僕はもう一通り身支度を済ませ、自宅から持って来た袴にも着替えた状態で、大佐に挨拶をした。


「気分の方はどうだ」

「はい、特に問題はないです」

「よし、出発は三十分後だ

まだ時間があるから、それまで暇を潰しておいてくれ」


大佐は腕時計を見ながら僕にそう伝えた。

大佐ももう既に袴姿で、もう準備は整っている様子だった。

…大佐が別の服装でいるのを見るのは今回が初めてだ。

相変わらず軍帽は深く被っているけれど、大佐が袴を着ている姿は、とても似合っていた。

…、僕がこう言うこと軽々しく思うのはちょっと失礼かな。

それに、そうだ、大佐は心情が読めるから…、あまりこう言うのは良くないかな。

僕は大佐に向けていた視線を少し下ろした。


「…ふむ。しかし、そうだな

…もう互いに準備は出来ていることだし、まだ時間が早いが先に出発してしまおうか」


…時間が早まるってこと?

どうしよう…、そうやって考えると少し緊張してきたな…。

…でも、こんなのはきっといつ出発することになっても同じで、緊張するのには変わりない。

それに、早めに出発して早めに帰って来れるなら、それ以降にも余裕が出来て計画が立てやすくなる。

ここは少し、僕自身が頑張って見るとしよう。


「はい。それでも構いません

もう出発しますか?」

「…そうだな、ならそうするとしよう

荷物は部屋か?私も今からもって来るからお前も持って来てくれ」


そう言うと、大佐は自分の部屋に荷物を取りに戻っていった。

今日持って行く荷物はそんなに多くないし、忘れ物も大丈夫なはず。

僕も部屋まで戻り、自分で用意しておいた小柄な鞄を手に取った。




「大佐、少佐。もう行かれるのですか!」

「どうかお気をつけて!」


僕達は丁度手の空いている隊員達に玄関で見送りを受けた。

Faithfulさんも一緒にそこに居て、見送りをしてくれていた。


「行ってらっしゃい。気を付けてね」

「はい、ありがとうございます」


そうお礼を告げ、玄関を出ようとする。


「……Majorくん、」


が、ふとFaithfulさんに呼び止められ、またそっちの方に振り返った。


「…何かあったら、すぐにそれで連絡してね」


Faithfulさんは自分の耳を指差してそう言った。

僕達の軍は、いつ何処に居てもすぐに連絡が取り合えるようマイクロイヤホンを装着していた。

僕はまだこれをしっかりと使ったことがないから、使うことに当たってもまだ慣れていなかった。


「Colonelも。絶対無理したりするのはダメだからね」

「…“無理”とは何だ

良く分からないことを言うものだ。重々承知しているつもりだが」


大佐はFaithfulさんに軽くそう返事をすると、僕と一緒にまた前に向き直り、

Faithfulさんの笑顔を目に残した後、基地を後にした。

—————————————————————————

「…やっぱり、普通に歩いているでも結構気付かれているみたいですね…?」


すれ違って歩く人達は、次々に僕達に視線を向けては目を離さない。

「あれってClonel大佐…?」「嘘!本物初めて見た…」「超身長高くて凄くスタイルいい…」「実物かっこよすぎ…」

…と言うより、ほとんどの人が大佐に夢中なようだった。

凄い、大佐だけでもこんなに知名度があるんだ…。


「まぁな、生憎私が高身長なのもあり目立っているのが理由でもある

だが、やはり軍服を着て歩いているよりかはマシだ

今後は敵軍の催しなどに侵入する機会もあるだろうから、今はその練習だとでも思っていてくれ」


大佐は堂々とした態度で僕と一緒に道を歩いて行った。

僕はそんな大佐に、少し混んだ様子の人混みに埋もれないようなるべく離れないようにして歩く。

…大佐、慣れてる、のかな。

そもそも周りに興味がないようにも見える。


「こっちだ」

「っぁ、はいっ、」


大佐に誘導されながら、僕は一緒に一軒の建物へと入って行く。

ふと、周りを見てみると、

…そこには料理店らしき名前の書かれた看板が。

???今から此処でご飯食べるの??

しかも、いきなり大佐と二人っきりで…??


「え、た、大佐、今から昼食ですか!?」

「あぁそうだ。丁度そのぐらいの時間帯でもあるから、此処で飯を済ませてからゆっくり別の場所で話すのがいいかと思ってな」


え、そ、そんな、そもそもそんな話聞いてなかったしてっきり話した後に既知に戻って普通に食堂で昼食をとるものかと…っ、

僕がもたもたしている間に大佐は受付を済ませてしまい、そのまま流れされるようにして大佐と向かい合わせの席に着いてしまう。


「私の行き付けの店だ。Majorの口にも合うといいのだが」

「ぇ、えっと…そ、そうですね…、」


様子を見ている感じだと、少し高そうなお店…?

本当に僕がいきなり大佐と二人で来ていいお店…??

し、しかも僕、本当に何も聞かされてなくてお金すら持って来て……、


「…あ、あの、僕、お金持って来てないです…」

「気にするな。初めから私が払う予定だ」


え!?そ、そんな!一番最初に大佐と来たお店でしかも僕の分まで払わせちゃうなんてそんなこと…っ!


「えっ、いやそんなっ、」

「そんなに焦る必要はない。今日は私がMajorに時間を使わせているのだから、何ら問題のあることではない

…それより、早く何を食べるのか決めたらどうだ、」


え…、そ、そんな……、

僕は何も言い返せないまま、「はい…」と返事をし、メニューを手に取った。

ど、どうしよう…、申し訳なさすぎて頭が回らない…。お金ぐらい持って来れば良かったかな……。

そう言うことなら、僕もそんなに値段がつくものを選ばない方が良さそうだな…、

チラッと、少しメニューで顔を隠しながら向かいに座る大佐の方に視線を向ける。


「…お前の食べたいと思うものを選んでくれ」


こ、心読まれてた…。

—————————————————————————

「此処の料理は口に合っただろうか」

「はい、とても美味しかったです」


結局僕は大佐に自分の分までお金を払わせてしまったが、

僕が食べたものも物凄く美味しかったし、空腹を満たすことも出来た。

大佐が何度も来たいと思うのも無理ない場所だろう。

…ただ、次からは何も言われなくてもお金は持って来るようにしよう…。

…あれ?

何だか、外が騒がしい気が…、

大佐と一緒に店から出てみると、そこには大勢の街の通行人達が集まっていた。

…が、通行人達は僕達が店から出たのを確認した瞬間、何もなかったかのようにその場から離れ始めた。

…え、もしかして、皆んな大佐目的…??

僕は咄嗟に大佐の方を見た。


「…気にする必要はない。行くぞ」


大佐はそう言い、また道を歩き始めた。

僕も慌ててその後をくっつくようにして着いて行く。

……あれ??

僕は背後から沢山の気配を感じて歩きながら後ろを振り向く。

…なんと、後ろからまたさっきの通行人達が集まって来ていて、僕達の後を追いかけるようにして着いて来ていた。

…中には携帯でこちらのことを撮っているような仕草を見せる人達も…。

盗撮…。あまり、良くないよね……、


「…た、大佐…、」


僕は少し怖くなり、恐る恐る大佐に声をかける。

大佐も僕の声に気付き、一緒に後ろに振り返った。

…そして、また通行人達は取り繕うようにしてバラけ始める。


「今日は中々内気な者が多いのだな。いつもはこれよりももっと激しいんだ」


えぇ…、これよりも激しいものなんて…。

想像すると更に恐怖を感じてしまう。…大佐もいつも大変なんだな…。


「…しかし、これではどうしても気に障ってしまうな

さっさと行くぞ」


大佐は少し早歩きになった。

僕も慌てて早歩きになる。

…後ろからも早くなった足音が聞こえる気がする…。


「…切りがないな。仕方ない」


すると、大佐は突然僕の腕を掴み、

人気のない路地の方にテレポートした。

…さっきの場所から少し離れた所なのか、さっきのような人の気配はもうしなかった。


「…、大丈夫だ。行こう」


僕は大佐に腕を引かれたまま反対側の路地の出口から出ようと試みる。

…が、路地を抜けた瞬間、


「えっ!?Colonel大佐!!?」

「えぇっ!!やばぁ!!本物!?」


一組の若い女の子達がそう声を上げると、

今までこちらに気付いていなかった通行人達の視線も、全て僕達が集めてしまう。

…あ……、

…嫌な、予感……。


「…あぁ、これは、……

…やはりいつもよりも少し、面倒臭いかもしれないな」


そう、大佐は口から溢すと、

僕の手を引いたまま通行人達を横切って走り始めた。

僕は勢いで飛んでいってしまいそうになる軍帽を咄嗟に押さえた。

わっ、何かあまり良くないことになってる…!?

大佐に腕を引かれながら、また後ろを振り向いてみる。

…その目の先には間違いなく、次々に僕達を追う、増え続ける通行人達が。

まるで僕達を何か珍しいものと捉えて逃さないかとでも言うように。

前に向き直ると、更に正面からも先回りして今にも追い詰めて来そうな通行人達を目の当たりにした。

ぇ、えぇ…っ!?どう言うこと…!!?


「…手間をかけさせるものだ。こんなことであまり体力を使いたくないのだが、」


僕が何か言う暇もなく、そのまま大佐に抱き抱えられる形になり、僕の身体はふわっと宙に浮き、驚いてつい声を上げてしまう。。


「話をしたいならばまたの機会に宜しくお願いしたい!

達者でな!!」


大佐は追って来る通行人達に大声でそう呼びかけると、

僕を抱えたまま跳躍能力で建物の屋根の上を飛び飛びに、一気に移動し始めた。


「っっ、わっ、」


身体が浮くような感覚に声を漏らしながら、また飛んで行きそうになる軍帽をぐっと押さえた。

軍帽の影から見えた景色はとんでもなく高い位置から見たもので、声も出せないまま僕は強く目を瞑った。




段々周りが静かな場所になってきたかと思うと、大佐は振動のないよう静かに地面に着地し、僕をそっとその場に下ろした。

突然で激しい動きに少し頭をくらくらさせながら、

僕は安心のため息をつき、その場に座り込んだ。


「今日は平日明けの土曜日だったか。通りで人の通りも多い訳だ」


大佐も少しだけ息を切らしながら、僕の隣に腰を下ろした。

段々気持ちが落ち着いてきて、やっとを目を開けてみると、

…そこには、息を呑むような絶景が広がっていた。

下を見ると、僕達は丁度その岩場の上にいるようだった。


「怖い思いをさせてしまっただろうか

此処ならば、恐らく誰かが来ることもない

空気も美味しく、話をするのには丁度いい場所だろう」


僕は景色を眺めたまま静かに返事をした。

…少しの間沈黙が流れた後、大佐がそっと僕に顔を向けた。


「…例の話をしようかと思うが、

…私の、過去の話だ。あまり良い話ではない

…それでも構わないだろうか」


大佐がそう話しかけてきて、僕はそれに対する対応をするように、そっと微笑みかけた。


「はい、大丈夫です

聴かせて下さい」


そう僕が返事をすると、大佐はしばらく僕の顔を見つめたまま、

改めて正面に向き直り、話をし始めた。

—————————————————————————

「…私。他の人に、告白されちゃって、」


急な事実を告げられ、俺は口を開けてしまう。

…Jessieが、他の人に告白された、だなんて…。

誰に?どうして?

…どうして、


「そ、そりゃあ、断ってくれた、よな…?」

「…、それなんだけどね、」


Jessieは、あった出来事を落ち着いた様子で丁寧に話してくれた。

…話によると、Jessieは俺の知り合いであるQualiaに声をかけられたらしく、…それも何故か物凄く押しが強いと言う話らしい。

肝心の理由が分からないようで、今回はとりあえずその話を俺にする為に此処に来てくれたらしい。

こう言う事情があったから、決して勘違いなどはしないでくれ、と。

…それで、今日はこれからその返事をQualiaにして来るのだそう。


「…そんな顔しないで?あんないい加減な申し出、私も受けるつもりないし、

それに、コロくんが彼とあまり仲が良くないの、知ってるから

そもそもここまできて私が簡単に他の人に乗り換える訳もない。でしょ?」


Jessieは俺を宥めるようにして優しくそう話しかけた。

……、


「…分かった。もし、もし無事話を終わらせられたら、

すぐにまた戻って来て欲しい」

「当たり前でしょ?ちゃんと分かってるよ

しっかりお断りして、絶対ここにに戻って来るから」


Jessieは続けて優しく俺にそう言った。

…そう、だ。俺達は付き合い始めてそんなに短くもない。

今までもずっと、この関係が幸せで、俺もJessieの傍に居たんだ。

…今だって、Jessieは俺にとって掛け替えのない存在だ。

…だから、

……


「絶対、絶対って言ったな?頼むよ、

絶対に、戻って来て欲しい。俺、これから突然離れられるだなんて、そんな…、」

「もう、分かってるって。心配しないで

絶対戻って来るから。だから安心して?」


そう、また俺に安心させるよう話しかけた。

…俺は上手く返事も出来ないまま、その場に俯いた。


「…それじゃあ、…もう、約束はこの後すぐだから」

「…あぁ、分かった」

「…、大丈夫、戻って来るから」

「……分かった」


Jessieはそう俺に言い残して、そのまま去って行ってしまった。

離れて行く途中も彼女は俺に気を遣って手を振ってくれていた。

…それに、俺は力無く手を振り返す。

Jessieが曲がり角に消えて、視界から居なくなると、

…俺の彼女に振り返していた手はすとん、と下に落ちた。

……。

Jessieは、本当に、親切な心持ち主で、

常に俺のことを考えて気を遣ってくれていて、

いつも、笑顔が絶えなくて。

時々愛を確かめ合ってくれては、また俺に微笑みかけて。

いい意味で、俺を困らせる人だった。

………、

彼女は、本当に帰って来てくれるのだろうか。

結局何らかの理由で帰って来なくなってしまうなんてことは…、

考え始めると、どうしても良くない考えばかり浮かんでしまう。

信じるべきなのは分かっている。信じるしか選択肢がないのも分かっている。

…、信じていて、いいのだろうか。

怖くて仕方がない。自分にとってJessieは本当に大切な存在で、いつだって彼女は俺を、……。

俺だって、彼女をいつだって愛していた。

彼女だってその筈なのに、分かっている筈なのに。

何故、こんなに不安な気持ちに駆られるんだ…?

不安で、涙が溢れてきそうななってしまう。

…、……、

…ダメだ。今は、気持ちを確かに持たないと。

Jessieだって「必ず戻って来る」と、確かに俺にそう伝えてくれた。

今は、彼女を信じて、待つべきだ。

…待っている、べきだ。

……俺には、そうするぐらいしか…。




あれから俺は移動する気も起きなくて、ずっと傍のベンチに腰かけたまま憂鬱な気分で項垂れていた。

そのうち「話、少し長くなりそう。終わったら家に寄るから準備して待ってて」と、Jessieから携帯から連絡が届き、

俺は重くて堪らない足を動かし、怠い気分を覚えながら自宅へと移動し始めた。

…ずっと頭が真っ白で、何も考える気が起きない。

絶えずJessieの事を考えてはどんどん気が重くなっていく。

今は少しだけでもそのことを考えるのをやめようと心掛けても、

…どうしても、そうは出来なかった。

俺は立って歩くことすら憂鬱に感じていながら、何故か早く家に帰ることすら渋り、

わざと回り道をして家まで向かっていた。

ずっと足元を見て歩いていて、しょっ中人とぶつかりそうになり、更に気を病めた。

連絡が来ないか何度も携帯を確認したいが、…届いている様子もなく、また更に気を重くするだけだと携帯を見る気すら失せていた。

段々と人通りの少ない道に入って行き、やがて俺の足音だけが響いていた。

…あれ、こっち、帰り道じゃないや。

足を止めて、自分が無意識なまま帰り道じゃない道を歩いていたことを自覚する。

…まあ、いいや。…もう、どうでもいいや。

俺はそのまま先に進んで更に回り道をしようと足を再び動かし始めた。

……すると、


「嫌っ!離してっ!!」


誰かの金切り声が俺の耳を劈いた。

…Jessieの声だ。

俺は我に返り、辺りを見渡し、声の在りかを探し始めた。

俺の足は自然と声のする方へ駆け出して行く。

…何処だ、何が、あったんだ…っ

まさか、QualiaがJessieに何かを…!?

そんな…っ、

すると、俺の動き続けていた足は、当然と勝手に止まっていた。

見つけた。

目の前では、

Jessieの腕を強く掴むQualiaと腕を掴まれて身動きの取れないJessieが揉み合いになっていた。

…Jessieは、明らかに嫌がっている。


「っ…!!」


俺は怒りで声も出せないまま、走った勢いのままQualiaの顔面を力任せにぶん殴った。

Jessieの腕からQualiaの手は離れ、彼はそのままその場に倒れ込んだ。

俺は咄嗟にJessieを背に回し、守れる体勢をとった。


「っ…、コロくん…っ!」

「大丈夫かっ、離れるんじゃないぞ、」


俺も必死になりながらJessieが離れないようしっかりと支えた。

たまたまこの道の通っていて正解だった。

もし、俺があのまま真っ直ぐ家に帰っていたとしたら……。

…考えたくない。

Qualiaは少しもがいた後、またよろよろとその場に立ち上がった。

…そして、目つきの悪い目で俺を睨む。


「…またお前かよ。いっつも邪魔ばっかしやがって…!!」

「っな、何の話だよ…っ」


俺はその言葉を聞いても意味が理解出来ず、疑問を返した。

…Qualiaは俺の返事を聞くと、突然気が狂ったように笑い出した。

俺とJessieは気味が悪くなり、顔を顰めた。


「は、何の話ィ…?

とぼけんなよ」


本当に何の話なのか、俺にはさっぱりだった。

そもそも俺がお前に何か迷惑をかけた覚えなんてな————

次の瞬間、腹から全身に激痛が走った。

俺は声を出す余裕もなく、その場に倒れ込む。

薄れる視界の中痛みのある腹に目を移すと、

…浅いが、確かにナイフが刺さっているようだった。

ナイフに手を触れたまま身体を動かそうにも力が入らず、意識が遠のいていく。

薄れていく意識中、俺の名前を必死に泣き叫びながら呼ぶ彼女の声が聞こえる。

そして、完全に意識が途切れる直前、彼女の響き渡る悲鳴だけが耳に残った。

—————————————————————————

俺は目が覚めて、勢い良く身を起した。

…が、腹の痛みで悶えた。

…生きて、いるのか……?

どうやら、ナイフが奇跡的に急所を避けた上に、刺さった深さが浅かった為助かったらしい。…奇跡に近い。

ナイフはもう腹には刺さっておらず、その辺に転がっていた。

痛みに耐えながら自分にヒールをかけた。

このぐらいの傷なら、自分のヒールで治せそうだった。

俺は疼くまるような体勢で息を切らしたままヒールをかけ続けた。

……少し経ち、俺はようやく完治した身体で楽な体勢をとった。

…そうだ、Jessieは…っ、

俺は思いました途端周りを見渡す。

…ッ————


「っぅ、うわぁあっっ!!!」


俺は目にした光景に思わず声を上げた。

……Jessieが、目を見開いたまま血を流して倒れていた。


「…ぉ、おい、Jessieっ、Jessieっ!!」


彼女の身体を揺すりながら、大声で名前を呼んだ。

…しかし、同じ表情のまま動く気配もない。

良く見ると、首にはざっくりと掻き切られたような傷が残っていた。

……嘘だ、嘘だ。そんな、信じられない、信じたくない。

そん、な………、

俺の鼓動はどんどん早くなり、涙も出ないままとにかく息切れていた。


「っ、うッ、」


俺は抑え切れない気持ちと、体に追いついていないような息切れだ呼吸で突然吐き気を感じ、口を押さえてそのまま俯いた。

…そして、絶えず不規則なリズムで呼吸をし続けた。

俺は、

…俺は、彼女を守れなかった。

命を、救ってやれなかったんだ。

こんなにも愛している証拠さえあったのに、

…俺には、彼女を守る力すらなかった。

Jessieは、俺の元へ戻って来ようとしてくれていた。

あんなにも必死な様子で、俺の元へ戻ろうと、

彼女に罪はなかった筈だ、何も、罪なんて、なかった筈だ

罪があるべきならば俺だった筈なのに、

何の罪もないJessieは、奴に、殺され、て………

……俺は、俺は…俺は…、

…俺は、結局、何も残すことが、出来なかった。

息切れ以外、何も外に出なかった。

俺の感情は既に、後悔と絶望で埋め尽くされていた。

…、

…後悔?絶望??

いや、違う。

後悔よりも、絶望よりも、

何か、大きなものが、俺の中で渦巻いていた。

—————————————————————————

あれから一週間程経った今、俺は奴の家の前に立っていた。

今まで、知ろうとすらしなかった場所だ。

まさか、こんな形で、

特定することになるとは。

俺はこの夜、奴に復讐して仇を打つと決意していた。

一度も口角を上げるきっかけなどなく、ただただ計画を練ることだけに集中してきた。

手には、何も待っていない。

ジャケットの内ポケットに、奴が俺を刺した後にJessieを殺した際に捨てたナイフが入れてあるだけ。

それ以外は、何も所持していなかった。

時刻は深夜3時。

恐らく奴が既に寝ている時間だ。

寝ているところを殺しにかかった方がいいと、確実に悲鳴を上げられずに殺せる。

俺は奴の家にテレポートで忍び入り、土足のまま家の中を歩いた。

土足のままだが、この一週間で身につけた音を消す能力のお陰で足音を消し、気配をもより消せている筈だ。

正直、どの部屋が奴が寝ている部屋までかは分からない。

けど、構わない。自力で探し出すまでだ。

今は何を向けられたとしても怖くはない。

恐怖など、自分でも怖い程に何も感じなかった。

透視能力を使いながら、辺りを見渡す。

…この能力も、この一週間で身に付けた。

気配は二階だ。

俺は気配を消したまま階段を登って行った。

…二階には、3つ程部屋に繋がるドアがあった。

透視能力で部屋の中を覗きながら進んで行く。

…自分から一番近い二つの部屋の中には何もなかった。

となれば、一番奥の部屋だ。

俺はそこまま奥の部屋へと近付いて行く。

今までのドアに鍵穴はなかったから、恐らく鍵はかかっていないだろう。

奥の部屋に近付いて来ると同時に、俺はジャケットの胸ポケットからナイフを取り出す。

…そして、そっとドアを開けようと————、

…?

ふと、ドアノブ付近に鍵穴があるのに気が付いた。

…しかも、ご丁寧に鍵まで閉まっているようだった。

…嗚呼、

無駄に、腹が立つ。

早く、殺してやりたい。ぶっ殺してやりたい。

どうせ、今更俺に気付いたところで、

反撃すら出来なければ、声を上げる暇もないだろう。

…何がどうであれ、仕留めるのみだ。

もう、慎重に動いて、無駄に感情を我慢する必要なんてないだろう。

俺は足を振り上げ、

そのまま一発でドアを蹴り倒した。

ドアは大きな音を立て、木屑や埃を立てながら部屋の内側に倒れている。

流石に奴もその音で目が覚めたのか、飛び起きた様子でベッドの上から俺の方を見ていた。


「な、何だ…?」


小さく声に出しながら状況が理解出来ていない様子で俺の方を見つめ続けている。

俺は構わずそのままずかずかとベッドにの上に登り、

奴に跨って胸倉を掴み、ナイフを振りかぶった。


「お、お前…死んだ筈じゃ…っ」


これ以上、その声ももう聞きたくない。

その顔面も、もう二度と俺の目の前に現さないで欲しい。

ナイフを上げたまま、奴の怯えた顔だけ、

最後に見届けてやった。


「死ね」

—————————————————————————

ナイフは確かに奴のソウル部分を深く刺し、

様子を見てももう奴は血を流したままぴくりとも動かなかった。

…、殺して、やった。

仇を、打ってやった。

俺は達成感に満たされ、口角を上げそうになる。

…が、それと同時に、

何か、身体に違和感を覚えた。

身体が、やけに軽い。

さっきまでとはまるで全然違うような感覚…、

……、

…ま、まさか…っ、

俺は急いで家の何処かにある鏡を探した。

やがて洗面所に辿り着き、急いで鏡の前に立ち、

自分が映る正面を見た。

…鏡には、

返り血を浴びた顔面と、

左目が、元の色から全く違う色に変化した自分を目の当たりにした、自分がそこに立っていた。

そう、私は、

LOVEが、上がってしまったのだ。

瞳のサイズも今までよりも小さく縮込まり、目つきが悪いようにも見えてしまう。

俺は顔を真っ青にし、血の気が引いたのを感じ取った。

そして、俺は思う。

今思えば、俺は奴がしたのことと、全く同じことをしただけなのだ、と。

何が仇打ちだ、何が復讐だ。

こんなの、こんなの……、

奴と同じように、犯罪者と同じことをしたのに変わりないじゃないか。

俺は馬鹿だ、愚かだ…。

……、

…もう、落ち込んでいる暇などない。

早く、早く此処を抜け出さなくては。




俺は死体も残したまま、ナイフももう見たくなくて、

それをも投げ捨てて一心不乱に一週間前にはそこに居た、

例の、人気の少ない場所へと辿り着いた。

無計画にテレポートを使いまくったせいで無駄に体力を消耗し、疲労で足が疲れ、そのまま地面に膝を付いて肩で息をした。

今、俺が膝を付いて居る場所、手を付いている場所、

Jessieが、確かに倒れて死んでいた場所だ。

ごめん、Jessie、俺、結局何も出来なかった。

何をしようとしていたかすら今じゃ分からない。

ただ、愚行に走っただけだった。

ただ、更に罪を重ねただけだった。

ごめん、ごめん……っ、


「許して、くれ………」


口からそう溢れたその時、

目の前から明るい光で照らされ、ふと、身体を起こした。

……警察…?

でも、もう逃げる気すら起きなかった。

むしろ、この世から消えてしまいた————、

…、

……いや、違う。

あれは、警察ではない。

…あれは、

……軍人……?













「そこに、居たんだね」

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