XVIII

…、

目が覚めた。

寝起きで少し重い身体をベッドだから起こし、窓から差し込む朝日に目をやる。

……。

昨日のことが、真っ先に思い出される。

…、昨日、私は結局モヤついた気持ちのまま就寝してしまった。

あの後もまだ気分が重いまま基地に帰り、あれからMajorとはまともな話が出来ていない。

…気分が重かった。

Majorは昨日、実際に私が伝えたことに対して反省の意を示し、受け入れるような様子をも見せてくれた。

おまけに考え込みすぎて気分が堕ちた私には慰めるような行動まで…。

……だから、私がMajorに対して心配する必要は何もない。

…、けど、どうしても私の方が、

自分自身の見せた姿が情けないもので中々完全には立ち直れない。

あんな姿を彼に見せてしまった後では、もうMajorの前ではのうのうとすらしていられない気がして。

……

…とりあえず、ベッドから出なければ。

今日も、業務をする為に向かわなければならない。

私は重く感じる身体を動かし、ベッドから立った。




ノックのする音がして、私はそれに対して返事をする。


「…、」


部屋に入って来たのはMajorだった。

…、私の顔色を伺っているかの様子だ。


「珍しいな。お前がノックをして入ってくるだなんて」


私はMajorとしばらく目を合わせた後、また机に視線を戻し、そう話す。

Majorは私の様子を見ながら部屋に入り、ドアを閉めた。


「…、ご気分の方は如何でしょうか…」


やはり、昨日のことをまだ心配しているようだった。

……。


「…。…気を遣わせる程の心配はいらない」


私の声が少し小さくなった気がした。

…しかし、とは言えこれはもう昨日のことであり過去のこと。

私自身もいつまでも引きずっていてはいけないことだろう。

…いい加減、忘れてしまった方がいいだろうか。

もう、何も悩む必要もなければ、考えることもない、

筈だ。


「お前も、あまり一つのことを引きずりすぎない方がいい

…過去のことは過去のことで、いつまでもそのことについて考えてしまっていては、今の目の前のことまでも見えなくなってしまう」


……

…また、私は余計なことを言っているような気がする。

Majorはそれを聞くと小さく返事をし、少しだけ俯いた。

…そもそも、先程「気を遣わせるほどの心配はいらない」などと吐き捨てた私だが、

未だ、私の方がそうじゃないと言うのも事実。

一番気にしているのは恐らく私の方だ。

……けど、なのに、

またさっきあんなようなことを言って、

またMajorに躾けるような言い方をして。

…Majorはただ、私に気に掛けてくれただけだと言うのに。

すぐに余計なことを言ってしまうような私が嫌になる。


「……、僕、今日は少し隊員達の訓練に参加してみようと思います

…勿論昨日の反省を活かした上での活動ですが、

また、自分を見つめ直す機会が出来たら、と思いまして」


Majorははそう話しながら、私の隣のいつもよりもほんの少し距離を置いた場所へ椅子を持って来ると、そこに座った。

…私は、そんなMajorの顔を目で追って、見つめた。


『褒めて、くれますよね』


昨日、Majorが私に向かって言った言葉を思い出す。

…。

あの時、何故Majorが突然あんなことを言ったのか分からない。

賞賛されたかった、と言うのは勿論分かっていることなのだが、

あの時のMajorは、いつもと違って、どこか雰囲気が違っていて、

…何を考えているのかが分からないかった。

いつもはあんなことを言うような性格ではなかった筈だと言うのに。

何故、突然あんなことを私に伝えるようになってしまったのだろうと。

それとも、今までMajorが私に見せていた姿は全て作られたもので、あのような性格が本当のMajorと言うこともあり得ない訳ではないのか?

……今、こうして多少疑ってしまっているとは言えやはり信じ難いし、そうではないと思いたい。

今もこうして反省して、気持ちを入れ替えようとしてくれているのが目で見て分かると言うのに、

…余計に、Majorのことが分からなくなりそうだった。


「…大佐も、きっと昨日のことがまだ気掛かりなんですよね

…あの、昨日のことは大佐も言った通り忘れて欲しいです

僕も少し気が走ってしまったのもあって、良く分からないことを言っていたんです

……それに、大佐に向けて言うようなことじゃない、ですよね。本当にお恥ずかしいところをお見せしてしまいました

でも、それを自覚しているからこそ、今日だって訓練に参加しようと————」


…また、心情を読まれたのだろうか。

最近、Majorに読み返されることが多くなった。

加えて、勝手に心情を読まれると言うことがこんなに気分の良くないものだと言うのを改めて知った。

…今までに隊員達も私に心情を読み取られらようなことがあって、一体どう感じていたことだろう。

無意識的で、相手がどう感じるかすらも私は気付けていなかったのだろうか。

…そもそも、何故私はいつも人の心情を読んでばかりなんだ。

そうでもしないと、相手とコミュニケーションを取れないのか?

相手が何を考えているか知っていないと、落ち着かないのか?


「————から、もう僕のことは心配しないで欲しいんです

僕も昨日のことはもう考えないようにしようと思っています

大佐も、あまり…

……、大佐…?」


我に帰って、顔を覗き込んでくるMajorと目を合わせた。

またくだらないことで深く考えすぎていて、Majorの話すらも耳に入っていなかったようだ。


「…もう

大佐も人のこと言えないじゃないですか……」


Majorは、小さくそう呟くと、少し悲しそうな顔をしたまま俯いてしまった。

……

私の視線も、自然と下の方へと落ちていく。

…いい加減、こんな私では駄目だ。

それに、今までは何も問題を抱えることなどなかったと言うのに、今になって一体どうしたと言うのだ。

けじめをつけなければならない。

軍の最上層部ならば、このぐらいは出来て当たり前のこと。

……私も、気持ちを入れ替えなければ。

…そう、しなければ。


「…Major、確かに私も昨日のことは気掛かりではある

お前の見たことのない一面を目の当たりにして、少し動揺だってしている

だが、お前ももう反省の意はしっかりと見せてくれたことだし、私自身ももうそんなに引っ張られてばかりではいけないと分かっている

私もMajorと同じように、気持ちを切り替えていかなければならない

…お前の言う通り、もう、あまり考えないようにしよう」


果たしてこれが本当の自分の気持ちなのか分からない。

だが、Majorもこんなに反省していているのに対し、私が何度も掘り返したりする必要はない。

…Majorもきっと、掘り返して昨日の話を私としたがるようなことは、もうない筈だ。

Majorは、そんな私の言葉を聞くと、表情を変えないまま私の顔を見つめ続けた。

……。

Majorのその目を見ていると、

何だか、また引き込まれてしまいそうな気分になる。

…Major。お前のことが、考えていることが時々本当に分からなくなってしまう。

やはり最近は、自分の中でMajorへの謎が増えてきているように感じている。

想定外なことを言われたり、そんなような状況作られてしまうと、

私は何も発せられることが出来なくなってしまう。

…こう言った関係になったからこそ、そう感じるのだろうか。

…、謎の多い、人物だな。

すると、ドアの方からノック音が聞こえ、

私はそれに対して返事をする。

…他の隊員だろうか。

こんなに朝早くに一体どうしたと言うのだろう。


「大佐、昨日の飲み会で酔い潰れたIxiaが今朝になってもまだ部屋で眠っていて起きないようなんです

何人かで起こしてみたりはしているのですが、起きる気配もなくて…

お手数ですが、大佐から彼に少し喝を入れてやって欲しいと思うのです

お願い出来ますでしょうか、」


一人の隊員が部屋に入って来ると、若干呆れたような様子でそう話した。

…なんだ、そんなことか。


「…そうか、それは散々だったな

分かった。今行こう」


部屋まで来たそんな彼は、Ixiaと特に仲がいい隊員だった。

Ixiaは酒が入った次の日にはいつもこうだな…。いい加減治ったりはしないものなのだろうか。

彼は戦場に立てばかなりの実力の持ち主でもあって特に聴力がかなりいいものだから、その部分に関しては関心を抱いているのだが…。

これが、彼の唯一の欠点と言ってもいい。

私は一旦Majorを一人置き、その隊員と一緒に部屋を後にした。

———————————————————-—————

…僕も、着いて行った方が良かったかな…。

まあ、でも、呼ばれたのは大佐だし、僕が行ったところで見ていることしか出来なかっただろう。

用事が終われば、大佐もすぐ此処に戻って来てくれるだろうから、

少しの間、僕は此処で大佐が帰って来るのを待っているとしよう。

僕はまた大佐の席の隣に置いた椅子に戻り、そこに座った。

…そして、ふと、大佐の机の上に視線を移す。

大佐の机の上には、色々な物が乗っていた。

書類の山やら、本棚から引っ張り出して来た書籍など、

飲み掛けのコーヒー、などなど……。

大佐はいつも書類関係の仕事で忙しそうにしているイメージだ。

資料室を往復しては机に向かい、そしてまた資料室へ足を運んでは往復して部屋に戻り、また机に向かう。

そんな大佐の様子を、僕は今までずっと見てきていた。

…ゆっくりと大佐の机の上のものに視線を移していっていると、

ふと、あるものが置いてあることに気が付いた。

僕はその場に立ち、

それに近付き、覗き込んだ。

……。

大佐が言っていた、Jessieさんの写真だ。

……、元カノさんの、写真。

今更気付いた。何故まだ置いてあるのだろう。

…、

…でも、そうだよね。

次の恋人が出来たからって、前の恋人をキッパリ忘れたりだなんて、そんなことしないよね。

しかも、失恋ではなくて、事故なのもあるから。

…、

まだ、彼女のことが好き、なのかな。

……僕は、どうしても二番目にしか、いられないのかな。

気付けば僕はその場に膝で立って座り、写真を手に取ってそれを見つめていた。

…でも、それだったら何で大佐は今僕と関係を紡ぐことを選んだんだろう?

彼女に比べたら僕なんてまだまだ大佐とは関係を紡げていないし、一緒にいる時間だって超えられていないし程遠い。

…浮気、と言っても少し違う気がするし、でも大佐はもうJessieさんのことは好きじゃないのかと言うこととはまた違う気がして良く分からない。

でも、彼女が亡くなったから他の人と付き合うみたいなそんなことは————


「気になるのか」


気付いた時には、大佐はもうとっくに部屋に戻って来ていたようで、僕の後ろに立っていた。

…いつの間に帰って来てたんだ、あまりに考え事をしすぎていてそれにすら気付けていなかったらしい。

大佐は僕の肩に手を置くと、そのまま大佐の手は顔の横を通り、そっとJessieさんの写真を僕の手から取った。


「…何か心配事でもさせてしまったのなら申し訳ない

私がこうしてJessieの写真を置いてあるのには理由があるんだ」


大佐は、Jessieさんの写真を持ったまま陽の光が差し込む窓の方へと歩いた。

僕はその場に立ち、また大佐の席の隣に置いてある椅子に座り、大佐の方へと身体を向ける。


「…もしかすると、MajorはJessieよりも私との関係地が下なのかもしれないとでも感じてしまったかもしれない

…か、私がJessieを裏切るようなことをしているのではないかと、そう感じることもあったかもしれないな」


大佐は窓の方を見ながら話していた。

…そして、少し視線を下の方へ下ろす。


「…、だが、それ程心配はしないで欲しい

こうして私がJessieの写真を置いてあるのは、勿論彼女の存在を忘れないようにする為でもあるが、私が何かと行き詰まって、どうしようもなくなった時に彼女の写真が目に入るようにしてある

…当時でも、彼女はいい相談相手になってくれたものだから、今ももしそんなようなことがあれば頼らせてもらいたいと思っている

けど、彼女はそんな私に対して「過去のことはもう忘れないといけない」「自分に頼るぐらいなら、今大事に思う人を大切にしてあげて欲しい」などと伝えてくる

…だから、私がしっかりと過去は過去であり、今は今を素直に生きなければならないとけじめがついて来た頃には、この写真ももう仕舞わせてもらおうとは思っている

ただ、まだ今の私には不安なことが多すぎて、本当に心の在り所がなくなってしまうことがあるかもしれない」


僕は静かに大佐の話を聞いていた。

…今聞いている話だけだと、やはりまだJessieさんのことが好きと言うことしか伝わってこない気もするが、

大佐の様子を見ていると、そう言うことではないのが少し読み取れた。


「…例えばの話だ

私がもしMajorと喧嘩などして、口を聞けなくなってしまったとする

…そう言う時、私は本当にどうすればいいか分からなくなってしまうだろう

彼女は今の私の人生にもしっかりと向き合ってくれていて、これからのことも真剣に一緒に考えてくれるような人だ

…だから、そう言う時に彼女の写真が目に入って、また相談しに行く機会があれば、私も行き詰まってそのまま動けなくなるようなこともなくなると思った

Faithfulに相談してもいいのだが、…彼は、基本的に私には自主的な判断で行動して欲しいと思っているようだから、中々私から話すにも気が進まない

この時点でもう人に頼ろうとしてしまっているのは勿論分かっている。ただ、あまりに今の私には自分に自信がなさすぎて、この先も真っ当な判断をしていけるかどうかも分からない

…少しでも、彼女が支えになってくれれば、助かると思っているんだ

……

…やはり、これを聞いてもあまり考えは変わらないだろうか

…、私がまだ、彼女のことを好きだと想っているかもしれないと、

まだ、Majorはそう考えてしまうだろうか」


大佐は窓の方から机の方へ戻って来ると、また元の位置にその写真を置いた。

そして、自分の席にそっと座って、僕の方に顔を向けた。


「…けど、やはりそこは心配しないでもらいたいんだ

実の話、私が前にmirrorまで行ってJessieに会いに行ったのは、

Majorと関係を紡いでもいいだろうか、と言う要望を聞いてもらう為に行っていたんだ

…流石に何の話もなく別の人と付き合いを始めてしまうのは、彼女もいい気はしないと思った

せめて、許可を取ることが出来ればと、そう思ってな」


…Jessieさんに許可…。

あの時mirrorに行ってたのって、そう言うことだったんだ。

……他の人に告白する許可をわざわざ取るだなんて、大佐は何だか慎重すぎる気もしてしまう。


「…話には同意してくれた上、応援してくれると伝えてくれた

かなり後押しもしてくれて、安心はしたが…

…結局、今も自分に不安になってしまうことが多くてだな

こうして、写真を仕舞えないままでいる

…いや、…どうだろうか、

…」

—————————————————————————

「———と言う話なのだが…、」


私はミラーに来て、少し用があった。

最近Majorに恋心を抱いてしまって、気持ちを伝えるかどうかまでも迷ってしまっている状況だった。


「そっか、いいじゃん。めでたいことだと思うし、私も今ころくんからその話聞いて凄く安心してるよ」


彼女は私の話を聞くと、そう微笑んで話して見せた。

…もしも本当に彼に気持ちを伝えるのならば、Jessieにも伝えておいた方がいいかもしれないと言う私の勝手な判断だった。

話を聞いてくれた様子でも、そんな状況を一緒に喜んでくれているようにも見えた。

…安心して、少し心が軽くなった気がした。


「ああ、それで…、そろそろ気持ちを伝えようともしているのだが、良かっただろうか…?」


私が少し顔を覗き込むようにして訊くと、彼女は少し考えるような様子を見せた。


「…ころくん、何をそんなに身構えてるのか分からないけど、

私は一応もう死んじゃった身なんだし、そっちの世界に戻ることも出来ないんだよ

勿論ころくんが何か困ったことがあれば力になってあげたいのは山々だけど、

でも、そうやっていつまでも過去の存在に囚われてばかりなのもあまり良くないと思うんだ

ころくんはまだ命があって生きてるんだし、私はころくん自身の人生をしっかり生きて欲しいから

…私のこと頼ろうとしてくれるのも嬉しいけど、でももうずっとこんなような調子じゃダメだよ

Faithfulさんにも言われてるんでしょ?自分のことは、自分でしっかり判断しないと

…じゃないと私、ころくんに今の状況よりもころくん自体が心配になっちゃうよ」


Jessieから、若干叱られるようにしてそう話され、つい私は顔を俯かせてしまう。

…確かに彼女の言う通りだ。

私は、私の人生を歩んで行かなければならない。

Jessieはこうしてミラーに身体の存在を置いてくれていてこれからも話をすることは出来るのだが、

困った時は彼女に話す、こうしている時点で多少は彼女から離れられていないのが分かる。

…今まで私にとって、Jessieは本当にいい相談相手だった。

だからこそ、もうそれが出来なくなるのに対して、自分に自信がなくなってしまい、これからのことが不安になってしまう。

…彼女への相談なしに、私はまともに生きていけるのだろうか、と。


「…そりゃあ私だって寂しいけど、でもそれこそ、私ももう死んじゃった身なんだから。それを受け入れないといけないとも思ってるし、私がそこに執着するのが一番良くないと思うんだよね

今私に出来ることは、ころくんを過去に囚わせられないように、しっかり送り届けてあげるだけ

私が先に死んじゃった分、ころくんには残りの私の人生もしっかり歩んで欲しいの

…それもそうだし、もし本当にMajorくんと付き合うなら、それこそ私にはもう囚われないようにしないと

そうしないと、今度は彼が可哀想になっちゃうでしょ?」


…。

…そう、だな。言う通りだ。

今もMajorと付き合いを始めようと考えているのは私自身で、本当にそう行動を起こすのならば、この行動には責任を持たなければならない。

…それに、過去のことにも、もう囚われないようにしないといけない、のか。

……私に、そんなことが出来るのだろうか。

今までもずっとこうしてきていて、やっと自分の判断を定められていたと言うのに。

それがなくなってしまうだなんて、…私は、それでも本当に上手くやっていけれるのだろうか。

私が口籠もったまま何も言えないでいると、Jessieは小さくため息をついた。


「…ころくん、ほんと変わっちゃったね

私が生きてた頃の元気なころくんはどこに行っちゃったのかな

今まではこんなに私からアドバイスされたり、増してやころくんの方からそれを求めることもなかったのに」


私は、彼女が亡くなってから本当に変わってしまった。

それはもう、自分でも自覚出来るぐらい。

こんなに自分に自信がなくなることはなかったし、誰かを頼らないと生きていけないだなんて、そんなこともそうそうなかった。

…Jessieが亡くなってから、彼女を守れなかった罪悪感と、そこから何の意味もない殺しを行ってしまったことに対して、

酷く、自分を害め、憎くなってしまった。

…それもあって、

恐らく、それでLOVEが上がってしまったことも何か原因になるのだろう。


「…、私がこれから嬉しいって思えるのはね、きっと、

ころくんがもう私の所に来なくなること

そりゃあ、私だってころくんともう会えなくなって話さなくなるのは寂しいし悲しいよ?

でも、何回も言うけど、それ以上にやっぱり私はころくんにしっかりとした人生を歩んで行って欲しいから

…さっきも言ったように、私自身ももうころくんに囚われちゃいけないって思ってるから

お互い様な状況なの、…分かって欲しいな」


……。

…、


「……ああ

…私も名残惜しくて仕方がないが、徐々にでもそう出来るように努力しようと思う」


私は、今まで俯いていた顔を上げ、彼女にそう伝えた。


「…本当?」

「…今、お前も私が此処にもう来なくなることが願いだと言った

…それから、お前自身も、私に囚われないようにしなければならない、と」


決意を、固めなければならない。

今後どうするかで、私の人生が大きく左右されそうだ。

彼女を頼り切っている人生と、それをぐっと我慢して、今の私自身の人生を歩んでいくのとでは、

きっと、かなり大きな差を生むものになるのだと思う。

…私自身のことに関しては勿論、

私の願いばかりを聞いてもらうのではなく、

彼女の気持ちにも寄り添ってあげる必要があると思った。


「…しばらくはまだJessieのことのことを忘れるのは無理かもしれない

…いや、違う。お前のことは忘れない。…恐らくそれは、そうしたくてもやはり忘れられないのだろう

…Jessieが居てくれたからこそ、今の私があると、そう思いたい

お前のことは忘れないままでいたとしても、

もうお前に頼り切りなままでないような、改善出来るよう努力したい

……それ自体が、Jessieの願いならば、より努力していきたい」


まだ気持ちが定まっていない中、私は判断を改める気持ちで、彼女にしっかりそう伝えて見せた。

…そんな私の様子を見ると、Jessieは今まで私のことを心配そうにしているような表情を、たちまち明るくして見せた。


「…良かった。本当、これからもそんなままなのかと思っちゃったよ」


Jessieそう言って、私に笑って見せた。

…まだ、やはり自信はないが、

それでも、私なりに頑張っていけるのならいいと思っている。

…上手く、やっていけることを願いたい。

その後も多少会話を続け、そろそろ私は元の世界へと帰る準備をし始めた。


「じゃあね、頑張って」


Jessieにそう伝えられると、私は軽く返事をし、

…、恐らく、これが最後になる。

Jessieに近付くと、挨拶代わりにそっと口と口を重ねようとする。

……が、


「…ダメ。その口はMajorくんの為にちゃんととっておいてあげて」


Jessieは、もう少しで触れそうになった口と口の間に手を入れ込み、私の口をそれで押さえ、苦笑しながらそう言って見せた。

私が少し唖然としていると、Jessieはそっと私の身を抱き締めると、すぐに離れた。


「はい!これで最後

あとの分はMajorくんにしてあげてね」


Jessieは、私にそう言ってまた笑顔を見せた。

何だか、余計に寂しい気持ちを覚えてしまう気もしたが、

…何とか私はそんな気持ちを押さえ、Jessieに微笑み返したのだった。

—————————————————————————

…そっか。Jessieさんも、僕達の関係のことは受け入れてくれてるんだ。

応援までしてくれるだなんて…。…、

…Jessieさん、本当にいい人なんだろうな。


「…私がこうして写真を置きっぱなしにしていること

…もしかすると、まだJessieを頼ろうとしているのではなくて、

Jessieの言っていたことを忘れないようにする為、かもしれないな」


大佐は、独り言のようにそう話した。

…僕は、ぼんやりと写真を見たままの大佐の顔を見つめた。


「…、Jessieさんが言っていたことって…?」

「彼女は、あの時会っただけでも本当に大切なことを沢山教えてくれた

…私の色々な決心がついたのも、彼女のお陰で、

Jessieは、私に色々なことを託してくれた

…、期待を裏切るようなことはしたくないな」


大佐は写真から目を離すと、業務に戻ってまた作業をし始めた。

…。

話を聞いていて、やっぱりJessieさんはとてもいい人なんだと感じた。

…それに、何だか、

しっかりとお礼を言わなければならない気がしている。

大佐はまだ詳しく内容を話してくれてはいないが、様子を見ているだけでも、Jessieさんとは本当に色々なことがあったと言うのが読み取れる。

Jessieさん、わざわざ僕達の関係を許してくれた上、応援までしてくれるだなんて。

自分が先に死んで、付き合っていた人が別の人と恋愛をするのに対して、中々こんなに快く受け入れて応援など出来ない筈だ。

……、やっぱり、直接しっかりとお礼を言わなければならない気がする。

彼女に会える時は、いつか来るのだろうか。

もし本当に会いに行くことになるのなら、それはもう少し僕達の関係が続いてからがいいかな。

その方が、きっとお礼以外にも伝えることが更に増えることだろう。

…沢山、お話することを考えておかないと。


「…Major」


大佐から話しかけられ、僕は少し下ろしていた視線をそちらの方へと戻した。


「…、やはり、この話を聞いて、

寂しい思いなど、させてしまっただろうか」


気付けば、大佐の作業する手は止まっていた。

目線は俯き気味で、どちらかと言うと、

寂しそうな様子を見せているのは、大佐の方だった。

…僕、別に何か疑問や不満を抱えていた訳でもないのに。

何でまた、急にそんなこと言って…?

……。


「…大佐、」


…色々と心配してるのって、

僕の方ではなくて、


「大丈夫ですよ」


大佐の方、なのかな。

僕は安心させる気持ちも含めて、大佐へ微笑んではそう伝えた。


「…、…そうか

なら、良かった」


大佐は僕の顔を少し見つめた後、また机に視線を戻した。

…。

僕、ずっと大佐が何に不安でいるのか、まだしっかりと分かっていないみたい。

大佐のことを見ていると、いつも何かに不安になって、どこか心配しているような様子が読み取れる気がした。

……まだ、分からないな。

大佐のことも、大佐の周りのことも。

もっと、大佐のことが知りたいな。

…、知っておいた方が、いいのかもしれないな。

僕は大佐のそんな横顔を見つめた。


「…大佐、」


僕は、これからももっと大佐の様子を伺って、観察する必要があると思った。

まだ関係を紡ぎ始めたばかりだとは言え、もう大体は大佐のことを分かった気でいた僕が、少しだけここにいた。

…けど、やっぱり、

大佐についての新しい話を聞く度に、また大佐の謎が増えて、

大佐がどんな人なのか、更に分からなくなってしまう。

…僕も、

Jessieさんみたいに、大佐を支えられる人になれたらいいな。


「…何だろうか」

「何か、お手伝い出来ることはないでしょうか、」

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