XX

何とか無傷のまま帰還出来た私達は、一言隊員達に帰還報告を入れた後、Aslam軍の猫を抱えたまま基地に戻った。

…猫は、飯も食った後だからか私の腕の中で静かに眠っている。


「…あっ!大佐、少佐!無事ご帰還なされて何よ————」


たまたま通りかかった隊員が私達を出迎えてくれた。

…が、


「ッひぃッッ!!猫!!?

うっ、ちょ、待って下さい……、」


私の抱える猫を見た瞬間顔色を変え、廊下の壁の影に隠れるようにして逃げてしまった。

…なんだ…?

…、


「んー?あ、お帰り二人共

思ったより早かったね〜、」


Faithfulも玄関まで来てくれて、私達の元まで寄ってくる。

…彼も、猫を見て少しだけ驚いた様子を見せた。


「…そう言うことね

だからあんなに怖がってたんだね

あの子、昔に色々あって猫が少し嫌いみたいだから…

……で、どうしたの?」


私の腕の中の猫を覗き込むと、Faithfulは再度私に顔を向けた。

…、相変わらず、腕の中の猫は気持ちよさそうに眠っているままだった。


「…待ってくれ。その前にに少し…、」


私はマイクロマイクに手を当て、話し始めた。


「Qualは居るだろうか。…もし手が空いているようなら、基地の玄関先まで来て欲しい

宜しく頼む」


通信を切り、何分か経った後にQualがすぐに玄関までやって来る。

…Qualも、私に話しかける前に私の腕の中の猫に視線が移り、そのまま見つめた。


「Qual、…この猫と会話をすることは可能だろうか

話を聞いてやって欲しいのだが…、

また、それを私に伝えてくれないだろうか

訊いて欲しいことなど、詳しい話はまた後でする」


Qualは、猫の獣人の種族だった。

彼は猫であるのにも関わらず水をあまり嫌わない性格のようで、少し任せたいことがあった。

そして、猫同士ならば話もできるかもしれないとも考えた。

Qualはそっと私の腕から猫を受け取り、丁寧に抱えた。

…猫も、ちょうど目を覚ましてはQualの方に顔を向けた。


「…はい、同じ種類の動物であれば話をすることも可能です

他に何かするべきことはありますか?」


「それに関してなのだが、まずはそいつを清潔なぬるま湯で洗ってやってくれないか

…温度などは、お前が一番良く分かっている筈だ

猫である為、もしかすると暴れるかもしれない

他に水仕事が出来る隊員も誘って取り掛かって欲しい

…そうだな、それからの話は、またその後にする」


私がそう伝えると、Qualは返事をし、猫をそのまま連れて行き始める。


「…なあ、お前も手伝えなどしないだろうか、」

「っ、あ、…そう、ですね

…分かりました、出来る範囲になってしまいますが、補助させていただきます」


壁の影に隠れているままの隊員にも一声かけると、Qualと一緒に向かって行ってくれた。

MajorもFaithfulも、それまでのやり取りを静かに見届けてくれていたようだった。

…私は改めて、Faithfulに伝える。


「…、話さなさなければならないことが沢山あるんだ」




私は一旦隊員達を全員集め、調査であったことやこれからの作戦についての全てを話した。

やはり、あまり時間は長く残されていない。

その為早急に仕事を進めるよう伝え、一刻も早くAslam軍に対戦に挑めるよう準備を始めた。

…私達がのんびりとしている間にも、動物達に何があるか分からない。

急がなければならない。もう一つの命が失われたと言うことまでも耳に入れたくない。

私も、最善を尽くし、出来ることをし尽くさなければ。

———————————————————————————

…何とか順調に準備が進み、いよいよ対戦の日は明日となった。

正直、この作戦ではやはり不安は残る。

だが、時間と争っている中、もう長い時間をかけて色々と用意をしたり準備をする余裕までは残されていなかった。

あとは、隊員達も、私自身もミスなどをしなければ上手くいくだろう。

……、そうだろうと、信じたい。


「大佐、爆弾の分析はたったさっき終わったようです

分析結果を資料に落とす作業に取り掛かっても宜しいでしょうか?」


Majorが部屋に戻ってきたようで、そう私に伝えた。

…私自身も自分が今出来る範囲までの仕事はやり終え、手入れもしっかりされて毛並みも綺麗になった元Aslam軍の猫を抱えていた。

短い期間だったのにも関わらず、すっかりこの環境に慣れたようで、たった今も昼寝をしている最中のようだった。

酷く人を怖がっている様子もなくて、私達の手に慣れるのもあっという間だった。

…杜撰な扱いをされていたのは間違いないだろうが、それなのにも関わらず逆にここまで慣れやすいのにも疑問が浮かぶ。

……、あまり、考えたくない。


「そうか。…今のところ、やり残していることはないだろうか」

「はい、大佐がこれまでされていた計画は、順調に進んでいるようです

隊員達も、後は明日の対戦の準備をするだけだそうですよ」


Majorは話しながら私の隣に座り、一緒に猫を眺めた。

…そして、横からそっと手を伸ばしてはその背中を優しく撫でた。


「…Major」

「何ですか?」

「…前の調査で、この猫を連れて逃げる時、

…Majorに能力を使わせてしまうなどしてしまってすまなかった

確実に発動出来るか定かでもなかったことだろう、通常よりも魔力の消費も多かった筈だ

……あんな、素手で外そうなど考えずに、私も能力を使うことを考えればまだ自分で何とか出来たかもしれないと言うのに

…、…また、お前に助けられてしまったんだ

また、何も出来なかった私を許して欲しい」


私の声は少しずつ小さくなっていった。

あの時はMajorに助けられたが為に一命を取り留めたが、下手すれば私まで巻き込まれて命を落としていたかもしれない。

…、私は、一々目の前のことだけに必死すぎるんだ。

もっと視野を広くしていかなければ、何もかも上手くいかないのは分かっている。

それもこの環境であるから頭の回転は必要になってくると言うのに。

……やはり、最近はそれすらまともに出来なくなってきている気がしていた。


「…。…大佐、そんなこと、引きずってたんですか

……、あれはその時の判断で、このままでは絶対に良くないと感じたから僕が動いただけなんです

この子の命を助ける為にも、…大佐の命も失わせない為にも

制限時間も僅かだったですし、…、当時の大佐の頭が色々なことで一杯だったのも分かっていました

でも、結果的にいい方向には進んだので、大佐は何も気にすることない筈です」


Majorの顔を見て話を聞いていたが、…やがてまた俯き気味になっていってしまった。

私の目線は、再び猫の方へと移る。


「…一人でやっていけれる人なんて、誰もいませんから」


……だが、私は軍を率いる役割までも持っていると言うのに。

それなのに、

…。

……私は、失敗をする度にこう言ったことを考え始めてしまうからいけないのだ。

それは、気分も落ちてしまうに決まっているし、余計に自分に自信がなくなって挙げ句の果て何もかも上手くいかなくなってしまうのもそうだ。

…つい癖で、そう言う思考にまでなってしまうが。

良くない癖なのはとうの昔に知ったことだ。

…私ならば、もう、そんな癖は捨てなければ…。


「…」


気付けば私は返事も出来ないまま黙り込んでしまっていて、Majorは少し心配そうな表情で、私の顔を覗き込んでいた。


「…、大佐」


Majorに呼ばれて、私は顔を上げた。


「、っ」


次の瞬間、Majorはそっと私の口に、自分の口を重ねた。

不意すぎたMajorの行動に、小さく息が漏れてしまう。

…Majorは、口と口が重なると、すぐに離れてまた私の顔を見た。


「…最近、あまり愛を伝い合いあえていなかったです

大佐。たまにはこうでもしないと、それこそ僕まで疲れてしまうかもしれないですね

僕も仕事の方で程一杯で中々気にかけることも出来ていませんでしたが…

…、きっと、

大佐はこうしている方が、何に関しても一番安心出来ますよね」


Majorはそう話すと、私に優しく微笑んで見せた。

…、少しの間、そんなMajorの顔を見つめた。

すると、腕の中の猫が目を覚ましたようで大きな欠伸をしたかと思うと、私の膝の上で身体を伸ばし始める。

身体を伸ばし終わると、突然私の机の上に飛び乗った。


「ぁっ、おい」


机の上にのせてしまうのは少しリスクが高くなってしまう…。

書類もあれば書籍もあって、猫にとっても危なく、トラブルにもなり兼ねない。

これは、早く下ろしてやらなければ危険が及ぶ————


「ほんと、黙っていればって感じだよねー」


…ん…?


「…な、」

「前々から思ってたんだけど、あんた大佐なんじゃないの?

いつ見ても弱気だし…、逆に自信があるって様子見せて欲しいぐらいだね」


……喋った。

猫が、今、確かに人の言葉を喋った。

…間違いなく、この猫の口から発された言葉だ。

……??

どう言うことだ…?

今までその素振りすら見せていなければ、それこそただの猫にしか見えていなかった、筈なのだが、

…猫は、私達の方に顔を向け、じっと見つめた。


「このご時世において喋る動物なんて別に珍しくないんじゃないの?え、そんなことない?

大体さー、まず初めに何も疑問に思わなかったわけ?

アイツらにあんな扱いされてる僕達なんだからちょっと優しくされただけでホイホイ慣れつく訳なくない?

おかしいと思わなかったのかな…ほんと

Colonel軍とか聞いたけど、割とちょろいもんだね」


猫は後ろ足の付け根辺りを舐めながら喋った。

…な、何なんだ……。

何が起こっているのか未だ理解出来ない。

…、言葉を話せるのならば何故今まで喋ろうとすらしなかった…?

……、

猫は再び身体を伸ばし、リラックスし終えると、

再び私たちの方へと顔を向けた。


「…あーあ、ちゃんと説明しないと分からない、か

面倒臭いけど、話してあげるよ」


猫は座った姿勢から、うつ伏せに寝そべるような体勢を取った。


「…僕、本当はスパイなんだよね

そもそも、あんな分かりやすい所に普通に極秘情報が置かれているなんておかしなこと

あれに関しては全部罠のつもりで置いたんだろうね

僕の檻はわざとちょっと開けてあって、発見した人の気を引く為の罠だったわけ

本当はあの流れのままこの基地まで連れて来られて、情報だけ盗んでさっさと帰るつもりだったけど…」


…猫は、またそう話しながら大きな欠伸をしては身体を伸ばして見せた。


「でも、はなからそんなのに従う気なんてなくてね

従う訳ないじゃんね。いくらそう言う役割持たされてても、僕だって他の動物達と一緒であいつらのこと好きですらないし、言葉に従うだけの道具でしかないんだ

散々酷いことされ続けてきたし、痛い思いだってしたし、ご飯だってろくに与えてくれない

生きた心地はしなかったし、本当に苦痛ではあったからね

だから君達には感謝してるよ。どうせこのまま逃げる予定だったし、やっとその時が来たってことだね」


…。

話に上手く着いていけないが、とにかくこの猫はあの軍のことを酷評しているようだった。

…だが、しかし、

全て、罠だっただなんて…。

もしこの猫が従順であったならば、私達は今頃どうなっていたか分からない。

危なかった。…運命に助けられた。

……ああ、けど、

また、私の不注意だったのだろうか。

猫は、再び私の膝まで降りると、顔を覗き込むようにしてまた話しかけてくる。


「…それに、此処に来て身体まで綺麗にしてもらったし

あの時は本当にお腹が空いてたけど、その時は身体を綺麗にだとか、機嫌をとるだとか、それよりも先に僕に食べ物を与えてくれた

本当に、お腹は物凄く空いてて、身体が汚いだとかそう言うのはどうでもよくて。とにかくあの時はお腹が空いてたんだ

それに、今思い出した!爆弾が作動した時、流石にめっちゃビビった〜っ

止めてくれてありがとう。僕まで死ぬだなんて聞いてなかったんだ

正直感謝しかないよ、僕の方だって命を助けられたのと同じだしね

どうせこのまま逃げるつもりだったから。ここまでしてもらったならお礼をしたい

助けになるから何でも訊いてよ」

「…ま、待ってくれ

…何故、今頃言葉を話し始めた?

その様子を見せるタイミングならば今までにもあったはずだろう

Aslam軍との対戦も、すぐ明日となっていてまた情報が増えるとなって作戦を改めて考えていけるか分からない、

……そもそも何がきっかけだったか分からないが、

それがなければ、言葉を話せることは隠し続けるつもりだったのか…?」

「何でそんなことそこまで気になってるの?もうそれは別に何でも良くない?

と言うか、本当思ってたんだけどさー、あんた大佐なんじゃないの?なにそんなメソメソして…

あのColonel軍の最上部なんだから、もっとしっかりしててハキハキしてて、それこそ心なんてない奴かと思ってたのに

まさかの真逆……

今の様子じゃ逞しそうにも見えないよ、ちょっと期待を裏切られた感じ」


私の質問を無視して、猫は躊躇いなく私に容赦ない言葉を投げかけた。

…普通に心に傷を負い、私は黙り込んでしまう。

……私が助けてやった方だと言うのに…。

何故猫にまでこんなことを言われなければならないんだ…。


「…、なんだ、全然元気なん、じゃん…」

「お陰様でね〜。話せるの明かすまでは弱い動物っぽく見せて可愛い子振ってたけど…、

二人のやり取りとか、その、大佐さんの様子とか見てたら黙ってられなくなっちゃった

でも、この後僕をまたあの軍に戻したり、その場に捨てたりする予定もないらしいから

此処にいるだけならつまんないし、僕だってあいつらに恨みはあるし、

他の動物達のことも、放ってあのままにはしておけないし

どうせだったら何か小さいことでもお手伝いさせてよ

…大佐さんがそんな様子だったら、上手くいかないことも出てきちゃうかもしれないしね、協力させてよ」


Majorが猫に話すと、猫はまた大きな態度をとってそう話した。

…。

随分と、ナメられたものだ。

猫にまでこんなことを言われてしまうだなんて。

…、

…しかし、まあ、

確かに、ここで弱気になっているようでは、本当に何もかも上手くいかなくなっていく可能性も出ることだろう。

…私の考えている作戦も、完璧に上手くいく保証までは出来ないし、それこそそれを行うにあたって何が起こるかどうかも分からない。

気を、引き締めていかなければならない。

……私まで怠けているようでは駄目だ。

私はその猫をそのままそっと抱き抱えると、椅子から立った。


「分かった。ならば更に話を聞かせてもらおう

Major、お前は今から明日の準備をしている隊員達の補助をして来てくれ

私は追加の情報を此奴から聞き出すことにする」


Majorはそれを聞くと、返事をした後にすぐに部屋を出て行き、隊員達の補助に向かった。

…さて、私はこの書籍を持って、此奴と資料室へ…だな。


「…恐らくQualに話したことが全てではないのだろう

明日の為の情報を少し組み直すから、一旦こっちに来てくれ」

「ねえ、僕達のことや他の動物達をあいつらみたいに酷くしないのは分かったけど、具体的にどうするつもりなの?

そもそもあいつらを明日どうするつもりなのかも分からないけど、」


私も続いて部屋から出ると、猫と書籍を抱えて書類室へと向かって行った。


「お前が把握しておくべきことではない。それに、後に分かることだ

…これ以上犠牲を出させないことは必ず約束する

勿論全てが上手くいくかは分からない。

ただ、もう、

Aslam軍には、今までのような行動は絶対にさせない

お前もそれを望んでいるのならば、今は出来る限りの情報をくれないか

…どうなっていくかどうかも、いずれ分かることだ」

—————————————————————————

いよいよ、この日という時がやってきた。

今は隊員達と共に、Aslam軍の基地より少し離れた、存在のバレにくい場所で身を屈めて準備を行なっているところだ。


「これから手分けをして、見張りを一人ずつ仕留めていく

時間はたっぷり設けてある。焦る必要はない

初めの段階が肝心だ。とにかく慎重に、被害を出さずに、作戦通りに動け」


相変わらず基地付近の見張りは何人か居るようで、一人のみで対処をするのは当然不可能だろう。

…まずはこの見張り隊員達から仕留めていく作戦、

それから、本作戦に進んでいく予定だ。


「いいか、今回は敵軍との対戦ではない

これは保護活動だ。普段とは違っていることを重々理解しておけ

最低限注意して欲しいことは、犠牲を何一つとして出さないようにすることだ

敵軍隊員も、私達も、…そして、動物達も」


そう、今回は結局、Aslam軍と本来通り対戦をする予定は取りやめたのだ。

Aslam軍とは一切対戦をせずに、


「…今だ。くれぐれも息を潜め続けろよ

存在を消しながら行け。健闘を祈る」


動物達の、保護を行うことにした。

恐らく私達と対戦をすることになっても、少なからず動物達の犠牲は出てしまう。

…対戦をするのならば、きっと、絶対に避けられないことだった。

ならば、もう初めから私達にAslam軍との戦意を生む気は一切ない。

ただただ動物達の保護活動に努めさせてもらう。

そう、決めた。

私が全隊員にマイクロマイクで指示をすると、隊員達は手分けをして、一人ずつ、確実に見張り隊員を処理して行った。

私達がいる向こう側の影にも隊員が何人か居て、向こうの処理はその場にいる隊員達に指示を出してある。

…一人ずつ、見張り達が気絶させられて、その場に寝かせられていく。

行動がバレて報告されることもなく、順調に事は進んでいた。

—————————————————————————

「大佐、僕達が見つけた倉庫の動物達は確かに助けられますが、あの猫によると別の場所にも動物達が隠されてると言う話です

一体何処に隠されているのでしょうか…?」


次々に動いていく隊員達を見守りながら、僕は大佐に訊いた。

そもそもあの倉庫が敵を誘き寄せる為の場所だったとしたのなら、他の場所にあの数よりも更に多い動物達が隠されている可能性もある…。

…と言うより、それは確実なのだろう。急がないと…!


「そうだな、確かにその場所までは私も分かっていない

だからこそ、敵の目を潰しながら炙り出すんだ

…絶対に全員助け出す。私も透視能力を使いながら場所を探すとする

Majorも、協力してくれるとありがたい」


…けど、他にどのぐらい動物達が隠されているのか分からない。

僕達が、探し出せない程の場所にも居たりはしないだろうか。

…取り残してしまうのが一番怖い。本当に、隅々まで探さなければ。


『大佐、少佐。見張り隊員の処理を全て終えました

俺達は気絶させたこの見張り隊員を各自看守しておきます。万が一目を覚ましてもすかさず対処を入れておきますのでご安心下さい

大佐に続き少佐は、残りの隊員達を連れて侵入を開始して下さい』


先程動いていた隊員から通信が届いた。

どうやら処理の方が終わったらしい。…かなり迅速だ。


「ご苦労。礼を言う

再び処理をする際にはくれぐれも丁重に扱えよ。仮に目を覚ました時に攻撃を仕掛けてきたとしても、なるべく怪我はさせるな

応急で武器を使う状況になったとしても、最低でも自分の身を守る程度の用途として使って欲しい

…これは対戦ではない。普段との違いとは、そう言うことだ

お前達ならば出来る筈だ。焦った対応はしてくれるなよ」


大佐は通信を切ると、小さく合図をして、僕や他の隊員を引き連れて建物の方へと近付いて行った。

…先に、僕達が見つけた倉庫の動物達の保護。

何人かの隊員に周りの様子を見てもらいながら、僕達はそっちの方へと向かった。

……少し歩いて行くと、その倉庫に到着する。

ポータルを開いて空間移動の出来る能力を持っている隊員が何人かいる為、彼らの力を借りてとりあえずそのまま基地へと動物達を送っていく作戦だった。

基地にも少しだけ隊員を残してあり、向こうでの管理も出来るよう準備は整っている。

…入口はすぐ目の前。

僕は大佐の少し前に立ち、倉庫の扉を開けた。

まずはこの動物達を—————


「っ!」


…が、なんと、

倉庫の中は空っぽだった。

…動物が置かれていた形跡などもない。壁の張り紙も全て外されていて、ただ、本当に何も置かれていない倉庫となっていた。

……、移動、された…?


「…してやられたか」


大佐は罠かもしれないと警戒し始め、腰のレイピアに手を置いて少し周りを見渡した。

…、倉庫の中には本当に何もなくて、監視カメラもなければ隠しカメラもないようだった。

……本当に、全て移動させられてしまったのだろうか。


「逃がすものか

中に入るぞ。一刻も早く見つけ出せ」


大佐は倉庫から離れると、本拠地の方へと向かって行った。

僕達も大佐に続いて着いて行く。大佐は警戒を解いていない様子だ。

…本拠地。それ程狭い建物でもなさそうだが、見つけ出すことは出来るのだろうか…?

中に行けば、隊員達は腐る程居ることだろう。少し、怖い。

…けど、大丈夫。何とかして見せる。

大佐は本拠地に近付くと、こめかみに指先を当てた。恐らく、透視能力を使っているのだろう。


「監視カメラが何処かにあるかもしれない。先を急がなければどちらにしろ不利になり兼ねないな

…丁度今此処から入れば、裏に人は居ないらしい

今のうちだろう。少し慎重ではなくなってしまうが、最悪力ずくだ

…そうだな、あっち側は別の廊下の壁となるようだ、お前達はあっちから侵入してくれ。くれぐれも気は抜くなよ

敵軍隊員は見つけ次第気絶させてその場に寝かせろ」


大佐が着いて来る何人かの隊員にそう指示を出しすと、指示された隊員達はそっちの方へと移動して行く。

そして、大佐は中へとテレポートして行き、僕と残った隊員達はその後に続いた。

…中に入ると、


「ッ、!」


此処は廊下の突き当たり。…足元には、

乱雑に動物達の入った檻が沢山転がっていた。


「…、」


全員、息を殺して足元の動物達を見下ろしていた。

何匹かは目を覚まして、僕達を見上げては顔を見つめていた。

…動物達は、酷く静かだった。


「…まずは此処の動物達を移動させよう

ポータルを開いてくれ」


大佐が小声で隊員に話しかけた。

隊員は音を立てないようポータルを開くと、足元の檻を一つずつ丁寧にポータルの中へと入れて行く。

…いつ敵軍隊員が此処を通りかかるか分からない。なるべく急がなければ。

この雑な置かれ方を見ると、先程の倉庫に置かれていた動物達がそのまま此処に置かれていたようにも見える。

……どうせしっかり隠す気がないなら、せめてもう乱雑に扱って欲しくなかった。

僕は複雑な気持ちに苛まれて、少し顔に力が入った状態のまま檻をポータルの中へと入れていっていた。


「なっ、」


声がして、僕達は咄嗟に手を止めて顔を上げた。

…敵軍隊員だ。


「喋るな」


僕は即座にその隊員の背後に回り込んでテレポートをし、そのまま背後から口を塞いだ。

…危なかった。何か行動を起こされてからでは遅い。

隊員達や大佐は、僕の行動を見届けると、察するような表情でそのまま動物達の移動を再開し始めた。

こいつ、長くこの状態で居ても何をするか分からないな。

僕は捕らえた隊員の首筋に勢い良く、真っ直ぐ手刀を入れた。

隊員は僅かな声を漏らすと、力が抜けたようにその場に倒れ込んだ。

その隊員の身体に衝撃を与えないようにそっと支え、そのまま近くの壁の傍まで運び、楽な姿勢で寝かせた。

…それをし終えるのと同時に、丁度大佐達もその場の動物達は移動し終えることが出来たようだ。


「危ないところだった。対処に感謝する

…咄嗟に動けなくて申し訳ない」

「構いませんよ、お気にさらなず

さ、次の場所に進みましょう」


僕は次の場所へと進もうと足を踏み出す。

…あ。

僕は先程寝かせた隊員に目をやった。


「…。あのままにしておくのは、少しまずいかもしれないな

運んでいくしか、ないか」

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