XVII
僕と大佐は、運転席に待ち伏せていて、船内の様子を映し出すモニターを監視していた。
…すると、一つのモニターに人影が写るのを確認する。
「…来たな。そろそろだ」
モニターに映っていたのは、確かにNavyだった。
恐らく隊員達に外は任せて自分のみ紛れ込んで侵入する考えだったのだろう。
僕達はそれすらも想定していたことだったが、敢えて船内には隊員を置いていない。
全員外に置いておき、さっさと全員を仕留めて後からこちらに向かってもらう作戦だった。
…僕はそれの時間稼ぎ。
流石に奴一人では隊員達のを薙ぎ倒していくことは不可能だろう。
最終的には数で押して退散させる作戦だ。
「Major、くれぐれも気を付けて行って来てくれ
隊員達にはなるべく早く済ませてこちらに向かうよう伝えてある
Majorが奴を仕留めた時、私もすぐに向かおう」
「はい、頑張ります」
僕は大佐に微笑みかけて返事をした。
そして、そんな大佐の僕に心配をかけるような表情を後にし、運転席を出た。
「…、中ボスのお出ましか」
僕は船内の廊下で仁王立ちし、Navyを待ち構えていた。
…奴が僕の目の前に現れたのを確認すると、僕は表情一つ変えずに黙ってゆっくりとレイピアを抜き、構える姿勢をとった。
正直、僕が一瞬で彼を仕留めて動けないようにすることは不可能だろう。
実戦もこれが初めて。相手がどう言った行動を取ってどう言った攻撃を仕掛けてくるかもまだ分からない。
…だからこそ、僕は出来る限りの力を尽くして、余裕を持って時間稼ぎをしていきたい。
有耶無耶に近付こうとしても返って隙が増えてしまうだけだ。本当に向こうが隙を見せた時にだけ懐に潜り込み、一発を仕込んで、簡潔に済ませたいところ。
それまでは、冷静な思考を保って相手の攻撃をしっかりと見ながら相手の気を引くのみ。
…僕に、それが上手く出来るといいのだけれど。
「貴様、話によるとこれが初めての実戦らしいじゃないか
はは、感動ものではないか。貴様にとってこれが大出世と言ったところか」
Navyは手に持ったレイピアをふらふらとチラつかせながら僕を煽るように喋った。
…僕は気を惑わされぬよう構えたままの姿勢を崩さず、レイピアを握る手の力も一切緩めることはなかった。
「…初実戦でこの俺を倒せるとでも思っているのか?
貴様のその感動物語ももう終わりだ」
奴は帽子の影から不気味に口角を上げた口元を見せた次の瞬間、
相手に背後を取られたのを瞬時に感じ取った。
僕の首目掛けて振られるレイピアを上手くかわし、
次の攻撃を弾き、こちらから攻撃を仕掛けていく。
「Colonel軍の少佐になるだけ、中々やるじゃないか
…だが、調子に乗っていられるのも束の間…」
奴は僕の顔のすぐ横でそう囁き、また不気味に口角を上げて見せた。
その刹那、僕のこめかみに銃を構えられる音がする。
僕はまたそれを瞬時に交わし、間を作らない速さでそのまま相手を斬り付けた。…
…、が、斬り付けたそれは、僕の振ったことレイピアに触れた瞬間に塵になって消えてしまった。
……これは、
「…手間のかかる奴」
僕はその場に散らばる塵を見つめ、小さくそう呟いた。
そこから顔を上げて前に向き直ると、
目の前には、同じ姿をした奴が何人も僕の目の前に立っていた。
…やっぱり、奴は分身能力の持ち主のようだった。
大佐からも少し情報を得ていたが、分身系の能力を使いこなす相手と戦うのは、
仕留めるまでに時間がかかって厄介だと聞いている。
…でも、どちらにしろ、今回の僕は時間稼ぎをする役目。
ここで時間を稼いでおけば、後に隊員達がやって来てくれる。
むしろ、時間を稼ぐ為の仕事を与えてくれて感謝するべきなのだろうか。
僕はまだ本物がどれかか分からない、奴の分身達にレイピアを構え直した。
そして、分身達は一斉に僕に襲い掛かって来る。
…ああ、けど、
それにしても、
遅い。
全ての動きが遅く感じてしまう。
僕が、強くなりすぎちゃったのかな。
僕はその分身達をテレポートしながら上手く避けていき、次々にそれらを斬り付けていく。
少し切りがないようにも見えるが、これでいい。
目的通り時間稼ぎになるのなら、何ら苦痛に感じることではない。
「背中がガラ空きだな」
奴のその声がした瞬間、背後に回られる気配を感じ取った。
…が、少し反応が遅れてしまい、
僕はそのまま奴に斬り付けられる。
「ッ、何…!?」
しかし、奴に攻撃されたその僕は、
斬り付けられた瞬間に、塵になってその場に散ってしまった。
…そう、まるで、
さっきの、奴の分身能力のように。
「残念。それは偽物」
既に奴の背後にまわっていた僕は、耳元で囁くようにして話し、
奴が反応する前までに、頭上に振り上げたレイピアでその背を斬り付けた。
…僕はコピー能力の持ち主。
幸い早い段階で相手が能力を曝け出してくれた為、僕もそれを瞬時にコピーして使うことが出来たのだ。
…、相手の能力を把握出来ていないのはあちら側だったようだ。
正直言って、弱い。
僕に斬り付けられた奴は、声を漏らすとそのままうつ伏せに倒れた。
それによって出来た奴の傷を、動けないように上から片足で踏み躙る。
「少し、僕のことをナメすぎてたよね
自分が使える能力なのに相手に使われると簡単に怯んじゃうんだ
残念だったね、最初はあんなに自信あり気な様子だったのに…、」
「…く…ッ」
「それだけ大きい傷を作られちゃったら、もう分身を作る程の力もないよね。もう少し楽しませて欲しい気もあったんだけど
もう時期うちの隊員達がお前の隊員達をなぎ倒して此処まで来る
観念してね」
僕はその傷を踏み躙り続けながら、時が経つのを待った。
…早く来ないかな。ちょっと僕が早く済ませすぎたのかな。
もう決着が着いてしまって手が空いてしまった。
けど、奴の傷に置いた足から力を抜かず、少し身を低くして押さえつけるようにして踏み付けている。
…大佐、見えてるかな。
もう終わっちゃったから迎えに来て欲しいところでもある。
僕は大佐に連絡を入れようとしながら、少し体を屈ませて奴の顔を確認するように覗き込んでみる。
「……なぁ、
…俺にも、家族がいるんだ
お前の隊員達が此処に来たら今度は俺をどうするつもりなんだ?俺の隊員達が殺された後に俺も殺されるのか?
……頼む、家族の元だけは離れたくないんだ」
………。
…
家族?
何を話し出すかと思えば。
「…だからな———」
それを言いかけた瞬間、
何かが嫌な音を立てた後、背から全身へと激痛が走った。
勢いで身体が少しのけ反った状態でそのまま痛みを感じながら目線を下ろすと、
…僕の身体を、背から胸へと、奴のレイピアが貫通していた。
—————————————————————————
「Majorッ!!」
モニタールームから飛び出すように出てそこに向かって、
しかし、着いた頃にはもう遅かった。
血を流しながら倒れるMajorにすぐに駆け寄り、身体を少し起こす。
「…大、佐……」
しっかり出されておらず、掠れるような形で発せられたその声に心を抉られ、目を合わせることすら苦しくて困難だった。
常に監視カメラで様子を見ていたのにも関わらず、Majorの背に相手の能力で浮かせられて構えられたレイピアに、気付くのが遅れてしまった。
Majorもそれに気付いている様子はなく、早急にMajorの元へ向かおうとしたのだが、
…Majorは、既に……、
「まだ息があるのか、大丈夫だ、すぐに助ける…ッ」
意識が朦朧としている様子のMajorの傷口に手を当て、必死な思いでヒールをかけ始める。
恐怖と不安で、息切れては手元が震えて仕方ない。
それでも、私は必死な思いで気持ちを集中させ、一刻も早くMajorを治そうとヒールをかけ続けた。
私は強力なヒールは使えず、軽い威力のヒールしか使うことが出来ない。
そうしているうちにも、Majorの白い軍服が溢れ出る血によって赤く赤く染められていき、私の不安と恐怖は更に促進されてしまう。
くそ、私の、私のせいだ……っ
私が、油断しすぎていた…、もっと警戒しながらいれば良かったものの…っ
「ッ、少佐っ!!」
こちらに向かうよう伝えられていた隊員達が廊下を走ってこちらまでやってくる。
隊員達も、Majorの様子に目を向けると一斉に顔色を変えた。
「……遅い。何をしていたッ!!」
「っ……、」
私は隊員達に向かってそう怒鳴った。
隊員達は、私のその声を聞くと一瞬で静まり返り、廊下には沈黙が流れた。
…時折目を移しながら、Majorや私のことを心配しているような様子でいる。
……が、
本当に、隊員が悪かったのか?彼らのせいだったのか?
やはり私が油断したせいだったのか、Majorの警戒心が足りなかったのか、
……、私が、彼を見ていることしかしなかったせいなのか。
「…其奴、家族の話をしたら隙を見せやがった
Colonel軍は退散に勝利した際、敵軍隊員を一人も死なせずに帰還させるとの話を聞いていたのだが、
俺の罠に対してそう答えることもなく、まさか怯んで隙を見せるだなんてな……、まんまとかかった訳だ
…貴様も初めから堂々と剣を振るっていれば良かったものの……」
Majorに斬り付けられて身体を動かせないままのNavyが、そう私に嘲笑いかけた。
……
「…此奴を海に落として来い」
「っ、…し、しかし、大佐———」
「早く行けッ!!」
また、私は自分の感情に任せて隊員達に向かって怒鳴った。
…違う、絶対に違う。
彼らは悪くない、間違いないんだ。
なのに何故なんだ……私が悪いと言うのに、
私は自分の感情を関係のない彼らにぶつけるようにまでなってしまったのか…?
…やがて、隊員のうちの一人が奴に近付いて抱え、その他の隊員達も支えるようにして黙って奴を船の外へと運んで行った。
…全てがおかしくなっていく。
何もかも計画通りじゃなくなっていく。
私が、私が悪かったと言うのに、
私が責任を、責任を取ればいいだけの話だと言うのに……っ
初めは全て計画通りで、いつも通りで、
普段通り私達の完全勝利となる筈だった。
そうしたらいつも通りまだ命の途絶えていない敵軍隊員達を生きたまま帰還させ、跡形もなく綺麗にことを終わらせる予定だった。
…だが、
Majorを傷付けられた今、
もう、どう足掻いても冷静さを保つことは出来なかった。
Majorを、騙すような手口で罠にかけて、こんな……、
生きて帰すことなど、到底させたくはない。
「Major、すまない、私が————」
「大佐、」
「っ、!」
Majorが私の言葉を遮った次の瞬間、
一瞬だけ意識が途切れるような感覚がした後、目の前に向き直った頃には、
私は、何故かまたモニタールームに戻されていた。
…何だ、これは……。
監視カメラのモニターを見ると、Majorと奴はまだ剣を振い合っている最中だった。
…、何が起こったのか理解し難いが、
とにかく、今は早く向かわなければ…っ。
私は急いで部屋出て、Majorの所へ向かった。
そして、私はMajorが丁度奴を捉えた頃にそこに到着した。
少し物陰に隠れ、その様子に目を向ける。
…これは、時間が戻っているのか…?
まだ、何が起こっているのかしっかりと認識することが出来ない。
…二人が何かを話しているかと思うと、
次の瞬間、奴の手から転がったレイピアが浮き始め、
Majorの背の方へと剣先を向けて構えられた。
…!!ダメだ、また同じことを繰り返してしまう…っ!
「ッMaj—————」
それを止めようと気持ちよりも先に足が動き始め、
咄嗟にそっちの方へと手を伸ばす。
……が、
Majorはそのレイピアを瞬時に避けると、
飛んで来たレイピアの刃を片手で掴んで止めたのだった。
私はそれを確認すると、自然と足がピタッ止まった。
…何、だ…?
さっきの展開と、まるで違う。
「全部、お見通しなんだよ」
Majorは、奴に向かって冷酷にそう吐き捨てた。
レイピアの刃を掴んだMajorの手からは、血が滴り落ちている。
…私の、目の先に映るもの、
それは、今までに見たことのないMajorの表情で、
まるで別人のような、見下しているような、悪に満ちたような無表情で奴を見下ろしていた。
全く見たことのないMajorのその表情に、私は言葉を失った。
「…くッ……、
なあ、俺にとって家族は————」
「うるっさいなあ、虫唾が走るんだけど
そもそも僕達が敵軍を殺さないの知ってる筈だよね?
…僕のこと騙せるとでも思ってる訳?」
Majorは、またあの表情で奴の身体を更に押さえ付け、
手に持っているレイピアをそのまま能力でへし折り、使えないものにまでしてしまった。
「殺さない作戦なのは確かにそうだけど、
別にお前のことを殺してやることだって出来るんだよ
死にたくなかったら、そのまま黙ってじっとしているんだね」
Majorは奴に向かってそう吐き捨てると、先程のへし折った奴のレイピアをその辺に投げ捨てた。
…待て、
奴の様子を見ていると、以前の記憶は残っているようには見えない。
……ならば、私は何故覚えているんだ…?
やがて、隊員達が此処まで駆け付けてやって来た。
「少佐!ご無事でしたか!」
「うん。けど、ちょっと遅かったかな
もう少し早く来れるようにしてくれない?」
「はっ、申し訳ごださいませんっ!」
…隊員達にも、以前の記憶があるようでもない様子だった。
……しかし、この流れだと作戦は計画したままに動いている、…のか…?
私の足は動揺を見せながら、Major達のいる所へと運ばれて行った。
…私達の軍が、大戦に勝利した際に敵軍側に情けをかける理由。
それは、どこと比べても私達の軍のレベルは非常に高いものとなっていて、
今のところ私達の軍に勝てる力を持っている他の敵軍は調査した結果だと存在していない。
私達が沢山の軍へ本気で対戦を挑みに行けば、更なる犠牲を生み、それは膨大な数となってしまうことだろう。
私達の軍の目的は、戦争がどれほど愚かで無駄であることを示すことだ。
…Navy軍も、今回の対戦で戦うことが無駄であると言うことを、————
……。
「、……これで、分かっただろう
我々と貴様らとでは戦力の差が大きすぎると言うことだ
お前の隊員達も、もう全員行動不能な状態になっているだろうな
この事実が分かったならば、さっさと帰還し、頭を冷やすことでもしておけばいい」
…過去の結末を見た私が、今こうして堂々と、あたかも初めから最後まで優勢で完全勝利したかのように話していることは、
何だか不正をして勝利したような気にもなってしまって非常に恥をかいているような気分になってしまう。
私は、まだ状況に着いて行けていない複雑な感情のまま多少のため息を吐いた。
「…お前達。Navy軍隊員達の息の根は止めていないままだな?」
「はい、作戦通りであります!」
「…よし
Navy軍。今回は全員を見逃してやるとしよう
基地にでも戻って、さっさと手当てなどでもしてもらうんだな
そして、二度と私達の前には現れてくれるな
…いいな」
そして、奴や他のNavy軍隊員達に元の船へとテレポートをしてやる為に指を振るった。
今回、Navy軍の船には手当の出来る人を連れて来ているらしい。
そこまで戻せば、後はすぐに助かるだろう。
私の手によってNavyがいなくなった廊下に、沈黙が流れた。
…そして私は、また一つため息を吐く。
「大佐、今回も我々の計画通り完全勝利だと言うことになりましたが、
今後の予定はどうされますか?」
「…いつも通りの予定だ
帰ったら飲み会だ。早くしなければ時間を減って行ってしまう、早く定位置に着いて帰還するとしよう」
隊員達は私の口からそれを聞くと、無邪気な子供達のように歓声上げ、
すぐに持ち場に着き始め、再び船を動かし始めたのだった。
…隊員達がいなくなって、しんと静まり返った廊下に、私は立ち尽くしていた。
……けど、まあ、
事はもう、済んだんだ。
何も気に止めることは、ないのだろう。
…私も、帰ってすぐに休むとしよう。
そう思ってまたため息を吐きながら振り返ろうとしたその時、
振り返ったすぐ先に、
Majorが立っていた。
ぶつかりそうになって、少し後退りをする。
…Majorだけは、私と同じように此処に残っていたようだった。
「…、…Maj————」
「大佐」
…謎の不穏な雰囲気に感情を押しやられ、私は口籠もったままそのMajorを見つめ続けた。
「何、だろうか…」
「大佐も、僕のこと見ていましたよね?」
……これは、やはり、
私のみに記憶が残るよう操作されていたのか……?
…しかしMajor、
一体、何の話をしようとして…、
「……褒めて、くれますよね
大佐」
Majorは私に顔を上げ、
どこか甘えるような様子で若干首を傾げ、私に微笑みかけながらそう言った。
…私は、そのMajorの笑顔にゾッとする気持ちを覚えた。
……Majorは一体、何を求めていると言いたいんだ…?
動揺したままの気持ち用で心情を読むことすら忘れ、
幻覚を見ているかのような気分で、
そのMajorを見つめ続けていたのだった。
—————————————————————————
楽しそうにワイワイと盛り上がっている隊員達をぼんやりと見つめながら、
私は今日のMajorのことに関して思い出していた。
…あの時のMajor。一体何だったのだろうか…。
それだけがずっと気掛かりで、気分を楽にさせることなど出来る訳でもなく、
私の頭はそのことで一杯になって忘れられず、酒も進まなかった。
…Majorも、いつも通りの様子で隊員達と飲み会を楽しんでいるようだった。
…さっきとはまるで別人のようだ。
…。
…私はやはり、幻覚でも見ていたのだろうか。
……。
…けど、まあ、
正直言うところ、
Majorのあの戦い方は、どちらにしろ私が気に入るようなものではなかった。
当時は止むを得ず、圧をも感じてしまってそのままMajorを褒めるような事を言ってしまったが、
…やはり、私の中で何か引っかかるものがあった。
私は、あのような戦い方はもうMajorにはして欲しくない。
……、
…しっかりと、本人と話をした方がいいのだろうか。
……しかし、今だってこんなに楽しそうに過ごしていると言うのに、それに対して水を差すような行動はあまり取りたくない。
…、だが、やはり伴って言わなければいけないことが生まれてしまうのだ。
少しでも、Majorの意識が変わって欲しい。
同時に、これが一体どう言ったことなのか、それを理解するだけでもして欲しい。
……。
私は座敷の床から立ち、飲み会を楽しんでいる様子のMajorに話しかけた。
「あはは、
…ん?あ、大佐。どうしたんですか?」
私に話しかけられると、隊員達と楽しく話していた最中だったが、
話を止め、Majorはこちらに向き直った。
…キョトンとしているような表情だ。
「…、少し、こっちに来てくれ」
何を話されるのかすらも理解出来ていないかの表情で、Majorは黙って私に着いて来る。
…まるで、さっきのことを覚えていないとでも言うような様子だ。
個室の外までMajorと共に移動すると、
その出入り口を閉め、Majorに向き直った。
「…Major、話したいことがあるんだ」
Majorは黙ったまま私の顔を見つめ、話を聞いていた。
…これ程状況が理解出来ていないような様子を見ると、
段々、私が間違っているのか、などと思えてきてしまって、つい話すのをよそうとしてしまう。
……だが、一応上司として、
これからの為になることに関しては伝えなければならない。
…私の意見なのもあるかもしれないが、それでも、
…、知っておいて欲しいことはあると言うものだ。
「…、Major、今日の対戦の際の話なのだが、
最後のあの能力の使い方は、
…その、あまり良くないと思うんだ
お前がコピー能力を持っているのは私もつい最近聞いたが、
…その能力で何にでも思い通りに出来ることだろう
だが、実際に起こった現実から身を背けてなかったことにするような行動は、私はあまり良くないと思っている
…言ってしまうが、あれに関してはMajorの不注意であったとも言える
私はMajorがどんな手段を使ってでも此処に今でも生きて居てくれていることは本当に嬉しく思うが、
……、その能力を、まるで不正をするかのように使って欲しくないんだ
…どちらかと言うと、ああ言った戦い方をするのをやめて欲しいのではなくて、
ああ言った能力の使い方を、普通にして欲しくないんだ
…失敗しても消してしまえばいい、と言う考えを普通に持つようにして欲しくないんだ
自分の力不足であることは、やはり自分自身でも知っておくべきだ
それがあるからこそ、これから成長していくことにも繋がっていく
…それをもしも悔しいと感じたのならば、改善するよう努めるべきだと思う
きっとその能力の使い道は、もっといいものがあると思っている。…お前もそう思うだろう?
悪い方に思考が回ってしまわないよう、その能力をいい用途で使ってやって欲しいんだ
…、ああ言った、悪用した様な能力の使い方は、あまりしないで欲しいんだ
…。…分かって、くれるだろうか」
上手く伝えられているかどうかが不安で、増してやそもそも私が間違っている方なのではないかと感じもしていて、
ソウルの音が僅かに身体に響いていた。
…Majorは、私の話を聞くと、少しだけ悲しそうな表情になりながら俯いた。
「……ごめんなさい。…大佐に、良いところを見せられたら、と思いました
…それにやっぱり、…つい、悔しくて」
Majorは少し声を小さくして、俯きながらそう話す。
…分かっている。
決して悪意がなかったことは分かっている。
本人はきっと悪いことをした意識もない筈だ。
Majorが良かれと思って行動したことが、
結果私には良く思われず、こうして注意される状況となってしまったことは、
…Majorも、ショックを受けていることなのだろう。
…、
心が痛い。
「もっと褒め称えてやりたいところではあったが、
……、やはり、ああ言った使い方は良くないと、私はそう感じてしまったんだ
叱りたい訳ではないんだ。悪魔でもその使い方が一体どう言ったことなのか知ってもらいたくて、…
…、強く聞こえてしまったようなら、申し訳ない」
気付けば私自身も俯いてしまっていた。
…私も、自分に自信がなかった。
果たしてこうしてMajorに話していることは正しいのか、
今の時点でMajorはこの話を聞いていて疑問を持っていたりはしないか、
…、Majorも、私が動けなかったのがいけないと思ったりはしていないか。
「…はい、大丈夫です
…、すみません」
Majorは、しっかりと私にそう伝えて見せた。
「…、…分かってくれたのなら、それでいいんだ
今後に活かすようなことをしてくれれば、私はそれで何よりに思う」
…どうやら、話を聞いて反省はしてくれたようだ。
その点に関しては、安心が出来た。
…ほんの、少し。
「…Major、それと、」
私は、Majorにもう一つ訊きたいことがあった。
「…はい、何ですか?」
…けど、
私はそれを口に出して、直接Majorに訊くのを恐れた。
…どう思われるか分からない。
この一つの発言だけで、Majorをがっかりさせてしまわないだろうか。
…、私に、がっかりするような気持ちを抱かせてしまったりはしないだろうか。
「……Major、————」
“あれこれ好結果を納めているのは、
全て、私に褒められたいが為に行っていたことなのか?”
………。
…なんてこと、私の口から軽々しく訊けた筈がなかった。
私は確かにそう疑問を持ってしまったが、
…きっとMajorにそんな意識はなくて、自分自身と向き合う為に頑張っているのはそうだと思う。
……けど、さっきのような能力の使い方、そこから私へのあの発言を聞いた今、
Majorが良い結果を出そうとしていることは、ただ単に褒めてもらいたいと言う理由からなのではないか、と、
…、…そんな、
そんなこと、ある筈がない。
Majorは、そんなことを考えるような人ではない。
「…すまない
やはり、何でもない
忘れてくれ」
本当の最低に成り下がるところだった。
口から出るのを抑えられただけまだいいと見れる。
……ああ、だが、
少しでもあんなことが思い浮かんだ私は、
もう
「…もう、戻ってもらって構わない
せっかくの機会だと言うのに、わざわざ時間を取らせてしまってすまなかった」
私は、Majorにそれだけを伝えると、顔を逸らした。
今は、顔を合わせられる気がしなかった。
…Majorは少し口籠ながら返事をすると、そのまま気まずそうにしながら部屋へと戻って行った。
Majorが廊下から居なくなるのを確認すると、
私は、深いため息をついた。
自分でも、虚な目をしながら斜め下を向いているのが自覚出来た。
……。
最近、Majorの心情を読むことが出来ない。分からなくなっている。
目の前に置かれた状況に必死でそうする意識すらしない場合もあるが、
何故か最近は、そうしようとしても出来なくなってしまうことが増えた。
同時に、自分のことすらも分からなくなってきているような気もしている。
私は項垂れるように壁にもたれかかった。
…私は何故、あの時Majorと共に戦うと言わなかったのだろうか。
自分自身の力が信用出来ない訳でも、Majorを信じ切っていた訳でも、増してやMajorに犠牲になってもらいたかった訳でもない。
…初めからそうしていれば————
『貴様も初めから堂々と剣を振るっていれば良かったものの』
Navyが私に向かって言っていたことが頭によぎった。
……、
…奴の、言う通りだったのか。言っていた、通りなのか。
その後、敵軍隊員は殺さないとここまでもやり遂げてきた私達のやり方さえ破って、
感情に任せてそのまま奴の息の根を止めようとまで考えた。
私も、現実から目を背けようとしていた…?
……私も、だったの、か。
お互い、様、……
おまけに、何の罪もない隊員達にまで怒鳴り散らして、
彼らまで、あんなに、傷付けて
あの時の隊員達の表情が脳裏に蘇り、そのまま焼き付いて離れない。
全て、私の失敗のせいだった、
それなのに、何故隊員達も自分の感情に巻き込んで、Majorにまで余計な言葉を浴びせて、
……、待ってくれ
私はMajorに生きていることに対して感謝を伝えたか?
まずMajorが生きてくれていることに感謝を述べるべきなのではないか?
「此処に今でも生きて居てくれていることは本当に嬉しく思う」ぐらい言えた筈ではないか??
…そんなことすら伝えられずに、
私はMajorを一方的に注意するのような態度を取っていたのか???
…嗚呼、なんてことだ、
私が全て反省をするべきで、私が改まるべきだと言うのに、
なぜ、何故私が、そんな、
そんな、あたかも初めから自分が正しいような————
「っ、う」
罪悪感と自分の醜さに吐き気がして、私は咄嗟に口を押さえた。
気付けば私は、壁にもたれかかったまま座り込んでいて、酷く息切れていた。
自分を落ち着かせるよう、強く目を瞑って、顔を伏せて視界を暗くする。
口を押さえている反対の手は腹に置かれていて、変に力が入ったままそのシャツを握り締めていた。
…少し経って、段々と気持ちや身体が落ち着いてきた。
口元や腹にあった手を自分の体の横の地面に置き、不規則に息を吸っては吐いた。
大量の冷や汗で、身体が冷えてしまいそうだった。
……状態が落ち着いても、私が犯したあれこれを取り消すことなどは出来ず、変わらず私の脳内に焼き付いている。
…私は、身を丸くしてそのまま顔を伏せた。
……私は、
…私は、なんて愚か者なんだ。
何が「分かってくれたのならそれでいい」だ。
何も分かっていないのは、初めから私の方だ。
いくら過去のことで、Majorの手によってなかったことにされた事実だとしても、
私が確かにそう言った行動をとって、そう発言したのは事実であって、塗り替えることは出来ない。
増してや私の記憶にこびり付いて、今後消えることなどない。
私が初めから「Majorと共に戦う」などと言えば良かっただけの話。
私の意識不足なだけだったと言うのに、
何故私は一方的にMajorを叱ろうとしているんだ。
こんな私からの注意の言葉など聞こうとしても耳が腐るだけだ。
「……くそ」
不意に、小さく口からそう声が漏れた。
頭痛がして、顔ごと手の平で覆ってしまう。
…これが、本当に軍を率いる立場であるべき姿なのか…?
私はずっと、成長しないままだ。
いつになったら一人前になれると言うんだ。
こんなに長くやってきたのにも関わらず、こんな気持ちの持ち様でしか居られない私など————
「————さ、
…大佐、」
声に気付いて、私は咄嗟に顔を上げてそちらへ向いた。
「…、Major……」
…、Majorだ。
どうやら、何度か既に私に話しかけていたらしい。
「…大佐、今回は僕が悪かったんですよ」
Majorは私に目合わせた後、伏し目で俯き、正面に向き直った。
…Majorに、心情を読まれでもしたのだろうか。
……、心情を読まれることは、こんなにも気の良くないものだったのか…?
スカされた気持ちになって、私の気分は余計に堕ちた。
「…あの時は、僕がまんまと勝った気になって、完全に油断していたのが悪かったんです
もっと警戒して、調子を乗ったことなんてしなければ、あんなことになんてならなかったんですよ」
Majorは淡々と、少し困ったような表情で優しく微笑みながら、そう私に伝えた。
…すっかり反省して、受け入れたような表情だった。
「…違う。私があの時自分もMajorと共に戦うと言えば良かっただけの話だ…っ
まだ対戦に参加するのも初めてだと言うのに、私がMajorに任せって切りになどしなければ……、
……こんなことを言っていては、切りがない気がした。
私は大人しく口を閉じた。
…個室の前。廊下には今は誰も居なかった。
個室の中からは隊員達が飲み会を大いに楽しんでいる声が微かに聞こえてくる。
「…大佐に先程あのようなことを言ってもらって、
自分の中でも、少しおかしい考えをしていたことが分かったんです
確かに今思い返してみれば、あんなことをしてまで大佐に褒めてもらおうだなんて、
馬鹿、ですよね、」
Majorは苦笑いをしながらそう言った。
…何も返事が出来ないまま、沈黙が続いた。
……もう、この話はやめにした方がいいだろうか。
…もう、忘れてしまった方が、気が楽にもなるだろうか。
私は虚な気分なまま、その場に立とうとした。
すると、
「っ、!」
私が立つのを遮るようにして、
小さいが、確かに温かい何かが私の身を包んだ。
同時に、ソウルがキツく締まるのを感じた。
「…大佐、僕、約束します
僕、大佐を守れるぐらい強くなって見せます」
自分の感情を抑えるのと、状況やMajorの言葉を理解するのに精一杯で、また返事をすることを怠ってしまう。
……、
今既に、こんなことを言われるような私は、
…。
「もっと自分に厳しく生きて、誰よりも大佐を守れるようになって見せます
約束します、だから…、」
…まるで、誰かに守られなければならないような弱者のようだ。
……違う、
私は、Majorにそんなことを言って欲しくて居る訳じゃない。
決してそんなことを言わらることなど望んでなんて……、
「お願いします、そんなに自分を責めないで下さ————」
聞いて居るのが苦しくて、同時に自分の感情を抑えることが出来なくて、
Majorの話を遮るようにしてその口に自分の口を重ねた。
…この話を聞いて居るのが苦しいだけではなかった。
こんなにも愚かで、どうしようもない私でも、
寄り添おうとしてくれていて、おまけにこれからのことに決意をして、
自分の行いにはしっかりと反省し、これからに良くなるよう繋げようとしているMajorが、
…そんなMajorが、恋しく思えてきてしまった。
……こう、言わせてしまったのも、
自分のせいだと言う現実から逃げたくて、…私は、また現実から逃げたくなってしまって、
同じことを繰り返すように、感情を抑え切れなくなった。
最初は驚いた反応を見せたMajorも、段々と私に身を委ねるようになり、首に手をまわされたのが分かる。
互いの舌を当てがい、互いの息がかかり合っているのを感じていながら、そんな接吻をし続けていた。
……少し経って、私はそっとMajorから顔を離し、
すぐに顔を背けてしまう。
…また、現実から逃げるような行動を取った私は、
複雑で、深い傷を負ったような気持ちに苛まれた。
「…えへへ、ありがとうございます」
その声からしても分かる程、きっと満面の笑みを見せてくれていたのだろう。
…しかし、顔を下げたまま上げられない私は、それをこの目で確認することが出来なかった。
「大佐、少佐、大丈夫でしょうか…?」
個室の出入り口から一人の隊員が顔を出し、
私達に心配そうになりながら話しかけてくれていた。
Majorは私からそっちの方に顔を向けた。
…私も、少しだけ顔を見せるようにしながらもそちらの方を向く。
「うん、もう行くよ。ちょっと待ってて」
「そうですか、
何かあったようでしたらすぐに言って下さいね、」
「うん、ありがとう」
Majorがそう笑顔で返事をすると、
隊員も私達に微笑みかけた後に音を立てて出入り口を閉めた。
…私はまた気まずい気持ちになって下に俯いた。
「……、大佐、」
Majorの呼ぶ声に、黙って顔を上げてそちらに向いた。
そして、そんなMajorと目線を合わせると、
「っ、」
Majorは、不意にまた私に口を重ねてきた。
…私のソウルが、強く強く締まった。
「…早いうちに戻って来て下さいね、皆んなも待ってますから」
私は胸の苦しさに口籠もり、何も返事が返せないままでいた。
喉の奥でつっかえて、上手く話せなくなっていて、
ただただ黙ったまま、Majorと目を合わせたままでいた。
…Majorは、そんな私の顔を見ていると、
やがてまた、ふわっとした優しい微笑みを見せた。
「大好きですよ」
伝えられるのが分かっていたとしても、
いざ、そう伝えられると、
私のソウルは更にキツく締まって、胸を苦しくした。
「っ、っ。Maj———」
その呼び止める声すらはっきりと発することが出来ず、
Majorの耳に届くことはなかった。
Majorは私の返事を聞くことはなく、そのまま個室へと帰って行った。
Majorに夢中で周りの音すらまともに聞こえていなかった私の耳に、
辺りの雑音や物音が段々と帰ってきた。
……廊下には、私一人だけになった。
私は深いため息をつき、また地面を見つめた。
…胸が、酷く痛くて。
胸に置いた手に力を入れてシャツの布地を握り締めた。
…また、情けなくて、端ないことをした。
震えるような息遣いで既に何度も吐かれたため息をまた繰り返し、
「っ、…ぁ」
生温いものが私の頬を伝い、それがそのまま地面に落ちるのを見届けた。
…そして、私の口からは掠れた息のような声が漏れ出た。
…こんなことで、涙までも流すようになっただなんて。
……酷く、退化したものだな。
私は目尻に溜まった涙を指で拭った。
自分が憎くて、悔しくて、
でも何だか嬉しくて、悲しくて、辛くて。
…色々な感情が混ざり合いすぎて、更に私の胸を苦しくしていった。
…Major、何故そんなに私を苦しめてしまうんだ。
お前が私の目の前に現れてから、私の人生が混乱し始めているんだ。
…元に戻してくれ。
辛い。
Major、責任を取ってくれ。
どうにかしてくれないか。
お前だけ一方的に愛を注いでいて狡いとまで感じてしまう。
…この気持ちをどうにかさせる為にも、
なあ、
Major、
「愛している」ぐらい、私の口からも言わせて欲しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます