XIV
僕は朝起きて、姿鏡の前でネクタイを締めていた。
…大佐と関係を持ってから少し時間が経ったが、
相変わらず大佐は僕との距離を遠ざけることはなく、高い頻度で近距離で僕と関わっていた。
僕にスキンシップをとっては、
今まで以上に、自然な笑みを見せてくれるようにもなった。
何だか僕の胸の中は、幸せに混じって優越感までも感じられるようになってきていた。
以前までは、絶対にあんなに大佐の笑顔を間近で見られることなんてないだろうし、そうして笑顔を見せてくれるのも、今は僕の前だけなんだろうと思うと、
これからも、僕だけが大佐の笑顔を間近で見ることが出来れば、と感じてしまっていた。
…大佐が自分の意思で僕に近付いて来てくれて傍に居てくれること、
普通の関係では見られないような大佐の表情を沢山見せてくれること、
何だか、全部、
僕の前だけであって欲しい願望も芽生えていた。
…全部、僕の為だけの大佐であったらいいな。
……。
…なんて、考えてしまっているけれど、
まだ僕達をはそう思っていい程の関係に満たしていないし、
僕にそう言える権利も、今はまだないと思っている。
こう思っていることを表に出して表現し始めるのは、
もう少し、大佐との関係が深まってからがいいだろう、と思っているところだ。
もしかしたらこう言った僕の気持ちをぶつけるせいで、大佐が僕に対して不愉快な想いを抱いてしまったら、
もう、恋人どころの関係ではなくなってしまうだろう。
…やはり僕自身も、こんな早い段階からこんな感情が芽生えるとは思っていなかったし、
同時にこんなに進行が早いことも少し違和感を抱いている。
…不思議なものだ。
……でも、大佐がいつかこう言った気持ちを僕から伝えられるとして、
果たして、喜んでくれるのだろうか。驚くのだろうか。
増してや失望するのだろうか。がっかりするのだろうか。…
僕は一通り着替えを終えて帽子を被ると、しばらくの間鏡に立つ自分と目を合わせた。
…優越感、か。
これがいいものなのか良くないものなのかすら、僕にはまだ良く分かっていない。
大佐が僕にそう言った気持ちを抱いてくれるのは構わないし、むしろ嬉しい気持ちにあたるのかもしれないが、
…僕がそう言った感情を持つのにはまだ自信がなく、許されて認められることでもない気もしている。
…いや、
今は、こんなことで頭を悩めている必要はないかな。
僕自身まだ優越感に関して良く分かっていないのなら、
またこれから理解していけばいいし、その際にまた確認していけばいい。
何はともあれ今の僕が大佐に愛されていて、僕自身も大佐を愛しているのは間違いないんだ。
何も心配することはないはず。
「Major、
少し大切な話がしたいのだが、いいだろうか」
僕は大佐に話しかけられ、返事をすると大佐の机まで近寄った。
「少しこの書類を見て欲しくてだな…、」
大佐が手に持つ書類を見ながらそう言う。
僕は見えやすいように大佐の席の横まで移動し、いつも置いてある予備の椅子に座ってその書類をそこから覗き込んだ。
「本来ここに指名を書かなければならない筈なのだが、記載されている筈の情報がどこにも見当たらないんだ
恐らく残りの白紙も同じような形であるだろうから、少し資料係に話を訊きに行って見て欲しいのだが、頼めるだろうか
もしかしたらミスなどではなくて、こちら側の記載の仕方が変わっただけかもしれない。詳しいことを————」
僕は大佐の話を真剣に訊いて頷きながら書類を見ていた。
大佐の指で刺されるところを目で追いながら、説明を聞いていく。
「……Major」
大佐は少しの沈黙を置いた後、僕の名前を呼んだ。
僕は咄嗟にキョトンとした顔のまま大佐の方を向くと、
「っ、」
大佐は僕の頬にそっと指で触れて顔をそちらへ向かせると、
突然、僕に口を重ねてきた。
驚いてしまい、つい目を瞑ってしまう。
「…前々から思っていたのだが
お前がこうして横に来て話を聞くなどする時、毎回顔が近すぎて私が居ても立っても居られなくなってしまう
…無意識なのか?もう少し離れている状態でも構わないぞ」
…僕自身確かに無意識で、突然な出来事に少し混乱しながらぼんやりと大佐の顔を見つめる。
……でも、距離が近いのは大佐もお互い様、なんだけどな…。
気付けば大佐はまた話の続きをし始めていて、
僕も慌てて、またその声に耳を傾け始めた。
—————————————————————————
「Major」
僕は大佐に話しかけられて振り返る。
…すると大佐は、突然僕の身体を抱き締めた。
唐突すぎて僕は少し驚いた反応を見せながら、身体を震わせる。
「っ、わ、」
僕はつい声を漏らしてしまうが、
やり場に困っていた手を、少し躊躇いながら大佐の背にまわす。
…大佐はしばらく僕を抱き締めた後、そっと僕から離れた。
「…Major、お前は私に愛を伝えようとする気はあまり起きないのか?」
突然そんな質問を投げかけられて、僕は顔を逸らし気味にしながら口籠る。
「…ぇ、えっと…、」
「…そうだな、「愛している」だとか、率直に「好き」だとか…
今考えてみれば私の口からも発する機会がなかったものだが、
…、お前の口からは、それよりも更に告げられなさそうだと感じてしまうのは私の気のせいだろうか」
大佐はそう話しながら僕の顔を自分の方へと向かせ、僕の口元を親指で触れる。
少し誘われるような大佐の行動に、ソウルが音を立て始める。
…けど、そんなこと急に言われたって、こんなにまだ大佐との関係に慣れていない僕が突然「愛してる」だなんて言える訳が……。
「…ぅ、…ぁ、……っ」
少し頑張る思いで口からそう伝えてみようと思ったが、
やはり喉の奥で突っかえて上手く話すことが出来なかった。
勇気が出ずに俯いた僕の様子を見兼ねた大佐は、
小さく笑いながら僕の頬に手を当てる。
「…冗談混じりで言ってみただけだ
少し、求めようと思ってしまっただけなんだ、
あまり気にしないでくれ」
大佐はそれだけ言うと、僕から離れてすぐにその場を去って行ってしまった。
そんな大佐の後ろ姿を見送りながら、僕は触られた口を何となく自分で触る。
…にしても、大佐、
今日は特に距離が近い気が……。
……気のせい、かな。
…いや、でも昨日もこんなに一日の間で距離を詰められるようなことはなかったし…。
…、何なん、だろう……。
普通ならやはり、突然こんなに距離を詰められると動揺して拒否をしたい気持ちにもなってしまうのかもしれないが、
…不思議と、僕は緊張してドキドキするだけで拒否する気までにはなれなかった。
大佐といると、自分の気持ちまでが分からなくなってしまいそうだった。
…それに、この関係になってからの大佐って、
頻繁に、僕の名前を呼ぶようになった気もするな……。
今日だって、何度「Major」と声をかけられたか知れない。
それに対して、僕自身も何か期待してしまっているような、…そんな気もしなくもない。
…僕が、何かおかしいのかな…。
それとも、大佐によって狂わされているのかな……。
僕はなるべく平然を保って過ごしているつもりだけど、
そうして「Major」と大佐に呼ばれる度にドキッとして、胸を熱くして、…大佐に対して、何かを求めて、期待して……いる、ような…。
…、
……何だか、大佐、って、
…。…狡い、な……。
大佐の表情をまた思い出して、僕の顔が更に熱くなるのを感じていた。
——————————————————————————
「Major、」
僕は本棚の整理をしている途中、また大佐に声をかけられ、そっちの方に顔を向けた。
「…この書籍を元の場所に戻しておいて欲しいのだが」
三冊程大佐の手元に書籍があって、恐らくそれを戻しておいて欲しいとのことなんだろう。
僕は返事をすると、その書籍を受け取りに大佐の机の元まで行き、種類を確認しながらそれを持ってまた本棚の方に戻って行った。
…種類を確認してみると、どうやらそれぞれ近い場所から取られたもののようだった。
僕はあっちに行ったりこっちに行ったりして本を仕舞っていく。
…あ、そうだ。僕隊員に書類室で手伝いをするって言ったんだったな…。
丁度このぐらいの時間だったから、この後行くとしよう。
…そうだな…、行くついでに書類の白紙のものも何枚か持って来た方がいいかな。
前見かけた時もう残りが僅かになっ————
僕がその書籍を本棚に戻し終えて振り返ったその時、
…大佐の身体がすぐそこにあって、少し声を漏らして身体をすくめながら足を止めた。
つい、持っている残りの書籍を腕の中に抱えるようにして持ち替えてしまう。
「…ああ、すまない。渡すべき書籍がまだ残っていたんだ
その分は私が自分で戻しておいたから気にしないでいい」
丁度場所が此処だったのか、大佐は僕の身長を上回る形で頭上の本棚に書籍を差し込んでいた。
…びっくり、した。何か少しでも声かけぐらいしてくれたら良かったのに…。
…僕は手元で改めて残りの書籍の種類を確認した。
手に持っているのは残り一冊で、此処から少し移動した所に元の場所があるようだった。
僕は大佐に軽く声をかけながらその場を去ろうとする。
「…失礼しま———」
そうしようとした瞬間、
大佐は僕の行く手を阻むようにそっち側の耳元の壁に手を置いた。
僕はまだ足を止め、少し詰め寄られながら自分も出来る限り身を引いた。
「…Major、」
…大佐はまた僕の名前を呼んで僕に声をかけた。
…今日、名前呼ばれるの何回目、だろうな…。
「…はい、」
「…。…今日は何だか、
少し、私のことを避け気味ではないか?」
……、…え?
僕はその言葉に顔を上げて大佐と目を合わせた。
…自分の中では、そんなこと心当たりがなかった。
……けど、大佐の距離がやけに近いことは少し気になっているのはそうだった。
だからと言って距離を離したかったつもりではないのだが、もしかしたら、無意識に行動に出てしまっていたのだろうか…?
「…もしも嫌ならば、しっかりと伝えて欲しい」
…でも、もしそう感じさせてしまっているのなら申し訳ない、な……。
…。
…、うん、
黙ったままでも失礼だし、更に失礼になっちゃうし…、
嫌いになった訳でもないんだから、これからの為にしっかり僕の気持ちも伝えない、とな……。
「…大佐、あの…、
…あの、大佐からのスキンシップや言葉は本当に嬉しいですし、…正直、毎回期待してしまっているのはあります
でも、まだ僕もこう言った関係に慣れていなくて…、
…本当に未熟なもので申し訳ないのですが、まだ、少し距離が近いかもしれない、と感じてしまっています
決して嫌と言う訳ではないんですが、…まだ、僕がそれに対してお応えするのには勇気や自信がなくて……
…すみません、僕も大佐の気持ちにお応え出来るようにこれからも頑張ります…」
僕は誤解を招かないようしっかりと自分の気持ちを大佐に伝えた。
…でも、やっぱり少し大佐を残念な気持ちにさせてしまいそうで、それが心配で…、
中々目を合わせられずに、俯いたまま離した。
大佐は少し何かを考えるような沈黙を置いたあと、小さくため息をついた。
「…そうか。…正直に伝えてくれたことにありがたく思う
同時に、少し無理をさせてしまったことに対しては申し訳なかった」
大佐はそっと僕から離れた。
「中々自分の気持ちを制御出来なかった自分と良くなかったと感じている
…自分の中でも、迷惑をかけていないか心配な思いを抱く機会があったと言うのに、それでも努力出来なかった自分には恥をかいてしまうものだ
…これからは少し気をつけるようにする」
大佐は少し目を伏せた様子で、部屋を後にしようとドアの方まで向かった。
僕はその場から動けずに、そんな大佐を見つめたままでいる。
……あぁ、…でも、
…いざ、こう言われてしまうと……。
「っ、ま、待ってください…」
…寂しく、感じてしまう、気がする。
僕は咄嗟に大佐を呼び止めた。
…大佐は足を止め、僕に振り返った。
…確かに僕はまだ気持ちに応えられる自信がないだとか言ったけれど、距離が近く感じてしまうとは伝えたけれど、
…別に、距離を離して欲しい訳、じゃ……。
「…あの、…すみません
…距離を置いて欲しい訳じゃなかったんです
そうして大佐が僕の傍に居てくれることはとても嬉しいんです
…むしろ、もっと大佐と一緒に居たいと感じてしまう程です
僕が言いたいのは、あまり距離を近付けられすぎると、
…僕のソウルが、持たなくなっちゃうかもしれないと言うことで……、
…要は、恥ずかしい気持ちになってしまって、上手く動けなくなってしまったり、喋れなくなってしまったり、してしまうんです…
…ぁぁ、…えっと、確かにさっき距離が近いとは伝えましたが、
僕が、大佐と一緒にいることやこう言った関係に早く慣れて、僕の方からも大佐を求めてみたいことも確かなんです
…あの、…大佐も、僕が早くそう言ったことに慣れる…ように、…お、お手伝い、して下さる、と………
…ぅ、何だか矛盾してしまっているような気もしますが……、…その……」
…僕は、話している途中で段々自分で言っていることに恥ずかしくなってきてしまって、声を小さくしていった。
気付けば顔が真っ赤になっていて酷く熱く、
ソウルが、更に早く強くなってしまっていることを今更自覚する。
……僕はそのまま何も話せなくなってしまって、籠もったまま口を閉じてしまう。
…な、何か言わなきゃ……。
…けど、必死に何を考えようとしても、僕の口は中々開かなかった。
…にしても、大佐からの返事もないままで、
部屋には少し長い沈黙が流れてしまって……。
…き、気まずい感じにさせちゃった、のかな…。
また謝った方が、いいかな……、
僕は何とか顔を上げて大佐に顔を合わせようとする。
…が、
大佐の表情を見た瞬間、驚いてしまって僕もキョトンとした表情に変わってしまう。
「…、…いざ面と向かってそう伝えられると、
……やはり、小っ恥ずかしい、な
……、分かった、話は分かった、…礼を言う
…少し、失礼する……」
大佐は突然どこか恥を見せるような様子で若干赤面させ、少し口元を手で隠しながらそう話していた。
そして、そのまま言葉を濁したまま部屋から出て行ってしまった。
…え、…僕、そんなに何か恥ずかしいこと言った、かな……。
僕はその場に立ったまま少し俯いてしまう。
…、大佐、何がそんなに恥ずかしかったのかな……。
…本当に僕、何か引っかかるようなこと言ったっけ……?
僕はもう一度自分が大佐に伝えたことを思い出してみる。
…けど、……やっぱり、心当たりはない、よな…。
良く、分からないけど…、
…何だか、良くないこと言っちゃった、みたい……。
—————————————————————————
大佐の部屋で頼まれた仕事をしていたけど、
そう言えば、大佐が中々部屋に帰って来ていなかった。
…頼まれた仕事は全て終えてしまったし、自分自身も暇になってしまっていた。
ちょっと、探しに行ってみようかな。
僕は部屋から出て、廊下を歩きながら緩く大佐を探しに行ってみることに。
…しばらく探し回ってみると、
大量の書類や書籍を抱えて移動している大佐を見かけた。
僕は足を止めて、大佐の方に駆け寄る。
「大佐、手伝いましょうか?」
「…Major。少し重いぞ、無茶はするなよ」
僕は返事をすると大佐から抱えられていた物を受け取る。
…少し重さを感じ、体勢を崩しそうになってしまうが、
なるべく自分が持ちやすいように持ち直し、そのまま大佐の横を歩き続けた。
「すまない、急遽用事が立て込んでしまって」
「はい、大丈夫です。僕も丁度仕事を終えて手が空いた頃だったので
運ぶのは資料室までですか?」
「あぁ、…手間をかけさせる」
大佐が少し心配するような様子で僕の方を見つめていたので、僕は大佐の方に顔を向けて微笑みかけながら、また「大丈夫です」と伝えた。
…やっぱり、明日は敵軍と対戦の日で、今は昼頃をまわっているから皆んな忙しい時間なのかな。
「…Major、明日はNavy軍との対戦日だが、支度の方は大丈夫だろうか」
「準備ですか?はい、今出来る段階のものはもう済ませてありますよ
あとは、…そうですね、作戦の見直しをしたり、余裕があり次第訓練にも今一度参加しておきたいです」
僕は抱えているものが腕の中から落ちないように様子を見ながら、そう大佐に返事をした。
作戦も勿論もう聞いた後だし、それから自分の中でも何度か復習したり、それに合わせて動けるのか自分を試すような訓練にも参加してみたり…。
それなりに対策はしたつもりだから、準備の方には割と余裕がある方だと思っていた。
…かと言って、今回はやはり自分の中でも初めての敵軍との対戦だから、本来ならばこんなに緩い気持ち様では良くないものなのだと思っている。
仕事を終えたら、もっと細かい部分まで整理し直したいものだ。
そんなようなことを考えながら廊下の角を曲がろうとしたその時、
足の踏み場所を踏み違え、バランスを崩してその場に転びそうになってしまう。
思わず僕も大きな声を上げてしまい、そのまま抱えている物を放り投げて前に倒れそうになってしまうが、
…大佐が、咄嗟に僕を支えてくれた。
「っ、…おい、大丈夫か
だから無茶をするなと言ったんだ、」
抱えているものはその場にさんばら撒きになってしまったが、大佐がすぐに能力で手元に纏め始める。
「…す、すみません…、お役に立てなくて……」
「…何を言っているんだ
お前の身体の方が大事だろう。書類だなんて後で何とかなるものだ
…立てるか」
僕は大佐に支えられながらその場に立った。
…力になりたかっただけなんだけどな…。
上手く、いかなかったな。情けない姿見せちゃったし…端ない……。
僕は少し気持ちを表情に出しながらため息をついた。
「…私がギリギリ持てる量をお前が持とうとしたのが良くなかったんだ
少し、Majorにとっては量が多すぎたな
私が半分持つ。お前はその半分を持ってくれ」
大佐は半分の書類を抱えると、もう半分を僕に差し出してくる。
…、ちょっと、いいところ見せたかったのもあったんだけどな。
書類を運ぶことすら出来ないなんて…、僕もまだまだなんだな…。
僕は落ち込んだ様子をまだ隠せないまま大佐から受け取った書類を持ちながら、また大佐の横を歩き始めた。
「…Major、何をそんなに気にしているんだ
失敗ぐらい誰にでもあることだろう、さっきは少し自分に合わない量をこなそうとしてしまっただけだ
…とにかく、お前に怪我がなくて良かった」
大佐はまだ少し僕を心配するような様子でいながら、最後に小さくそう話す。
…僕はそっと大佐に顔を移した。
……、こんなに子供みたいな失敗をしたと言うのに、こんなに心配してくれるんだ。
…親切、だし、
運ばなければいけない書類も、大事なものだと思うのに、
それよりも、僕の心配だなんて…。
…やっぱり、大佐って、
……ちょっと、狡い、な…。
資料室に到着し、大佐が空いた方の手でドアを開ける。
…中で運ばれた書類の整理をしている二、三人の隊員が僕達の方に顔を向けた。
「大佐、少佐!お疲れ様です、お預かりしますね
業務の補助、誠に感謝致します!」
「大丈夫だよ、僕も丁度手が空いてたから…
いつもありがとうね、これからも頑張ってね」
僕は隊員達に声をかけながら書類を渡す。
…さっきまで自分の失敗に気持ち話に引きずられて落ち込んでいた気持ちが、
隊員の明るい対応に少し元気をもらうことが出来た。
僕はその隊員に笑いかけると、大佐と一緒に資料室を後にする。
大佐が僕が先に出るようにドアを開いてくれて、お礼を言いながら先に部屋を出た。
大佐がドアを閉めると、僕達は部屋への帰り道を並んで歩いた。
「…Major、」
僕は大佐に話しかけられて、顔をそちらに向ける。
…あ、僕、
また大佐に名前呼ばれた、な……。
「…、さっきは、すまなかった」
「……?何の話、ですか?」
僕は大佐がいつの話をしているのかが分からず、疑問を返してしまう。
…さっきって、…、僕が転んだ時の…?
…でも、あれに関しては別に大佐は悪くなかったし……、
「…やはり、少し無理をさせすぎたと思った
どんなに頑張っても、あんな量を運ぶのは困難だと察しがつく程だったのだが、
…曖昧な判断なままMajorに任せてしまって、結果危ない目に遭わせてしまった
もう少し判断がしっかりしていれば、初めから半分を持たせることだって出来た筈だ
期待をしすぎた、だとか、そんなようなことではないのだが、
…、Majorも、無茶をしすぎないようにして欲しい」
大佐が目を伏せながら、僕に長々と謝罪の言葉を述べる。
…そんな、…、
…大佐が謝ることなんて何もないのに…。
…何に、そんなに下向きな考えになっちゃってるんだろう……?
僕はそんな大佐の様子が逆に心配になってしまい、横から顔を覗き込みながら歩く。
僕は少し考えながら、大佐の様子を見続ける。
……。
…もしかして、
僕がさっき伝えたことで、
大佐が自分への自信を少し失っている、とか……?
頭を捻ってみた結果、そんな答えがぼんやりと思い浮かぶ。
…でも、全然根拠がないままの答えだから、正直確信は掴めない。
……けど、理由の方を僕は知りたいのではなくて。
理由なんてものは、何でも良くて。
僕は隣を歩いている大佐の前にまわり、胸の辺りに手で触れて止める。
…今立っている廊下には誰も居なくて、人気も感じなかった。
そんな静かな状況の中、自分がこれから伝えたいことを頭の中で整理していく。
…明らかにさっきのことに関しては、大佐が悪い訳じゃないのに、
大佐に、そんなに自分を責めて欲しくなかった。
…大佐に、あたかも自分が全部悪かったみたいに、謝って欲しくなかった。
僕は大佐を止めたまま俯いた顔を上げて話す。
「…大佐。
……、大佐、貴方がそんなに自分を責める必要なんてありません
さっきのことは、大佐は悪くないんです、…僕が悪いと言うとなると、それもまた違う気もしてきますが
大佐が何にそんなに不安になっているのかが僕は少し良く分かりませんが、
とにかく、そんなに自分を責めないであげて欲しいんです
…僕は、そんなに細かいことまで抱え込まなくていいと思います
大佐がさっき言っていた通り、失敗は誰にでもある、でしょう…?
なら、さっきのことはそんなに気にする必要もないと思います
…僕自身も、さっきのことで大佐に元気を無くして欲しくないんです
だからそんなに落ち込まないで下さい
……僕は、…えっと…、
…元気なままの大佐が好き、です…」
最後に、大佐が少しでも元気になるようにと言葉を付け足したが、
やはり自分で言っていて恥ずかしくなってきてしまって、声が小さくなってしまっていた。
…大佐は、黙ったまま僕の話を聞いてくれていた。
…、少し沈黙を置いた後、
大佐は僕の手に上から自分の手をそっと重ねた。
「……、ありがとう
…Majorにそう言ってもらえたことで、大分気持ちが楽になった気がする
…すまない、また気をかけてしまったようだ
Majorの言う通りだ
いい加減、気を取り直すとしよう」
大佐も、伏せた顔を僕に向け、微笑みかけてくれた。
…僕も安心した気持ちで、そんな大佐に微笑み返した。
良かった、元気になってくれたみたい。
安心と同時に、やはり恥ずかしさも隠し切れず、
大佐と目を合わせた後、また逸らし、大佐の隣に戻った。
……けど、また歩き始めようとは思ったものの、
大佐が足を止めたまま動かなかった。
…大佐は、何か僕に伝えたそうにしているようだった。
…今度は、どうしたのかな…?
僕はそんな大佐の言葉を待ってみる。
「……、…
…Major、…ぁぁ、
…今日、伝えようかとずっと迷っていたんだ
……いきなり、こんな場所で、…こんな状況で伝えるのは少し間違っているかもしれないが
…、」
大佐は時折口籠もりながら僕に伝える。
…僕は、大佐が続きを話し始めるまで静かに待った。
「…Major、今日の夜、
寝るまでの身支度を終えたら私の部屋まで来て欲しい
…詳しいことは、その時に話そうと思う
…、少し、二人の時間が欲しいんだ」
…そして、大佐は僕にそう伝えると、
向いていた方と反対側を歩いて行ってしまった。
「た、大佐…?」
僕はつい声に出しながら大佐を見送った。
…、良く分からないままそう告げられ、少し頭が混乱してしまう。
……、
今日の、夜…?
二人の、時間……、
…。
僕は分からないまま廊下に突っ立って、
大佐は僕に伝えたことに関して考えていた。
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