XIX

「Major」


丁度大佐の部屋に帰って来た時、大佐に話しかけられた。

僕は返事をしながら大佐の机の傍まで近寄る。


「もう時期、また敵軍への侵入調査に向かいたいと考えているのだが

予定などないようならばもう明日か明後日には行っても大丈夫だろうか?」


今日は前にNavy軍と戦った時から一ヶ月と数日が経った頃だが、また新しく敵軍の侵入調査に行くとの話だった。

…僕も特に予定はないから、このまま予定を立ててしまっても大丈夫だろう。


「はい、構いません

今回はどの場所まで行くのでしょうか?」

「Aslamと言う軍の基地の周辺を調査したくてだな…、やはり見張りなどはいるだろうから、今回は情報収集と言うよりかは隠れて動くことの方が多いだろう

実はこの軍に関しての情報は事前に集め終わっていて、過去にも既に戦いを挑もうとも考えていたのだが、

…最近妙な噂を聞くようになった

それを聞いた上で仕入れた情報と重ね合わせていったところ、

何となく、このまま対戦を挑むのは良くない気がしてきたんだ

それからこの軍との対戦は一旦保留にしてあったところだな

…それで今回の調査では、以前集めた情報へ更に補足が出来ればと思っている」


大佐は、その辺りの場所を示しているであろう書類を僕に見せながらそう話した。

…、此処からはそう遠くはない場所。Navy軍の基地よりも少しだけ遠いぐらいの場所だった。


「…その、噂と言うのは…?」

「そもそもその噂が確実な情報とは限らない。本当のことかどうかは分からないのだが、

…どうやら、この軍の隊員が傷付いたり増してや命を落としたと言った情報が全くないと言う話があるようで

今までに戦って来た軍によると、確かに実際に接触はしているのだが、攻撃を入れることすら出来ていないようでな

…私達の軍でも、流石に攻撃を喰らわないことはないだろう。命を落とすまではいかないよう対策は確かにしているだろうが、…普通に考えて、接触し合う対戦の仕方でダメージを喰らわないのはやはりおかしいと考えた」


…どう言うことなんだろう。

まだ話を聞いただけでは、それがどう言ったことなのか良く分からない。

…、戦っていて攻撃が一回も、増してや擦り傷すら負ってないってこと…?

大佐が言っている通り、僕達の軍でも一切ダメージを喰らわないのは流石にあり得ないことで、…。


「…悪魔でもこの時点では噂であって、完全に明らかな情報とはなっていない

だからこそ、それに関して侵入調査をして、何か分かればいいと思った

私達も犠牲は出来るだけ出したくない。行動に出る前にしっかりと段階を踏んでおきたいんだ」


とにかく、大佐がこのままAslam軍に対戦を挑むのでは不安があって、もう一回しっかり調査に行きたいことは分かった。

その調査に僕も必要なら行くしかないだろうし、僕もこのまま挑むにはまだ情報が不足しているように感じる。

僕自身も、何か力になるような情報が仕入れられたらいいけど…。


「日にちは明日か明後日のどちらがいいだろうか」

「明日で構いません、今から何か準備しておくべきことはありますか?」

「…そうだな、特にはない。いつも通りメモ帳など…それだけ用意しておけば大丈夫だろう

もしかすると、メモ帳までも必要ないかもしれない

…それと、服は軍服ではない服を着ていく予定だから、目立たないものを着て行ってくれると助かる」


なるほど…。本当にもう一回少しだけ見に行くだけなんだな。

なら、もう忘れないうちに準備を済ませておいてしまおう。

目立たない服、無地の服ならいいかな。

…僕の部屋にもう置いてあったっけ。


「分かりました、ありがとうございます」

—————————————————————————

「気を付けてね。最近はパトロールしてる他の敵軍隊員も多いらしいから」


Faithfulさんに話しかけられながら、僕と大佐は玄関の方まで歩いた。


「目的地に着くまでにそんなのに巻き込まれたらたまったもんじゃないし、余計計画狂っちゃうよね」

「…分かった。気をつけるようにしよう」

「もう前みたいな失敗はごめんだよー、俺達もその時すぐ出動出来る訳じゃないんだからね」

「分かっている

それだから前回の侵入調査は無事帰って来れただろう、今回も同じようにする」


大佐はまた、Faithfulさんにそう返事をする。

…大佐も全部一人でやってのけられる訳ではないから。

僕も咄嗟な判断でしっかり動けるようにしなくちゃ。


「じゃ、気を付けてね」

「ご健闘を祈ります!」


Faithfulさんや手の空いている隊員達に見送られながら、僕達は玄関を出た。




電車に乗って移動した後、僕達は駅を出て道を歩いていた。

…道の分かる書類を少し確認しながら歩いて行く。


「ここからそう遠くはない

以前の侵入調査で基地の場所を突き止めていて、基地自体に行くのは今回が初めてだが…、

対戦前にわざわざ基地まで行って再び調査するようなことは今回が初めてだ

…手間はかかるしリスクも上がってしまうから中々こんなことはしないが、

やはり、今回この調査を抜いたまま対戦を挑むのにはどうしても嫌な予感しかしなくてだな

何もなかったならばそれでいいしむしろその方が安心なのだが、…最悪私達が太刀打ち出来ないような作戦で向かってくる可能性もある」


僕は大佐の横を歩きながら、その話を真剣に聞いていた。

…そうやって思うと、僕も何だか怖くなってきた気がする。

僕達は今までも一度も対戦で負けたことのない軍としてやってきているけど、

そうしているうちにも敵軍達がそれを上回るような技術を取り入れては向上させ、いつの間にか僕達の軍も大したことのないレベルに下がってしまっている、なんてこともあり得なくはないのだろう。

僕達の軍が、いつからどのぐらいの頻度で対戦をして、その時点で周りの軍のレベルがどうであったなど詳しいことまでは分からないからこそ、きっと油断していてはそう成り兼ねない。

…でも、もし本当にそんなことが起こってしまうんだとしたら、僕達の軍の希望もどんどん遠ざかってしまう。

そんなことを考えてしまうと、やはり不安で仕方がないことは確かだった。


「…此処だな

やはり基地外の見張りが何人かいるようだ、一旦影に隠れるとしよう」


大佐に続いて、基地付近から少し離れた場所の物陰に隠れた。

…一応メモ帳は持って来ている。何かあればすぐに書き留めておく準備だって出来ている。

…それから、緊急用の武器も持って来ている。

普段使っている拳銃やレイピアは、侵入調査では使わないルールの為、擬態している武器や、相手が多少怯む程度の武器…。

拳銃やレイピアをこの時に持って来てはいけない理由は、悪魔でも侵入調査であることを忘れない為と、そもそも見つからずに帰るのが目的である為だと言う。

…僕と大佐が行く時は、よっぽど余裕があるのか見つかってから逃げるようにして帰ることも多いけれど。

でも、確かに今考えてみれば、前の侵入調査の時も大佐は拳銃やレイピアは所持していなかったし、持っていても小振りのナイフやペンに擬態した銃ぐらい。

今までに仕入れた知識だと、擬態した銃の威力は相手を殺す程のものではないと聞いていた。

…ペンとなると大きさもそんなに大きくないし、大佐なりに調節して選んだ結果だったりもするのだろう。


「…そうだな、まずは見張りの目を盗むところから始まる

恐らくどんなに努力しても基地内まで入ることは不可能になるだろうし、それで見つかるなんてことがあってしまっては、それこそ生きて帰ることも不可能になってしまうだろう。軍の基地なのだから、警備や装備も完全に整えられているのは違いない

見つかってしまった時のことも考えて、しっかりとすぐに逃げられる体勢を整えておけ

…今回は本当に軽い調査しか出来ないが、それでも、何か分かることがあればいいのだが…

今回此処まで来て調査をしても何も見つからず、結局対戦当日で隠し持たれていた兵器など初見で目の当たりにした場合のことが恐ろしくはあるが、

一応それに備えた対策も後程しておくとしようと思う」


…今の場所から見える見張りだけでも五人程。物陰に隠れている状態で視界も悪いから、きっと近くには更に人数がいることだろう。

僕達自体は、自分達よりも人数が多い敵を取り押さえる程の力は何とか持っているとは思うが、それもいつまで続くか分からないし、

そんな僕達でも太刀打ち出来ないような武器など引っ張り出されてきたりでもしたら、大佐の言った通り本当に命はないだろう。

…一瞬の隙が命取りになるとはこのことだ。気を引き締めていかなければならない。


「…時間が過ぎれば過ぎる程、向こうの動きも分からなくなる

後戻り出来なくなる前にさっさと行くとしよう

…あの隊員だ、あの隊員がそこを通り過ぎた時に隣の物陰へ移る

私の傍を離れないようにしてくれ」


大佐はその影から見張りの様子をしっかりと観察しながら僕に小さくそう伝えた。

…、そうだ、僕もコピー能力とか使って支えられたり出来たりしないかな…?

まだ完全に使い慣れた訳でもないし、返ってリスクが高くなっちゃうかな…。


「…よし、行くぞ」


大佐がそう僕に伝え、考え事をしていた僕は慌てて気持ちを切り替え、大佐に続いて移動し始めた。

…足音も立てちゃダメだ、息をも止めなきゃいけないかも…っ。

大佐が見張りの様子をしっかりと観察してくれている分、僕は自分が音を立てないように重々気を付けていた。

…大佐の足元にも気を配ってみたり。

そのまま何とか気付かれないまま移動し終わることが出来て、一段落がついた。

僕は気を緩めない程度で肩を撫で下ろす。


「此処まで来てしまえばそう移動は難しくないだろう

そうだな、次は、

…少し透視をして見張りの位置を確認しておく

少しでも、どこか安全な場所はないだろうか…」


すると大佐はこめかみに手を当て、辺りをそっと見渡していった。

…僕は、大佐にしがみつくようにし身を低くして隠れていた。

何か、何か僕にも出来ることないかな…?でもあまり出しゃばるとやっぱり迷惑にもなるし、足引っ張ったりしたら嫌だな…。

……本当に僕、着いて行ってるだけで大丈夫なのかな…?


「…Major、一部、少しは安全で居られそうな場所を見つけた

どうやら、今のところあそこが唯一見張りの盲点らしい。そこで息を殺していればリスクは低くなるだろう

…大丈夫か、行けそうか?」


大佐は僕に顔を向け、訊いてきた。

…僕は改めてまた自分の足元を確認した。

……よし、大丈夫。

あまり心を決められないようでいても、それこそ足を引っ張ってしまうだけだ。


「はい、大丈夫です

行きましょう」

「よし、

…丁度今が行けそうだ」


そう言って大佐が足を動かし始めた、

丁度その時、


「…大佐」


ふと、僕はあるものが目に入ってそれが気になって仕方がなくなった。

大佐は一歩動かした足をまた引き、また身を十分に屈めて僕の方へ耳を傾ける。


「…どうした」

「あれ、見て下さい」


僕はそっちの方に向かって指を指した。

大佐も、指を指された方へ体を捻って、顔を向ける。

…僕の指の先には、

違和感のあるように置かれた小さな小屋のような建物だった。

作りはコンクリートで、外見からすると倉庫のような…。

しかし、此処から見ただけではそれがどんな建物なのかは全く想像がつかず、ただ異様に置かれている建物のように見えていた。


「…、気付かなかった

何だろうか」

「分かりません、けど此処からそう遠くはないようですね

中が何か分からないとは言え、確認してみる価値はあると思いませんか?」


大佐はその建物をじっと見つめて、少し考えるように黙り込んだ後、改めて身体をそちらの方へ向け直した。


「…。少し待ってくれ」


そう言うと、大佐はその建物を見つめたままこめかみに指を当て、少し顔を顰めた。

…恐らく、透視能力を使っているのだろう。

僕も周りの危険を確認しながら、大佐の横に身を屈めて建物の方へと身体を向ける。


「…そうだな、とりあえずあの中に人はいないらしい

入ってみる価値は、あるな

入口は此処から見て反対側だ。直接行って入るのならば遠回りをしなければいけない

周りから見張りが消えるタイミングはあるだろうか…、」


僕も、大佐と一緒に見張の動きをしっかりと観察する。

…、けど、やはりその辺りは徹底されているのか、見張りが場所に隙間を空けることはなく、いつまで待ってみても足で向かえる様子ではなかった。

大佐は、少し唸りながら何やら考えている様子だ。


「…、Major

少し考えたのだが、このままあの中までテレポートするのはどうだろうか

中に誰もいないのは分かっていることだ。多少能力を消費するとは言え、リスクを高めるよりかはマシに思える

…どうだろうか、」


大佐は少し僕の方へ顔を向けた。

…なるほど、此処から直接テレポートして、中に入っちゃえばいいんだ。

そうすれば音も立てずに済むし、見張に見つかるリスクも低い。

…、

僕も、その方法でいい気がするな。


「はい、その方法で大丈夫だと思います

異論はありません」

「…よし、ならば時間が過ぎない前にもう行動に移らせてもらおうと思う

すぐにテレポートするから、私に触れていてくれ

……行くぞ」


僕は大佐に従い、大佐の服の裾を掴んだ。

…そして、ほんの少し間を置いた後、

その場からテレポート行い、建物の中らしき場所まで移動をした。

僕達は、目の前にある壁に手をつき、足元を見た。

…、どうやらテレポートは成功したようで、確かに今立っている場所は先程の建物の中のようだった。

方向の関係で、僕達が中にテレポートした際に向いていた方向は出入り口のドアの方で、僕達が手をついていたのも丁度そのドアだったらしい。


「何とか、上手くいったようだな

…因みにさっきから何やら————」


大佐が後ろに振り返ると、

…何故かぴたっと喋るのをやめ、黙り込んでしまった。


「…?大佐どうし————」


僕も気になって大佐の向いている方に顔を向けると、

…目の前の、信じられない光景に言葉を失った。

僕達の目に映っていたそれは、

乱雑に置かれた狭い檻の中に入れられた動物達の山だった。

僕も大佐も、言葉が出ないままそれを唖然として、目が離せなかった。

……どれも、確かに生きていて、呼吸をしている。

静かにする為か、今は皆んな眠っているようだ。


「…ぇ」

「何だ、これは……」


ただ動物達が大量にそこに居たことだけに驚いたのではない。

…一匹一匹の動物達の身体に、何か機械のようなものが取り付けられていた。

それもあって、あまりに乱雑に扱われたような置かれ方に、その光景に、

理解が出来なかった。

大佐は大きな音を立てないよう一番近い檻に近付いてしゃがみ、その動物の様子を見た。


「……、爆弾だ

今は作動していないようだが、同じようなものが他のにも取り付けられている」


動物の種類は様々で、犬や猫、鳥、猿など…。

しかし、どの動物も手入れされているような様子もなく、十分に飲食料を与えられているような身体付きでもなかった。

…見るだけで、雑な扱いをされているのが分かった。


「爆弾…、なんて……

一体どう言うことですか…?この子達は一体…、」


まだ、状況が上手く理解出来なかった。

何故、こんなに沢山の動物達が捕らえられていて、全ての個体に爆弾など取り付けられているのか。

…大佐は少し周りの見渡し、他に何か情報の得られるものがないか探した。

……、倉庫の側面の壁に、

何やら、大きな資料のようなものが貼り付けられているのが目に入った。

それも少し古びていて、新しいものではなさそうだった。

僕と大佐はその前まで行き、書かれている内容を確認してみることにした。

—————————————————————————

「…、酷すぎます

こんな軍が、存在していただなんて知りもしませんでした」


…どうやら内容によると、この動物達は戦時の際の特攻隊のようで、

取り付けられた爆弾を身体に持ったまま敵軍に突っ込められる役目を背負わされているようだった。


「…信じ難い

こう言った動物の扱い方は法律に反する。見つかればすぐに軍は処分される筈だと言うのに

……、今までにこの軍と戦ったことのある軍もそれなりに居ると言うのに、何故情報が出ていなかったんだ…?」


私は、資料に書かれている内容の一つ一つに心を痛めていた。

こんな動物の扱い方をしている組織を見るのは勿論初めてで、あるだなんてそれすら思ってもいなかった。

何故こんな残酷なことを…。

……。

…、そうだ。

この軍の、Aslam軍の隊員が何故対戦で全く減らないのかが分かった。

……分かって、しまった。

動物達に特攻させるものたから、隊員が表に出る必要がないのだ。

全ては、爆弾を背負った動物達で対抗が出来てしまうから、

隊員それぞれが武器など所持していようともいなくとも、

動物達が、その兵器そのものだから。

…だから、死ぬ訳がないんだ。


「…許せたものじゃない

最低だ、同じ軍人としてとてもじゃないが考えられない

…本当に最低だ」


あまりの事実に、私は言葉を失った。

…今すぐにでも、通報するべきだ。

Aslam軍には一刻も早く罰を受けさせるべきだ。

私の手に、怒りの感情が現れて強く力が入った。

今までにもどれ程の動物達の命が犠牲になったか知れない。

…考えるだけでもおかしくなってしまうぐらいには怒りが芽生えそうだった。


「…通報しなければ

これ以上動物達の命が無駄になってもらう訳にはいかない」

「……

…けど、そうしたらこの子達はどうなるんですか…?」


Majorのその言葉に、私はまた動物達に目を向けた。

…、…どう、なるのだろうか。

無事、自然や保護施設に返してもらえるのだろうか。

…それとも処分、されてしまうのか?

……、

…次にこの動物達を預けられた場所までも信用し難い。

元々爆弾をも取り付けられていて、…それこそ、兵器としての存在だから、

…保護されずに、処分されてしまう可能性だってあるのか……?

…いや、動物達には一切の罪も及ばない筈だ。

流石に処分まではされないのか…?

少なくとも此処にいる動物達は、保護、されるのか…??

……、…くそ、

…分からない。

自分はどうするべきなのか余計に分からなくなって、焦りが生じられる。


「……大佐、けど、この軍に関しての有力な情報は得ることが出来ました

とりあえず、僕達もあまり長い時間此処にいては危険です

帰って新しく作戦会議を————」


次の瞬間、

私達は足元に鳴る物音に一斉に息を呑み、顔を向けた。

…、一匹が、

起きた。

檻の中に居たうちの一匹が、目を覚ました。

まずい、か?

…しかし、その檻を良く見てみると、

唯一、しっかりと施錠がされていない物だったようで、

僅かに蓋が空いていた。

中には中型の猫。喉も乾いていて腹も空かせている様子だ。

………

私はそっとその猫の前まで近付いてはしゃがみ、

その檻を開けた。


「た、大佐」

「…、」


猫は、私が檻を開けたのを見ると、

声も出さずに酷く怯え、狭くて大した移動も出来ないまま奥の方へと身を潜めた。

…、……

私の手は、怖がらせないようそっと手の甲を見せて檻の入り口に近付いた。

…猫は檻の奥の方で怯えた様子で私の手を見ていたが、

少しずつ、緊張を解いた様子で私の手に近付き、匂いを嗅いだ。

……そして、やがて、

私の手に顔を擦り付けた。


「誰だッ!!」


次の瞬間、勢い良くドアが開き、大声を上げられた挙句私達は敵軍隊員に銃を向けられた。

猫が、檻から出てすぐ私の手元まで来た中、

また怯えた様子で動きを止めて私達と同じようにそっちを見た。

…、

知ったものか。

私はすぐ手元まで来てくれたその猫を素早く、優しく抱き抱える。


「逃げるぞ

こっちだ」


その隊員に一瞬睨みを効かせた後に、片手で猫を抱え直し、

もう片方の手でMajorの腕を掴んで倉庫外の出来るだけ離れた場所までテレポートした。

私が走って逃げると、Majorもそれに流れるようにして私の横を走った。

…Majorも私の手元の猫を心配そうな様子で見たが、やがて向き直り、また走る体勢を整えた。

そして背後からは銃声が響き、弾がすぐ傍に当たる音までもが耳をつん裂く。

…逃げ切れ。

もう、前のような過ちは起こさない。

同じ失敗は繰り返さない。

背後から撃たれる、私達の身体を狙う弾を、

瞬時にレイピアを出して弾き返す。

……しかし、私はあることに疑問を持った。

弾の標準が悪い。

普段から訓練すらまともに行われていないのか?

私は小さくMajorに声をかけた後、

走っている方向から曲がり、道のない場所を走り始めた。

Majorも、背後に警戒しながらそれに続いて走り始める。

…まだだ、

完全に安全になる場所まで逃げなければ。

私達はそのままスピードを落とさないまま走り続けた。

……、

やがて、背後からの気配が消える。

逃げ切った、だろうか。

このまま行けば、無事———


「大佐!!爆弾がっ!」


Majorの声にハッ、として手元の猫に目を移した。

背の爆弾が、起動している。

三十秒と言う数字からどんどんと減っていき、機械音を立てていた。

私は走りながらも必死にその爆弾を取り外そうと試みる。

…猫は私にしがみついたまま離れようとしなかった。

……くそ、こんな…っ、

爆弾は素手で取り外そうとしてもビクともしなかった。

それでも私は一刻も早くその爆弾を取り外そうと手を動かし続けた。

私にお構いなく数字はどんどん数を減らしていく。

くそ、くそ…っ!

何故、こんなこと…っ、


『——九、八』


どうすれば、せめてこいつの命を助けてやる為にはどうすれば…ッ、


『六、五、』


私は、私は、猫一匹の命すら救ってやれないのか…!?

今の私の力では、動物一匹の命すら…ッ!!

くそ…、諦めたくない…っ、

まだ……ッ!


『三、二、』


手を止めず爆弾を取り外そうとする私に、

その猫は、顔を上げて目を合わせるのを後にした。


『一』


………

……気付けば私は酷く息切れていて、私はその場でその猫を守るような体勢で抱えていた。

…そのように猫を庇っていても、何も意味はないと言うのに。

………だが、

確かにさっきまで爆弾は動いてたのだが、

何も、起こっていない。

…、

……Major?

私はMajorに目を移すと、

Majorは、私達に手を伸ばすような体勢で、彼もまた私と同じように息切れていた。

……。

…、Majorが、

能力で、爆弾を止めてくれたのか…。

まだ頭がしっかりと動かないまま、私とMajorは顔を合わせていた。




またMajorの手を少し借りて猫から爆弾を取り外し、

近くの木の麓に座り、簡易的ではあるが能力で取り出せた程度の飲食料を手からその猫に与えていた。

…やはり酷く空腹であったようで、良い食べっぷりを私達に見せてくれていた。

…、爆弾はもう、機能していない状態だった。


「…何か、連れて帰って来てからの考えでもあったりするのですか?」


私は、飯を食べている最中の猫の背を優しく撫でながらその様子を見ていた。

…爆弾が取り付けられていた身体の部位が、少しその形に身体が馴染んでしまっているように見えたのがまた心を痛める。

大分、身体の重量が軽くなったように思えていることだろう。


「…、そうだな

初めはやはり、完全に放っておくことも出来る気がなくて咄嗟に連れて帰って来てしまったのはあるが、

今冷静に考えれば、こいつは今後、大きく私達の手助けになってくれるのだろう

…言い方は悪くなってしまうが、今回の調査に当たっての重要な情報だ

うちにも何人か獣人の隊員がいるだろう、もしかするとこいつの気持ちが分かる奴も中にはいるかもしれない

それと、その爆弾だな…、それも解剖して分析にまわす

…帰ってからは、少し目まぐるしく忙しい日が続くかもしれない

恐らく、Aslam軍は私達に一匹の兵器を丸ごと奪われた挙句逃げられているから、相当焦り倒しては私達のこを死に物狂いで探し出して来ることだろう

あまり時間は残されていない。過ぎれば過ぎる程こちら側も不利になるし、また向こうも何をしでかしてくるのか分からない」


猫は与えられた食料をあっという間に食べ終わり、私の手を舐めていた。

…、まだこいつをこれからどうするかすらも決まっていないが、

とりあえず、今は私達の傍に居てもらうとしよう。

攻撃的でもなければ、私達には既に心も開いてくれているようにも見える。

……絶対に、これ以上はもう犠牲を出させたくない。

そうさせないようにしなければ。

…今日帰ってからは、あまり暇を持て余している余裕はなさそうだ。

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