何とか時間にも間に合って会場に到着出来た僕達は、

少し離れた所の影からタイミングを見計らっていた。

会場の入り口には少し列が出来てきて、受付で参加する人が名簿表に名前を書いて行っている。

勿論僕達はあの中に紛れることは出来ない。

僕達は部外者でもあって、このパーティには関係していない人達だ。むしろ敵軍隊員である為に、簡単に姿を表してしまっては即座に身元がバレてしまって何も出来ないまま帰省することになってしまう。

…問題は、此処からどう紛れ込むかだが、大佐に何かいい策はあるのかな…?


「今からこれからのことを簡単に説明する。よく聞いておけ

見ての通り、このまま受付に行こうと催しに参加することは出来ない

私達は裏からテレポートで人目につかないよう侵入する必要があるのだが、そうして中に入った瞬間から任務が始まっていることを忘れないで欲しい

そうなった瞬間から、私との不自然な会話や行動言動は向こうに身元が知られる大きな原因となってしまう

建物の反対側からテレポートをして入れば、丁度会場を囲むように設置されている廊下へ移動することが出来ると言う推測だ

そこから、パーティが始まって少し時間経った後に廊下と会場を繋ぐ扉から入ることが出来れば、少しの間は参加者に紛れてその場に居られることが出来るだろう

その時間の間で調査を進めるんだ。恐らく長居は出来ないが、焦らないよう慎重に動いて欲しい。一つだけでも情報が集めることが出来ればそれは大きな収集になる

私はいつも通り動かさせてもらうが、Majorはくれぐれも無茶だけはしないで欲しい

…下手をすれば、此処で命を落とすことになる」


大佐は受付で動く人の様子を見ながら、僕に小さな声でそう伝えた。

段々と僕の身体に緊張が走り始め、ソウルも音を立て始める。

自分でも、まだ慣れてない中動きすぎるのには自信がなくて、実際バレてしまった時でもすぐに対応出来る自信もない。

…せめて、一つだけでも情報を集められるようにしよう。それからは、もうあまり出過ぎたことはしないように心掛けたい。


「…話は以上だが、何か訊きたいことなどはあったりするだろうか」

「はい、ないです。ありがとうございます」

「そうか、…、

…それと、お前はまだこのような任務には慣れていないことだろう

お前の出来そうな範囲で構わないから、周りの雰囲気に馴染んで下手に動こうとせずに、出来る限りの情報収集が出来ればそれでいい

話しかける相手を間違っても終わりだ。その辺りの見極めが少し難しいが…、まず話しかけるまでしなくても盗み聞きで情報を得る方がリスクも低い。相手と話すまでの自信がない場合はそう言った方法でも全然構わない

ただ、その際は不審に誰とも話さずに何かを聞き書きしていることは側からしたら怪しく見えてしまう

それだけ気を付けてくれ

主な情報収集は私がする。Majorは最悪一つも情報が得られなくても構わない。これが初めての侵入調査なのだから仕方のないことだ

馴染む為に、パーティを楽しんでいるフリをした上でそう言ったことをするのはかなり難易度の高いことでもある。まずは慣れることを意識してみて欲しい

…最後に、なるべく私から離れないことだ。いざと言う時に太刀打ち出来なくなってしまう」


盗み聞き…。それぐらいなら、僕でも頑張れるかもしれない。

確かに人に話しかけて自分から情報収集しに行くにはやはり今の僕には自信がなさすぎる。

…せめて、一つだけでも情報を持ち帰りたい。

僕のソウルは緊張で更に鼓動が速くなった。

気付けば受付からもう人は居なくなっていて、もう全員中に入って行っていた。

大佐が影から動き始め、僕もそれに続いて移動していく。

……建物裏で少しの間待機した後、タイミングを見計らったような様子で、大佐が建物に近付いた。


「…そろそろだ。落ち着いて行動するんだぞ」

「…はい、」

「…、お前には期待している。健闘を祈る

行くぞ」


次の瞬間、大佐が中にテレポートで入って行き、

僕も大佐に続いてテレポートして中に入って行った。

…中に入ると、左右に伸びた廊下の上に僕たちは立っていて、丁度目の前には会場の出入り口らしき扉が聳え立っていた。

…今は廊下には誰も居ないようだ。

…大佐が言っていた通りの設計になっている。

もう任務は始まっている。

大佐は、黙ったままその扉を開こうとした。

…と、

丁度そのタイミングでパーティの参加者の一人が、その扉を開いて廊下へと出て来た。


「おっと、すみません」


そう言うと、その人は僕達を特に怪しい目で見たりする様子もなくそのまま廊下を歩いて行き、手洗い場へと入って行った。

…びっくりした。…でも、本当に初めはバレないものなんだな…、疑われることも一切なかった。

大佐はそっちをしばらく見た後、僕の方に少し顔を移し、

気を改まった様子で、その中に入って行った。

…中に入った瞬間、人の溢れる明るい活気に身を包まれ、少し息を呑んだ。

僕自身、こんな場所に足を踏み入れるのは初めてだった。

中は本当に賑わっていて、どの人も楽しそうにパーティに参加しているようだった。

僕がそんな雰囲気に圧巻していると、

大佐は僕の肩に優しく手を置き、前向いたまま僕に頷いて見せた。

…そして、大佐は人ごみの中に紛れて歩いて行った。

メモ帳は持っている。いつだって記録が出来る状態だ。

僕も大佐に続いて、なるべく離れないようにして奥の方へと歩いて行った。

「どこからお越しで?」「どんどん食べて下さい!」「〇〇から来た者なんでけれども、」

…こうして歩いているだけでも沢山の会話の内容が耳に入ってくる。

この中で、僕が重要だと思うことを記録していけばいいんだ。…有力な情報が、一つでも手に入るといいけど。


「やあ、こんにちは。どこからお越しで?」


僕は突然後ろから話しかけられて、ほんの少しだけびっくりした表情を隠し切れないまま振り返った。

…普通の若い男性だ。ワイングラスを片手に持っている。

早速、話しかけられてしまった。まさかこんなに早い段階で相手から話しかけられるとは思っていなかった。

…落ち着け、こう言う場合は普通に会話をすればいいんだ。


「は、はい。△△街から来た者で…、」

「大丈夫ですか?少し声が震えているような…、驚かせてしまったでしょうか」

「あっ、いえ、…僕、こう言った催しに参加するのは初めてなもので…、少し緊張しているんです」


僕は、何とかそれ相応の笑顔を作ってみせる。


「それはそれは。初めてだとどんなものでも緊張してしまいますよね、沢山楽しんで行って下さいね」


その人はそう言って僕に微笑みかけると、僕の元から去って行った。

…そうだ、分かった気がする。

変に嘘をつこうとするから返って上手く喋れないんだ。

嘘をつく必要のないところでは、僕が今思ったことを普通に話せばいい。気持ちや、感じていることなど。

嘘をつくのは必要最低限でいいんだ。

…少し、いける気がして来た。

僕はほんの少し自信をつけ、まだ大佐の方へと着いて行く。

…それにしても、さっきの人凄く親切だったな。

こんなに親切な人がいる場所なのに、本当に僕達がこれから攻撃を仕掛ける敵軍の開く催しなのだろうか。

僕は鞄からメモ帳と筆記用具を取り出し————

……あ、あれ、おかしいな…。

メモ帳は入ってるのに、肝心のペンが入っていない。

そ、そんな…、あんなに確認したのに入れ忘れた……??

僕の頭はその瞬間真っ白になって、少し思考が停止してしまう。

…すると、僕の視線の前に、一本のペンが差し出された。

…、その手の持ち主は、大佐だった。


「あ、ありがとうございます…」


か、貸してくれるのかな……?

僕は小さめの声で大佐にお礼を言いながら、ぎこちなくそのペンを受け取った。

僕がペンを受け取ると、大佐はまた僕に視線を移した後、次の場所へと進んで行った。

…微笑んではいなかったけど、確かに、僕を安心させるような表情をしてくれているのが分かった。

……凄く、申し訳ない。何回も持ち物確認したのに…。

絶対に、後でお礼を言わないと…。

僕は申し訳ない気持ちと感謝の気持ちで一杯になったまま、気を取り直して大佐の方に着いて行った。

大佐は、もう早速次の情報収集を始めているところだつた。


「へえ、聞いたことのない場所ですね、大体どの辺りなんです?」

「はい、そうですね…、此処から少し遠くなってしまうのですが————」


…そこには、上手に作り笑いをしながら、違和感を持つこともなく人と接する大佐が居た。

そもそも人に敬語を使っているところも初めて見たし、こんな喋り方…するんだ…。

想像もつかない。これが大佐の変装した姿…?

レベル、高いな…。ますます尊敬してしまう。

すると、大佐は丁度会話を手短に終わらせたようで、僕の元へ戻って来て、また次の場所へ向かおうとした。

…大佐が僕の元へ戻ってくるタイミングで、

大佐は胸ポケットから小さな紙切れを僕に渡した。

…僕はそれを開き、書いてある内容を読んでみる。


『いい情報を入手した。また帰還した際に話す』


…い、いつの間にこんなメモ書いて…。

大佐を見ていても、メモを開いてペンで書いている様子はなんかは見られなかった筈だ。

…凄いな、僕にも見えない程調査が上手いんだ。

やっぱりそこは大佐だから。僕とのレベルの差が目の当たりになる。

…僕も頑張らなきゃ。僕はメモ帳と、さっき大佐からもらったペンを取り出しやすいようにズボンのポケットに入れた。

…、そうだ。そう言えば、此処の軍のトップって何処にいるんだろう…?

僕は不自然に見えない程度で辺りをきょろきょろと探してみた。

……あ、居た。あの人、かな…?

白い軍服を来た人はちらほら居るけど、あの人は白い軍服に唯一黒いラインの入ったものを着ている。

重要な役割を持っている隊員に違いない。

また後で、少し近くに寄ってみるとしよう。…何かいい情報が得られるかもしれない。


「なるほどー、そうだったんですね

…おや、そちらの方はお連れさんで…?」


気付けば、大佐はもう次の情報収集に入っていて、

その中での会話で僕は話を振られていることに今気付き、何も言えないまま振り返る形になってしまっていた。


「うちの同僚です。最近入社したばかりで、まだ人付き合いにも慣れていないんですよね」


大佐はそう相手に話を繕うと、作り笑顔のまま僕に顔を向けた。

…優しい顔。とても作った笑顔とは思えない表情だ。


「新米の方ですか。それは今後の成績にも期待ですねー」

「あはは、そうですね。けど彼、どうやら私が思っているよりも相当優秀なようで

きっとそのうちとんでもない成績を残すんだと思っています」

「へえ〜凄いですね、それはもう既に期待されてしまって当然です

因みに名は何と言うんですか?」


その人は僕に目を向けて、僕に質問をしてくる。

大佐がやり取りしてくれている間に心を落ち着かせられた僕は、その質問に返事をしようとする。


「はい、僕はm———」

「Maridensと言います。いやぁ、本当にこれからも期待あるのみと言った感じで」


僕は大佐に横から話を切られ、自分でハッ、とした。

…僕、今正直な自分の名前を言おうとしてた。

……危なかった。本当に危なかった。

ここまで調子が良かったのに、僕のせいで大佐にも迷惑をかけるところだった。

…危なかった。


「———はい、それでは」


大佐はその人と話を終え、新しく情報収集に移ろうとまた次の相手を探し始めた。

何とか気を取り直し、僕はまた大佐の元へ着いて行こうとする。


「気を付けろよ」


大佐が隣に来ると、小声で僕にそう伝えた。

咄嗟に大佐の顔に視線を向けたが、…怒っている様子はなかった。

言い方も優しくて、また宥めるような様子で。

…大佐、今日の僕は失敗ばっかりでまだ碌な情報だって集められてないのに。

こんなに親切にしてくれなくてもいいのに…。何で、怒ったりしないんだろう…?

…やっぱり、変な刺激を与えないようにしてくれてるのかな…。

この後怒られそうな様子もないし…。

……大佐は本当に優しい人だな。

…、

こうしてはいられない。

僕も、頑張らないと。大佐のようにはなれなくても、僕なりに情報を集めてみせるんだ。

…まず、さっき目をつけた人の所に行ってみたい。

大佐と離れて行動するのは良くないから、まずは大佐に合図を送ろう。

僕は大佐を少し呼び止めた。

大佐は足を止め、「どうした」と言わんばかりに僕に顔を向ける。

僕はそんな大佐に「あっちです」と、その隊員の方へ目で合図をする。

大佐はそれでことを理解してくれたようで、僕に顔を向けた後、そっち向かって行ってくれた。

…僕は大佐と一緒にそっちに近付いて行きながら、ポケットの中でペンを触っていた。

その隊員の近くまで来ると、大佐はその周辺で相手を探して話をし始めてくれた。

…今だ。今のうちに…、

僕はしっかりとそっちに耳を澄ませた。


「———いや、違いますよ

あっちの方、ですね」


…あっちの方。

僕はその隊員が指を指した方向をしっかりと確認しながら耳を澄ませ続ける。


「あっちの方から船に乗って来たんです。此処から真っ直ぐの所なので、地図を見れば分かります」


…これは。

…、物凄く、大切な情報かもしれない。

僕は周りにバレないよう大佐の影に隠れながら、簡単にそれをメモに起こした。

此処から、あっち…。…南西だ。

これが役に立つようないい情報だといいけど…。


「ありがとうございます。後日、また夫に会いにそちらへ向かおうと思っていまして

久しぶりに顔を合わせるので、楽しみなんです」

「そうなんですね、きっと彼も喜ぶと思いますよ」


…夫、…、

……。

…。今更気付いたのかもしれない。

忘れていた。僕達は紛れもなく軍人だ。

軍人は、敵軍の領地を支配して、自分の領地を広げていく。

僕達の目的とはまた少し違うけど、僕達も敵軍を攻撃していくのには変わりはない。

…、誰にだって、家族がいるんだ。

どの隊員にも、両親がいたり、妻がいたり、子供がいたり。

今だって他の軍でどんなに沢山隊員が死んで、その親族が悲しんでいるか知れたものじゃない。

僕達の隊員だって、皆んな家族や大切な人がいるから今だって頑張れて、その為に此処で軍人をしているのもあるんだろう。

……。

…けど、違う。

僕達の軍の在り方はそう言うものじゃない。

僕達の軍は他の軍とはまた違うんだ。もっと、方向性が良くて、皆んなこれからの為になるような…。

…僕達は、今はその為に軍人をしているんだ。

例え僕達が戦争を起こそうと、その戦争は単なる争いの為にするものじゃないんだ。

何も、僕が気を落とす必要はない。僕だって、大佐の軍にこれからも関与していって、これからを紡いでいく為に頑張って行くんだ。

…その為に、僕だってこの軍に入ったんだ。

大丈夫。何も怖がることはない。

僕は自分に言い聞かせ、遅れないようにペンを走らせていった。

—————————————————————————

『今日は中々の収穫だった。もう少ししたらパーティも終わりがけだ。

もう早いうちに此処を出るとする』


次に大佐から渡されたメモにはそう書かれていた。

今日は、僕も情報を集めることが出来たし、大佐も沢山の情報を集められたようだった。

…僕の手応え的にも、いい収穫が出来たのではないかと思う。

大佐が言う通り、捕まって全てがゼロになってしまう前に此処を出た方がいいと思った。

僕が大佐に頷いて見せると、大佐は僕の顔を確認した後に、

壁際の方へと移動し始め、僕もそれに着いて行こうとする。


「おい」


僕はその声にソウルを跳び上がらせた。

…明らかに、普通に話しかけられるような声色ではない。

何者かに背後から呼び止められ、僕達はそっちに身体を向ける。


「…此処の者ではないな

何者だ」


二、三人の軍服を着た隊員が、僕達に詰め寄って来た。

…と、とうとう、バレた……?

で、でも、今は僕が何か出来る状況じゃない。

…なるべく何も喋らないで、普通にしていないと…。

僕のソウルの鼓動が、どんどん早くなっていくのが全身で感じ取れた。


「とんでもない。私達は確かにこのパーティの参加者で————」

「此処に、貴様らのような顔の者はいなかった筈だが?」


するとその隊員は、胸元から、

僕達が軍のトップとして残した証明写真が取り出され、それを突きつけられる。

…気付けば、辺りの参加者達は静まり返り、

全員が僕達に視線を向けていた。


「……」


大佐もそれを見ると、少し小さいため息を混じらせながら口を閉じた。

……少し沈黙が流れた次の瞬間、

作り笑顔をしていた大佐もついには諦めたようにいつもの表情に戻り、

そのまま僕の腕を掴んで会場の外へとテレポートして逃げ始めた。


「ッ待て!!早く奴らを追え!!!」


大佐と僕はそのまま走って逃げて行く。テレポートは使いたいが、体力温存の為、いざと言う時の為に使わないでおいている。

以前に逃げる時は大佐に抱えられながら何も出来ないままでいた僕も、大佐と同じ速度で走れるようになり、大佐に与える負担が大きく減った。

…訓練をしておいて正解だった。絶対に、僕も走れるようにしておいた方がいいと思っていたんだ。

その時、走って逃げる僕達の目の前にレイピアを僕達に振りかざす敵軍隊員がテレポートで現れた。

僕は大佐に少しだけ遅れて、ぎりぎりではあったがその攻撃をかわしてみせた。

大佐がそれを避けた後にカウンターをとり、その隊員に攻撃を入れる。

…大佐の表情は変わらず無表情で、余裕な様子だった。

しかし、僕達に追い打ちをかけるように他の敵軍隊員が何人か僕達にレイピアで攻撃を仕掛けてくる。


「…甘い」


大佐がそう呟いたのを、僕は聞き逃さなかった。

次の瞬間、大佐はロングコートの裏から数本のナイフを取り出し、向かってくる隊員へ標準がズレることなく投げ飛ばした。

隊員達の胸へナイフが命中し、そのまま呻き声を漏らしながら体勢を崩してその場に倒れた。

次に、大佐は僕が何かを考える前にそのまま僕をふわっと抱え始め、続けて逃げようとしたが、

振り向いた瞬間には次の攻撃が仕掛けられていて、既に相手のレイピアは僕達の頭上に振り上げられていた。

…間一髪ではあったが大佐はそのまま攻撃を避け、身を低くしたままその隊員を蹴り飛ばした。

流石の大佐も身の危険を感じたのか、自分を落ち着かせるようにため息を吐いた。

…が、もう既に他の隊員に取り囲まれ、身動きが取れない状態になってしまう。

大佐は僕を抱えたまま一旦動くのをやめ、辺りを見渡す。

…じりじりと、敵軍隊員達がレイピアを構えながら僕達に歩み寄って来る。


「……Major。私が貸したペンの先を敵に向けろ」


大佐は突然、小さく僕にそう話しかけた。

僕はそれを聞き、少し慌てながら鞄からそれを取り出し、一番近い隊員に向けた。


「…ちょうど親指辺りにあるそのボタンだ」


僕は手元を確認してみると、

確かに、そのペンを持つ親指辺りに、小さなボタンが設置されていることに気付いた。

次の瞬間、その隊員が僕達に飛びかかり、レイピアを振り上げる。


「撃て」


僕はその大佐の声に、反射的にそのボタンを押した。

手元から大きな発砲音が鳴り、びっくりしてそれを落としそうになってしまう。


「ゔッ…、」


飛びかかって来ていた隊員は腹から血を滲ませながら、足元に倒れた。


「…流石だな」


大佐は僕の耳元でそう囁くと、

他の隊員が今の光景を見て動揺している間に跳躍能力で敵の手が届かない場所に移動した。


「貴様らの戦闘力はその程度か

今回貴様らが拳銃を所持していないと言うことも私達は想定済みだ

簡潔に使えば、パーティの参加者をも怪我を負ってしまうからだろう

あまりに貧弱で、詰めが甘く、つまらない。

そこまでの人数を手配してまで私達に傷一つ付けられないなど、

…さては貴様ら、無能だな?」


大佐は高みの見物をするように僕達を見上げる敵軍隊員達を大袈裟な口調で煽った。

その表情は、やはり冷めたもので、冷酷に彼らを見下ろしていた。

彼らの歯を食いしばるような表情が、此処からは良く見えるものだった。


「これは宣戦布告だ。いずれは貴様らと剣先を向け合う時が来るのだろうな

能力の上がった貴様らと戦えることを、せいぜい楽しみにしていよう

さらばだ」


そう言い残し、大佐はテレポートでその場を後にした。

—————————————————————————

次の日。

朝起きていつも通り大佐の部屋に行くと、珍しく朝から隊員達が大佐の机の周りで輪を作って囲んでいた。

こんな朝早くに訓練もしないで、皆んなどうしたんだろう…?僕は気になる気持ちを抱きながら自分も大佐の机に近寄って行った。


「あっ、少佐!おはようございます

見て下さいよこれ!」


興奮した様子の隊員に何かを差し出され、それに目を移した。

…、これは、今日の新聞?


『誘拐犯から子供を保護した男性

正体はColonelか』


…僕の目には、そう大きく書かれた見出しが目に入った。

その横には、いつ撮られたのか分からない、当時の大佐の顔がしっかり写っている写真が載っていた。


「凄いですよね〜、大佐子供助けちゃったんですって?

おまけに昨日は俺達が敵軍を攻める為に有利になれる情報を沢山持って帰って来ましたし!

ほんと、大佐と少佐は優秀そのもので尊敬しちゃいます!」


…。大佐の正体がバレてることはそんなに気にしていないんだな…。

もう終わったことだから、そんなに気にする必要もない…?

…でも、

確かに、大佐は子供嫌いなのにも関わらず、子供を助けて尚且つ親切に対応していたのは衝撃的だった。

僕は、そのまま記事を読み続けてみた。


『子供を保護した後、Colonelは子供に親切に接した上飴玉を差し出すような様子を確認されたと言う情報もある。

子供を保護してもらったその家族の夫はこう語る。

「妻に訊いてみても名前も教えてもらえなかったようで…。でも、もしいつか会える機会があれば、是非お礼を申し上げさせて欲しいものです。」

当時の彼は、まだその男性がColonelだと言うことを知らない様子だった。今頃衝撃を受けていることだろう。

両者とも敵軍同士である為、いずれは対立しなければならない時がくるのだろうか。』


『Navy軍が経営するお見合いパーティ 敵軍の侵入調査隊に侵入される


—————が子供を保護した人と同じな為、Colonelはパーティに来る途中で偶然誘拐犯を目撃し、子供を保護したのではないかと推測された

しかし、何故あのColonelが子供を助け出し保護したのかは、未だに不明である

Navy軍隊員がペンに擬態した銃の発砲により重傷を負い—————』


凄い。昨日のことだけなのに大佐が凄い有名人になってる。

これでまた、大佐の知名度が上がってしまうなあ…。

…でもこれって、世間的にどんな取られ方をするのかな。

向こうの地域からしたらこっちは敵軍だし、その敵軍が自分達の町民を救っただとか、

何か、対戦の時とかに影響って出たりするのかな…。

これも中々ない出来事だと思うけど、…どうなるのかな。


「お前達、何分過ぎていると思っているんだ

早く訓練に戻れ」

「はっ、申し訳ありません!失礼します、」


大佐に少し叱られた隊員は、慌てて大佐の部屋を出て行った。

……、そう言えば、僕、大佐が子供を助けた後にもう一つ言いたいことがあったんだった。

…何だったっけ。

頑張って思い出そうとしながら、その記事を読み続ける。

…大佐は、僕達にとっても、向こうの町民にとっても貢献するようなことをして、

……大佐は昨日凄い沢山の活躍を…、

………。

そうだ、思い出した。


「…あの、大佐」


大佐は書いている書類から目を離し、僕の方に向いた。


「何だろうか」

「…昨日、情報収集について行ったのに、何も出来なくてすみません

大佐が子供を助けている時だって、僕、何も出来ずに見ているだけで…、

結局最後逃げる時だって、また大佐に頼りっぱなしで、

…、また、負担をかけてしまったと思っています」


昨日も結局僕は大佐に抱えられる形になってしまったし、

何より大佐が子供を助けている時に何もせずに見ていただけ、と言うのが僕の中では大きな心残りだった。

少佐でありながらも、全然大佐の役に立てなかったと言うことは、自分自身の中の恥でもあった。


「…そんなに気にすることはない

そもそもお前はまだ情報収集をするにあたっても初日だった

…それに、お前は重要な情報だって持ち帰って来れたのだし、最後に敵に囲まれた時もお前がしっかり動いてくれなければ、あのまま囚われでもしていたことだろう

……、昨日のお前は、確かに、役に立って見せた」


大佐が肯定してくれているのに対して、もう否定する気にはなれなかった。

僕は黙り込んだまま、新聞を持ったまま俯いて下を向いてしまう。

…大佐は、少し呆れたように小さくため息をついた。


「…Major。私は嘘をついている訳ではない

確かに、私が本当に思っている気持ちや感想を言っているつもりだ

素直に受け止めてくれるだけでいいんだ。これに対してお礼を言おうとするだけでも気持ちは軽くなるものだ

…、少しは自信を持て。自虐的な考えは、お前の負担にもなってしまう

体にも悪いぞ」


今だって、こうして大佐に何も言えないままでいる僕自信が、

嫌で、悔しくて、…やはり何も口に出せないままだった。

いつも、どんなに自分がこうであるのを自覚していても、どうしても自分のこんな部分を治すことが出来ない。

自分が上手くいかなかったことを素直に慰めてもらうことが出来ない。

…何を言われても、「自分はダメだった」と完結してしまう。

僕は、これからも本当に努力するだけでやっていけるのだろうか。

不安と悲しみがよぎって、僕の新聞を持つ手に力が入った。


「.........。

…Major。

…ならば、別の話をしよう」


大佐は席を立ち、部屋の本棚の方へ歩いた。


「…Major。私の軍の階級が他の軍よりも著しく少ないことに関して、どう思っているだろうか」


大佐は突然、僕に思いもしなかった質問を投げかけた。


「…?」

「本来の軍隊ならば、大体は少尉から大尉。少佐から大佐。少将から大将と階級が分けられている筈だ

…が、私達の軍はそのうちの少佐から大佐までの階級しか設けていないんだ

おまけにこんなに上司と呼べる存在が少ない上、隊員達にはしっかり整列を強要させることもなく、訓練だってバカ真面目に取り組ませようとしない

休み時間は和気藹々と、昼食の時間もまるで学校の給食の時間のようだ

そう言った環境を今も作っているのは、最上位の立場に置かれている私だ

…私が何故、そうしているか分かるか?」


そう、此処の軍は少佐から大佐までの階級しかないし、後は簡単な係で分けられている程度。

僕が来る前はFaithfulと大佐しかいなくて、階級も少佐から大佐のうちの中佐が省かれている程だった。

僕も良く感じていた。此処の軍の雰囲気は何だか学校のようだ、と。

昼食の時間程楽しい時間帯はないし、

訓練中だって、皆んな普通に疲れたらその場で座り込んで数分の休憩を取ったりもしている。


「…はい。この前も、大佐の口から教わりました」

「そうだ

…それもあるが、一つ目のきっかけとしては、隊員達に無駄な圧力を与えない為だ

これは理由のほんの僅かな部分にすぎないが、実際あんなに上層部を作る必要などないと言うことは私の軍で証明出来ている

敢えて上層部を減らすことで、隊員達が自分達でやりくりをして行動を進めていくきっかけを作り、それによって軍全体の行動力も上がる

…子供でもあるまい。指示する者など居なくとも、彼らは自分達の考えで動き、改善が出来る。

上層部からの圧力を減らすことで彼らも動きやすくなり、精神的にも無駄な緊張感を持たなくなる

心にも、ゆとりが出来ると言うことがまず一つ目の理由だ

…それから、必要最低限の規律を守れば、皆充分に実力を発揮でき、十分な気持ちの持ちようで居られるのを知っているから、と言うのが、一番重要で留めておくべき理由だ

階級が少ないと言うのも、上司と言う認識を持たれる存在を最小限まで減らす為

私は、何故軍はあんなに強制されたような動きをしなければいけないのかを考えた

そうである理由は勿論存在する。その在り方だって、勿論忘れないべきでもある」


大佐は本棚にある書籍を一冊抜き取り、手元で開いた。


「…だが、今そうして実装されている軍での在り方は、行き過ぎたものだと。私はそう感じてしまった

試してみれば案の定で、皆他の軍のように機械的な動きなどしなくとも、ここまで実力を発運出来ていることが結果だ

むしろ他の軍よりもはるかに実力も能力も超え、おまけに基地内の雰囲気もかなり過ごしやすい。皆の表情からは、笑顔が絶えない

…今まで、散々に他の軍から言われてきた

「軍としての立ち振る舞いを知らない」「発展の出来ない軍隊」「出来損ないの掃き溜め」…「Colonel軍の癖に」などと」


…大佐は、持っている書籍を閉じ、元あった場所に戻し、別の書籍を探し始めた。


「……。けど、関係なかった

私が求めているものと彼らの思考とは一致していなかったんだ

私が隊員達に望んでいることは、戦争のない世界がどれ程いいものかを知って欲しいことだ

戦争がこの世からなくれば、どんなに犠牲が減り、どんなに街が豊かになって、…どんなに、人から笑顔が絶えなくなることか

私はまず、自分の軍隊員達にそれを知ってもらいたかった

戦争が一体何の為に存在するのか、誰の為になるものなのか。どんなに必要のないものなのかを私の解釈や意見ながらも説明して見せた

隊員達は、私に着いて来てくれると賛同してくれた

Faithfulも、同じような考えを持っていたからだ。Faithfulの意思を受け継ぐ為に、私は大佐を引き受けた

Faithfulがこの軍に抱く気持ちの上で私の考えを説明してみても、彼らは一切首を振ることなく、私の話を受け入れてくれた

…皆んな初めからFaithfulからの教えで既に知っていたんだ

ゆとりと隠やかな気持ちを持てば、心に余裕ができ、様々なことを強化する為の容量を増やすことが出来る、と

…逆に、追い詰められればその余裕もなくなり、やがて身体の容量に限界が近付き、いずれは精神が破壊されることと至ってしまう、と言うことも

だから私達の軍は、敵軍と戦争を行ったとして、相手を全滅させたり、増してや一人も殺すなんてことはしない動けなくなるまでダメージは与えるが、必ず急所は外し、命を保持出来る限度までしか攻撃しないと決めている

…戦争というものがどんなに犠牲を生み、どんなに無駄なもので、どんなに馬鹿らしいことか知らしめる為に、私達は活動をしている

私の隊員達と戦った敵軍は皆、もう私元へ宣戦布告してくるようなことは無くなった

私達と戦っても勝ち目はなく、無駄だからだ

…その“無駄”と言う考えが、そこから戦争をなくす方面の考えに変わればと、私は常々に思っている

早く、他の軍の奴らにも、私達と同じような環境にすれば簡単に実力も能力も強化出来ると言うことを知ってもらいたい

そうなっていくうちに、戦争がどんなに馬鹿らしいものかも、同時に気付ける筈だ

…そう、穏やかな心さえ持っていれば

…。同じようなことを、お前には前にも説明した筈だ

これを聞いたことを覚えているお前なら自分が何をすべきかが分かるだろう?」


…僕の知らない過去の話や、大佐の気持ちも含まれていて、僕はその話を口出しする気にもなれないまま、黙って聞いていることしか出来なかった。

…けど、大佐が何を言いたいかはしっかり分かっていた。

前にも聞いた話。今回も、大佐が僕に伝えたいことは同じだった。


「……、笑顔でいること。心に、余裕を持つこと…」

「分かっているお前ならば出来る筈だ

…既にお前は親切な心の持ち主だ。…それも、かなりな

それによって誰かの気を癒すことだって出来よう

人にそう言ったことが出来ると言うのに、せっかく持っているその考えを真逆に自分に向けてしまうのは勿体の無いことだ

…簡単に言えば、今より更にポジティブになれ、と言うことだ

お前のその考えの持ち方ならば、必ず出来る失敗を成功に変えろ。これからの為に生かすんだ

お前の失敗は、お前の中の欠点ではない。改善点だ

それがあるからこそ、お前はこれからも成長していける

改善点を活かさないでいてどうするつもりだ

せっかく成長出来る種があると言うのに、それを腐らせてしまっては意味がない

…Major。何も恐れることはない

一度、素直になってみることが大切だ。周りの見え方が変わることだろう

お前は確かに、間違いなく、出来る人材だ

それを胸に、これからも頑張っていくといい」


気付けば、大佐に向いていたはずの顔はまた俯かれていて、部屋の床を見ていた。

……大佐の、言っている通りだ。

僕は確かに、今までも大きな成績を納めながらここまでやって来た。…少佐と言う肩書きも、大佐が僕の実力を見兼ねて昇格して下さったものだ。

…分かっている。自分でも分かっているけど、それを中々認められないだけなんだ。

僕のこの力は、きっと色々な場所で強みになると、大佐はこの間も、僕にそう教えてくれた筈だ。

……忘れてはいけない。また、忘れるところだった。

大佐はいつも僕に大切なことを教えてくれているのに。

…そんな、大佐からの大切な教え。

もう二度と、忘れる訳にはいかない。

忘れないようにしないと。


「……ありがとうございます

肝に、銘じます」


僕は大佐に向き直り、少し胸を張ったような表情で、でも少し微笑みながら大佐にそう伝えた。

大佐は新しく抜き取った本を手に、そんな僕の顔を見つめていた。


「…お前の口から直接その言葉が聞けて何よりだ

私の目に、間違いはない筈だ。お前には期待している

…これからも、お前の成長を精一杯に願っている」


大佐は席に着いて僕の顔を見たままそう言うと、机の上で書籍を開き、その横でまた書類を書き始めた。

…少し沈黙の流れる大破の部屋の中に、大佐が走らせるペンの細やかな音が響いた。

僕は余韻が抜けず、中々その場から動けずにいた。

…僕は、その場で少し帽子を被り直した。


「…Major、書類を運んで欲しいのだが、お願い出来るだろうか」


大佐に呼ばれ、僕は返事をした後に大佐の机の元に歩いた。

大佐が書き終えた書類を束ね、僕に手渡そうとする。


「…お前、心なしかもう既に姿勢が良くなった気がするな

お前の成長速度は異常だ。期待しているぞ」


大佐はさっきの言葉をもう一度繰り返すように、そう僕に言った。

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