「おはようございます」


僕は大佐に朝の挨拶をしていつものように部屋に入った。

大佐は今は書籍の整理をしている途中だった。


「ああ」

「何かお手伝い出来ることはありますか?」

「なら、これを本棚に入れる手伝いをしてくれないか

残りはそこに置いてある」


大佐は机の方に顔を向けてそう示した。

机の上には、まあまあの冊数で積み重なっている書籍が置いてある。


「はい、分かりました」


僕はそう返事をすると、机に置いてある書籍を持てる分だけ手に抱え、本棚の前まで移動した。

…書籍の内容の種類を確認しながら本棚に入れて行く。

順番に、厚い本や、それよりも薄い本を丁寧に手に取り、隙間に差し込んで行く。


「Major、」


背後から声がして返事をして振り返ろうとしたその時、

大佐の手が耳元に置かれ、そのまま距離を詰められる。

僕は壁に追いやられ、本棚と背中をくっつけた。


「…な、何でしょう、か…、」


僕は少し恥ずかしい気持ちで顔を逸らしながら言った。

…そっと、大佐の顔が僕に近付けられる。


「…付き合ってくれるな?」


若干大佐の吐息が耳にかかりながら、その耳元で、その声で囁かれる。

僕の顔が、徐々に熱くなっていくのが分かる。


「…ぇ、えっと……」


僕は恥ずかしさで口籠もり、顔を逸らしたままになってしまう。

…すると、大佐の片手が僕の頬に触れられて正面を向かせられ、

そのまま、口と口を重ねられる。

心の準備が出来ていない僕はそんな大佐の行動に若干声を漏らし、咄嗟に目を瞑ってしまう。

口元を動かされながら、僕は大佐の腕に触れる。

やがて耳元に置かれた大佐の手は、ゆっくりと僕の腰の方へ移動していった。

…そして、大佐の舌が僕の口の中へと入り込み、

僕の舌に触れる。

—————————————————————————

「!」


僕は目を覚まし、勢いをつけて状態を起こした。

…場所は、いつも通り自分の部屋。時刻も丁度いい時間で、まだ朝だ。

……夢?

僕は周りを見渡した視線を正面に下ろし、手元を見つめる。

…夢、だったのだろうか。

……やけにリアルで、何だか感覚も覚えてしまっているような気分に陥ってしまう。

僕は寝起きのまま回らない思考でぐるぐると考えた。

…リアル、だった。感覚や、見えているもの全ても。

何だったんだろう。僕に触れた大佐の手の感覚や、距離の近付いた大佐の様子など、

妙に、鮮明に記憶に残っている。

…何で、あんな夢見たんだろう……。

思い出すと、僕のソウルが徐々に強く脈打ち始め、顔が赤くなっていくのが分かる。

……、でも、夢、だったんだ。

夢なんて、非現実的なもので、意識すらしていない出来事が起きるような空間だ。

少佐になって、大佐とあんなに長い間交流をしていれば、こう言ったおかしな夢を見てしまうのもあり得ないことでは、ない。…、

…けど、別に大佐に恋心を抱いていて、こんなにソウルが鳴っている訳でもないだろうし、

そもそも大佐は同性だ。

それなのもそうだし、友人関係でもなければ自分と近しい存在と言える訳でもなく、

大佐は、あくまでもただの上司だ。

…なのに僕がそうなることもあり得ないし、大佐がそうなるとも思えない。

……到底、想像出来ない。

…でも、やっぱり何故だか本当に鮮明に思い出されて、

近付いた大佐の顔や、表情や、目の輝きが、

実際に見た訳でもないのに、酷く頭に焼き付いていた。

ソウルが強く、早く鳴っていて、居ても立っても居られない気分になってしまう。

僕の、掛け布団を掴む手の力が強くなっているのを感じる。

…いや、あまり強く思い留めることではない、かな。

夢だったんだから、そんなに考え込む必要もない。

僕は夢のことを忘れようとするように布団から出て、着替えをし始めた。




僕はノックをした際の大佐の返事を聞いた後、いつものようにそっと中に入った。


「…起きたのか」


僕は大佐の部屋に入り、ドアを閉める。

………あぁ、何だか、

物凄く、変に緊張してしまう……。

夢の中だとは言えあんな大佐を覚えていてしまっては、

こちらが恥ずかしくなって、気まずく思えてしまう。

別に、ただの夢だったはずなのに、

全然、忘れられない。勝手に、夢で見た景色が頭の中で映し出される。

無駄に意識しすぎて、ソウルがまた強くなり始めたのを感じ始めた。


「…おい、どうした」

「っえ、あ、はい」


頭が真っ白の状態で突然話しかけられ、僕はつい間抜けな返事をしてしまう。

…どうしよう、頭が回らない。

余計なことばかり考えてしまって、目の前のことに集中出来ない…。


「まあ一度言うぞ、

書類をいつもの部屋に置いて来て欲しいのだが、頼めるだろうか」

「はい、資料室、ですね」


僕は何とか大佐に返事をし、やっと机に近寄って差し出された書類を受け取った。

…ダメだ、やっぱり忘れたくても忘れられないし、考えたくなくてもどうしても頭に浮かんできてしまう。

……本当に、集中出来ない。

とりあえず、早くこの部屋を出た方がいいのかもしれない。

このままだと、大佐にも迷惑をかけてしまって更に良くないことになってしまう可能性がある。

少し焦って急いで部屋を出て行こうとするのを、隠し切れていないことが自分でも分かる程だった。


「おい」


突然呼び止められ、僕は声も出せないまま驚いたように身体を反応させてその場に立ち止まる。


「…それを運び終わったら、これもお願い出来ないか

また別の書類で運ぶ場所も違う

詳しいことは、此処に帰って来てからまた伝えさせてくれ」


大佐は書類を書きながら僕にそう伝えた。

…これだけでも、酷く自分が驚いていたことを自覚出来た。

僕は軽く返事をすると、小走り気味で大佐の部屋を後にした。

頭をぐるぐるさせながら、基地の廊下を歩いて移動する。

おかしい、おかしい。何でこんなに意識してしまう?

ただの夢の筈なんだ。何でこんな過剰に考えてしまっているんだろう?

何も考えなくていいのに、気にする必要なんてないのに。

…何でこんなに、引っ掛かっているように…、

……、




二回目の資料も置き終わり、僕は大佐の部屋戻る為に階段を登っていた。

結局今までもずっと夢のことで頭が一杯で、気持ちが落ち着くこともなく仕事を終わらせてしまった。

…このまま大佐の部屋に帰って、顔すら合わせられなくなっちゃったら本当にどうしよう……。

僕は大佐の部屋のドアノブに手を掛けようとした。


「っ、!」


僕がドアノブに手をかけた瞬間、丁度中から大佐がドアを開け、僕と鉢合わせになってしまった。

僕は咄嗟に大佐と顔が合わないように顔を下に向けてしまう。

大佐も、突然僕と鉢合わせたことによって足を止めた。


「し、失礼します…」


僕は何とか絞り出した言葉を口に出し、大佐の横から顔を見ないようにして先に大佐の部屋に入って行った。

…ああ、どうしよう、また変な態度取っちゃ————


「Major」


大佐に声をかけられて、また僕はソウルを跳ね上がらせて足を止めた。


「……何か、あったのか?」


大佐は僕の様子を伺うようにそう訊いた。

…勿論何もない訳じゃ、ない、けど……。

…でも、こんなこと言える訳…っ、

あ、あまり色々考えてると大佐に心読まれちゃう…!


「何も、ないですよ

ご心配をおかけしてしまってすみません、」


僕は何とか表情を作り、大佐に向き直ってそう返事をした。

…こうしていられるのも、長くは持たなさそう…。


「…、そうか」


大佐はしばらく僕の顔を見た後、そう言って部屋を出て行った。

…大佐が出て行ったのを確認すると、僕は身体の力を抜いて、大佐の机の近くにある椅子に座った。

……危ない、ところだった。

こんなこと、大佐に言える訳ない。

直接相談するのも違うし、…絶対に違うし、

どうしてこんな態度になってしまうかも正直な理由を伝えるだなんて、そんなこと出来る訳ない。

僕は座ったまま椅子の上に膝を立て、そこに顔を伏せた。

…ありもしないことなのに、そもそも恥ずかしすぎて、絶対に、こんなこと言える訳ない。

…こんなこと、気にしていたら、

もう、本当に大佐とも顔を合わせられなくなってしまう。

…、

そんなの、ダメだ…。

完全に僕の私情だし、大佐は本当に何も悪くないのに。

絶対にこんなことなんかで大佐に迷惑なんてかけたくない。

…きっと、気付いた頃にはもう忘れている筈だ。

そんなこと考えてないで、今はしっかり仕事に集中しないと…。

……集中、しないと…。

僕はこれからことが不安で堪らないまま、伏せた顔を正面に戻した。


「あ、Majorくん。おはよー」


部屋にFaithfulさんが入って来て、僕に挨拶をしてくる。

それにさえ僕は驚いてしまい、身構えるような体勢を見せてしまっていた。

…Faithfulさん、か。…良かった…。


「あはは、何?そんなにびっくりしなくてもいいじゃんー」


Faithfulさんは少しそう笑いながら、僕に近寄って来た。

…そして、もう一つの近くにあった椅子を僕の隣に置き、

そこに座っては僕の顔を覗き込むようにして見つめた。


「……?」


僕はそんなFaithfulさんを、何も分からないまま見つめ返した。…何、だろう……?

Faithfulさんは、とてもニコニコしながら僕の顔を見つめていた。


「…Majorくん、俺、

実は心も読めるって言ったら何て言う?」


…え、

…Faithfulさんが、心も読めたら…?

……え、

今そんなこと、されたら、

僕が、何考えてるか、

全部、お見通し、なんじゃ…!!


「…ぁ、え、」


意識もしていないのに僕の顔が熱くなっていくのか分かる。

僕は咄嗟に口元を隠してしまった。

Faithfulさんは僕のそんな反応を見て吹き出して笑い始める。


「っあはは、面白い顔するね

でも、これで分かっちゃったなあ、」


…僕はFaithfulさんから顔を逸らした。

Faithfulさんまで心読めるだなんて、聞いてないよ…。

Faithfulさんは、座っていた椅子から立ち、大佐の机の椅子に座った。

そして、机に頬杖をつき、僕の方を見る。


「…Majorくんってさ、

Colonelのこと、好きでしょ」


僕は、そう言われてFaithfulさんの方を見た。


「……ぇ、ぃ、いや、」

「もしかして気付いてないの?自分の気持ちなのに?

ダメだよMajorくん、そんなことにも気付けないようじゃ」


Faithfulさんは困ったように笑いながら僕に言う。

…い、いや、僕は、…、

僕はただ、大佐に関してのおかしな夢を見ただけで、

別に、大佐に好意を抱いてる訳じゃ……、


「今日様子見てるだけでもなんかおかしいなーって思ってたんだ

ねぇMajorくん、そもそも何で今そう言うこと考えてるのか、

まずそれを教えてよ

ね、俺のこと、信用出来るでしょ?教えてくれたっていいじゃん」


Faithfulさんは少し悪戯っぽく僕にそう訊くと、また微笑んでみせた。

……、




僕は、Faithfulさんに僕の今の気持ちと重ねて、あった出来事を話した。

僕も良く考えてみた結果、一人でこんなことを考えていたら本当に仕事にもありつけなくなってしまいそうで、それが不安になってしまっていた。

誰か一人でも話を聞いてくれる人がいれば、僕のこのどうしようもない気持ちも少しは何とかなるかもしれないと、

そう思った。

…けど、話してる途中でもやっぱり恥ずかしくなってきて、中々顔を上げられないまま話してしまっていた。

……本当に改めて思うけど、何であんな夢見たんだろう…。


「…うーん、Majorくんそれさ、

もう大佐のこと好きって、そのままの意味じゃん」

「で、でも、今まで大佐にそんな気持ち抱いたことなんて———」

「そう言うことじゃなくて、そう言う夢を見るってことは、

元々MajorくんがColonelのことが好きって言う暗示なんじゃないの、ってこと」


……。

…そんな、

そんなこと、あり得る、のかな……。

逆にもし本当にそうなら、気付けないことなんて…、


「いやだってさ、今だってこんなに夢の内容しっかり覚えてて引きずってる訳でしょ?

Colonelと会ってそんなに意識して増してやドキドキしちゃうなんてさ、間違いないでしょ

本当にそうじゃないならそこまで意識しないと思うしそんな気持ちにもならないって」


…、僕、

大佐のこと、好き、なの…?

……、

…でも、起きた後だってあんなに忘れようだとか考えないようにだとか思ってたのに、

それでも結局頭からずっと離れなかったし、忘れられなかったし…。

忘れようにも、脳裏に焼き付いて離れないような、

そんな感じにも思えてしまっている。

…今だって思えば、大佐のことを考えるだけで何だか胸がドキドキして…、

きっとまた顔を合わせるようなことがあれば、やっぱり目を合わせることは出来ないだろうし、…余計に、胸が苦しくなってしまう気もしている。

そう考えているうちにも、また夢で視界に写っていた大佐の姿が思い出され、

また、恥ずかしくなって、目を瞑って俯いた。


「…。恋、だよね」


僕が、まさか大佐にそんな気持ちを抱いているだなんて。

Faithfulさんは、まるでそれを喜ぶかのような声色で呟いた。

…まだにわかに信じ難いけれど、でも、そう言われるともう納得が出来てしまうような…。

「じゃあ好きじゃない」…とは、言い切れない気もして。

実際こんなに考えてしまっているのだから、そう言ってしまうと矛盾してしまうような気がする。

……そう考えていると、

ますます、大佐のことが気になってきているように感じてしまっていて、

余計に恥ずかしい上、疑ってしまう。


「さっきからずっと顔赤いよね〜

そりゃ、そうと決まれば徐々に接近してみるって感じかな

Majorくん、その夢の中でされたこと実際にされることになったとしても、

正直、完全拒否する気すも生まれないでしょ」


小さく笑って、くすくすと僕に微笑みかけながらFaithfulさんはそう言った。

…確かに、そうだ。

……「絶対に嫌だ」とは、言えない。…。

…僕、本当に大佐が好きなのかな…。

今まで自分で気付きすらしなかったのに。

やっぱり心の底のどこかでは過剰に考えていて、それが夢に現れた、とか…?

…想像もつかなかったし、今まで考えもしなかったけど、

…そう言われてしまうと、本当にそんな気がしてきてしまっている。


「…で、でも、接近だとかそんな…」

「まずは少しずつでいいんだよ。ほんの少し話しかける頻度を上げてみるだとか、少し積極的に交流を深めてみるだとか

あとはColonelの様子を見ながら、かなあ

まあまずはMajorくんがその気持ちになれることから頑張ってみたら?

それじゃあ仕事も捗らなくて大変みたいだし、」


…Faithfulさんは、変わらないままの表情でそう言って見せた。

そう考えると、やはり改めて、

胸がドキドキしてきてしまう。…落ち着かなくなってしまう。

ふと、今まで大佐と体験した出来事を思い出してみる。

…思い出されるものは、

…初日に、見学してる時に大佐が隣に座ったことや、大佐と一緒に昼食を食べに行ったことや、大佐に抱えられながら助けられているところや、…大佐が麻酔銃に撃たれて僕が支えに行こうとした時、大佐が判子を押し間違えそうになって手で止めた時、…書籍を本棚に入れるの届かなくて、大佐に背後から押して入れてもらったこと、

……そして、僕が少佐になるかならないか僕が決断して、大佐が、僕の頬に手で触れながら顔を見つめてきたこと。

………今思えば、何でこんなこと、しっかり覚えてるんだろう。

一部は、普通なら本当に覚えていないようなことだってあるのに、

こんなに鮮明に、記憶として残っていて……。

あれもこれも、考え始めるとどれも僕と距離が近すぎる。

…??

逆に、何で今までそんなに距離を縮められていても何も感じなかったんだろう。

…普通なら絶対、距離の近さに疑問を持っていたと思うのに。

……。


「…ま、今はそんなに深く考える必要ないと思うよ

それに、俺もColonelに近付けって強要したい訳じゃないしさ

最終的にどうするかは、Majorくんが決めたらいいよ

でももし本当に頑張るんだったら、

俺は応援してるね」


Faithfulさんはそう言って、僕を元気付けるように微笑みかけてくれた。

僕は、そんなFaithfulさんの表情を確認した後、

また顔が熱いままなのを確認しながら下に俯いた。

…でも、まあ、とにかく今は心を落ち着かせたい。

今のままではあまりに落ち着きがなくて、日常生活にまで危害を加えてしまいそうだ。

せめて、心が落ち着いた状態にまではしないと、

どうしても、これから厄介なことになってしまいそうだ…。

—————————————————————————

「Major、そう言えば今日はお前の誕生日だったか」

「…あ、はい。そうです」


あれからまた数日間が経って、

丁度今日は僕の誕生日を迎えていた。

…大分もう制御出来なくなる程の気持ちは落ち着いたが、

それでもやっぱり気になることは沢山あって、落ち着かないことが度々あった。

今までだって、大佐と一緒に何かをする時は一々意識するようになってしまって、やはりしっかりと顔を見るのが難しくなってしまっていた。

…けど、そう言ったことで大佐に迷惑をかけることはしたくなかったが為に、僕は上手く隠しているつもりで今までをやり過ごしてきた。

…今でもほんの少しは意識してしまうけど、でも、もう大分自分の気持ちを制御出来るようにはなっていた。


「…すまない、何も用意が出来ていないんだ」

「はい、全然大丈夫です」


僕は大佐に安心させるように微笑みかけた。

でも、もし大佐から誕生日プレゼントが貰えるとしたら、

…僕って、何が欲しかったのかな?

少し考えるように少し視線を下ろす。

……、考えてみても特に思い付かないし、形として残せる物での僕が欲しい物はもっと思い付かない。

…うーん、それ以外で僕が大佐から欲しいものは、

…大佐からの、ハグとか、キス、とか……?

結局僕はあの時に夢の中で見た大佐を忘れられることはなく、時折思い出しては落ち着かない気持ちを抱いていた。

あの時の大佐が、妙に記憶から消せなくて、ずっと脳裏に焼き付いている。

…やっぱり僕、大佐にそうされるの、嬉しいし、実際にされたいとか思ってるってことになるのかな……?

………、

…って、何一人で恥ずかしいこと考えてるんだろ……。

こんなことまじまじと考えて、ちょっと馬鹿みたい…。

夢の中の大佐が忘れられないのはそうだけど、やっぱり現実ではそんなことあり得ないし考えられる訳もな———


「…っちょ、え、」


僕が俯きながらそんなようなことを考えていると、

…大佐が、突然壁の方に追いやって来て、僕は思わず後退りをしていく。

やがて廊下の壁に背中がついてしまい、それ以上下がれなくなってしまう。


「…え…?」


何が起こってあるのか理解出来ていないまま大佐の方に顔を上げると、

…いつの間にか大佐の両手が耳元に置かれていて、

僕は大佐に距離を詰められ、逃げれないような状態になっていた。

僕は堪らず、すぐに顔を逸らしてしまう。

何が、起こってるの……??


「…っ、ぁ、あの、」


大佐が、黙ったまま何も言わず、その状態のままでいることだけが理解出来た。

…ただ、大佐の方に顔を向けられる気はしない。

……無理、だ…。


「Major」


僕の呼吸が少しずつ乱れていくのが分かる。

だ、ダメだ、抑えるように、しないと…っ、

顔も、熱くなっていくのが自覚出来た。

僕はとんでもない気持ちに苛まれ、思わず目を瞑った。


「………接吻をすれば、プレゼントの代わりになるのか」


…え、大佐、何、言って……??

本当に状況が理解出来なくて、大佐に返事をすらもすることが出来ない。


「……どうだろうか」


大佐は、背けられた僕の顔を手で自分の方に向けた。

頭が真っ白だ。ただただ、顔が熱くて、呼吸が荒くなっていっていくのが自分でも分かって、余計にソウルの鼓動が強くなっていくのを感じる。


「…Major」


気付けば大佐の顔は耳元近くまで来ていて、その吐息混じりの声に驚いて目を開けてしまった。


『大佐!』


突然、大佐のマイクロイヤホンに通信が入り、大佐がピタッと動きを止めた。

…大佐は少しその状態のままでいると、やがて僕から離れ、マイクロイヤホンに向かって返事をする。


「……どうした

……、ああ。…

…それから何だ」


大佐が背中を向けて離れ、僕もそっと壁についたままの背中を離した。

……し、死ぬところだった。

ソウルが、持たないところだった。

…危ない。頭が、やられてしまうところだった。

………。

……ああ、でも、なんか、

心なしか、がっかりしたような気持ちになっている気がするのは何故だろう。

…胸が高鳴ったとは言え、タイミングが悪くて結局何もないまま終わってしまうだとか。

……何で、心のどこかでは期待していたような気持ちになっていたんだろう。


「…そうか

分かった。すぐそっちに行く」


大佐は隊員との通信が終わったようで、大佐はマイクロイヤホンから手を離した。

僕は自分の気持ちを落ち着かせる必死な思いと、

期待が外れたような、落ち込んだような気持ちで少し床に俯いたままでいた。

…大佐が通信をし終わって、こちらに顔を向けているのだけど感じ取れていた。


「……、すまない」


大佐はそう僕に言い残すと、その場を去って行った。

…え、?


「っ、たぃ、さ…」


大佐を呼び止めようとしたが、

僕の声は消え入るようにしか発せられず、その言葉は大佐に届かずに終わってしまった。

…やがて、大佐が階段を降りる為、通路の角へ曲がって行ってしまった。

………、

…今言ってたこと、……なに…?

何、今の言葉。

……何で、あんなこと、言ったの……?

……何に対しての、「すまない」なの……??

僕は呼び止めようとした手を下ろして、床に俯いた。

………。

……でも、もう、

これで分かってしまった。

今だってこんなにソウルが鳴り止まずに痛いままで、顔だって熱くて、身体に力が入ってしまっている。

思わず、握られた手に力が入る。

…僕は、やっぱり、

大佐のことが、好きなんだ。

…確かに、好きなんだ。

普通なら、意味も分からずキスされそうになったのを中断されても、別に何とも思わないことだろう。

そもそも何故あんなことをし始めたのが疑問が浮かぶだろうとして…。

……けど、僕は違った。

そう言った疑問よりも先に、

キスされなかったことに対しての落ち込みの気持ちの方が大きく感じてしまっていた。

さっき言い残して行った言葉にもこんなに深く思い留めて、…こんなに、胸が苦しいだなんて。

…ああ、

僕、やっぱり、

大佐のことが好きなんだ。

勘違いや思い込みなんかじゃなかった。

僕は自分が知らないうちに大佐に恋心を抱いていて、実際に気付いてみればこんなに苦しくなって、

…気持ちだって、制御出来ていなくて…。

僕は廊下の壁にもたれかかって、そのまま壁を伝って座り込んだ。

…大佐。

…理由が何なのかはやっぱり分からないけど、

あんなことをされてしまったら、もう、

それだけが気が気で苦しい堪らなくなってしまう。

……辛い。

早く、この苦しい感じから解放されないかな…。

改めてこの気持ちに気付いて、

余計に、胸が苦しくなってしまった気がした。




あれから日も暮れてきたが、何故か僕だけ食堂に行ってはダメと色んな人に散々言われていたけど、

本当に一体何だったんだろう…。

僕はそんな食堂に誘われ、今日やっと食堂に入ることが出来るらしい。

気付けば訓練場も基地内も何だかいつもより妙に静かだし、廊下にもほぼ誰も歩いていなかった。

…何なんだろうな。

僕は食堂の前まで着き、そのドアノブに手をかけ、押した。


「少佐!!お誕生日おめでとうございまーす!!!」


中から大きな声援のような掛け声がして、次の瞬間、

大量のクラッカーが打ち鳴らされた。

僕は驚いて一瞬身を屈めて目を瞑ってしまったが、

やがて目を開くと、皆んなが僕を囲んでいて、食堂は仕様に合わせて飾り付けられていた。


「少佐お誕生日おめでとうございます!!」

「少佐おいくつになったんですか!?」

「少佐ぁ今日誕生日だなんて聞いてないです!!もっと早く言って下さいよー!!」


隊員全員が、僕の誕生日を祝ってくれていた。

そんな、僕、

こんなに祝われるなんて思ってもいなかった。

わざわざ皆んな今日の為に準備していてくれてたんだ。

…全然気付かなかったし、知らなかった。それに、

こんなに沢山の人に盛大に祝われるのは、人生で初めてだ。

隊員達の後ろで、大佐やFaithfulさん、アミ姐が微笑ましそうにこちらを見ながら経っているのも確認出来た。

僕の為に、こんな誕生日パーティーまで用意してくれているなんて…。

僕は、嬉しい気持ちで胸が一杯になっていった。


「皆んな…

……ありがとう…!」




アミ姐が用意してくれた大量の料理を皆んなで囲んで、大騒ぎしながらパーティを楽しんでいた。

一人の隊員が面白いことを言って盛り上げてくれて、僕達はそれに対して大笑いしたり、美味しい料理を沢山頬張ったり、立て続けに何にもの隊員から誕生日を言葉で祝ってもらえたりして、

本当に楽しい時間を充実して過ごすことが出来ていた。

パーティが始まってから大分時間が経ったけれど、まだまだ楽しくて堪らない程だった。

始まった時間もいつもの夜食の時間よりも早めであった為、まだまだ余裕を持て余しているようだった。

そんな僕はふと、あることに気付いて周りを見渡した。

……、あれ…?

大佐がいない。

さっきまでもあそこでアミ姐とFaithfulさんの三人で話していたはずなのに。

…何処に行ったんだろう…?

僕はそれに気付くと、何だか落ち着きがなくなってしまって、そっちばかりに気がいってしまうようになってしまった。

まだまだ楽しそうにしている隊員達に視線を戻しても、

…やはり、大佐のことが気になってしまって、頭の中がそれで一杯になっていってしまう。

…大佐、

何処に行ったのかな?




僕は少し大佐を探してみることにした。

一旦食堂から出ては基地内を歩き回って大佐が何処いるのかを探す。

…大佐の部屋にも居なかったし、僕の部屋にも居なかった。

増してやその階には人気すらなくて、何なら大佐もその階には居ないようだった。

…別の場所、かな…。

四階からの階段を降りて、そっちの方へ移動していく。

…それにしても、大佐、一人だけあの場から居なくなってしまうなんて、

…一体、どうしたのかな…?

何だか焦るような気持ちになってしまって、僕は動かしている足を少し早めた。

三階も一通り探し終わったけど、やはり誰も居ないようだ。

こんなに何処にも居ないなんて、本当に一体何処に行って何をし———

ふと、僕は三階の空いている窓から聴こえたものに足を止めた。

少し窓に近付いて、そっちを見てみる。

…、

…大佐が、屋根の上で腰を下ろしているのが目に映ったのだ。

…聴こえたものの主は大佐だったようで、

それに向かって耳を澄ませてみる。

……、大佐、

…歌って、る…?

もう一回良く聴いてみても、

声の主はやはり大佐だった。

精一杯に出された声ではなかったが、

…確かに、そこで歌っているのは大佐だった。

基地の外側を向いていて、顔は丁度見えない。

…。

僕は少し急いでそっちに行ってみることにした。




屋根登る為の梯子を使って、僕はそこまで移動してみる。

大佐の歌がどんどん近付いてきて、音量を増していく。

僕は大佐を邪魔させないよう、音を立てないようにゆっくりと近付いた。

…ある程度の距離をとって、僕は足を止める。

……、大佐の歌。

少し、自信なさげに発されている歌声で、

でも、芯がしっかりしていて、音程もしっかり取れていて。

…大佐、歌なんて歌うんだ。

意外な一面に、少し驚かされる。

今歌っている曲は僕も知っている曲で、数年前に少し流行っていたバラード曲だった。

…歌うの、好きなのかな…。

…でも、絶対にしっかり歌ったら、

上手、なんだろうな。

何となく、歌い方からして察しがついた。

…、

…何だか、落ち着く歌声。

声から自信のなさを感じられる反面、どこだか歌い慣れているような雰囲気がある。

…一番の終盤に差し掛かった辺りで、大佐は歌うのをピタッとやめ、

少し驚いた様子で僕の方に振り返った。


「ぁっ、…す、すみません、邪魔をしてしまって……」


僕は咄嗟にそんな大佐に向かって謝る。

…きっと気配がしたせいで、気付かれてしまったのだろう。

やがて大佐は、若干に驚いた表情を戻し、僕の顔を見つめた後、正面に向き直った。


「…、パーティの方は楽しめているだろうか」


大佐は僕に向かってそう訊いた。


「はい、それはとても…

…、大佐は、そうではなかったのですか…?」


僕は心配の意味を込めて、大佐にそう訊いた。

僕も、そっと大佐の隣に移動し、腰を下ろす。


「…。…少し、雰囲気に疲れてしまっただけだ

賑やかな雰囲気は嫌いではないのだが、いざこうして静かな場所に来ると、疲れが溜まっていることが自覚出来る」


大佐少しだけ俯いてそう言った。


「…、Majorは、何故此処に?」


僕は大佐の方に顔を向けるが、すぐに逸らしてしまう。

…。


「……僕も、少し休憩をしたくて」


…僕の方に向いていた大佐の顔は、また正面に向き直った。


「そうか、…ずっと、話しかけられてばかりだったようだしな

…それは、疲れも感じてきてしまうことだろう」


大佐は、また少し俯きながらそう言った。

…、


「…大佐

…続き、歌って下さい」


僕は、大佐に促すようにそう言った。

大佐は少し僕に目を向けたが、またすぐに横に逸らし、正面に俯いた。

…、やっぱり、自信はない、のかな…。

…でも、歌うのは好きなの、かな…。

まだ、大佐のことが完全に分からない。

僕は焦らせることもなく、大佐の返答を待った。


「…、」


大佐は少し黙った俯いた後、ゆっくりと正面に顔を向け、

…口を開き、続きを歌い始めた。

…相変わらず自信はなさげだが、声が掠れることなどはなく、聴きやすい歌声をしていた。

……けど、さっきよりも自信なさげに聴こえるような気もした。

僕は膝で山を作り、そこに頭を伏せながら大佐の方に顔を向けてその歌をゆったりと聴いていた。

……、

…歌の二番に差し掛かる辺りから、

僕も控えめに歌声を挟んでみる。

大佐は歌いながら僕の方に顔を向け、しばらく僕の顔を見つめるが、

やがてまた正面に向き直って歌い続けた。

…何だか、自信なさげでいるのを見ているとじっとしていられなくて、

何となく、支えたいような気持ちになってしまった。

僕も、歌うのは嫌いではない。昔に機会があった時は良く歌って楽しんでいた時期もあった。

…懐かしいな。今はもうそう言う機会もなくなってしまっていたけど、当時は、本当に沢山歌っていた。

…大佐がこうして歌っている様子を見ていたら、何だか僕も無性に歌いたくなってきてしまった。

僕は、大佐の歌を聴きながら自分も一緒に歌い続けた。

心なしか、大佐の歌声に若干元気が出てきたように感じられてきた。

やっぱり、誰かにこんな近くで聴かれているのに一人で歌うのは、中々緊張しちゃうよね…。

大佐が時折少しだけ僕を覗くように顔を向けては正面に向く度に、そんな大佐の目を見つめ返した。

…絶対に、しっかり歌ったら上手に決まっている。

もっと、自信持って欲しいな…、せっかく上手なのに自信が出せずそれが声にも出てしまうのが勿体無い。

…いつか、大佐がしっかり歌っている姿、見れるのかな。

丁度一番最後まで歌い終え、僕は口を閉じて下を向く大佐の様子を見ていた。

……、

月夜に照らされながら僕の目に映る大佐の横顔は、より一層輝いて見えるものだった。


「…歌、お上手ですね」


僕はそんな大佐にそっと声をかけた。


「…、とんでもない」


大佐は下を向いたまま、少しの間黙っていた。


「…。私も実は、昔は割と歌うような機会があって

聴くのも歌うのも、中々に楽しめていたものだ

……今はもう、そんな機会も失われてしまったが」


大佐は少し小さい声で、そう僕に伝えてくれた。

…やっぱり、大佐も歌うの好き、なんだ。

でも今は機会がないって、

…何だか、僕と似てる、な…。


「…Majorの歌も、悪くないな」


大佐は少しだけ控えめに感じられる声でそう言い、僕に顔を向けた。

……、何だか嬉しくて、僕はそんな大佐に微笑みかけた。


「…、そうだ、」


大佐が何かを能力で取り出し、僕はそれを覗き込む。


「…こんなものしか用意出来なかったのだが、受け取ってくれると嬉しい」


大佐は僕に、小さな包みを差し出した。

…プレゼント包装がされていて、小さくリボンもついたものだった。

僕は言葉を失ってそれをそっと受け取った。


「…、急遽用意した物で、それも大したことのない物になってしまったが…

渡すタイミングを失っていたんだ。今渡しておこう」

「…、開けても、いいですか?」

「…ああ。本当に、大したことのないものだが」


僕は大佐の返事を聞くと、それを丁寧に開けた。

そして、中にあるものをそっと取り出してみる。

……、

…中に入っていたのは、一本のペンだった。


「きっと、Majorも私のように書類を大量に書かなければならない時がくると思っている

それは私が勧めたいペンなのだが、…

良かったら使ってくれると嬉しい」


…お洒落なデザインで、滑らかなラインを持つペンだった。

手触りも良くて、…まだ使ったことがないのに、文字を書くのが楽しくなりそうなペンだと感じられた。

……。

大佐、今日の時点で何も用意してなかったのに、

あれからわざわざ僕の為に用意してくれたんだ。


「…、

ありがとうございます、」


僕は貰ったペンから目線を大佐に移し、隠し切れない嬉しさを表情に出しながら大佐に伝えた。

…大佐は僕と目が合いってそれを聞くと、

目線を横に逸らすと、また顔を正面に戻した。

…少し、照れ臭そうな表情に見えた。


「…私も、Majorにはいつも世話になっている身だ

いつか、礼を返さねばならないと思っていた

…その割には、そんなようなものしか用意出来なかったが、……」


大佐は、自分があげたプレゼントに自信がないようだった。

…そんな、お世話になっているのは僕の方なのに。

いつも頼りっぱなしで、迷惑をかけてばかりなのは僕の方なのに。

…僕は、また大佐からもらったペンに視線を落とした。


「…いえ、とても嬉しいです

わざわざ用意してくれたのだと思うと、嬉しくて堪らないです

…いつもお世話になっているのは僕の方なのに、ありがとうございます

大切に使います」


僕は、今の自分の気持ちを精一杯に、そんな大佐に伝えて見せた。

…そして、大佐はまたどこか曖昧な態度をとって見せる。


「…、そうか

なら、私も安心した」


大佐は、今まで自分の歌やあげるプレゼントに自信がなかったからか、曲がっているように見えた背筋を少し伸ばし、

正面に向き直った。

…大佐は、僕がどんなことを言っても、

素の笑顔を見せることはなかった。

……今までも、まだ見たことがない。

僕はまた膝に伏せて、大佐の横顔を見つめる。


「…大佐」

「…。何だろうか」

「…、もしもまた、こうして一人でいらっしゃるようなことがある時、

今日みたいにこうして、隣に来てもいいですか?」


大佐のことが、もっと良く知りたくなった。

大佐が一人の時間を邪魔されたくないとも思わないならば、

またこう言った機会があれば、と思ってしまった。

もっと、大佐の側に居たいと思ってしまった。

…、もっと、大佐と二人きりの時間が、特別だと感じられる時間が、欲しいと感じてしまった。


「……

…ああ、構わない

…、好きにしてくれるといい」


大佐は、正面を向いたままそう言った。

…大佐のそんな優しい返答に、頬が緩みそうになり、

顔を反対側に向けた。


「…ありがとうございます」

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