XII

「だからさ〜アタックしろって!早くしないと他の人に取られちまうぞ!」

「ナースの子達だって大佐のこと大好きなんだから、ほんと早くしないと取られちゃうかもよー」


僕は食堂の受付で、アミ姐とFaithfulさんで話していた。

いつのFaithfulさんはアミ姐に僕が大佐のことを好きな話を言い振らされていて、二人に話を煽られるようになってしまった。

…彼曰くアミ姐だから話したとの話だが、まさか勝手に言われてしまうとは思っていなかった。

挙げ句の果てこんなに大声で煽られてしまうだなんて…、恥ずかしいにも程があるし、最悪他の隊員にもバレてしまう…。


「ぅ、わ、分かりました、から…っ

分かりましたから…もう少し小さい声で話して下さい…」


僕は溜まらず顔を赤くしながら俯いた。

もしこれで大佐に聞かれたりでもしたら、僕は一体どうすればいいんだ…。


「んーしかしねー、Majorくんの押しの弱さにはちょっと勿体無さがあるよね

ほんと、早いところColonelにも振り向いてくれるようにしないと」

「で、でも、もう何度か二人きりの時間を作ってみたりもしましたし、その時に少し距離が縮まるような会話もしましたし…

…僕自身も、もう大分距離は縮まった筈だと思っているんですけれど…、」


二人は僕の様子を見て考えるような仕草を見せた。

…もう大分大佐と話すのも慣れてきたと思っているところだ。

大佐から話しかけてくれたりする機会も増えた気もしている。

…、

これ以上距離を詰めようとしたら、今度こそ本当に怪しまれないか心配だ。


「てかさ、大佐がそこまで気許してくれてるならもう割と十分なのもあるくね?

あたしも時々大佐の様子とか見てみたりしてるけど、

やっぱりMajorのこと話す時はいつも楽しそうに話してるぞ

良く言ってるのはやっぱり、「世話になっている」だとか、「今後の活躍に期待したい」とかだな…」

「忘れちゃダメだよ、「最近私に気を遣わずに話してくれるようになった」とか言って嬉しそうにしてたこと

Colonel、やっぱMajorくんと仲良く出来るの嬉しいんだね〜

ほら、あともうちょっとじゃない?もう一踏ん張り、だね」


…何に対してのもう一踏ん張りなんだ……。

Faithfulさんは元気付けるような笑顔で僕に言う。

それにしても、Faithfulさんもアミ姐も僕のことを相当応援してくれているようだ。

僕は考え事をする為に少し手元を見る。

……、


「…Majorさ、

もう大佐に告白しちゃいなよ」


僕は驚いてアミ姐の顔を見た。


「え、そんな急に」

「急にじゃないよ、もうそろそろ急がないといけないんじゃない?

あはは、Majorくん、Colonelのこと大好きなのに早く側に置きたいとかそう言う気持ちはないの?」


Faithfulさんは笑いながら僕の顔を覗き込むように訊いた。

…大佐には、僕の側にいて欲しいし、むしろ今置かれてる立場が一番大佐と近い距離で居られる気もする、けど…。

誕生日の日に機会を逃して以来、やっぱりもっと距離近付けたい気持ちもあるけど…、

…でもやっぱりそうするのにはまだ不安があると言うか、結局大佐は上司でこんな僕の行動が許されるかだなんて…、


「…Faithfulさん、そんなに言うんでしたら大佐の心も読んで来てみて下さいよ…」

「ん?え?何の話?」


僕はFaithfulさんをジト目で少し睨みながらそう言ってみるが、

…?何をそんなに疑問を持って…?

Faithfulさん、前確か自分も心読めるみたいなこと言ってなかったっけ……?


「…。…あーっ、あれね

あれ冗談だよ、あはは、俺嘘ついたままになってたね

ああ言ったらMajorくんの反応でどう思ってるか分かると思っただけだよ

あの時は何か朝様子見てる感じでもColonelの部屋から出る度に様子がおかしかったし、Colonelが関係してるかなーって思ったんだけど

もし違ったらちゃんと否定してくれると思ったから。そしたらまさかのーって感じ」


Faithfulさんは僕にヘラヘラと笑って言って見せた。

…そっか、なんだ、冗談だったのか…。

じゃあ、僕はまんまとFaithfulさんの罠にかけられたってことか…。

…でも、

そしたらやっぱり、僕が自分の口で言わなきゃいけなくなる…。

これでもしいざ話した時に大佐の気持ちが全然違って、嫌われたりするきっかけになったりしたら、

…もう、どうやって此処に居ればいいか分からない。

僕の今の居場所は此処しかないから、もし本当に大佐を不愉快にさせてしまったり、気持ちを理解してもらえなかったりしたら……。

…僕は怖くなってしまって、落ち込んだような顔で俯いてしまう。


「…、大丈夫。もしこれからColonelがMajorくんを悲しませるようなこと言ったら、俺が叱っといてあげるから

伝え方は色々ある中で相手を傷付けることは普通に良くないことだし、やっぱりMajorくんのこと知ってる人が説明してあげないといけない気もするしね

でも、まずまずそんなこと起こらないと思うけどなあ、Colonelの話だし

断られたりするのは怖いかもしれないけど、もしそうなったとしてもきっと上手に返事をくれると思うよ

…ま、どうかな

結局は言ってみないと分からないけどね」


Faithfulさんは結局僕に行動を促すような言い方をしてまた僕に微笑んだ。

…やっぱり、僕が自分で言わないとダメなのかな…。

…。

……でも、そうだ。

僕の気持ちだから、僕が自分でしっかりと大佐に気持ちを伝えないと。

ここはまず、僕がどんな返事をもらっても大丈夫で居られるように勇気を出して覚悟をしておかなければならない。

………、

怖い気持ちで一杯だけど、二人共こんなに応援してくれてるし、力になろうともしてくれてる。

僕の気持ちが今更変わることもないし、ここで引き下がる訳にもいかない。

…頑張らないと。

大佐に伝える時も、上手に説明した上で言うのと何も意識していないのとでは受け取り方が大分変わってくる。

色々考えてから、大佐に伝えてみよう。

…考え直しても、緊張するけど。

でも、僕のこの気持ちが冷めてしまう前に、

やはり、大佐本人に、僕の口から伝えるべきだと思った。




僕はあれから食堂を去り、ずっと大佐に気持ちを伝える思いで頭を一杯にしながら廊下を歩いていた。

足は確かに動いていて考え事もしているのに頭は真っ白で、顔が熱くて、

ソウルが大きな音を立てながら動いているのを全身で感じていた。

僕は、本当にもう大佐に告白していいのだろうか。

…、本当に、出来るのだろうか。

もはやよく意味が分からない質問を自分に投げかけていた。

……僕、本当に、上手く大佐に告白、出来るのかな…?

僕は階段を登り、その角を曲がろうとする。


「っわ、」


その瞬間、僕は身体の大きな誰かとぶつかってしまい、つい声を上げてしまう。

…考え事をしすぎて、前が良く見えていなかったのだろうか…。


「すまない。…大丈夫か」


声のした方に顔を上げる。

…そこに立っていたのは大佐だった。

大佐は、僕とぶつかる際にしっかりと身体を支えてくれていたようだ。

僕はそんな大佐から一歩退き、ついそのまま口を開いてしまう。


「っあ、あの…っ!」


ほぼ勝手に口からその言葉が溢れたのを自分で自覚し、俯いてしまう。

ぜ、絶対今じゃ、ない…。

完全にタイミングを間違えている。

で、でも、もうこうして口に出してしまったら今更「何でもない」なんて言ったら…っ。

目を合わせて話そうとはしたが、どうしても頭を上げられないままでいた。


「…、どうしたんだ」


大佐は少し心配するように、僕の顔を覗き込もうとする。

自然と顔を逸らしてしまうが、

…僕はやっと、大佐に向かって話をし始めようと思って顔を上げる。

……が、

今僕はこのタイミングで、

あることを思い出してしまった。

…。

…大佐には、かつて恋人がいた。

今は亡き人だが、大佐はきっと、今でも彼女のことをずっと愛しているのだろうと、

そう、思ってしまった。

…もしも、そうだとしたら、僕はとてもじゃないが気持ちを伝えることなど出来ない。

……伝える、権利がない。

それもそうであって、やはり僕達は同性だ。

そもそも共感を生みにくいことなんだ。

元々異性の恋人を持っていた大佐から、同性愛を共感出来るような様子は見られない。

………、

…やっぱり、ダメ、だ。


「ッ、っ…す、すみません…っ」


僕は大佐の顔も見られないまま口からそう溢し、

顔を逸らしたまま大佐を横切ってその場を去ろうとした。

…が、


「っ、!」


大佐に、腕を掴んで止められた。

まさかそんな止められ方をされるだなんて思っていなくて、僕は驚いて大佐の方に振り返る。

…僕は、そんな大佐の表情を、

目を、見つめ返した。

……、大佐は、今までにない程真剣な表情をしているように見えた。

それも、困っているような、悲しんでいるような、

そんな、複雑な表情をしていた。


「…どう、したんですか……?」


僕は上手く声が出ないままそう大佐に訊いた。

…、けど、

大佐は表情を変えないまま目を逸らし、

やがて俯いてしまう。


「……すまない

…、もう行け」


すると、大佐はそっと僕の腕を離し、

大佐の方が先に僕を横切って去って行ってしまった。


「た、大佐……」


僕は呼び止めようとしたが、その声は消え掛かっているように口から溢れ、大佐を引き止めることは出来なかった。

僕は立ち尽くしたまま、去って行く大佐の背中を見つめる。

…、何だったん、だろう。

さっきのあの大佐の表情が、頭から離れなくなっていた。

……何を思っている表情だったのだろうか。

何だか、今までに見たことのないような、

そんな表情…、

…。

…何なら、僕よりも大佐の方が動揺してしまっている様子までも見られた。

…一体、大佐は何を考えていたんだろう。

—————————————————————————

深夜、僕は就寝した後、

手洗いへ行きたくなってしまって目を覚ました。

いつもは寝る前にトイレに行くようにしていたからこんなことにはならなかったのに、

今回ばかりは、大佐のこともあって忘れてしまっていたようだ。

…明日の朝もそんなに遅くない。しっかりと睡眠を取れるようにしないと。

僕はまだ眠いままの目を擦りながら、でもしっかりと身体を動かすようにして布団から出て、手洗い場まで向かった。

ドアを出て、しょぼしょぼした目で前を向きながら廊下を歩く。

僕は足音があまり鳴らない歩き方をする為、その場だけでも特に静寂な状況を感じられていた。

手洗い場付近まで到着し、その角を曲がろうとする。

…すると、僕は人の気配を感じて足を止めた。

…?

僕は陰からそっちの方を覗く。

…誰かが、鏡に向かって立ち、洗面所に手をついているのが確認出来た。

……、誰…?

僕は目を凝らしてその場から顔を確認しようとしてみる。

…、その人の顔が見えて、僕は顔を顰めた。

鏡の前に立っている人は、

大佐だった。

大佐も手洗いの為に起きたのかと思ったが、

…様子を見ている感じだと、どうやらそのようでもないらしい。

大佐は、その体勢のままじっと動かなかった。

こんな時間に、こんな場所で一体どうしたと言うんだろう…。

僕はしばらくその場から大佐の様子を窺っていた。


カチッ


すると、時計の分針が動き、部屋の中で音を立てた。

ふと、時計の方に顔を向ける。

時刻は三時三十三分を回っていた。

もうこんな時間。早くベッドに戻らないとな…。

僕がそんなようなことをぼんやりと考えていたその時、

今まで動かないままでいた大佐が動き始めた。

…大佐は、鏡にしっかりと向き直り、

その鏡に向かって、手を伸ばし始めた。

……何、してるんだろう。

僕は、吸い込まれるようにその様子を見続ける。

…、…すると、

大佐の指が鏡の表面に触れたと思いきや、

大佐の手は、そのまま水に浸すように鏡の中に沈んでいった。

…??

僕は夢でも見ているのだろうか、一体何が起こって…?

……。

…そう言えば、

あることを思い出した。

深夜の三時三十三分、三の数字が並ぶ時刻になった時、

鏡の前に立っているとその中に吸い込まれるだとか…。

実際に吸い込まれてはいないが、大佐がこの時間になって動き始めたのと、実際に今その中に入れそうな状況であることは間違いなく関係があると感じ取れた。

迷言だと思っていたのに…、本当のことだったなんて…。

そう思っている間に、

大佐は洗面所に足をかけ、身体を乗り出し、

そのまま中に入って行ってしまった。

っ、え!えっ、

大佐、中に入って行っちゃった…!

僕は大佐が入って行った後、すぐにその鏡に駆け寄った。

ど、どうしよう、大丈夫、なのかな…??

僕はきょろきょろと周りの様子を焦って確認した後、

またその鏡に顔の向きを戻した。

…あと二十秒で三時三十三分が終わってしまう。

は、早くしないと…っ。

僕は曖昧な判断のまま洗面所に身体を乗り出し、鏡に向かって手を伸ばす。


「ぅ、わっ!」


が、バランスを崩し、そのまま頭から鏡の中へと落ちて行ってしまった。




鏡の中へと落ちた僕はそのまま身体を地面に打ち付けられる。

結構な痛みに悶えながら、少しの間その場でもがいた。

…段々と痛みが消えてきて、僕は身体を押さえながらその場にゆっくりと立つ。

身体を動かし、周りを見渡してみる。

…そこには、鏡で見た状態のままの世界が広がっていた。

僕達が普段住んでいる場所とは、物や壁などの位置が全て逆に置かれていたのだった。

鏡の世界が、まさか本当にあっただなんて…。

僕は見たことのない不思議な光景に言葉を失う。

…、って、違う。

僕は大佐を追いに来たんだった。

…と言うか、トイレ……、

…は、もう、突然な出来事が起こったせいで気持ちが治まってしまっていた。

それよりもこの世界に関して興味が湧き、

何より大佐が此処の何処に行ったのかが気がかりだった。

僕は手洗い場から出て、廊下に出てみる。

…、外が明るい。

まるで昼間だ。

僕は咄嗟に時計を探し、時刻を確認してみる。

…、時刻は三時三十五分。さっきより二分経った状態だ。

時間は、変わってない……?

…。

…いや、

これはきっと、午前と午後が逆になっているんだ。

だから、今はこっちの世界では午後の三時半頃…、と言うことになるのだろうか。

……正直、初めての環境の中一人で歩き回るのは恐怖を伴うが、

でも、大佐を探さないと…。

僕は恐る恐る足を動かしながら廊下を歩いた。

…と言うか、僕は本当に此処に来て良かったのだろうか。

無事に、元の世界に帰れるのだろうか…。

鏡の世界に関して良く知らないし、何なら帰り方も全然知らない。

勢いと曖昧な考えのままこんなことするんじゃなかったかも…。

顔色を悪くしているのが、自分でも自覚出来た。


「おいお前、そこで何をしている」


突然張った声で背後から話しかけられ、僕は声も出せないままその場に立ち止まった。

恐れを成した顔のまま、頭だけ後ろに振り返ってそっと確認してみる。

……、…ん?…あれ、


「…、俺か……?」


僕と、全く同じ顔をした人がそこに立っていた。

…な、何が起こってるの……。

僕は身体ごとそちらに向け、もう一度目を凝らして確認してみたが、

…それでも、紛れもなく、そこに立っているのは僕だった。

…、でも、どこか雰囲気が僕とは違って、

少し、凛々しい……?

それにとで冷静で、しっかりしているような雰囲気…。


「…。あぁ、鏡の中の俺か」


その人は強ばらせていた表情をすっと緩め、

理解がついたような様子で身体の力を抜いた。

……、鏡の中に住んでる、僕…?

僕は上手く返事もしないまま口籠もってしまう。


「え、えっと…、」

「それは失礼した

お前に会うのは今日が初めてだな、宜しく頼む」


そう言って普通に僕に近寄り、手を取って握手してくる。

…、なんか、物凄く“出来る人”って感じ…。

鏡の世界の中の僕…、こんなにしっかり出来る人だったんだ…。

僕は曖昧な気持ちのまま、その手を握り返す。


「…それで、今日は何故此処へ?」

「…え、えっと…、大佐…、

僕が住んでる世界の大佐が、今こっちの世界に来てると思うんですけど…、

…追って来てしまって、結局何処に居るか分からなくて…」


僕は上手く頭が回らないまま何とか鏡の中の僕にそう伝えた。


「ああ、それなら丁度さっき来ていて会ったばかりだ

確か、Jessieに会いに来たと言っていたな」


…Jessie、って…、

…大佐の、元恋人さんだ。

……でも何で…?

既に、亡くなった筈なんじゃ……、


「…ん?その顔、まさか此処の仕組みを分かっていない?

…、うむ、そうだな

今後の為にも知っておくといいだろう、今説明しておく

そっちの世界で亡くなった人は、こっちのmirrorで形を留めておくことが出来るようになるんだ

動いている姿を見ることも出来れば会話も出来るが、

此処にあるのは身体の存在のみで、魂はそっちに残ったままだ

何かしら思い残したことがあれば此処に身体の存在を残しておくことが出来る

Colonelのように存在に用があれば会いに来ることだって出来るが、魂は此処にはない状態なんだ」


…初耳、だし、

突然難しい話をされてしまい、少し頭が混乱してしまう。

…でも、何となく状況は理解出来た気がする。

つまり、大佐は元恋人さんのJessieさんに会う為に此処に来た、と。

…でも、何で、なんだろう。

今までにそんな様子見たこともなかったし、話も聞いていなかった。


「そっちの大佐の所に行きたいのならば案内する

着いて来てくれ」


鏡の中の僕は、僕の手を引いてそこに連れて行こうとした。


「あっ、えっ、と……、ち、違くて…、」

「?どう言うことだ」

「た、大佐が何で此処に来たのか知りたかっただけだから、別に大佐に直接会いたい訳じゃなくて…、

大佐が何をしに此処に来たのか知れたからもう……」

「…、もう?」


鏡の中の僕は、静かに僕の返事を待ってくれた。

…けど、それ以上言葉が出ず、口籠もってしまう。

着いて来たってバレたら、もしかしたら叱られてしまうかもしれない…。

…でも、帰り方も知らない……。

……、

鏡の中の僕は、考えるような仕草を見せた。


「…、鏡の中の俺、

つまりお前は、あまり隠し事が得意ではないと聞く

きっと今言ったこと以外にも、他に理由があるんじゃないか?」


…、でも、

きっと大佐のことだから、このままバレずに帰ろうとしても、きっとバレてしまうものなのだろう。

何も出来ないのに無断で着いて来てしまったのは僕自身の責任だ。

もし叱られるなら、その時はしっかり反省しよう…。


「…う、うん。大丈夫…

じゃあ、大佐の用が済むまで待ってることにします」

「そうだな、それでもいいだろう

まあとにかく、廊下のど真ん中に居るよりかは部屋の中に居た方が————」


すると突然、僕の顔を見て離していた鏡の中の僕が、

突然僕の背後に向かって姿勢の整った敬礼をし始めた。

…僕の後ろに誰かいるようだ。

それを確認する為に、僕も振り返った。


「あれ!え、君ってもしかして、鏡の中のMajor?

すげーっ、俺とこうして会うのって何気今回が初めてだよね?

俺、鏡の中のColonelだから!宜しく〜」

「…大佐、もう少し声を小さくして下さい」


鏡の中の僕は、その人に向かってジト目で視線を向けながら冷静に話した。

…??喋っているのは、

…大、佐……?

でも隣にも、

…大佐…?

???


「…Major、此処で何をしているんだ…?」


隣の大佐が僕にそう話しかけた。

…馴染みのある雰囲気だった。

……良く見たら、二人とも目の色が左右で逆になっている。

…じゃあ、今僕に話しかけてくれた方の大佐が、僕の大佐だ。

やっと理解出来た今でもまた混乱してしまいそうで、ずっと顰めたような表情のままになってしまう。

…僕は、そんな大佐に正直なことを話した。


「…、大佐が鏡の中に入るのを見てしまって、

大佐が何をしに行くのかが気になってしいました…

すみません……」


僕は謝罪の意味も込めて、俯きながら大佐にそう伝えた。

…大佐は、そんな僕を見たまま少しの間黙り込む。


「…、そうか。…気にするな

丁度此処での用は済んで、帰ろうとしていたところだ

もう行くぞ、明日も朝早いだろう」


実際、大佐が何故元恋人さんと話をしに来たのかは分からなかったし、聞くのも失礼かも知れないから訊けることはないのだが、

…でも、何か大変なことが起こった訳ではなくて安心出来た。


「…えっとー、何か気まずい感じになってない?大丈夫?」

「心配は要らない。お前には関係のないことだ」

「えぇちょっと、そんな言われ方されたら気になるじゃんね?」

「こちらの話だと言っているだろう

…お前達の世界とは違って、私達の世界はとっくに深夜を回っているんだ。早く帰らねばならない」

「あはは、ごめんて。ちゃんと知ってるよ

さ、早く行きなよ。また遊びに来てねぇ〜」

「そっちのMajor、また会えるのを楽しみにしているぞ

俺達はいつでもお前達が来るのを歓迎するからな」


僕は大佐に連れられ、そっと会釈しながら、

その時は一旦その場を後にした。




…何だか、優しい人達だったなあ。

何も怖いこともなくて本当に良かった。

結局帰り道も全然難しくなかったし、

時間は関係なく、また来た道を戻ればいいだけの話だったようだ。

うん、もう事も済んだことだし、明日も早いんだ。

早く寝ないと。

僕は大佐と分かれて、先に自分の部屋に入ろうとする。


「Major、」


部屋に入ろうとしたその時、

大佐に呼び止められ、僕は背後に顔を向けた。


「…Major、昼頃、お前は何が言いたいことがあったのだろう

一体何の話だったんだ?」


僕は大佐の話を聞くと、黙ってその場に俯いてしまう。

……。

伝えたいことは確かにあった。…でも、

…いや、もう、

…もう、いいんだ。

とにかく今は、もう少し考える時間が必要で、

まだ頭の整理が出来ていないまま話せるようなことじゃない。

…それに、

大佐の気持ちも、あるから。

僕の気持ちだけで、どうにかなるような話じゃない。


「…何でもないですよ、もう大丈夫です

…、」


その後にまた何か付け足そうとしたが、

何も思い付かず、また黙り込んでしまった。

僕はまた、地面に俯いてしまう。


「…、そうか

なら早くまたベッドに戻れ。こんな時間に目が覚めてしまったのだから、余計に睡眠を取らなければならない」


大佐はキッパリとそう言い、僕を横切って行ってしまう。

…そんな、そんなに素気なく言われてしまうと、

気まずくなって、


「っ、…っま、待って、下さい…っ!」


背中を向けて、既に距離が離れた場所に居る大佐に向かって、

僕はつい大声で呼び止めてしまう。

…大佐は、また僕に振り返ってくれた。

…呼び止めて、しまった。

…でも、もう、ここまできたなら……っっ。


「…何だろうか」

「……っぼ、僕…っ、」


気付けば息が切れていて、胸が苦しくて、ソウルの辺りを手で押さえる。

顔が熱い。身体が震えて声さえもしっかりと発せられない。

…そして、

涙が溢れそうだ。

こんなに苦しい思いばかりするのなら、こんなに苦しむままでいるのなら、

さっさと、自分や気持ちを吐き出して、スッキリしてしまえばいい。

こんなに、苦しいのは、苦しいのは。

いつまでも、苦しいままでいるのは…っ、


「っっ……っす、

好き、なん、です……っ!!

大佐の、こと、が………!」


…僕の目からは、大量の涙が溢れ出した。

…。

もう、嫌なんだ。

いっそ、楽になってしまいたい。せめて気持ちを伝えて、大佐に僕の気持ちを知ってもらいたい。

我慢しなくてはならないことだと分かっていながらも、

心の奥底では、そう感じてしまっていたことだった。

今のことを言い切っただけでも、

人生の中の全力を使い切ったと言っていい程苦しかった。

僕はずっと身体が落ち着かないまま深く俯き、強く目を瞑っていた。

大佐の顔なんて、とてもじゃないが見ることが出来なかった。

…ずっと、ずっとずっと、苦しかった。

でも、もうこれでいいんだ。良かったんだ。

言いたいことを、しっかり伝えられたんだ。

もう、吐き出せずに苦しむことはなくなる…。

自分を締め付けていた何かが解け、身体が軽くなった気がして、酷く力が抜けて。

それでも胸は物凄く痛いままで、

恥ずかしくて、今すぐに、消えてしまいたいと思う程だった。

ついに、その場に項垂れてその場に座り込もうと、


「、っ…!!」


僕が項垂れそうになる直前、

大佐が僕へ駆け寄り、身体を抱き締めた。

…温かいものが、僕の身体を包み込む。

何もかも理解が追いつかず、頭が真っ白になり、

ただただ口を半分開けて、目を見開いていた。

けど、

ソウルが強く締め付けられる感覚だけは、全身で感じ取れた。


「……やっと、こうすることが出来るのだな」


僕の目元が、

さらに熱く、痛くなっていくのを感じる。


「今までずっと、苦しい思いをさせて本当にすまなかった

…私も、

ずっと前から、お前のことを愛していたんだ」


耳元で囁かられる、大佐の声。

夢なんかじゃない。確かに現実だ、僕は夢なんか見ていない。

それを聞いた刹那、僕の視界は歪んでいき、

大粒の涙が止め度なく溢れ始めた。


「ど、どう、して……っっ」


声に出して喋りたくても、

あまりに泣けてきてしまって、上手く言葉を発せられない。

僕は、僕の身体を今でも包み続けている大佐の温かい身体を強く抱き返した。


「…、

…一目惚れ、してしまった

真面目で、人思いで、いつも私の隣に居てくれて、

…とても、可愛らしいところも

そんなMajorの部分に、

とにかく、惹かれてしまった」


自分の感情をコントロールするのに精一杯で、大佐の言うことに頷きながら、何度も涙を拭った。

ずっとソウルが鳴り続けていて、

ずっとずっと目元が熱くて、痛くて、

胸が酷く締まって苦しいままだった。

僕は声が漏れながら泣くことも抑えられず、大佐の前で深く俯いたままでいた。


「……Major、」


大佐の手が僕の頬に触れ、そっと大佐の顔がある正面へと向かせられる。

そして、大きな手で僕の頬を包んだまま、

今も溢れ続ける涙を拭ってくれた。

…改めて大佐の表情を目で確認する。

大佐は、少し心配したような様子で僕の顔を覗き込んでいた。

今までで、一番近い距離に大佐の顔がそこにあった。

こんなに、大佐の綺麗な目を近くで見たのは初めてだ。

僕はの胸の中は、今まで以上の幸福感で満たされていった。

そう思うと余計に泣けてしまって、僕はまた目を瞑りながら涙を溢し続けた。

…すると、

両頬に大佐の手が優しく添えられたまま、

大佐の顔がゆっくりと僕の顔に近付く。

心の準備が出来ていなかった僕は察しがついてしまい、

つい咄嗟に顔を下に向けてしまう。


「…嫌、か?」


…嫌じゃない、けど……、

きっと酷い顔をしていることだろう、自分の泣き顔をあまり真っ当に晒したくないのもあって、

どうしても恥ずかしい気持ちだけは隠し切れなかった。

…少しの間、僕は黙り込んでしまう。


「…ち、違————」


…が、大佐は少し黙って僕の顔を見つめた後、

僕が返事をする間もなく、

大佐は、僕の口を自分の口で塞いだ。

僕は反射的に目を瞑ってしまう。

とても、とても嬉しい筈なのに、涙はいつまで経っても止まらなかった。

僕は大佐の背にまわしていた腕を移動させ、肩にまわした。

…この上ない、幸せだ。

間違いなく、僕は幸せだった。

僕達は少しの間だけ、そのままキスをし続けた。

…しばらくして大佐の顔と離れ、

それと同時に、閉じていた目もそっと開けた。

…すると僕は、

その目の前で見た大佐の表情に圧巻した。

……大佐が、

自然で、優しい笑みを浮かべていた。

初めて、しっかりと見た大佐の笑顔だった。

そんな笑顔に見惚れるのと同時に、またソウルが強く強く締まるのを感じた。

大佐の手がまた僕の頬に触れ、

また、僕の目から溢れ出た涙を親指で拭ってくれた。


「…本当に、愛おしくて堪らないんだ

私もずっと、我慢していた

早く、Majorにこうして触れたくて、

触り合いたくて堪らなかったんだ」


気付けば僕も笑顔になっていて、返事をするように大佐の顔を見つめ返し続けた。

まだ全てが初めての感情で、感覚で、

恐らくこれは、嬉しくて嬉しくて堪らない気持ちだ。

大佐の顔と僕の顔が引き付けられ、額と額をくっつけられる。

…こうしているだけでも、大佐の温かみを感じられていた。

本当に、本当に幸せで堪らない。

これが本当の幸せなんだと、全身を持って実感する。

とても気持ちのいいものだと感じながら、

僕は自然と笑みを浮かべてそっと目を閉じ、

大佐の温もりにしばらく浸った。

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