元で、大佐の囁かれる声が響く。

…大佐に腕を絡められて、少しドキドキし始めた。


「……、いえ…」

「なら、尚更気にすることないのではないだろう?

私はどんなMajorだって愛して見せる自信がある

Majorも、私がどんな姿であろうと愛してくれるのならば、私は何も思わない」


大佐の僕を抱き締める力が少し強くなった。

それでも、それはとても優しい力に感じられていた。

……でも、


「Major、例えお前が人間の私にどうしても意識が行ってしまう場合は、

それ以上にどんな姿であろうと、私がMajorに尽くすから安心して欲しい

このままの姿でも恐れることはないと証明して見せる」 


…やっぱりもう、人間の身体程の温かさは感じられなかった。

背に回された手からも、もうあんな温もりは感じられない。

……ああ、

良くない。

人間の大佐を、求めてしまう。

僕だってどんな大佐だって愛したい。どんな身体でも関係なく好きでいたいし求めていたい。

…ダメだ、な。

人間の身体での感覚が忘れられない。

…普段の大佐も、好きな筈、なのに。

大佐は少しの間僕を抱き締めると、やがてそっと離れ、

ベッドを降りようと移動した。


「…そろそろ今日の支度をしなければ

お前も自室に戻って、着替えだけでもして来てくれ

話はその後ゆっくりすればいい」


大佐は、僕に優しくそう言った。

…今回機会を逃して、余計に人間の身体が忘れられない。

後悔が、余程大きいらしい。

……大佐は別に悪くないし、何か変な事を言った訳でもないのに、

何で、あんな事考え始めちゃったのかな。

…あんなちょっとの大佐の言葉だけで、何で余計な事に結びつけちゃったんだろう。

……

本当に、大切な時間を無駄にしちゃったな。




僕はあれから言われた通り自室に戻り、着替えを済ませてから大佐の部屋に向かった。

…少し、気分が憂鬱だった。

今日はまだ元気を取り戻せる見込みがない。大佐に迷惑をかけてしまわないだろうか。

…仕事も、上手く出来るかな。

…、不安で仕方がないけど、これは仕事だから。

自分の気持ちで動けなくなるようではやっていけない。

……頑張らない、とな。

部屋に入ったら大佐と何を話せばいいのかな。

…上手く、喋れるかな。

……。

僕は大佐の部屋のドアノブに手をかけ、ゆっくりと押した。

音を立ててドアが開くと、

部屋の中には既に着替え終えて作業をし始めている大佐がいた。


「Major、早かったな

私はこれから少し机に向かう作業があるが、Majorは私の隣に椅子でも置いて座っていてくれ」


大佐の様子はいつも通りだった。

…もしかしたら、いつも通りでいてくれているだけかもしれない。

僕は少し移動させてあった椅子を大佐の机の隣まで持ってくると、そこに座った。

続いて、大佐も準備が出来て机に座った。

…あ、

僕、さっきから全然大佐からの言葉に返事を出来ていない。

あくまでも大佐は上司だから、最低限の礼儀はしっかりしないといけないのに。

上司である大佐が優しく気遣って声をかけてくれているのに、自分の気持ちに必死で返事すら出来ていなかった。

……無礼極まりない。

ダメだ、こんな調子じゃ…。

僕は更に自分を追い込むような感情に陥ってしまい、顔を俯かせてしまう。


「…」


大佐は席に着くと、特に喋ることもなく作業を進めていた。

…僕も喋りかけられることもなく、話題もないまま黙り込んでしまう。

……何か、話した方がいいかな。気まずい雰囲気にさせちゃってるかな。

感情が表に現れて、僕は両手を膝の上で絡ませる。

…。

すると、何か横から伸びてくる気配がして、ふっとそちらに顔を上げる。

顔を向けると、大佐の手が僕の頬に伸びていて、

それから、大佐は指の背で僕の頬を撫でた。

大佐と目が合って、少しの間大佐の方を見つめる。

…大佐も黙ってそのまま僕の方を見つめると、

しばらくして、頬から手を離してまた机に向き直った。


「…元気を出して欲しいものだが、どうしたらいいか考えていたんだ

…、隠しても仕方がないし、どうせ話す話題もないものだから

…今、こうして話してしまった」


大佐は自分の気持ちを素直に僕に伝えた。

大佐は再び僕に顔を向けると、すぐにまた机に向き直った。

……、

いつも通り、見るだけでは感情が解り辛い大佐の表情だったが、

確かに、僕を気遣おうとしてくれているのは読み取れる表情だった。

…また大佐に気を遣わせてしまう。


「…すみません」


ああ…また余計なことを言ってしまった気がする。

謝る必要もないのに。

口からは、謝罪の言葉しか溢れなかった。

流石に何か注意されるかもしれない。

僕のソウルは鼓動を増した。

僕の顔はまた俯いてしまっていた。

…すると、

大佐の作業をしていた音が止まったのを聞き取った。

気配を感じて、顔を上げようとしたその時、

大きい何かに身体が包まれ、ソウルが跳ね上がるような音を上げた。


「…すまない

元気にさせてやりたいとは言ったが、何も思いつかないんだ

…けど、隣で黙って放って行く訳にもいかなくて」


大佐の僕を抱く力が少し強くなる。

僕の身体に触れた大佐の身体や絡んでいる腕を感じていると、ソウルが更に締まって痛いようだった。

…僕は体の向きを変え、正面から大佐を抱き返した。

……、大佐の身体に包まれながら目を瞑る。

今、改めて感じてみると、

普段の大佐の身体でも、温かさを感じられた。

…程よくて、とても安心する温かさ。

いつも、感じている温かさだった。

……人間なんかにならなくても、

ちゃんと、温かかった。

僕の、大佐を抱き締める力も強くなっていった。

僕の胸の中は申し訳ない気持ちで沢山気持ちで一杯になっていった。

人間での大佐の体温しか、求められなくなるところだった。

…そうだ、

ここまできて、普段の大佐ですら愛せなくなるだなんてこと、ある訳がないんだ。

僕が好きになったのはスケルトンの大佐であって、普段僕が見ている大佐。

人間になったぐらいで、簡単にそちらにだけ気持ちがいってしまうようではいけない。

…僕が好きなのは大佐だから、どんな大佐になろうと、

大佐が大佐であるのなら、僕が好きなのは変わらない。


「…ありがとうございます」


僕はその状態のままで、大佐にそう伝えた。

大佐は僕のそんな言葉を聞き、

抱き締めていた状態から離れて僕の方に向き直ると、

僕の頬に手を当て、そのまま口と口を重ねた。


「…元気になってくれた、だろうか

良かった。また元気なMajorが見れる事が出来て嬉しい思う

…こちらこそありがとう。愛してる」


大佐は僕の額に自分の額をくっつけると、そうお礼を言って見せた。

…大佐の大きな両手が頬に置かれている。

大きすぎて、そのまま僕の顔を呑み込んでしまいそうだった。

けど、やはりそれは酷く安心するもので、確かに温かかった。

僕も気付けば笑顔を取り戻していた。

そんな大佐の手の上から、僕も自分の手を重ね、

自分からも大佐に「大好きです」と伝えた。

—————————————————————————

「アミ姐さん、ご馳走様ー」


食堂で昼ご飯を食べ終え、食器をアミ姐の元まへ返しに行く。

アミ姐はいつも通りの笑顔で僕が渡した食器を受け取ってくれた。


「おーう!今日もありがとうな!」


相変わらず元気な声で、僕にそう言って見せた。

僕も微笑んで返事をすると、持ち場の方へ戻ろうと足の向きを変えた。


「…あ、Major、」


と、アミ姐が背後から何かを思い出したかの様子で再び僕に話しかけてきた。

僕がまたアミ姐の方へと振り返ると、

アミ姐は何やら、周りを気にしている様子で僕に手招きをしていた。

僕はまたアミ姐の元へと戻った。

…何かあったのかな…?


「アミ姐、どうしたの?」

「おう、Major

近いうちに伝えないとなって思ってた事があるんだ」


アミ姐の声は少しヒソヒソした声量になった。

…そんなに、人目を気にして話さなきゃいけない事なのかな。


「…あまりいい話じゃないんだけどな

いつも三人で固まって行動してるナース達がいるだろ

最近、その三人の様子がおかしい気がするんだ

今まで比べて見ていて、…なんか、違う雰囲気が感じられるんだよな」


…そう言えば最近、

その三人のナースとすれ違うことも少なくなれば、関わる事も中々なくなっていた。

それに、最近の様子がおかしい、って…。

…何か関係があるのかな。


「もしかしたら、何か良くないことがあるのかもしれない

私は下手に介入出来なくてまともに力にもなれなくて申し訳ないんだけど、

…少し、様子を見て気をつけておいた方がいいかも知れない」


……。

…なんか、

何となく、だけど、

嫌な予感がする気がする。


「…そうなんだ、分かった

決定的な異変に気付いたら、なるべく早く何とか出来るようにするね

アミ姐に言われてなかったらきっと気付けてなかったよ

教えてれてありがとう」


不安な気持ちが少し生まれて表情にも出てしまいそうになったが、

教えてくれたアミ姐にはお礼を言わなければならない。僕は自然に笑顔を作ってアミ姐にそう返事をした。

アミ姐も、少し心配そうな表情を見せたが、僕の返事に応じるように同じように微笑み返してくれた。




あれから食堂を去り、再び大佐の部屋に向かう為に通り道の廊下を歩いていた。

…、やはり、アミ姐から聞いたナース達の事が気がかりだった。

果たして、一体どう言った感じで様子がおかしいのか。

まだ予想がつかなくて、余計に不安な気持ちを倍増させた。

…まだ決定的に何か分かった訳でもないし、今から状況を把握する事も難しい。

まずは、落ち着いて様子を見るようにしよう。いつもより彼女達を良く観察するようにして、それから…、

階段を登った先にある角を曲がって目線を上げた、

その時、


「いいじゃないですかぁ

少しぐらいあたしの話、聞いてくれてもいいじゃないですか…?」


その光景が目に入った瞬間、ソウルが跳ね上がってそれが全身に伝わった。

僕の足は無意識にその場を引き、角の陰に隠れた。

……なに?

初めて、感じるような感覚だ。


「っ、…」

「Colonel大佐、

ちょっとだけ、ですから」


大佐と、一つ目のナース、Varlinが話していた。

話しているだけなら、僕は何とも思う事はない。

けど、あれは、

明らかに、何かが違う。

だって、あんなの、あんなの、

あまりに、距離が近すぎる。

それに大佐のあの表情。

嫌がっていた。相手の行動を拒もうとするような表情だ

なに?どう言うこと?

Varlinが大佐のことが好きだから、大佐に近付きたいだけ?

あんな、誘うような、様子で

僕は思わずその場にしゃがみ込んだ。

突如、胸が不安で満たされていく。苦しい。

何が起こってるの?

それに、大佐は今更僕以外の人のことは好きにならないはずだし、欺かれたりしても気に留めることもないはず。

心配する事は何もないのに、

この胸のざわめきは何なんだろ。

少し気を抜いていれば、

Varlinの、大佐に話しかける声が聞こえてくる。

聞きたくない。耳に入れたくない。

僕の体勢はうずくまっていった。

おまけにその場から動くことも難しくなってきた。

逃げたくても、今逃げると、

何か、いけない気がして、余計に嫌な予感がして。

気付けばソウルが酷く高鳴って痛い。苦しい。動けない。

どうしよう。息が切れそうだ。

嫌な気分になって仕方がない。居心地が悪すぎる。

鼓動から影響されて、嗚咽が喉を通りそうだ。

………

…………ああ…

それ以上、近付かないで、欲しいな

大佐に、それ以上馴れ馴れしく近付かないで欲しい。

大佐は今はもう僕以外の何者でもない。そうであって欲しい

そうであってくれないと僕は————


「こんな所で何をしているんですか?」


耳元で発される誰かの声で背筋が凍った。

喉から小さく声が漏らしながら、話しかけられた方に顔を向けた。


「具合でも悪いんですか?」


さっきまで大佐と話していたVarlinが、

知らないうちに自分のすぐ隣に居た。

僕と同じ目線にしゃがみ、まるで噛みついて離さないとでも言うような大きな一つ目が僕を逃さなかった。


「そんな所に居ては風邪を引いてしまいますよ」


動けない。

目を合わせられなくて、僕の視線はゆっくりと俯いていった。

相手からの視線から物凄い圧を感じて、まるで縛られているようだ。

そもそも、Varlinはどう言う意図でさっきから…?

大佐に近付いていたのも、僕に意味深な行動をとるのも、

一体どう言う意図で…??

普段通り堂々としていなければならないのに、

まるで少佐らしくいられな————


「早く大佐の所へ行ったらどうですか」


すぐ耳元で囁き声が聞こえ、驚いて体ごと跳ね上がってそちらを見ると、

もう、僕の側にVarlinはいなかった。

…不安な気持ちに駆られまくり、再び地面に目を向けた。

……何だったんだろう。

何が、したかったんだろう。

そもそも彼女が何を考えているのかすら分からなかった。

一体、僕をどうするつもりなんだろう。

…何かを企んでる匂わせ、なのかな。

……怖い。

Varlinは、普段様子を見てても今まではあんな感じじゃなかったのに。

何が起こっているのか、全く理解が出来ないし追いつけない。

今後の不安感で、酷くソウルが高鳴っていく。

これでもしもVarlinが大佐を狙ってて、僕から奪うつもりだったらどうしよう。

…と言うか、自覚してあの行動に出ているとしたら、

彼女は既に、僕が大佐と関係を紡いでいると言う事を知ってる…?

何で?どこでそんな事知ったの?

今まで隊員達にも滅多にバレないように行動してたはず。

絶対にバレるはずがない。Faithfulさんとアミ姐が他の人にバラすとは到底思えないし、だとしたら情報はどこから??

でも、

あの目、

絶対に、僕を……


「————jor、Major!」


気付けば、誰かに体を揺すられていた。

僕を呼ぶ声に、ハッとして顔を上げる。

…顔を向けると、

そこには、心配する表情で僕の顔を覗き込む大佐だった。


「こんな所で何をしているんだ

探したんだぞ」


少し、必死になっている様子だった。

…けど、

大佐が僕の体に触れて揺すって、顔を近付けて、

心配してくれている様子に、

酷く、安心を覚えた。

大佐の触れてくれている手に自分も手を重ねようとしたが、

さっきの出来事の余韻が響いて、少し力が入らなくなる。


「どうした、気分でも悪いのか?

大丈夫か…?」


立つ力すら入らない僕を支えてくれながら、何度も話しかけてくれていた。

…大佐に、身の全てを委ねたくなる。

僕はまだ気持ちが落ち着かないまま、そのまま大佐の方へ身体がもたれてしまう。


「大佐…、

大佐、僕のこと、ちゃんと好きですよね…?

他の誰かのところに、行ってしまったりなんて、そんなことしませんよね…?

離れたり、しませんよね……」


大丈夫だと分かっていることなのに、

ほとんど意味もなく、大佐に問いかけた。

さっきVarlinと別れてから、身体に力が入らないし、若干震えを感じる。

…目眩も、するような……。

大佐に持たれながら、立ち上がる力を出せないまま大佐の服に弱々しくしがみつくだけしていた。

…何か、悪い術でもかけられたりした、のかな……


「当たり前だ、急に何がそんなに心配になってしまったんだ

また何か良くないことでもあったのか?

Major…?」


大佐が、何度も心配して僕に声をかけているのは分かる。

けど、まるで言葉が片耳から片耳へと一直線に抜けていくような感覚だ。

頭が真っ白で何も考えられない。

…気分が悪くなっていく


「…す、すみません……ちょっ、と…」


僕は特に理由もないままその場に無理矢理立ち、

その場を去ろうと、ふらふらしながら歩き出した。

何で、急に歩き出してるんだろう…??

目的地なんてないのに、どこに向かうつもりで?

何も、考えられてないのに、

何も、ないのに…一体何を……

—————————————————————————

「Major…?

おい、どこへ行くんだ!」


今まで力すら入っていなかったMajorが、突然私の腕の中から起き上がり、階段の方へとふらふら移動し始めた。

私も慌ててその場から立ち上がり、階段のほうへと向かうMajorの体を支えるように掴んで進行を止めた。


「Majorっ!

しっかりしろ!一体どうしたと言うんだッ」


Majorの様子が明らかにおかしい。何を考えているかを読む事も出来ない。

一体どういう状況が起こっているんだ…?

Majorの頬に触れて、そっとこちらに向かせてみる。

…Majorはぐったりとしている様子だ。若干息切れている。

状態が分からない。どうしたんだ……?


「あら少佐、どうかなされたんですか?ぐったりとしていて可哀想に…」

「と言うか、少佐の事を大佐がまるで守るような様子で…?」

「やっぱりお二人様、

付き合って、いらっしゃるんですか?笑」


気付けば目の前に、

Varlin含め、三人ナースがそこに立っていた。

……何だ…?

先程のVarlinの様子にも違和感を感じていたが、

三人の様子もおかしい。


「…どう言うつもりだ

Majorに何かしたのか?」


私はそう言って、ナース達を少し睨んだ。

三人が私達の関係を察している事に対しては気を留めなかった。

それよりも、明らかに様子のおかしいナース達の方に気掛かりだった。

何なんだ…?

まるで、今までの三人ではないようだ。

あたかも人が変わったかのように……。

…本当に、三人の意思によって発されたものか…?


「ええっ、別に…?

ただ、少佐のご気分が優れないようですので心配をしていただけなのですが…」


見るからに、わざとらしく話しているような様子…、

この三人、今までこんな性格をしていただろうか…?

……けど、

考えるだけでは、実際の状況を理解することは出来なかった。


「……分かった

分かったから、少し二人にさせてくれ」


今、構っている余裕まではない。

とにかく今は、Majorのことが心配で堪らなかった。


「えぇ〜、もう大佐ったらお冷たいんですからー」

「あは、きっと大佐、私達よりも少佐のことが心配で堪らないんですわ〜」


ナース達は私を煽るような言い方で吐き捨て、

やがてその場を去って行った。

…本来腹を立てるはずの言い掛けに、

私は状況に追い付けない気持ちの方が強くなってしまい、

やはり、それよりもMajorのことが心配でならなかった。

……本当ならばナース達の様子を気にかけて確認しなければならないことは分かっているが、

今はそれよりも、Majorのことが…、


「Major、おい」


私はもう一度Majorに声をかけた。

俯かれているMajorの顔を起こし、その顔を覗き込む。

…目の焦点が、合っていない…?

それに加えて、ずっとクラクラしているような様子だ。

もう一度声をかけるが、

Majorの耳には届いていない様子だ。

……、

Major、もしかして、

催眠術にかかっているのか…?

催眠術は過去に隊員が敵の術によってかかったことがあり、それの対処をした経験もある。

その時の様子と、今のMajorの様子が似ているように見えた。

けど、その割にはMajor自身の意識が全くないようだ。

催眠術、

一体どこで…。

私はMajorの頬を軽く手の平で叩き、体を揺すったりしてまた呼びかける。


「Major…っ」


私にも多少の焦りが生じ、若干息を切らしてしまう。

何度か名前を呼び続けた末、

……

…やっと、Majorは私と目を合わせてくれた。


「……大、佐…?」


弱々しく、Majorは私の名を呼んだ。

…いつもの、Majorの目だ。

私はその様子に何も返事が出来ないまま、確認するようにしてMajorの頬に手を当てた。

…Major、

良かった……っ

私はそのままMajorの体を抱き締めた。


「……心配かけさせないでくれ…」

 

心配で胸が張り裂けそうだった。

ずっと、Majorが元気を取り戻せないままなのかとまで思えてしまっていた。

私は黙ったまま、強く強くMajorの体を抱き締めた。


「…大佐…、

……ごめんなさい」


Majorは小さく私に謝った。

私は、ずっとMajorの体を抱き締め続けた。

こんな所でこんな事をしていたら、

いつか隊員とたまたま鉢合わせて関係がバレてしまう恐れが大いにあったが、

今は、そんなことはもう気にしていられなかった。

Majorが正気を取り戻したことがとにかく安心して、

もう、それ以外の事を考えたくなかった。

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