XXV

あれから僕達は基地に戻り、着ている服を脱いだ。

今はもう陽も落ちて仕事も落ち着いている時間帯。

ドレスやウィッグを脱いだ時に思っていたけど、長い髪に慣れなくてずっと邪魔に感じてしまっていた。

やっぱり髪は短い方が楽だしいいなあ、と感じていたり、服もスカートやワンピースよりもズボンの方がいい、と感じていたり。

昼に遭遇したThief軍の隊員は、身元を掴むことが出来たので既に警察に通報済みだった。

Thief軍は、以前から窃盗で犯している事から有名になっていて、けど軍自体の詳しい情報などは掴めておらず身元が不明なまま野放しにされている状態だった。

今回はたまたま遭遇する事が出来て警察にも届け出たが、果たしてこれで完全におさまるかどうかは分からない。

とりあえず、出来る事は出来たはずだ。

本当はこれからの僕達の為に役立つような調査をする予定だったけど、…まあ、いつもとは違う形ではあるけど、損をした事はないのかな。

今日の夜は全て支度を終え次第大佐の部屋に来るように言われていて、今は寝る前の着替えをしている時だった。

鏡を見ながら格好を確認しているが、

僕は、見慣れない人間の自分の顔をずっと鏡で見つめていた。

…人間の姿は、明日の朝には戻っているのだそう。

特に過ごしていて体調が悪くなったりなどの事はなく、分かったのは気温や痛みを感じやすい身体になる、と言った事ぐらい。

…特にそれ以外は、気になる事は何もなかった。

と言う事は、やっぱりナース達が作った薬品が物凄く性能が高いものと言うことになる。

僕はナース達が薬品を作っている様子を間近で見る機会が中々ないけど、ここまで性能が高いのは本当に驚いてしまう。

同時に、自分達の軍にそう言った技術を持っている人がいると言う事も心強い。

それでも、やはり実践で百パーセントな効果は保証出来ないから、こうして試しに一日使ってみるなどして確認をしている、と…。

実践で何かあると取り返しがつかないからこう言った確認も大切だけど、こんなに効果が確実ならあまり心配をする必要もなさそうだった。

そうこうしているうちに一通り支度が終わり、僕は自分の部屋を出た。

今日は何気に色々あった日で、夜部屋に来るようにと言われた時も良く理解出来ていないまま返事をしてしまったけど、

今日の事に関して纏めた話でもするのかな…、

すぐ隣の大佐の部屋の前で立つと、そのドアノブを握って中に入る。


「あっ」


僕が部屋に入ろうとすると、丁度大佐が部屋から出て来ようとしてくるところだったようで、鉢合わせてしまった。


「来ていたのか、中に入ってくれ」


大佐は僕にそう声をかけると、また部屋の中に戻って行った。

大佐も既に着替え終えている状態で、白シャツ一枚になっていた。髪ももう下ろしている状態だ。


「改めて確認したいのだが、今日はその身体で過ごしていてどうだっただろうか

私は特に異変などはなく、気になった事などもなかったが

Majorがもしも何か感じたことがあったなら聞いておきたい」


大佐は色々と整理をしていながら僕にそう話し掛けた。

…丁度さっき、僕も自分で振り返って考えていたことだ。


「はい、僕も特に何か気になった事はなかったです

強いて言う事でしたら、気温や太陽の陽の当たりを感じやすくなった…、ぐらいですね」

「確かにそうだったな

私も、顔を殴られた時の痛みはいつもより強いと感じたな、やはり皮膚がついた事からなのだろうか

あの後も、割と長い間の時間痛みを引きずっていた」


…やっぱり、相当痛かったんだ。

いつもよりも痛みを感じやすい上に、慣れていない身体でもあったから…。

……と言うか、

僕、また大佐に守られるだけして自分で何も出来なかったな…。

まともな情報すら収集出来なかったのに、何で大佐は僕に怒ったりしないのかな。

この関係だとは言え、仕事なのは変わりない。

…、たまには叱ってくれてもいいのにな。


「怪我の方は、もう大丈夫なんですか…?」

「もう痛みも引いている

Majorの治癒能力のお陰で腫れももう起こしていないようだ

どちらにしろ明日には身体も戻っていて皮膚も無くなっている予定ではあるが、私は既に完治している状態だ

もし私一人の調査だったなら、もう一人のThief隊員を捕えることは出来なかっただろうし、仕留める事だって出来なかっただろうな」


大佐は、僕の方に向いてそう微笑んだ。

…、もしかしたら、また心情を読まれていたのかもしれない。

いつも僕がこう言った事を考えていると、大佐は同じような流れで元気付けようとしてくれる。

実際、そうなのかもしれないけど、

少佐として務めている僕はこんなままでは絶対に良くないと分かっている。

…自分でこうやって分かっている事だから、もっと頑張っていきたいのに。

気が付いた時にはまた同じ過ちを繰り返している。

気が付くと僕は俯いていて、はっとしてまた大佐の方に顔を上げた。

…大佐は、少しの間僕と顔を合わせると、再び作業に戻った。


「…、Thief隊員に絡まれてしまった時、

つい、気持ちが乱れてしまっていたんだ

確かに仕事ではあるとは言え、中々ああやって二人で外に出られる機会はないだろう

調査の一環でもあったが、その中でもMajorと楽しめるような時間になれば、と思っていた

そんな時間をあんな流れでよそ者に邪魔をされた挙句暴力を振るわれて、Majorにまで手を出されてしまったと考えると、

……怒りを覚えて仕方がなかった

いざそれに反抗して捕えると、都合がいいように下手に出られて

余計に、気が上がってしまって。その勢いのまま腕を折ってしまった

どうせ後に治せるのだろうからそうしてしまった事もあるが、…とにかく怒りを覚えた

邪魔されたのが酷く嫌だったんだ

結局あのまま帰還しなければならない状況になって、後半は大いにMajorとの時間を楽しむことは出来なく、…

あんな形で時間を奪われたのが嫌で仕方がなかったな」


大佐は出してあった書籍を一冊ずつ本棚に戻しながら、そう語っていた。

…気が動転していて当時はあまり気に留めるようなことはなかったが、確かにあの時突然大佐が腕を折ったのは少し驚きだった。

いつも冷静に物事を対処する大佐があんな行動に出ていて、大佐があの行動を取ったのは何故なのか少し気になったところはあった。

……でも、確かに、

僕も久しぶりに大佐とあんな感じで外に出るのは正直楽しみでもあったから、…邪魔された、と言うのは間違っていない気がする。

僕達は確かに邪魔をされたし、本来の予定からも大幅に逸れて行動しなければならなくなった。

…大佐は、そんなに他の人に僕との時間を邪魔されるのが嫌だったんだ。


「私に取ってお前との時間はどんなに大切なものか知れない

普段は業務もあって中々ゆっくりする時間もなかったものだから

あの後ももう少し一緒に過ごせる予定だったと言うのに、

……まあ、だが、

私がもう少し冷静な気持ちを保って、あそこまでする事もなければ何とかして時間を延ばす事だって出来たかもしれないな

警察への通報だって、別に逃げられた後や私達が逃げた後だって出来ない訳ではなかった

…もう少し、冷静でいるべきではあったのかもしれないな」


大佐は僕の気持ちに釣られるように、自分への反省も述べ始めた。

…また、前と同じような流れな気がする。

大佐は何も悪くないのにな…、何なら僕がもっとちゃんとすれば大佐も殴られずに済んだかもしれないのに…。

本来謝らなければならないのは僕の方、だと思う、のにな。


「…けど、Majorが無事で良かった

既に終わった事ではあるから、今気にする必要はないだろう

調査とは言え、今回は余裕があればの話ではあった。無事に帰還出来た事がまず喜ばしい」


部屋の整理を一通り済ませ、書籍も本棚に戻し終えた大佐は、最後に僕にそう言って微笑んで見せた。

……、

僕は自然と、その大佐の笑顔に微笑み返した。

…大佐、そんなに僕との時間を大切にしようとしてくれていたんだ。

僕に悪いところはあったかもしれないし、色々と考え込んでしまうところもあったけど、

大佐がそう言って笑顔を見せてくれたら、僕の気持ちももう晴れた気がした。

確かに、もう済んだ事の話。僕達も無事帰還する事は出来たし、情報も入手して悪い軍を通報する事だって出来た。

前にも大佐が言っていた通り、あまり過去に囚われすぎても良くないし、気分が落ちるだけだ。

大佐とのお出かけもきっとこれからでも機会があると思うし、今日はとりあえず————


「で、いつまで長話をさせるつもりだ?」


すると、突然、

そのまま正面に僕の方へと詰め寄る形で囁いた。

手首を掴まれ、少し行動を阻止されてしまう。


「え、…と……」


顔も近づけられ、少し自分も顔を背けてしまう。

突然綺麗な顔が近付けられて、目を合わせることが出来ない。


「…Major、夜私の部屋に呼び出されたことがまずどう言う意味を指すか理解しているのだろうか」


…大佐のその言葉に、気付いてしまった。

今更気付いてしまった。

……良く考えれば分かる話だった。夜大佐の部屋へ直接呼び出されるだなんて、

…一つ、思い浮かぶ事しかない…。

……大佐、そう言う事、…何ですか…?

僕は俯き気味の顔で上目遣いで大佐の方へ視線を送った。


「人間に変化しているこの姿、いつ効果が切れるか正直明確には分からない

…この効果が切れる前に、試したいと思っている事がある

…、分かる、だろうか」


大佐はスルッと僕の手に自分の手を這わせて、もう片方の手で僕の頬に触れた。

ソウルが音が大きくなっていくのが分かる。

…ああ、どうしよ。

気持ちが酷く乱れ始めて、大佐の顔をまともに見る事すら出来なくなってきた。


「…Major、」


大佐がこっちに向いて欲しそうに顔を覗き込もうとしてくる。

…今大佐の顔を見ると、何も考えられなくなってしまう気がして、目線を動かす事は出来ないままでいた。

……どうしよう…、気まずい雰囲気にさせちゃう。

でも、顔を見たら、……っ、

そうして何も行動出来ないままでいると、とうとう大佐は僕の顔を正面に向かせ、強制的に僕と目を合わせた後、

口と口を重ねた。

僕は突然の大佐の行動に目を瞑ってしまう。

行き場のない僕の手は、大佐の服の裾まで伸びていく。

口元を遊ばれ、時折漏れ出る声を抑えられない。

…そして、

下から服の中へと手を入れられ、その皮膚を指でなぞられる。


「っ、っっう……!」


明らかにいつもよりも違う感覚に、身体が反応して動いてしまう。

大佐の手の平は、ゆっくりと脇腹の表面に、ひた…と密着していった。


「ひぁ、っ」


触られただけで、声を抑えられなくなっていく。

そのまま大佐の手が動かされると、段々僕の身体には力が入らなくなっていき、足が麻痺していくような感覚に襲われた。

大佐の服の裾を掴む手にすら力が入らなくなっていくのを感じていた、

その時、


「っ!」


突然視界が揺らめいたのを感じると、僕は大佐と一緒にベッドのすぐ側までテレポートされ、

そのままベッドの方へと押し倒された。

大佐が僕に覆い被さるような体勢になると、そのままベッドの奥の方へと移動させられる。

自分のソウルの音がどんどん強くなっていくのを感じながら、それに流されるがまま動かされていく。

…ベッドの真ん中まで移動し終わると、大佐は僕の顔を見つめ、僕の唇に親指を押し当てた。


「…私も、感じていた

人間になって、皮膚がついて。更に唇がついてからは、

どうもMajorと触れ合っている時の感覚が忘れられない

…更に言うのならば、

お前のその口とキスをした時の感覚も忘れられそうにない」


大佐は静かに僕にそう話した。

大佐の、淡々としたその声で、更にソウルの音が増していくのを感じる。

部屋には月明かりだけが差し込んでいて、より雰囲気を倍増させていて、それを感じている度に僕の頭は真っ白になっていった。


「この姿でいるのが今回はもう直ぐ終わってしまうと思うと名残惜しくて仕方がない

…お前も、私と同じ気持ちなのだろう?」


更にぐっと顔を近付けられ、そんな大佐と目が合う。

…大佐から発されている声は、

普段のスケルトンの時のものも、人間になった時のものも、どちらにしろ同じなはずなのに、

何故かいつもよりも、色っぽく聞こえていた。


「……ならば、

互いに否定し合うことも、ないな」


大佐の顔は僕の耳元まで移動して、

その声は、耳のすぐそばで響いた。

大佐の声に頭をぼーっとさせていると、

再び、大佐の手がゆっくりと僕の服の中へと滑り込んできた。

咄嗟な事に、僕はまた声を漏らしてしまう。


「んっ、っ」


やがて、大佐の手は僕のシャツのボタンをゆっくり取り始める。

その大佐の手に自分の手を伸ばそうとするが、首筋にキスして触れられ、また手にまで力が入らなくなっていってしまう。

視界がぼやけるような感覚が増していく中次々に服のボタンは取られていき、

そして、首筋に舌を押し当てられ、僕の身体にも変な場所に力が入ってしまう。


「ふぁ、ぁ、…っ」


目先がチカチカしているように感じる。

首筋から全身に走る感覚に耐えていると、いつの間にかシャツのボタンは取り終えられ、

大佐の手は、僕の胸や腹の表面をなぞった。


「っ、ぁっ」


身体に変な力が入って、仰け反り、上擦った声を抑えられない。

食い入るように大佐に僕の首に舌を走らされ、僕の腕は大佐の首へとまわった。

更に身体の距離が縮まって、より密着を感じられるようになる。

脱ぎかけのシャツと肌の間に手を入れ込まれ、シャツはそのままゆっくりと袖を通って下されていく。

首からも、腹からも感覚がして、とてもじゃないが視界もしっかりと定まっていなかった。

…とてつもなく、熱い。

今までに大佐と触れ合った時の、何倍も身体が熱く感じられる。

汗もかき始めて、とにかく顔周りが熱くて仕方がない。

…大佐の皮膚から感じる温もり。体温。

これまで以上にない幸福を感じている気分だった。

大佐の手が、脇腹から背の方へと這いずるように移動していく。

僕の身体はまた波打った。

もはや、感覚の刺激が強すぎて、声すらまともに出せなくなってきた。

…僕にも皮膚がついて、余計に感じやすくなっているようだ。

ずっと、顔周りが熱い。頭がふわふわしていくような感覚がする。


「顔を背けるな

…もっと見せてくれ」


大佐は僕に優しくそう囁いた。

恥ずかしいし、まだ僕の抑え切れていない表情を全面に晒すことは躊躇われるけど、

でも、そうやって大佐に「見せてくれ」などと求められることにも、

快楽を覚えてしまっている僕もいた。


「…た、大佐……、」


僕は若干俯いたまま、小さく大佐を呼んだ。

大佐は、僕に返事をして見せる。


「……、す、好き、です…」


自信なさげな伝え方にはなってしまったが、

どうしても、この上ない幸せに抗う事は出来なかった。

僕は間違いなく、大佐と今こうしていられることで幸せに感じられていた。

より、互いの存在を感じやすいこの身体で触れ合えている事も、何もかも幸せに感じられていた。

…伝えられずには、いられなかった。

すると突然、大佐は僕の背に腕を入れ込み、そのまま自分と一緒に身体を起こし始めた。

少し急な大佐の行動に驚きながらも、僕もそのまま大佐の身体に抱き付いていた。

身体が起き上がると、僕は座った大佐の正面に向き合うようにほとんど密着した状態で座らせられる。


「…私も愛している」


今までで一番耳から近い距離で、大佐がそう囁いた。

息が、少しかかった気がした。

僕はそんな吐息混じりの大佐の声に、更に頭が真っ白になり、ぞくぞくとするような感覚を身体に覚えた。

そして、大佐の顔がすぐ耳元に置かれたまま、

大佐の指で僕の背筋を滑られる。


「ひぁ、あっ」


また咄嗟な感覚に、声が漏れてしまう。

僕は力を強めながら大佐の身体に抱き付いていた。

身体の変な部位に力が入り、勝手にその大佐の手から逃げるように身体がのけ反ってしまう。

…身体が勝手に動いてしまう。敏感に感じすぎて、皮膚の感覚も痺れてきているように感じられている。

段々、大佐を抱き締める手にも力が入らなくなってきたような気がする。

感覚に目を瞑り、必死に大佐の背に腕を回し続ける。

……そして、

耳元に置かれている大佐の口元から、何か分厚くて温かいものが僕の首を滑った。


「ふぁ、あ、ひぁっ」


大佐に、首筋を舌でなぞられている。

背筋からも首からも感じる感覚で、顔からも力が抜けていくようだ。

瞼にも、口元にも力が入らなくなっていく…、

口からは感覚に耐えられない声が、喉から締め出されるように発されていた。


「はぁ…っ、ふ、ぁ、」


も、もう…力が……、

現時点だけでも、身体から力が抜けていくようだった。

もう力の入らない指先で、何とか大佐に抱きつく為に力を入れる。


「Major、」


顔が熱くて、脳みそが溶けるような感覚の中、

すぐ耳元で大佐に話しかけられ、今まで閉じていた瞼をゆっくりと開ける。


「人間の身体は、気に入っただろうか」


大佐の突然な問いかけに、ほんの少しだけ頭が覚めてくる。

勿論、実際僕はこの体に満足している。満足してしまっている。

しかも、お互いに触れ合う理由で、まぐわう事が理由で。

普段との大佐との身体よりも、今の、この変化した身体で。

いつもと違う、この身体で、

……、いつもと違う、

この身体、で…?

…僕は、ふとしたことが頭に浮かんでしまった気がした。

本当に、そう思ったままでいいのだろうか。

いつもの身体よりも、この身体の方に欲を生んだしまっていて、いいのだろうか…。

普段のスケルトンの大佐じゃなくて、

変身した人間の姿の大佐をこんなに求めてしまって、本当にいいのだろうか…?

本来僕が愛すべき大佐は普段の大佐で、

でも、今こんなに求めているのは、変身した姿の大佐。本来の大佐ではないのに、感覚ももう忘れられそうにない。

普段の大佐よりも、変身した人間の大佐を求めてしまいそうになる。

…それって、果たして、許される事なのかな…?

人間になった後の大佐しか愛せなくなるなんて、そんな事なんて、ないよね…?

いつもの大佐の事、もう見られなくなるなんて事、触れられなくなるなんて事、

ないよね??

…どんな大佐でも、愛していられる、よね

もしそうなったとして、大佐は本当に許してくれるのかな……?

許される、わけ、


「Major、どうした」


気付けば僕と大佐はお互いに抱き合う状態から離され、心配そうに大佐に顔を覗き込まれていた。

そして、目の前に大佐の顔が映り、目が合った。

…しばらくの間、僕は何も考えられなくなる。

……、

…怖く、なってしまった。


「…大佐……」


声にならない、息のような声で大佐を呼んだ。


「どうした、大丈夫か…?」


胸が不安で一杯になっていく。

…怖い。……苦しい

……そんなの、

やだ、な

僕は何も言えないまま大佐に抱き付いた。

瞼が、少し熱いのを感じる。

そのまま、僕は大佐の方に顔を伏せた。

今は、何か返事を出来る気もしなかった。


「…、」


やがて、大佐も何も言わないまま僕を抱き返してくれた。

…優しくて、大きい大佐の手がそっと背に回されたのを皮膚で感じる。

僕の身体を、体温で優しく温かい大佐の身体が包み込んだ。

……酷く、

安心する感覚だった。

僕の大佐を抱き締める力が、少し強くなる。


「思い詰める必要はない

好きだけ、此処にいるといい」


…そして、酷く安心する大佐の声が、耳元で囁かれた。

……、本当に、安心する。

僕の少し乱れた気持ちも、徐々に治っていくような気がした。

すると、大佐は自分と一緒にゆっくりとそのまま僕を横に寝かせ、大佐もまたその隣に横になった。

そして大佐は僕の手に優しく自分の手を重ねると、

僕の顔を少し見つめた。

…僕は、また恥ずかしくなってしまったり、

……また、悲しくなってしまいそうで、

一度合った目を、少し逸らしてしまった。

相変わらず僕は何も喋れないままで、自分の気持ちを自分の口で伝えることが出来ていなかった。

…また、大佐に気を遣わせてしまって、本当に申し訳ない気持ちになった。

僕は、いつもこうなのだろうか。

いつまで経っても、大佐に守られたままなのだろうか…。

僕の瞼が、また熱くなっていく気がした。

…が、

その時、


「、!」


大佐が、僕の頭をそっと撫でた。

…ゆっくりと、頭の上を大佐の大きくて温かい手が滑ってはまた戻ってを繰り返した。


「今日初めて、慣れない身体で過ごしているんだ。それに関連して、良くないことを考えてしまう事だってあるだろう

人間になるのは今日限りの話ではない。これから慣れていくといいだろう

心も身体も、しっかり休めてくれ」


大佐は優しくそう僕に話しかけ、優しく微笑んだ。

で、でも、さっきの続き……、

…とは、言いたいものではあったが、

僕の口をそれを伝える為に開きはしなかった。

大佐は少しの間僕の頭を撫でると、今度は僕を抱き締め、

そのまま僕の身体を抱いたままで横になった。

……とても、温かい。

瞼の熱みは引き、

それよりも、段々と瞼が下がっていく。

…酷く、酷く、心地よい感覚が身体を包んでいた。

身体からも、段々と力が抜けていくのが分かる。

…ああ、

ずっと、このままでいられたらな……。

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