XXIV

……そうだった。

これはただのお出かけではなくて、歴とした任務なんだった…。

後から訊いてみたところ、一応別の敵軍の情報も得られるかも知れない場所まで向かうのだそう。

もしも余裕があればついでに情報収集もするとの事らしい。

…今は電車に乗っていて、揺られながら目的地へと向かっている途中だった。


「…」


ふと、大佐に話しかけようとは思ったが、

ここは電車の中。周りの乗客達も皆んな静かにしている状況だった。

電車の中は少し混んでいて、と言うよりか、ほとんど満員電車と言ってもいいぐらいだろう。

僕達も座る席がなく、その場に立って吊り革を掴むことしか出来ないぐらいだった。

僕は空いている吊り革を見つけられずに、何の支えもなく、何とかバランスをとって立っている状態である。

…、後ででも、いっか。

僕は大人しく口を継ぐんだ。

…今日は、どうやら少しいつもよりも遠い場所に行くらしい。

大佐が言うには、なるべく僕達の知名度があまり高くないところまで行ってみたいとの事だ。

…何がしたいかに関して詳しいことまでは聞いていないけれど、何か理由があるのは確かだ。

そう言えば、今回も調査の一環だとは言っていたけど、

…僕、メモできるものも何も持って来てない……。

…でも、これが調査だって分かったのは既に基地を出発した後の話だったし、…その時点でもうどうしようもなかった、のかな……。


「っ、わ」


すると突然、電車が大きく揺れ、僕はバランスを保てずに横に傾いてしまった。

そして、そのまま大佐の身体へともたれかかる形になり、体重をかけてしまう。


「、大丈夫か?」

「す、すみません…」

「…気にするな。電車が揺れてふらつくのは良くあることだ」


大佐は僕をしっかりと支えてくれた。

僕は申し訳ない気持ちで謝り、また身体を立て直す。

…すると、

大佐は後ろから、さり気なく片腕を前にまわすような形で、僕の支えるようにして僕の身体に手を添えた。

思わず、ソウルがドキッとしてしまう。

僕は思わず大佐の方へ顔を向けた。

…、大佐は、特に目を合わせることもなく、静かに正面を向いていた。

今の僕達がこの格好だからこそこの場でも出来ることではあって、本来はあまり堂々と人目のつく所では出来ない事だ。

…それに、そもそも、

あまりこう言ったようにスキンシップを取られることがなくて、こうされることに慣れていなかった。

特に最近はスキンシップを取れるような時間もなくて、キスやハグ程度は出来ても、

それよりも、恋人らしいことや恋人らしい普段からの立ち振る舞いすら出来ていなかった。

…、大佐の手から、体温が伝わってくる。

人間の身体になるだけでこんなにも変わるんだ。肌触りまで、こんなに変わって……。

…どうしよう、考えるだけで居ても立っても居られなくなってしまいそうだ。

自分の身体に置かれた、大佐の手の方へと視線を落とす。

…、綺麗な手……。

人間の手になっても分かる。

と言うよりも、人間の手になったからこそ余計に綺麗な手と言う事が分かる程だった。

少し骨張っていて、ほんの少しごつごつとした肉付きの手。

でも、その骨付きを見ると、そのままの大佐の手と言うことが分かった。

…スケルトンの時の大佐の手と、形は変わっていなかった。

…、ちゃんと、それが大佐の手と分かる形をしていた。

何だか不思議な気持ちだ。いつもの大佐ではないのに、

やっぱりそのままの大佐なんだな、と、そう思えた。

今も、大佐が触れる僕の身体の部分から、感触と体温が伝わってきている。

…触れられている感覚が、物凄かった。

僕はそんな大佐の手の上から、そっと自分も手を重ねた。




しばらく行くと、目的地に到着した。

僕達は駅を出ると、今自分達がいる場所を街の地図で確認をした。

…、結構、都会な場所だった。

普段はあまり行く機会もない。僕達の基地も地元も、中々に田舎寄りなものだからこんなに建物が沢山建っているのを見るのは初めてな気もする。


「…今日は特に何処に行きたいなどと言った的確な予定はないが、一応寄っておきたい場所は考えてある

…、こっちだな」


大佐はそう言って地図から目を離すと、…僕の方を見た。

…キョトンとしてしまう表情で、大佐をを見つめ返す。


「…、手、繋ぐか?」


大佐はそっと、そうすることを促すように自分の手を少し差し出した。

その、差し出された大佐の手を見ると、またソウルがドキッと鳴ってしまう。

そう言えば僕達、まだ手を繋いで歩いたことがなかった。

そう言うことをする機会がなかったのもあるけれど、…そもそも、堂々と一緒に手を繋げる機会すらなかった。

僕は、その大佐の手を見つめたまま動揺してしまい、握り返す事すら出来ないままでいた。


「…」


すると、大佐は、

ほんの少し笑顔を見せたかと思うと、

何気なく僕の手の手を取り、そのまま僕の手を引いて道を歩き始めた。

…わ……、

何だか、今までに何度もしたことありそうなことなのに、一度も経験のない事をしている。

……変に、胸が高鳴った。

これはどんな感情、なんだろう……。ただのドキドキとした感覚ではない気がする。

何だか、こう、胸を締め付けられて少し苦しいような。

…僕はそれでも大佐の手をそっと握り返し、大佐の横を歩いて行った。

……、大佐の手の柔らかな感覚が伝わってくる。

暖かさと、皮膚の柔らかさを手の平で感じていた。

大佐の手は相変わらず大きくて、その大きさは、

僕の全てを守ってくれるように思える程のもので、信頼が出来て、安心の出来るものだった。

本当に大きくて男らしい手なのに、僕の手を握る力はとても優しかった。

…、…酷く、ドキドキする。

僕の大佐の手を握る力が、また少し強くなった。




「…何か間食でもしようか」


確かに、少し小腹が空いてくる頃でもあった。

…周りの商店街では食べ歩きが出来る色々な食べ物が売られていた。

種類には困らなさそうだ。


「何か食べたいものはあるだろうか」

「んー…、どれも美味しそうなので何を食べても美味しくいただけそうですが…、」


でも、だからと言って何でもいいと言後と、返って大佐を困らせてしまう。

…やっぱり、この中からでも自分で選んだ方がいいのかな。

…どうしようかな、

しばらくの間、ゆっくりと商店街を歩いて回って特に気に入るものがないか探していた。

……そして、ふと、

僕あるものが目に入って大佐と手を繋いだまま歩いている足を止めた。


「どうした、」


…僕の目線の先には、チーズドッグの売り場があった。今はそれ程混んでいなくて、列も出来ていないらしい。

最近流行っているとは聴いていて気になってはいたけど、結局何だかんだ言って実際に食べる機会は中々作れていたかった。

…、折角の機会だし、今日初めて食べてみようかな…。


「…あれ、食べたいです」

「ん?…ああ、なるほどな

あれでいいんだな?」

「はい、」

「分かった、少し待っていてくれ」


僕は大佐にそう言われ、一旦道の端に移動をして、大佐が買って帰ってくるのを待とうとした。

…僕、財布も持って来てないや…。

…と言うか、前大佐と出かけた時も財布持って行ってなかったし……。

…でも、この服、ポケットとかもない、よね…?


「…、いや、

やはり一緒に行こう」

「?え、大佐、」


僕は一回離された手をもう一度繋がれ、そのまま腕を引かれて店の前まで向かった。

そんな、僕がいても自分で買う訳でもなければ立っていると少し邪魔になってしまう気もするのに…、


「わざわざここで別行動をする必要はない

隣にいてくればいいだけの話だ」


結局僕はそのまま大佐に手を引かれたまま店の前まで向かった。

大佐は僕と一緒に店の前まで来ると、早速チーズドッグの注文をしていた。

…と言うかこれ、一応調査なんだよね…?

……未だにどこをどう注目して調査すればいいのか分からないけど、大丈夫かな…。

周りを見てみても、それっぽい人は見当たらないし、本当にただの街って感じで…。

どこに敵軍の情報の要素があるのかすら……、

僕が動揺していると、大佐はチーズドッグを店員さんから受け取り、僕に渡した。


「あ、ありがとうございます…

…て、あれ?大佐も頼んだのですか…?」


大佐の手にも、チーズドッグが持たれていた。

…僕の分と、大佐の分…?


「正直私もどれも食べても美味しそうだと感じてしまってな

どうせ何を食べても同じならば、一緒に頼んでしまおうと思ったんだ

それに、Majorが欲しがるものなのだからきっと美味しいのだろうとも思った」


大佐は空いている方の手で僕の腕を引くと、近くの空いたベンチに座った。

…、

……事が落ち着いて今更気付いたけど、

この服、物凄くスースーする…。

何だか落ち着かないし、…足元とか……。

僕の手は、無意識にドレスの裾の方へと伸びた。

…すると、ふと、大佐が手元のものを食べる事すらせず、

僕を見つめていた事に気付いた。


「…、Majorは普段からの立ち振る舞いからして少し女性らしさがあるから、いざこうして女装をしてみてもあまり違和感がないな

無理に女性らしくする必要もなくて、多少は楽なのではないだろうか」


…大佐はそう言って、やっと手元のチーズドッグを口に入れた。

……女性っぽい、か。

…。

…あ、…人間になった大佐がものを食べる時の様子も、ちょっと普段と変わったりするものなんだな。

…わ、何だかスケルトンの時よりも、…色々とボリュームがあるように見えるのは気のせい、かな…?


「…どうした、食べないのか?早くしないと冷めてしまう

にしてもこれ、思ったよりも中々美味いな。流行りに乗ってみるのもたまには悪くないかもしれない」


…また大佐に見惚れて自分が動くのを忘れていた。

…、僕も食べよ。

僕も、まだ冷めていないチーズドッグを口に入れた。

少し、中がまだ冷めていなくて熱く、若干声が漏れてしまう。

口から伸びるチーズを何とか押さえて、味を感じてみようと口を動かした。

……、美味しい。

中々食べる機会がなかったけど、やっぱり予想通りに美味しかった。


「美味いだろう」

「はい、前々から気になってはいたんですけど、やっぱり美味しかったです」

「そうだな、Majorが選んでいなかったら私も食べる機会を逃していた事だろうな

いい味が知れて良かった」


大佐はそう言うと、また続きを口に入れていった。

…ああ、でも、なんか、

こう言う日も、たまにはいいな、と感じた。

…僕の格好がちょっとあれだけど、

また機会があるなら、普通にプライベートとしてこう言う日も過ごしてみたい。

今日もそんな長くは外に居られないし、あくまでも仕事の一環で此処にいるから。

一日しっかり時間を取って、のんびり過ごせる日で、任務とかでもなくて、普通の服装で……、

…、ちょっとまだ、雲を掴むような話になっちゃう、かな。


「…さ、あまりのんびりしすぎている時間はない

身体の様子見だとは言え、ほんの少しは情報を持ち帰りたいと言ったところだな

地元からは少し離れた場所にはなるが、何か情報は得られるのだろうか、」


大佐は既にチーズドッグを完食していた。

手には、それが刺さっていた串のみが残っている。

僕も早く食べないと…!

…と言うより、

もっと大佐の食べてるところ、ちゃんと見ておけば良かったな……、何だか損をしたような気分だ。

次人間になるのはいつになるかまだ確定はしていないけど、少なくとも人間でいられるのは一日のみだ。

今のうちに大佐の良い部分を目に収めておきたいのに、大佐の行動が早いのもあって中々着いて行けない…。

いつもはもっと普通に大佐の事を見ていられていると思うのに、

…、もしかしても僕、大佐に見惚れすぎてゆっくり観察する余裕すらないって事…?

頭が真っ白で、動いてすらいないみたいな…??

……いや、えっと、そんな事より、

今はとりあえずこれを早く食べ終わらないと…、これからの任務の時間確保の為でもあるし、大佐を無駄な時間待たせる訳にもいかない…。

僕は手に持ってるチーズドッグを少し急いで食べ始めた。

…、…頑張ってなるべく早く食べられるように努力はしているけど、

やっぱり、さっきからとても大佐の方からの目線を感じる。

…食べているところ、そんなにまじまじと見られちゃったら余計に食べ辛くなっちゃうな…。

……、ほんの少し、食べながら大佐の方に目線だけを向けてみる。


「そんなに急いで食べていては喉に詰まらせてしまうぞ

…急いでくれるのはありがたいが、くれぐれも気をつけてくれ

それに、そこまで急いで欲しい訳でもない。むしろお前が喉を詰まらせる方が良くない

落ち着いて食べてくれるといい」


大佐は僕にそう声をかけると、また周りの方に目向け始めた。

…大佐もこう見えて、しっかり周りの事を観察して、少しの情報も逃さないよう心掛けているのだろう。

…やっぱり

なるべく早く食べ終わらなきゃ。




チーズドッグは全て食べ終わって、食べ終わった後の串をお互いに持って道を歩いていた。

今は、何処かごみを捨てられる場所がないか探しているところだ。

…歩きながら、隣にいる大佐の方へ目を向けてみる。

大佐はそんな僕に気付かないまま、周りを見渡し続けていた。

……、

大佐、改めて見ると今日はスーツを着ていて、

…何と言うか、物凄く似合っててカッコいいな……。

普段の軍服を着てる大佐もカッコよくて好きだし、大佐しか身に付けられないマントもあって余計にかっこいいけど、

…でも、こっちの服装も凄く好きだな…。

大佐って体格がいいから、こう言う服を着るととても身体のラインが出て綺麗…。

特に今日は人間の姿だから、更に身体の形がしっかりして見えるようになっている。

ずっと、歩きながら大佐の身体を舐めるように見てしまっていた。

…あぁ…、流石に、失礼かな……。

普段では見られない、一日限りの大佐の姿。この目にしっかりと焼き付けておきたかった。

でも不思議だな、僕も普段はスケルトンで、身も心もそうだった筈なのに、

いざ人間の大佐を見ると、他の姿の大佐までこんなに素敵に見えてしまうだなんて…。

…いや、今回は僕も人間に変身してるからなのかな…?薬で人間になると、心や考え方などまで人間になるのかな……?

……ああっ、また大佐のこと見過ぎ————


「さっきからそんなに見つめて、一体どうしたと言うんだ」


気付けば大佐が僕の正面まで先回りしていて、顔を覗き込んでいた。

…大佐の顔が、少し僕に近付く。自分が赤面するのを隠し切れない。

僕は手に串を持ったまま、口籠もって顔を逸らした。

僕が上手く返事を出来ないままでいると、

突然、大佐は僕の顔をそっと手で上げ、少し顔を近付けては見つめた。


「…まあ、言わなかろうと分かっている事だ

…私は普段この格好ではいられないものだから、普段よりも今の格好の方に目を惹かれているのが少し寂しくもあるが、

だが、やはり嬉しい気持ちもある

Majorにそう思ってもらえて、何より嬉しい

…私は自分に自信がある訳ではないが、他の者などではなく、Majorにそう感じてもらえるのが嬉しい

そう言うMajorも、人の事は言えないのだがな

女装をしないにしろMajorが私にとって魅力的である事は変わらないことだ

…それもあって、私自身もMajorとは皮膚を持った状態で触れ合えることが出来たなら、などと考えてしまう事もあるな」


…大佐は突然、街中で人もまあまあ多い状況でそんな話をし始めた。

面と向かって伝えられた僕は何も言い返すことは出来ず、ただただ顔が熱くなっていくのを感じていた。

そう言うと、大佐は近付けていた顔の距離を戻し、手では再び僕の頬を優しく撫でた。

僕が真正面からしっかりと大佐の顔を見れないままでいると、大佐は一言「串を捨てに行ってくる」と言って、僕から少しの間離れて二本の串を持って少し先にあるゴミ箱の方へと向かって行った。

…ゴミ箱は僕達が歩いている通路の反対側にあった為、僕が人混みに流されてしまわないよう待っていてくれとの事だった。

まあ、すぐそこで目にも届いている場所だし。

少し道の端に寄って待っていよう。


「よおー嬢ちゃん、」


……?

自分の事を呼ばれた気がして、聞き慣れない声の方向に振り返った。


「さっきから見てたんだけど君可愛いね〜

どこから来たの?結構若いみたいだけど」


…?…、え?

つい、僕は顰めっ面になってしまいそうになる。

…こ、これって、もしかして、

ナンパ、ってヤツ……??


「今からすぐそこのカフェとか行かない?美味い所なんだよね〜、きっと気に入るよ

甘いもの好き?そこの限定のパフェがさ———」


しかも二人組だ。僕を追い詰めるようにして話しかけに来ている。

ど、どうしよう、ここはしっかりと事情を話して断らないと…、

あ、でも、声出したら男ってバレちゃう、かな…。

…けど、声を変える力だって持ってない。このまま喋ってもきっと違和感を生じさせてしまう。

でも、コピー能力使えばいいかな…?

……どうなんだろう、そもそも自分の声って女性に近いのかな…??それともやっぱり女性が出すにしては違和感のある声かな……。

…だとすると、やはり声は出せない状況、だ。

どうしよう…、

僕は返事が出来ないまま察して欲しいように顔を背けた。


「なに?遠慮しなくていいって〜

お金のこととか心配?大丈夫、全額奢るからさ

ほら」


すると、僕は片方の人に手首を掴まれ、若干無理矢理に連れて行こうとされてしまう。

僕はつい、声が出そうになった。


「何か用だろうか」


僕の背後から方辺りを通って手が伸び、そのまま優しく僕の手を取るように握った。

その手のもう片方の手は、僕の肩に置かれていた。

大佐が戻って来たらしい。

…離さないとでも言うような触れ方だ。


「…あ?んだよ

邪魔する気か?」


その人達は大佐が目に入ると顔色を変え、突然喧嘩を売るような態度を取り始めた。

…その間、大佐は無理矢理掴まれた手を離し、僕を自分の方へとそっと引き寄せた。


「こっちのセリフなのだが

そっちこそ、他人の折角の逢引を邪魔するつもりか?

相手に既に恋人がいることを分かっていながら話しかけたのだろう?」

「うるせぇな、でけぇからって調子乗ってんじゃねぇぞ

人間の癖に…」


人間の癖に…、

…あ、そっか、

僕達は今人間の姿だから…。

それに、良く考えれば相手もモンスターの種族の二人組だ。

…本当は僕達もモンスターって事、バレてないんだ。

と言うことはやっぱり周りから見ても今の僕達は人間にしか見えない、と言う事なんだな…。


「…と言うか、お前、なんかどっかで見たことあるような…、

……まあいいや、関係ねぇな」


そう言うとその人は大佐の顔を見つめた後、

突然、その顔に拳で殴打した。

僕は目を見開き、僅かな声を漏らした。


「はは、隙だらけじゃねぇか

デカいだけで大したことねぇじゃん」


そして、一瞬怯みを見せた大佐と僕を引き剥がし、大佐の胸倉に掴みかかろうとする。


「大佐…っ」


ソウルが痛く締まったのを感じる。

僕の口からはそう呼びかける言葉が漏れ、自然と手がそちらの方へと伸びた。

…が、


「なるほど」


大佐は再び相手から伸びてくる手を上手く払い、そのまま掴んで固定し、その人を地面に倒して押さえ付けた。

突然押さえ付けられ、その人は嗚咽の声を漏らした。

…そうだ、

大佐が、こんな事で簡単に怯む訳がなかった。


「Thief軍の隊員だな

盗み取る為ならばどんな手でも使うと言った情報は本当だったか」

「ッな、何故それをっ」

「軍隊として、こんな事をしていて恥ずかしくはないのだろうか

このまま警察に連絡をしてやってもいいが、自分が今何をしているのか分かっているのか?聞いて呆れる」


大佐は頬に多少の傷を負ったまま淡々と話していた。

唖然して一瞬行動が不能になっていたもう片方の連れも、止めようとその状態のままの大佐達に飛び掛かろうとした。

僕は自然な流れの動きでその人も行かせまいと取り押さえ、大佐がするのと同じように地面に押さえ付けた。


「ッッ、な…っ」


この際性別など隠す必要はないだろう。

その要素がバレてしまったとしても、まだ僕達がColonel軍だと言うことはバレていないから任務は達成出来ている事になる。

僕も、押さえた人を逃さないようしっかりと押さえ付けた。


「…隙だらけだ、と

同じ言葉を貴様らに返してやろうか」


大佐は、続けて淡々と離しているように見せて押さえ付ける力を緩めなかった。

…僕も、逃さないようしっかりと押さえ付けた。


「ぅ、す、すまなかった!!

謝るからサツだけは勘弁してくれっ!!」


すると次の瞬間、軍服を着た多数の人がテレポートで周りに現れ、僕達を囲んだ。

…知らないうちに助けなどを呼ばれたのだろうか。


「…

自分達が助かるのならば、本当にどんな手を使ってでも惜しまないのだな」


大佐は、またそう坦々と話し、

押さえつけている人の腕をそのまま折った。

腕を折られ痛みに悶えた叫び声が響き渡ったが、その間に大佐は押さえ付けている奴の連れから僕を離し、そのまま連れてその場から走った。

そして、僕を軽々と持ち上げ、そのまま抱き抱えて移動し始める。


「ドレスを着ているから、普段よりも随分走り辛くなっていることだろう

今回は頼ってくれて構わない。それに、誰も予期せぬ展開だったからな」


冷静な様子を見せる大佐は、静かに僕にそう伝えた。

腕を折られた敵軍隊員の様子が気になり、背後の方に少し振り返った。


「あんな出方のする手など、いずれ失って当然のものだ

大して気にすることじゃない。それに、大抵ならば誰かの治癒能力で簡単に治す事だって出来るだろう」


敵軍隊員達は後を追って来なかった。腕を折られた仲間に気を取られて、そのまま僕達を逃してしまったらしい。

…大佐はそう言う作戦も狙っていたのかも知れない。




少し逃げて、落ち着いた場所で大佐は立ち止まって身を休めた。

多少息切れながら物陰に隠れ、念の為背後を確認する。

…今も、追って来てはいなかった。


「…はあ、しかし

こんな事になるとは思っていなかった

危険な目に遭わせてしまって申し訳ない。やはり離れず行動する方が良かったな」


大佐はそう言って、僕の方を見ては、また周りの様子を伺っていた。

僕はお礼を言うタイミングすら伺えないまま大佐の方を見ていたが、

…ふと、大佐が少し、自分で頬の傷を気にして手を添えているのに気がついた。

……ああ、

今は皮膚があるから、余計に痛みを感じやすいんだ。

…見ているだけでも赤く腫れていて、本当に痛そうだった。

……、

良く見ると、口元も、少し切れてしまっていた。

僕は咄嗟に大佐の顔をこちらに引き寄せ、傷の部分に優しく手を当て、ヒールをかけ始めた。


「ごめんなさい…、僕を守らせる為に怪我を負わせてしまって……

痛い、ですよね…、ごめんなさい……」


僕は涙が出てしまいそうな気持ちを抑え、ヒールをかけ続けた。

大佐は少しだけ驚いたような表情で僕をそのまま見つめた。

…そして、僕の頬にも手が伸びた。

大佐の手も僕の頬に触れて引き寄せると、

そのまま口と口を重ねられた。


「守る為ならば、こんな傷大したことはない

Majorに怪我がなくて良かった」


大佐は、安心したような微笑みを見せた。

僕はまた込み上げてくる感情を抑え、もう片方の手でも頬に触れた。

そして、そのまま大佐にヒールをかけ続けたのだった。

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