Colonel戦記

うゆみ饂飩

Colonel戦記

入隊の日、僕は日々訓練重ね、

昨日、やっと試験に合格する事が出来た。

やっと…、やっと入隊出来る…!

小さい頃からずっとずっと憧れていた、Colonel軍の隊員に。どれ程待ち焦がれていたか知れない。

やっぱり此処での訓練は今まで経験してきたものよりも、もっと厳しかったりするのかな…。

あんなにこの軍に関して調べ上げてきた僕でも、きっとまだまだ知らないことが沢山ある筈。

戦争でも一度も負けたことがないと言われている軍隊なんだ、きっと過酷な日々になるんだろう…。

ここまで頑張ってきたことまではいいとして、

これからも上手くやっていけれるかどうかが心配だ。

ワクワクする気持ちよりも不安の気持ちが大きくなるのを自分でも感じながら、

僕はColonel軍の基地の入り口へと入って行った。




沢山の隊員達が身体を張って訓練しているのを横目に見ながら、僕は目的地へと向かう。

地図は手元にあるが、とても細かいもので、

それもまるで巨大迷路の様だと感じてしまっていた。

無事そこまで自分の足で辿り着く事は出来たけど、とても時間がかかってしまった。

基地がとても広いと言うのは以前から聞いていた為早めの時間に此処へ着いたつもりだったが、それでも約束の時間ぴったりになってしまっていた。

…、怒られたりしない、かな…。

こう言う場所での集合は予定よりも十分前行動が基本だと言われている。

大分余裕を持った時間に着いた筈だったけど…、それでもこの時間になってしまっている。

…きっと、初日早々叱られてしまうのだろう。その覚悟の方が良さそうだ。

今日はまだ入隊の日なのに、早速クビにされたりしたらどうしよう…。

何もかも無駄に後ろ向きな思考で物事を考えてしまう。

僕の、いつもの悪い癖だ。

治そうと意識してみても中々治らなくて、これが此処での活動に影響を出してしまわないか少し心配になってしまう。

そんな気持ちの中、僕は何とか決意固め、扉の前に立っている見張り番の隊員に話しかける。

…その隊員がこちらに気付いて、少し帽子の鍔で目元が隠れている顔をこちらに向けた。


「m、Majorです。今日入隊予定の者で…、」


彼はそれを聞いて少し僕の顔を見ていると、突然表情を明るくし、鍔を少し上げながら話し始めた。


「あぁ!君があの新入り君かー!いやー良く来てくれたね!」


…え?

イメージと、違う…?

思わず何も言えないまま目を丸くしてしまう。


「此処に入隊するのって難しかったでしょ

君が試験に受かって入隊して来るって話が最近皆の中で話題になってたんだよ!ここに新入隊員が来るのも何年振りかなあ、しかも君、まだ二十歳なんでしょ?

いやー、凄いね、」


え、何か…、

此処の隊員さんって、こんな関わりやすいように話してくれるの…?

と言うか、昨日試験に受かったばかりなのに、もうそんななら話が広まって…。

想像すらしていなかったことに、僕は少し動揺してしまう。

何とも気持ちの切り替えが出来ず、曖昧な返事をしてしまった。


「え、あ、そ、そう、なんですか…?」

「あ、もしかして緊張してる?心配しないで、

此処にいる隊員達って、きっと君が思ってる程厳しい奴らじゃないよ

訓練を指導する時は、流石にちょっとだけ厳しかったりするけどね

でも、皆フレンドリーで話しやすい人達ばかりだよ!だから大丈夫」


…何か、凄く、優しいな。

こんなに、フレンドリーなものなんだ。此処の隊員さん達って。


「あ、ありがとうございます

…、あの、僕が来るように言われた場所って、この部屋のことですよね…?」

「っあ、ごめんね、時間取っちゃったね

そうだよ、此処が————」


僕は今から会って話さなければならない人がいる。

その人が、今もこのドアの中で僕を待っているんだ。


「Colonel大佐がいる部屋だよ」


…一体どんな人なんだろう。まだその話は聞かされていなかった。

贅沢で、甘えかもしれないけれど、

この隊員さんみたいに親切な人だったらいいな…。


「それからね、大佐のことなんだけど、

身長も高くてはっきり言ってデカいし、この部屋に入ったらやっぱり緊張すると思うけどね、

大佐は見かけに寄らず凄くいい人だし、君の入隊も快く歓迎してくれると思うよ

まあ、中々表情は変えないし、初めは威圧を感じるかも知れないけど、

根は本当にいい人だから。怖がらなくても大丈夫だよ」


そう、なんだ、…良かった。

今の話を聞いてとても安心することが出来た。

何とか、やっていけれる、のかな…、


「あっ、俺と話してたらもう予定の時間少し過ぎちゃってる!

もし叱られたりしたなら俺のせいって言っておいてよ

ちょっと待っててね」


隊員さんはヘラヘラしながら僕にそう言うと、先に部屋の中へ入って行った。

…すると、中から声が聞こえてくる。


「大佐、本日入隊予定のMajorが到着したとのことです」


…この声って、さっきの隊員さん…?

僕がその時聞いた声は、さっきの鼻笑い混じりの声とは全然違うもので、しっかりと張ったような、はっきりと喋っているような声だった。

メリハリがついてるってこのことなのかな…、凄いな…。

…少し経った後に、さっきの隊員さんが部屋の中から出て来る。


「入って来いだってさ

じゃ、また後でね、大佐との話が終わったらまた俺と話そ!」


そう言って、その隊員さんは慣れた手で形のいい敬礼をし、定位置に戻った。

僕も咄嗟に訓練の時も思い出し、反射的に敬礼を返した。

…手を下ろすと、少し部屋のドアの前に止まり、それを見上げるようにして確認した。

…それにしても、ここまで来るのに本当に長かった。長がったはずなのに、短く感じられた。

けど、確かに僕は此処にいて、憧れの軍に入隊している。

夢を掴むことが出来たんだと、改めて自分で自覚した。

あまりここで思い出に浸っていると更に時間が経ってしまう、これ以上はゆっくりしていられない。

また考え込むのなら、また後で余裕が出来た時にしよう。

僕は目の前に立ちそびえる扉を二回ノックし、一言声を張って口にした。


「失礼します」




中に入り、なるべく丁寧にドアを閉め、姿勢を正す。

背筋は真っ直ぐ…、それから、指先も真っ直ぐ…。

心の中で自分に確認するように言いながら、改めて前に向き直った。

…目線の先には、大きな机の椅子に腰掛けている、誰かが目に入った。

…この人が、


「…Major、と言う名で正しかっただろうか」


この人が、あの有名な軍隊のトップ、Colonel大佐…。

疑う必要もなく、一目見るだけでその存在感は僕の眼を貫く。

その状態のまま、大佐は堂々とした態度で僕に話しかけた。


「はい、そうです。宜しくお願い致します」


僕はなるべくキリッとした表情で、発音良く返事をした。

…、まだ大佐と距離があるからか、大佐が帽子を深く被っているのもあって顔が良く見えていない。

けど、鋭い目つきで、黄色と赤の瞳がこちらをじっと見つめているのが確認出来る。

その瞳に吸い込まれるように、僕はその目を見つめ返す。

…すると、大佐はゆっくりと席を立ち、机の前に回り込み、

そして、僕の前に立った。

…僕は正面に向けていた顔を、合わせて上に向かせる。

…、背が高い。僕よりも、遥かに高かった。

何センチ、あるんだろう…、かなりの威圧感も感じられる。

距離が近くなって、さっきよりも顔が少し見えやすくなっていた。

大佐は変わらぬ表情で、僕を見下ろしている。


「大佐のColonelだ。宜しく頼む」


大佐は手を僕に差し伸べ、握手を要求してくる。

僕は一言、「はい」と返事をしてから、緊張しながらもその手を握り返した。

…本当に、大きな手だった。

僕の顔を丸ごと包み込んでしまえそうな程に大きい。

僕の手が、よりちっぽけなものだと言うことが見るだけで分かる。

…僕がその手の大きさに浸って、少しの間ぼーっとしていると、大佐は僕の手を離した。


「距離が遠い。もう少し前に来てくれ」


机に戻って行きながら、大佐は僕にそう伝える。

一々僕は気を抜かないよう返事をし、その通りに動いた。

大佐がまた椅子に腰掛けるのを姿勢を良くしたまま見届けた。


「…来るのが少し遅かったな」


あ…、

…やっぱり、怒られちゃうかな。


「…す、すみません。あの、」


さっきの隊員さんの言葉とよぎり、自分が謝ろうとする気持ちもよぎって少し口籠もってしまう。


「この建物はデカい。初めて中を歩くお前にとっては、地図を見ながらでも辿り着けないのは無理はないだろう

…それに、時間よりも大分余裕を持って此処に来てくれていたのは承知の上だ。安心するといい」


…てっきり、叱られるんだと思った。

それに、何故か大佐は僕が早く来ていたのを知っていた。それも前提で話してる…?

色々な疑問が頭の中で混ざり合い、多少の混乱を招いた。

…でも、何で…?


「…そ、そうなのですか?」

「それもあって、このの見張りに時間を取られたのもあるんだろう」


ぁ、…知ってるん、だ…。

どうしよう、とても言われた通り彼のせいだなんて言えない。

…僕にはそんなこと、出来ない。


「っいや、彼は僕に優しく接してくれて、此処のことなど、色々と親切に教えて下さって…っ、」


上手く喋れていないのも分かるぐらいに焦りながら、僕は何とか彼のせいには出来まいと必死に説明をしているつもりで話した。

…大佐は表情を変えないまま、僕の顔を見つめながら話を聞いていた。


「…そうか

…まぁいい。それはそうとして、今からいきなり訓練を始めるには、身体もしっかり出来上がっていなければ負担もかかってしまう。

今日は、自由に基地内を見学していくといいだろう。訓練は明日からだ」


そう言って、大佐は何やら書類を取り出してペンでスラスラと書き始めた。

…僕は少し黙ったまま、その様子を見つめ続ける。

確かに、親切な方な気がした。

でも、やっぱり怒らせたりしたらとても怖そうだ。

どんなに口が滑っても、礼儀だけはしっかりするようにしよう…。


「もう、行ってもらって構わない。明日に備えて自分なりにメモを取ってもらっても構わないし、他の隊員と話をするなり、お前の好きにするといい

明日は、また同じ時間に此処へ来てくれ」


大佐は書類を一枚書き終え、最後は顔を僕に向けて話した。


「はい、分かりました。ありがとうございます」


僕はまた丁寧に会釈をし、部屋の出口まで戻り、

「失礼しました」と一言口にしてから大佐の部屋を後にした。




部屋を出ると、すぐまたさっきの隊員さんに話しかけられた。


「あっ、ねぇーっ、何で俺のせいって言ってくれなかったのー?

Majorくんは全く悪くなかったし、何ならまだ時間にも間に合ってたのに〜」


隊員さんはまるで、自分が時間に遅れたかのような言い方で、何故か悔しそうな様子で僕にそう言った。

…まあ、でも、僕には初めからそんな嘘をつくようなことは無理であって。


「い、いえ…、とてもそんなこと、僕には言えませんよ…」


表情を変えないまま隊員さんは苦笑いをする僕の顔を覗き込みながら見つめた。

…すると隊員さんは、

ため息をついた後に、にっこりと笑う表情を見せてくれた。


「そっか、君は優しいね。素敵な性格持ってるじゃん、凄くいいことだよ

…ま、それはともかく。Majorくんから見て、大佐の様子ってどうだった?」


隊員さんは「行こ」と歩き始めたので、僕も慌ててそれに着いて歩き始めた。


「あ…とても親切なお方だなと思いました

先程も何故遅れたのか、と言う話にもなったんですが、

非常に優しく接して下さって…、むしろ同情して下さっているような様子でした」

「んふふ〜、知ってるーっ。だってすんごい耳澄ませながら二人の会話聞いちゃってたもんね

…俺、それが聞きたかったんだ。大佐ってやっぱりいい人でしょ?見るだけで分かるはずだから、それを確認したくてね

君にも、大佐は優しいって思ってもらえたみたいで凄く安心したよ、」


ホッとしたような表情で、隊員さんは僕に向き直った。


「…そもそもまだ今日一日目で此処のことも良く分かってないもんね、

だから、まあ、優しくされるのも普通っちゃ普通か〜」


隊員さんは顎に手を当てて少し考えるような仕草をとった。

…でも、確かに、僕も初めは叱られるものだと思っていた。

けど、そんなことは全くなくて、大佐は本当に優しく対応して下さった。

…正直、怒るような人にも見えなかった。

僕は、少し恐る恐る隊員さんに質問する。


「…普段は、もっと厳しかったりするのですか?」

「言うてって感じ!厳しかったとしてもほんのちょっとだし、普段から大佐は優しい人だよ

堅そうに見えて楽しく会話も出来るし、困ったことがあればすぐに助けてくれるんだ

けど、やっぱり今回Majorくんは新入隊員で今日来たばかりだから、いつもよりも優しく対応してくれたのはあるんじゃないかな

…まあ、滅多にないんだけど、もしも怒らせたりしたら、

それはただじゃ済まないかな…、大佐も一応軍のトップだからね、」


やつぱり、怒ることもあるんだ。

そうやって考えると、僕の無意識で大佐の癪に触ってしまわないか心配になってしまう…。


「まあ〜大丈夫だよ心配しなくても!普通にしていればそんなこと本当に滅多にないからさ。俺も実際大佐が怒ってるのほぼ見たことないし!

最低限の礼儀だけしっかりしておけば大丈夫!言葉遣いとかも大佐は特に何も言わないけど、気にしていたりはすると思うから

俺達の軍は特別だよ。他の場所に行ったら、もっともっと自分にも厳しくしていなきゃいけないし、それこそ精神削ると思うよ

君が此処を選んでくれて本当に良かった」


特別…。やっばり、そうなんだ。

訓練の時にあんなに厳しく頑張ったのが本当は普通で、此処の軍が特別こんな雰囲気なんだ。

…恵まれたのか、…でも気を抜いていい訳でもないし、

まだ、良く此処のことを分かっていない。

けどまずは、僕は僕なりに頑張ってみようかな。


「分かりました。頑張ります」

「うん、その返事が聞けて良かった。けど無理はしないでね?

身体壊したら戦いどころじゃないからさ」


面白おかしく、その隊員さんは笑って見せた。

…なんか、本当に優しくしてくれるんだなぁ。

思っていたのと違って、逆に少し恐怖を感じてしまう。

…、でも、せっかくこんなに親切に接してくれているのに、僕がそんな風に感じてしまうのは失礼だ。


「…って、いっけね!俺見張りしてるんだった!!なに呑気に歩いてんだろ!!

やべぇ叱られるっ!!」


隣で突然大きな声を出され、少し驚いてしまった。

僕に何も言わずにまた持ち場に戻ろうとしてしまう隊員さんを、思わず呼び止めてしまう。


「ぁ、あのっ」


すぐに立ち止まって、隊員さんはキョトンとした表情でも僕に振り返ってくれた。


「…、貴方、は…?」


僕はまだ、その隊員さんの名前を聞いていなかった。

今日だけでもこんなに仲良くして下さったのに、お礼もなしで名前も聞かないのはそれこそ失礼だと感じてしまった。


「…?…あー!俺?

俺、少佐やってるんだ。Karuって呼んで」

「…Karu少佐、ですか?」

「そう!二文字で覚えやすいでしょ、俺の名前しっかり覚えといてね!

…んじゃ、俺もう行かなきゃ。またね!」


今度は敬礼もせず、そのまま焦った様子で走って行ってしまった。

…Karu少佐、か…。しっかり覚えておかないと。

それにしても、大丈夫かな…?今度こそ少佐が大佐に怒られたりしないかな…?

…何もないと、いいけど…、




僕は大佐に言われた通り、僕は基地内をふらふらと見学してみることにした。

明日から訓練が始まると言っていたから、今日のうちに出来るだけ沢山の先輩とお話がしたいなぁ…。

僕は先輩方が訓練を行なっている訓練場へと向かい、その様子を見ていた。

でも、先輩方ははまだ訓練中で僕はまだ見学中なのもあって、堂々と見ているだけだと少し配慮が足りなかったり心構えがしっかりしていないような気もしてしまったので、柱の影から控えめに見るようにしていた。

訓練場では、やはり沢山の先輩方が訓練を行なっていた。

でも、…あれ?敬礼とか行進の訓練はしないのかな…?

今が丁度その時じゃないのかな、それとも、訓練する日時が別の日なのか。

またスケジュールなど聞かせてもらえたりするのだろうか。

また今度、大佐にも聞いてみよう。

今の訓練の内容は、どうやら戦闘時の訓練らしい。

勿論皆、能力を使いながら戦う為、瞬間移動をしていたり、明らかに通常ではない高速移動をしていたりと、何だか見ていて慌ただしく、忙しい光景が広がっていた。

…けど、その先輩方の動きを見て、一目で通常の軍とはレベルが違うことをそれだけで感じられた。

…凄い。ただただ凄かった。

今まで聞いていた噂も全部本当だったんだ。

見るだけでレベルが段違いに差があると言うことが分かる。

見た様子だとどの隊員さんも本気でぶつかり合っている様子だが、もしも怪我をしてしまった時は治療する人はいるのかなど、何だか色々なことを考えてしまっていた。

さっきも何人かの先輩にも敬礼してみたり挨拶をしたりしたが、既にほとんどの人が僕のことを認知しているようで、「応援している」と沢山の人に伝えてもらえた。

こんな短期間でそんなに有名になってしまったんだと思うと、少し恥ずかしいし、驚いてしまう。

…果たして僕もこんな先輩方と肩を並べられる程強くなれるのだろうか。足を引っ張ってしまったりはしないだろうか。

今はとにかく心配な気持ちで一杯だ。同時に自分に自信も中々つかない。

…けど、入隊したからにはこんな気持ちではダメだ。前に、進まなければいけない。

雰囲気が緩いとは言え、訓練や戦争はかなり過酷なものになるんだろう。気を、引き締めていかないと。

そんな気持ちの中にも、どこかこれからのことに対してワクワクするような気持ちを抱いている気もして、

どんなことが起こっていくのか、自分がどのように成長していくかも楽しみになっていた。

色々な気持ちが混ざり合って、僕は少しその場で俯いてしまう。


「此処にいたのか、」


突然誰かに話しかけられて、僕は声のした方に振り返った。

…そこに立っていたのは、さっきも話したばかりのColonel大佐だった。


「…大佐、どうかなされたのですか…?」

「少し、様子を見に来ただけだ」


そう言って、大佐は少し距離をとって僕の隣に座って一緒に先輩方の訓練を見守った。

…、僕のこと、気にして来てくれたのかな。

やっぱり、大佐は本当に親切な人なのかも知れない。

少し嬉しい気持ちの中に申し訳ない気持ちも含めながら、僕はまだ前に向き直った。

…僕がこんなに大佐と長い間近い距離で居てもいいものなのかな、大佐は本当はやらなきゃいけない仕事があって忙しかったりしないのかな。

…気遣わせて、いないかな。

すると、僕達の後ろを通って行った三人程の女性がこちらを見ながら何やら小さな声で話をしているのが耳に入った。

…、いや、その話の内容に僕は入っていなかった。

…話の内容は、…大佐…?

通りすぎた後に、一度その人達に目を写してみる。

…服装からして、恐らくナースの人達のようだつた。

此処にも、ナースさんが居るんだ。

と言うことは、隊員さん達を治療するのはあのナースさん達なのかな…?

…それにしても、どうかしたのかな…、

話の内容は悪口などではなくて、それも楽しそうに話している様子だったけど、良く聞き取ることが出来なかった。

…結局、何の話だったんだろう。


「…此処では上手くやっていけそうか?」


ぼんやりとそっちの方向を見ていると、また突然大佐が僕にそう話しかけた。

大佐は、先輩方の訓練の方を見ているまま話していた。


「…そう、ですね、

…まだ、少し緊張が解れません」


無理に嘘をつくこともなく、僕は正直に自分の気持ちを伝えてみた。


「初めはそんなものだろう。それに、今日はまだ初日だ

今日初めて入隊したものだから緊張するのも無理はない

だが、緊張しすぎるのも身体に毒だ。余計にストレスを抱えてしまう

此処の軍では幸いなことに、少し気を緩めて行動していても大した問題はない

そこまで心配をする必要もないから、安心するといい」


また僕は、大佐に気遣われているような言葉を言われてしまう。

…本当に、親切。本当なら厳しくしなきゃいけないと思うのに、逆に僕はこんなに気遣われちゃって大丈夫なのかな…?

…やっぱり、少佐が言っていたように、新入隊員である僕を怖がらせないようにしてくれてるのかな。

とは言え、僕が思っていたよりも大佐ははるかに自分に親切にしてくれていることは確かだった。


「はい、ありがとうございます。無理をしすぎないように頑張っていこうと考えています」

「あぁ。…それと、同時に気を緩めすぎないことも大切だ

元々訓練の指導担当には厳しくするよう伝えてある

礼儀なども勿論常識ではあるが、しっかりしすぎなくても構わない

分からないことがあれば、遠慮せずまた訊きに来て欲しい」

「ぁ、ありがとうございます…!」


また大佐は親切に僕に接してくれていながら、先輩方の訓練の方をずっと見つめていた。僕に顔を向けたことは、なかった。

けど、その横顔からも、そっけない様子はなく、確かに親切な性格が読み取れる程だつた。

…少し嬉しい気持ちになりながら、僕も先輩方の訓練の方に目線を向けた。

じゃあ、やっぱり、僕が考えてる程身構えなくても大丈夫、なのかな…。

訓練はしっかり、全力で取り組んで、先輩達にも少佐にも大佐にも、

礼儀を意識していれば、大丈夫、なのかな…。

どこまで、気を緩めればいいのか、調節が少し分からない。


「…あの、」


大佐の方に振り返ってもう一度話しかけようとしたが、

いつの間にか大佐はもうそこには居なくて、後ろ姿を見せながら既にその場から去って行ってしまっていた。

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