次の日。

今日は、しっかり余裕を持って到着することが出来た。

昨日は少し迷いながら大佐の部屋まで向かった為、そのお陰でその記憶で迷わずに此処まで来ることが出来て、自分の中でもとても安心している。

…でも、タイミングがすれ違ってしまったのか、昨日話しかけてくれた少佐は今は大佐の部屋の前には居なかった。

また、会ってお話が出来たらいいんだけど…、改めて昨日のお礼もしたいし。

僕はもう昨日も改めて契約書を書いたし、正式に入隊したことになっているはずだ。

…もう、普通に入るだけでいいはず。

僕はまだ初めてなのもあって不安を抱えながらも、昨日のように大佐の部屋のドアをそっとノックした。


「…入れ」


少し時間が空いた後、大佐の返事が中から聞こえた。


「失礼します」


口から発される言葉だけは緩まないようしっかりと発言するようにした。

僕がドアノブを押すと、ドアは音を立てて開いた。

中に入ってから、しっかりとドアが閉まったのを確認し、大佐の方に向き直って机の方へ三歩程歩み出た。

…何やら書類の整理で忙しそうだ。

大佐は確認するように僕に目を向けた後、また書類に視線を戻した。


「Majorか。今日は余裕を持って来れたようだな」


大佐は、相変わらず淡々と話していた。

丁度軍帽の鍔で目元が隠れ、口元だけが動いているのが覗いて見えていた。


「はい、昨日は遅刻も同然だった為、今日は同じ失敗を繰り返さないよう努力しました」

「…そうか、悪くない心構えだ。その調子を忘れるな

…、ところで、見張りの奴はどうした。見かけていないのか?」


…確かに居なかった。やっぱり、常に見張をしていないとダメだったのかな…?

…大丈夫なのかな、何処に行ったんだろ。


「はい、…今日は見かけていません」

「…持ち場を離れる場合は必ず知らせて欲しいと伝えたはずなんだがな。相変わらずどこか抜けている部分があるらしい」


少佐は昨日も少しの時間持ち場を無断で離れていて、今日は昨日に続いて二回目だ。…怒られたりしないかな、大丈夫かな。


「…あいつのことがそんなに気がかりか」


図星であった為に、僕のソウルは大きな音を鳴らした。

…あれ、でも、何で分かって…?


「…まぁいい。いつものことだ

これには私も少し呆れ始めている」


少しため息混じりで大佐はそう話した。

けど、怒っているような様子も見られなかった。

…大丈夫、かな。僕は少し俯き気味になってしまう。

自分でもそれに気付いて顔を上げると、大佐も丁度こちらを見ていたようで目が合ってしまう。


「…別に罰を与えようと考えている訳でもない。お前がそんなに心配するようなことではないだろう、彼には私から少し言っておくだけだから心配するな」


…、

さっきから少しおかしい。僕は何も話してないのに、

何でこんなに気持ちがバレバレなんだ…?

まるで、考えをそのまま見られているような…、


「…、

私は透視能力を身に付けている。隠し事は通用しないぞ」


透視能力…。

凄い、透視能力が使える人を見るのは初めてだ。尊敬してしまう。

…気になる。透視能力って、どんなものなんだろう?


「…あの、その透視能力って、具体的にどのようなものなのでしょうか?」


つい、出過ぎた質問をしてしまう。


「…どのようなもの…。…、

これは、私自ら身につけたものだ。透視能力と呼んではいるものの、恐らく能力とはまた異なるものだ。

…、技に近いものになるのだろうか

…日々、意識していたら身につけることが出来た。自然と取得したものだ」


…凄い。ますます凄い。

意識的に身につけられるものなんだ。どのぐらいの期間で身につけられるんだろう?

全員の心が、読めるのかな?

こう言った力の身につけ方は聞いたことがあったけど、かなり難しいものと聞く。

…それをもこなしてしまう程大佐は凄い人…?

でも、この能力をわざわざ手に入れようと努力した理由は?

何が、そんなに大佐を動かしたんだろう。

興味と疑問がどんどんと湧いてきて、つい大佐に次の質問をしそうになってしまう。

…けど、今はそんなことを話している時間はないだろうし、

…それに、きっと僕が今頭の中で考えていることも大佐には筒抜けだ。

僕は下ろしていた目線を大佐に合わせた。


「…で、話を戻すが

今日お前は、予定よりも少し早めに来てくれたが為に、少し時間が余っている

予定の時間まで、そこら辺をぶらついてもらっても構わない」

「…ぁ、はい!分かりました、」


ぐるぐると頭を回しながら色々なことを考えていた為、急に話の内容を変えられ、少し反応が遅れてしまった。

…ずっと頭の中を見られている気がして、少し、落ち着かない。

心を落ち着かせたくて、僕は軽く一言してから大佐の部屋から出た。

ドアと背中合わせになり、少し視線を落として考える。

…Colonel大佐って、何だか不思議な人。

確かに親切だし、何も怖がることもなければ僕が身構えることもない。

…けど、まだ大佐に対して知らないことが沢山あるみたい。

これからもまだ大佐と関わることは沢山あると思うし、早いうちに性格など、掴んでおきたいところだ。

でないと、僕が先に色々なことに不安になってしまいそうだ。


「あっ、Majorくん?もう来てたんだね」


ふっ、と顔を上げると、Karu少佐がそこに立っていた。

…少佐、全然焦ってる様子もないけど、見張りしなくて大丈夫なのかな…?


「…少佐、…ぇっと、此処に来るまで何をしていらっしゃったのですか?」

「え、何って、うーん…、今は特にやることないから、

軽く散歩…?みたいな感じ」


散歩…、どういうこと?サボってた、ってこと…?


「…えっと、少佐、見張り番は…、」


僕の言葉を聞くと、少佐は表情を変えて目を逸らし始めた。


「ぁ、わ、忘れてた〜、あはは…」


少佐はわざとらしく、頭を掻く仕草をして見せた。

…だ、大丈夫、なのかな…、そんな感じで…。

そのぐらい、大佐と少佐は仲がいいってこと…?

よく分からない状況で、少佐のことも心配になってしまって、僕も表情に焦りが出てしまう。


「…とか言うと思ったでしょ、」


すると少佐は、ころっと揶揄うような表情に変えて、姿勢を崩して腕を組んだ。


「っ、え…?」

「あははっ、面白い顔!そんなに演技上手かった?

俺今日は見張り番じゃないんだ〜、見張り番って日替わりで人が変わるんだよ

しばらく番はないし、全然フリーな状態ー」


ニコニコしながら手をひらひらして見せた。

そ、そうなんだ…、良かった…。

凄く心配しちゃった…、でも何もなかったみたいで良かった…。

…あれ、でも、そしたら今日の見張り番の人は…?

今度はそっちの方が心配になってしまい、キョロキョロと辺りを見渡す。


「Majorくん、また俺のこと心配してくれたんだ?」

「ぁ、いや…、」

「ちょっと〜、そこ隠す必要ないじゃん?何でそんな反応するのさー

でもありがとう、昨日から思ってたけどMajorくんって相当優しいよね、」


笑い事にしながら、少佐は僕にそう言って見せた。

僕は何も言えないまま、少し視線を落としてしまう。


「はは、ごめん、ごめんね?戸惑わせちゃったよね

今日の見張りの奴ね、どうしてもトイレが我慢出来なくなっちゃって大佐に無断で持ち場離れちゃったらしくてさ

Majorくんはたまたまタイミングが悪かっただけだよ

あいつが帰って来るまで俺が代わりに見張りしようと思って此処に来たんだ

このことはしっかり俺が言っておくから安心して?だから大丈夫!」


少佐は僕を慰めるように優しくそう言った。

そう、なんだ。じゃあ、大丈夫なのかな、

…でも、まだ僕は頭の整理が出来ていなくて、上手く返事が出来ないままでいた。

僕はそれでも、せめてと思って少佐に微笑んだ。


「入隊したばっかなのにこんなに絡まれて、ちょっと疲れちゃうよね。あまり気にしないで、

でもさ、やっぱりMajorくんってやっぱり優しいみたいだから

もしかしたら、そう言うところが既に大佐には見込まれてるのかもしれないよ?

此処に入隊するだけの力もあって、性格も優しいだなんて!凄い子が入隊してきたものだね〜」


…大佐が、僕を?でも、まだ全然期間も経っていないのに。

でも、確かにその言葉を聞けて僕は嬉しく思って、表情にも出てしまっているのが自分でも分かる。

…大佐が、もしも本当にそう思ってくれてるなら嬉しいな。


「あ、ごめん。また時間とっちゃったね

時間余ってるから、また見学してくるんでしょ?その後ももう訓練始まるって聞いたし、

もっと時間なくなっちゃうからそろそろ行って来なよ」

「はい、分かりました。ありがとうございます」


少佐からまた軽い返事をもらい、僕は会釈してその場を後にした。

足音さえも響く程静かな廊下を歩き、階段を降りて行こうとすると、

さっきの場所からか、ドアが開く音の後に大佐と少佐の声が聞こえてきた。


「あ、大佐。見張りの奴のことなんですけど、」

「おい、あまりあいつを冗談などで揶揄ってやるんじゃない

疲れてしまうだろう」


…?


「あ。はは、すみません」

「…で、何だ」

「はい、さっきまで見張りをしていた————」


…大佐、何でわざわざそんなこと少佐に注意したんだろ?

会話は楽しそうに聞こえたはず。…僕がそんなに戸惑ってるように見えちゃっていたのかな。

僕は止めていた足を再び動かし、階段を降りて行った。




ふぅ、疲れたぁ…っ。

あまり声に出すのは良くない気がして、若干息を切らしながら頭の中でそう呟く。

訓練の内容は大変だったけど、指導員さんは思ったよりも厳しくなかった。…指導員さんも気遣ってくれてたのかな?

とにかく、無事終えることが出来て良かった。

試験前の訓練とはレベルが違って、一層体力を使うものだった。これに慣れていくんだと思うと、少しこれからが大変に思えてしまう。

…各々、慣れていけるといいな。

今回は実際に使ってるレイピアや拳銃を初めて触らせてもらったけど、何やら特別な仕組みをなされているようで僕が聞くだけでも凄い物だと分かる程だった。

拳銃は通常のものよりも大きく、重量もあって威力も高くて、技術面でも優れている。

レイピアもほぼ全面で切れるような仕組みになっていて、こんなに優れた武器を目にするのは初めてだった。

僕も今までに沢山沢山勉強して知識を積んできたつもりだけど、これだけは今初めて目にした物で驚きを覚えた。

…この武器が、これから僕と一緒に戦ってくれるんだ。僕は今日受け取ったばかりのレイピアと拳銃を手に持って眺めた。

でも、それ程Colonel軍の情報が外部に漏れないようにもなっているんだろう。

戦術とかの説明もあったけどどれも確実で、実用性のあるものばかりで驚いてしまった。

…まさに、“完璧”と言う言葉が相応しい。

言葉では上手く説明出来ない。これ程完璧なら、他の軍に敗戦したことがないと言う話も納得出来る。本当に凄い。

…でも、此処に入隊出来たのはいいものの、僕は周りの先輩方程の能力を持ち合わせていない。

僕なんかが、皆と釣り合うような実力を発揮出来るか正直心配だ。

…僕は、本当に大丈夫なのかな。

やっぱり心配だ。




「ご苦労だった。今日の訓練はこれで終わりだ

今日はもう帰宅してもらって構わない。明日も同じように訓練に出られるよう身体を休めておくようにしてくれ」

「はい、ありがとうございます」


そう言った後に、僕は大佐に深々と礼をした。


「因みに、明日も私のサポートは必要だったりするだろうか?」

「…、?」


サポート…?

僕は、少し理解が出来なくて口籠もってしまう。


「毎日朝早くから私の部屋に来るのは面倒だろう

もしも、既に一日のスケジュールを一通り覚えられたようならば、明日からは全て自分で準備をし、自分で時間を見ながら訓練場に向かい訓練を始めてみるといいだろう

ものは習うより慣れろとよく言うが、

…どうする」


そう言うことか。

…明日から一人で、か。

どうなのかな、僕に出来る?

でも確かに覚えることは大して多くないし、僕も今日だけである程度頭に入れることは出来た。

…次からは、自分だけで上手く出来るかな。

…でも、完全に自信がある訳ではない。


「…はい、ぇっと…、」

「…、全部、自分で出来そうか?」


…ど、どしよう。

大丈夫かな。僕一人で大丈夫かな。

不安で一杯だ。明日になったら忘れちゃうなんてことはない?

でも、大佐も本来はもっと仕事があって、僕に構っている暇などない筈だ。あまり長く付き合ってもらっていては迷惑をかけてしまう。

…じ、自分で、頑張ってみよう、かな。


「ぅ、…は、はい!大丈夫です、明日からは一人でやらせて下さい」

「分かった。なら明日からは自分で全てやってみてくれ

また何か分からなくなってしまったなら遠慮なく訊いてくれるといい

私だけではなく、他の隊員もきっと優しく対応してくれる筈だ」


ほぼ勢いで言ってしまった。…でも、きっと僕なら大丈夫だ。

大佐が言っている通り、また分からないことがあった時に随時訊いてみることにしよう。


「ありがとうございます。…し、失礼します」


そう言い、また会釈して大佐の部屋を後にした。

…ああやって自分から言ってみたものの、実際はやっぱり上手く出来るかどうか不安で仕方ない。

でも大丈夫。不安なだけで僕はやる時はやるんだ。

…少しぐらい、不安って伝えた方が自分の気持ちも伝わって、

…その方が、良かったのかな…、


「あっ、お疲れ様〜Majorくん、」


突然話しかけられたと思って顔を上げると、

そこにはまた、Karu少佐が明るい笑顔で立っていた。


「Karu少佐、」

「僕の名前もすっかり覚えてくれちゃって!嬉しいね〜、

明日からはもう一人で頑張ってみるんだって?何やら色々と不安みたいだけど…、分かんないことあったなら全然訊いてくれて大丈夫だからね

まだ入隊したばっかりなんだし、分からないことが沢山あっても無理ないし!

沢山頼って!」

「は、はい、ありがとうございます…!」


Karu少佐は、相変わらず僕に親切に接してくれた。

…何だか、軍によって本当に雰囲気とかも変わってくるんだな。此処の軍がこんなに優しい人ばかりで、温かい場所だとは思わなかった。

…本当に頼らせてもらってもいいのだろうか。沢山、頼っていいのだろうか。

こんなに優しくされたことはないから、実際どうしたらいいのかが分からなくなってしまう。


「ね、てかさ、

さっきの訓練、あれどうしたの??

Majorくん、元々何か自衛隊とかでもやってたりした…?とても今回入隊したばかりの腕とは思えないんだけど…、」


…?さっきの訓練…?

…僕は普通に初めての訓練を普通に受けさせてもらっただけで、別にこれと言って特別なことは何も…。

きっとあれは、たまたま。偶然で……、

—————————————————————————

「じゃあまず、そのレイピアで其処にある藁の塊を下から斜め上に斬り上げてくれ

塊を切り落として分裂させられるまでいくとベストだが、初めのうちは中々上手くいかないだろう

改善点はまたその後説明するから、とりあえず自分なりに頑張ってみてくれ」


藁の塊は、僕の身長よりも少しだけ高い位置で固定されていた。

…上手く出来るかな。

でも、やっぱり渋っていても何も始まらない。何事にも挑戦してみることに限る。

他の訓練をしていた隊員達もその時は手を止め、僕がレイピアを初めて使うところを見守ろうとしてくれていた。

新入隊員の実力がどのぐらいのものなのか気になる気持ちも分かるし、それに、特に僕はとても久しぶりな新入隊員なのもあって、余計に気になってしまうのだろうか。

…でも、期待したような目でそんなに僕を見ないで欲しいのはある。

余計に緊張して、手が震えてしまう。

これでもし失敗したら、僕の腕は大したことない…?

皆の期待も裏切ることになっちゃう…?

…けど今は、目の前のことに集中して、自分なりにでも成し遂げて見せないと。

そんな自分が、これから成長していく為の訓練なんだ。

僕は試験前の訓練の時の動き、手の感覚、視線の見え方を思い出す。

そして、レイピアを藁の塊に向かって構え、

思いっ切り斜めに振り上げた。


「ふんっっ!」


気合いで声を漏らしながら、重量の軽いレイピアが風を切る音を立て、僕の顔の斜め上で止まる。

…けど、藁の塊は触っていない状態のように全く動かなかった。

…どう、しよう。全然、斬れてなかった、のかな…。

がっかりした気持ちでレイピアを振り上げたままの姿勢を黙って崩した。

…が、次の瞬間。

藁の塊はゆっくりと斜めに線を入れてずれ始め、

やがてその切れ端が僕の足元にすとん、と落ちた。

……、断面に凸凹も見られず、形も崩れずに綺麗なままの切れ端がそこにあった。

…そ、そんな、僕…。


「お、お前…、

す、凄ぇ、な……、」


指導担当さんが圧巻の様子でそう口から溢した。

自分も驚いたままその切れ端を見つめ、耳からは他の人がパラパラと拍手をしている音が耳に入る。

切れているにしても、こんなに綺麗に切れているだなんて思わなかった。

感覚だって、ただ風を切っただけのような、軽い感覚で……、

「本当に新入隊員?」「別の場所で習っていたりしたのか?」「元経験者…?」

皆が小声で会話しているのも耳に入ってくる。

…ち、違う…、きっと、たまたま上手くいっただけなんだ。

僕だって、自分にこんな力があるなんて思っても見ない。




「じ、じゃあ、次はその拳銃であそこにある的を狙って撃ってみてくれ」


…何メートル、あるんだろう。

僕からもかなり離れた場所に、その的は佇んでいた。

僕は目を細めながらその的へ目を凝らす。

こ、こんなの届く訳ないじゃん…。

レイピアの使い方はさっきの一斬りで申し分ないと言う判断になってしまい、さっさと拳銃の使い方に移ってしまった。

…そんな、一気に期待を向けられたって僕は…、


「距離が遠く感じるかもしれないが、その拳銃ならばこのくらい距離は余裕で撃ち抜くことが出来る

標準さえ合っていれば、必ず当たるだろう」


……でも、今はやるしかないんだ。

また、あの時のことを思い出して…、

僕はそれを持ったまま腕を伸ばし、目線の高さに、拳銃を合わせる。

…本当に、全然当たる気がしない。

確かに可能性が全くない訳ではないけど、こんなの…。

迷っていては余計に集中力が切れて標準がズレてしまう。

……標準が合わさったの確認すると、

少し重か感じる引き金を引いた。

強い反動に耐えながら拳銃をしっかりと握り、拳銃からは静けさから余計に目立つ大きな発砲音が鳴り響き、こだました。

重…。こんなに衝撃の大きい拳銃は初めてかも。

その為か僕は打つ瞬間に目を瞑ってしまい、しっかり標準があっていたのかも確認出来なかった。

流石に、外れちゃったかな。これに関してはまだ拳銃の重さにも慣れていなかったから仕方ないと言える。

一息ついた後、瞑ったままの目を開いて、拳銃が捉えていた先を確認した。

…が、さっきまでそこにあった筈の的は、

視界から、姿を消していた。

……ぇ、そ、そんな、…っ、


「…も、申し分、ない…だと……」


また拍手が起こる中、指導担当さんは口元に手を当てて小さくそう呟いた。

…怖い。自分でも怖い。こんなの。

当たる筈が、なかったのに……。

「マジもんだ…」「俺達より正確だったぞ」「標準のブレすら見られなかった」

また僕は小声で話される会話を耳にしながら自分で圧巻していた。


「…なあ、お前、本当に此処が初めての新入隊員か……?

初めてだとは思えない腕の凄さだ。今まで一体どう言う鍛錬を…?」


指導担当さんすら少し焦った様子で僕にそう訊いてきた。

…そんなこと、訊かれても、僕は何も……。

少し辺りを見渡すと、昨日背後を通って行ったナースさん達も口を押さえたまま僕を見つめていた。…いつの間に居たんだ。

…でも、こんなの、絶対上手くいっただけに決まってる。

絶対、たまたまだ…。僕に、こんな力なんて…、

——————————————————————————

…偶、然…の筈……。


「…いや、あれはたまたま、ですよ…」

「たまたま!?ちょっと、冗談はよしてよね、

あんなに正確だったのがたまたまだなんて有り得る!?」


少佐は驚いた様子で声を上げた。

…でも、本当に、何だか、

どうも、あれを自分の力だと言い切れる気はしなかった。

どこか、違和感を感じるような…。

何か、違うような…、

自分でも驚きすら通り越して恐怖を感じてしまっている。

元々僕はこんなに強い実力を持っていなかった筈。それだって自分が一番良く分かっている筈なのに。

何なら明日にはもう今日のような腕前を見せることは出来ないかもしれないとまで感じられる。

あんな感覚、今までに感じたことなんて、

…でも、今回は、何であんな……?

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