XIII

僕達はあれから互いの笑顔を脳裏に残してその場を後にし、

気付けばもう朝になっていた。

僕窓から差し込む朝日に向かって背伸びをした。

なんて清々しい朝なんだろう。

あんなに変な時間に起きてまた寝たというのに、

寝起きはいいし全く苦痛を感じない。

…何だか不思議な感覚。

僕は伸びをすると、ぼんやりと窓の外を見た。

…、そして、何故だか段々と笑みが溢れてきてしまう。

さ、

大佐のところに行こう。

気持ちはまだまだ恥ずかしくて堪らない筈なのに、不思議なことに大佐の部屋に行くのが楽しみで仕方ない。

…きっとどうせ、

大佐を前にしたらまた赤面して、動けなくなる癖に。

僕は少し急ぐ様にしてベッドから出た。




僕は腕を伸ばしながら部屋を出て、廊下を歩いていた。


「あ、Majorくん

おはよ」


既に大佐の部屋の前に居たのか、Faithfulさんが前方から話しかけてきた。

…それから、隣にはアミ姐も立っている。

…?二人揃ってどうしたと言うのだろう。

おまけに、何故か二人共ニヤニヤとした表情を僕に向けていた。


「Major、昨日あれからどうなったんだ?」


…僕はその言葉を聞いてから一瞬思考停止し、顔色を変えた。

…え、どう言う……、


「なぁんだよその顔!マジで気付いてなかったのか??」

「ちょっと訳アリで覗かせてもらってたんだよね〜

俺とアミで、昨日のColonelとMajorくんのこと見てたんだよ

でも、ほんと無事結ばれたみたいで良かったー、だから言ったでしょ、アタックしてみてって」


僕の顔がみるみるうちに真っ赤になっていくのが自分でも良く分かった。

僕は恥ずかしすぎて、思わず口元を押さえた。


「そ、そんな…

…み、見てたん、ですか……」

「当たり前じゃーん、あんなに応援してあげてたのに無断で告白しちゃうなんて狡いじゃんね

てことで、俺の予知能力で場所と時間推測して、ちょっと覗かせてもらってたってこと」


Faithfulさんは何故か誇らしく思うようにそれを話すが、

僕は声すらしっかり出なくて掠れた息のような声しか出なかった。

…は、恥ずかしすぎる……。

この様子だとまるで初めから最後まで全部見られてた、ような……。


「…か、勘弁して下さい……」

「あはは、めちゃくちゃ恥ずかしがってて面白。今までで一番恥ずかしがってる顔じゃん

ねえでさでさ、あの時のColonelって———」


気付くと二人の後ろに人影が見えて、僕はそっちに顔を向けた。

…Faithfulさんとアミ姐も、嫌な予感がしたのか恐る恐るした様子で話すのをやめ、振り返る。


「無断とは飛んだ口を聞くものだな

お前達も現場を見るならば許可ぐらいとってもいいと思うのだが?」


大佐がら少し睨むような目つきで二人を見下ろしていた。

…でも、もうこれ以上追求されることはなさそうで、僕は心の中で少し肩を撫で下ろす。


「こ、Colonel〜、昨日はお楽しみみたいだったけど、結ばれたみたいでほんとめでたいよねー

ずっと応援してたからほんと俺達も安心———」

「ふざけた真似はやめろ。もしこのことを他の誰かに暴露するようなことがあればただじゃおかない

これ以上馬鹿げた気で追求するのはやめて頂けないだろうか

…アミ、黙っていれば許されると思うな。お前もだぞ」


叱るような態度で大佐は二人にそう話した。

そっぽを向いて知らんぷりしていたアミ姐も、大佐にそう言われると、横目でそっちの方を見た。


「ちぇー、何だよ。冷てぇな

行こうぜ」

「あはは、そうだね

あーあ、結局いい恋バナが聞けると思ったんだけどなー」


Faithfulさんはまるで反省していないような態度で、大佐の胸を馴れ馴れしくトントンと軽く叩いて悪戯っぽい笑みで大佐の顔見る。

そして、大人しくその場を去って行った。

…でも、確かに応援はしてくれていたから。

あんなに沢山力になろうともしてくれていたし、実際二人に背中を押されたから行動に起こせたのもある。

…、


「…ぁ、ありがとうございます」


離れて行く二人の背中に、聞こえるぐらいの声量でそう伝えた。

階段のある曲がり角辺りで二人は僕の声に気付くと顔を向け、

微笑みながらグッドサインを見せてくれた後に、階段を降りて行った。


「…たく、余計な真似をするものだ」


大佐がそう呆れたように呟く。

僕はそんな大佐に目を移した後、また正面に向き直った。

…実際に、あの二人のお陰で僕は大佐とこうして距離を縮めることが出来たのだから、

やっぱり、Faithfulさんとアミ姐には感謝しないといけない。

…後で、またしっかりお礼を言わないと。

僕は改めてそんな気持ちを噛み締め、少し俯いた。


「Major、」


背後にいる大佐が僕に話しかけ、僕はそんな大佐にそっと振り返る。


「はい、何です…わ———」


振り向いた瞬間、僕の背に手をまわされ、大きな大佐の身体に包まれた。

僕はそんな状況に、自然と小さく声を漏らしてしまう。

…なんて、温かくて安心する状況なんだろう……。

僕はあまりの安心感に深く息を吐く。

僕は少し慣れない気持ちで躊躇いながらも、自分も大佐の背に腕をまわした。


「…Major、おはよう」


大佐はそっと僕から離れると、ほんの少し頬を緩め、スルッとした動きで大きな手で僕の頬に触れる。

頬から手がはみ出て首筋に指が触れ、少しくすぐったくてキュッと目を瞑ってはその首をすくめる。

そんな大佐の手首に、僕も上から自分の手を重ねてみる。


「…お、おはよう、ございます」


大佐の顔を見ようとは思ったが、

やはり、恥ずかしくて、一瞬大佐と視線が合った目は自然と斜め下に逸れてしまう。

ぎこちない表情になってしまっているのが、自分でも良く分かる。

…大佐からの愛を、あたかも嫌がっているような態度は見せたくなかったし、取りたくもなかった。

これでも頑張って、応えてみているつもりなんだけど…、

身体が熱くて、ソウルが強く鳴りっぱなしなのを自覚し、余計に気持ちが落ち着かなくなっていく。

…そして、そっとそのまま口を近付けられ、

僕は恥ずかしくなってしまい、咄嗟に顔を背けてしまう。


「…ん、嫌、だったか」


…本当に、嫌って訳ではないのだけれど、

恥ずかしくて、どうしても落ち着いた気持ちで居られない。


「い、いえ、そんなことは、ないです…」


僕は慌ててそう返事をした。

こうしてくれるのもとても嬉しいし、幸せをも感じられている。

…僕は自信がないながらも、大佐と目を合わせる。

時折、自然と逸らし気味になってしまうが、頑張る気持ちでその目を見つめる。

…やがて大佐のもう片方の手も僕の頬に触れ、

そっとその顔を近付けられ、口と口が重なった。

僕はそんな大佐の様子に思わず目を瞑むり、身体を流れに任した。

緊張と恥じらいで少し身体を震わせながら、大佐とキスをすると、

少し経った後にそっと僕達は離れた。

…とんでもなく、顔が熱い……。


「…もうお前とこうしているのもおかしくはない関係になったことを嬉しく思う

今まで距離を詰めることすら出来ずにずっと気持ちが落ち着かないままでいたんだ」


大佐は僕に顔を近付けたままそう優しく話しかける。

…まるで、今までとは全然イメージが違う、

温かくて、親切で、安心感があって……。

僕は余計に恥ずかしくなってきてしまい、今まで大佐と合わせられていた顔をまた俯かせてしまう。


「さ、そんなところに立っていては足が疲れてしまう

部屋に入ってくれ」


優しく背中を押され、案内されるように僕は大佐と部屋の中に入った。

…ほんと、距離近い、な…。

嫌ではないし、むしろ本当に嬉しいんだけれど、

やっぱりどうしても、ドキドキしすぎてソウルが持ちそうにない。

…この先本当に大丈夫かな……。

僕の方が先に倒れてしまいそう…。




資料室から持ち帰って来た書籍を、大佐の部屋の元あった場所に差し込んで行く。

今は、部屋の中で僕一人だった。

…一冊ずつ手元から減っていって、腕の中が軽くなっていく。

すると、大佐が後に部屋に帰って来て、ドアを閉める音を立てた。


「大佐、お帰りなさい

そう言えばさっき言ってた話————」


単純に大佐がさっき話そうとしていたけど、途切れてしまった話の内容が気になって話しかけるが、

突然、背後から腹の辺りに腕をまわされ、思わず僕は書籍を戻す手を止めた。


「…で、何だろうか」


大佐の声が耳元で囁かれ、またソウルが鳴り始めるのを感じた。


「…は、はい。…さっき話そうとしていた話の続きが聞きたいんですが……」


口は何とか動かせても、作業をしている手は再び動かすことが出来なかった。

…ほんの少し、手が震えているのも分かる。


「うむ、さっきの話だな

少し大事な話になるが、構わないだろうか」


…ぁぁ、どうしよう、だめだ、

何も、集中出来ない……。

僕は我慢出来なくなってしまって、思わず目を瞑ってしまう。


「た、大佐…、

す、少し、近すぎる、です……」


僕はどこか自信なさげな様子になってしまいながら大佐にそう力なく伝えた。

…大佐の、少し鼻で笑う声が聞こえる。

そして、僕の書籍を持ちながら震える手に上から手を重ねて押さえた。


「…Major、

お前が一々そう言う反応を見せるのが良くないんだ」


大佐は僕の腹にまわした大きな手を口元へと運び、

下から両頬を親指と中指で摘んだ。

…ドキドキして仕方ない。僕はついほんの僅か声を漏らしてしまう。


「…ぅ…、でも、大佐……」

「ふふ、気にするな。少し揶揄っただけだ」


大佐はまたそう耳元で囁くと、僕の手に持たれて本棚に入れかけたまま動かなかった書籍を、

手伝うようにして一緒に隙間の奥へと差し込んだ。

そして、そっと僕の元から離れ、机の方へと移動して行った。


「…先程の話だ

そろそろNavy軍との対戦を受けようと思っている

もう近いうちになりそうなのだが、打ち合わせの方は問題なかっただろうか」


大佐は椅子に座ると、書類の整理をし始めた。

…まだ気持ちが治まっていない僕は、少し思考停止して固まったままでいてしまう。

が、何とか最後の一冊を本棚の隙間に入れ、大佐に返事をする。


「は、はい、問題ないかと思われます…

大体いつ頃になるのでしょうか…、」

「明明後日の予定だ。また随時確認してもらえるだろうか」

「…はい、分かりました」


何とか大佐に返事をし、また本棚の方に向き直った。

……本当に、ソウルに悪い…。

まだまだ慣れるまで時間がかかりそうだ……。

—————————————————————————

私は、書類の整理をしながらMajorの様子を横目で見ていた。

…こうして見ているだけでも、気持ちを落ち着かせる為に必死なのが良く分かる。

…実に可愛らしくて、揶揄い甲斐のあるものだ。

昨日関係が結ばれたばかりであって、私自身もこんなに距離を詰めてしまっては返って不愉快にさせないか心配なのは決まっている。

が、それよりも、Majorの反応が見ていて堪らなくて、

つい、意地悪をしたい気持ちになってしまう。

本人自身も嫌がっている訳ではないようで、むしろ嬉しいと感じてくれてはいるらしいが……。

一々あのような反応をされてしまっては、私も我慢が出来なくなってしまう。

少し近付くだけであんなに反応を見せてくれるとは。

ずっとずっと長い間我慢をしてきていたが、

自分の中でも、やはりやっと距離を縮めてもおかしくない関係だと自覚をしてしまった以上は、

中々に反応を見たがる身体を止められない。

…Majorはそんな私に、毎度のように可愛らしい反応を見せてくれていた。

私は書類の整理を一通り終わらせると、机に頬杖をついてMajorの様子を見ていた。

…だがまあ、しかし、

本当に可愛らしく、面白い反応を見せてくれるものだ。

流石に控えておくかと思いつつも、やめられない。

もっと、彼のことが知りたくなってしまい、つい手が伸びてしまう。

…自分でも、あまり良くないことだと自覚はしている。

なるべく、抑えなければならないと、上司であるからこそ控えなければならないことだと。

…しかして、どうしてこうも自分すら制御出来なくなってしまう。

まるで私が、彼に狂わされているようだ。

そんなことを考えながらMajorをぼんやりと見ていると、

Majorは、本棚の上の方に手を伸ばし、つま先立ちをしていた。

…、…取り出したい本に、届かないのだろうか。

私はその様子を少し見ていた後、仕方なく席を立ち、

Majorの後ろに立つ。

そして、私はMajorの身長を上回り、取りたがっている本を上からそっと取り出してやった。


「ぁ、ありがとう、ございます」

「気にするな

届かないのなら椅子など自由に使ってくれ」


私はMajorにその本を渡した。

…すると、部屋のドアを誰かにノックされ、その音が響いた。


「…入れ」


私は椅子の方に移動しながらドアに向かって返事をする。

やがてドアが開き、中にノックの主が入って来る。

…部屋に入って来たのは、少し前に入隊して来たBraveだった。


「失礼致します。頼まれた書籍をお持ちしました」

「…あっ、ありがとう。凄く助かるよ」


MajorはBraveに話しかけると、自然な笑みを溢した。

BraveはMajorの隣に移動し、一緒に書籍を仕舞い始める。

…私はあまりそちらに視線を送りすぎて緊張感を与えないよう、次の書類の整理に移った。


「…最近どう?もう此処の軍には慣れた?」

「はい、それはとても…

皆さん本当にとても親切で、温かくて、沢山沢山助けられています

以前までは荒れていた精神も、今では安定しているように感じられているんです

…でも、今朝朝礼で近いうちに母軍へ戦いを挑むとの話を聞いて、

少し、不安が募りました」

「…それはやっぱり、自分は元々向こうの軍に所属していたから?」

「はい、それもありますし……、

当日彼らと再び顔を合わせて、どんなことを言われるか気が気でならないんです

気にしないようにはしていますが、その…やはり、少し恐怖を感じてしまって」


私は書類の整理をしながらも、盗み聞きをするようにMajorとBraveの会話を聞いてしまっていた。

…別に気にしているつもりもないのだが、

何故か、耳をそちらに傾けてしまう。


「…でも、もう向こうの軍に戻る気はないんでしょ?」

「はい、これっぽっちも。向こうで過ごしている間は本当に辛い毎日だったので……、妻と息子にも沢山迷惑をかけてしまって…

…、大変、だったんです」

「そうだよね、大変だったんだよね…

話を聞いた感じだとやっぱり相当悪質みたいだし…

実際こうをもさせてしまった隊員のことも、理解してあげる気すらないみたい…

でも、訓練を見ている感じだとBraveはもう既に強い力の持ち主みたいだから。大丈夫だと思うよ」

「……?」

「僕達の軍は、自分の身や目の前の相手を倒すことだけでなくて、しっかりと味方の命も守られるように訓練を受けさせているんだ

僕自身は実はまだ実戦を体験したこと体験したことがないんだけど、

今までもあまり怪我人を出さずに、全員無事生還出来るようなことが出来ているらしいよ

僕達の軍の隊員はその上実力も本当に高いから、互いにそれらが補えてるみたい。ほんと、皆んな凄いよね

…だからね、大丈夫だよ。そんなに心配しなくても

いざと言う時は僕も守ってあげるから

もしかしたらBraveは特別狙われやすくなっちゃうのかもしれないけど、

もう絶対に、苦しい思いさせたりしたくないから」


…そんな会話を聞いていると、気付けば私の手は動きを止めていた。

どうやら二人の会話を聞く方が夢中になってしまっていたらしい。

Braveもまだ入隊して来て然程時間も経っていないが、既に環境にも馴染め、雰囲気も気に入って頂けたようで何よりだった。

隊員達とも上手くやれているようで、安心だって出来た。

……その筈、なのに、

この微小な胸騒ぎは何なのだろうか。

初めてな感覚の気がする。

……、

…まさか、私は、


「…はい、ありがとうございます

とても、心強いです」


…彼に、嫉妬しているのだろうか。

…だとしても、そうなる理由は何なんだ。

単にMajorがBraveと会話をしているからか?

Majorが近い距離でBraveと話しているからか?

…それとも、私とMajorの二人きりの時間を、邪魔されてしまったからか……?


「…少佐は、とても親切です

俺も頑張ります。精一杯精進して参りますので、何卒見守って下さると幸いです」

「…えへへ、そうでもないよ

でもありがとう、一緒に頑張ろうね」


…こんな、こんな気持ちを持っているようでは駄目だ。

それに、まだMajorとの関係も出来上がって間もない。こんな感情を持つのにはあまりに早すぎて、宜しくない。

……絶対に、良くない。

MajorもBraveも、何も悪くないのだ。互いに悪気なんてなく、特に変わりのないままの会話をしているだけだ。

…私が、勝手に嫉妬をすることなど……。

…嫉妬することで時に相手も自分も傷付ける可能性があることは知っている。

なるべく、そうはさせたくないものだ。

私も自分自身の気持ちの制御を上手く出来ない時がある。

…私が、状況を理解出来る立場に居なくては。

私自身も、まだこの環境に慣れていなさすぎる。

早いところ、自分の気持ちが制御出来るようになりたいものだ。

私から嫌われるようなきっかけを作ってしまっては意味がない。

…私も、気を引き締めて行かなければ。

私は頭の中でそんなようなことを考えながらも気を取り直し、

再び書類の整理に戻っていった。

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