第二百四十話 どこへ転移したのやらというもの

「うわあああ!?」


 転移魔法陣に足を踏み入れると、天地が逆さになるようなことが起きた。

 通常の転移だとこんなことにはならず、少しの浮遊感のあと目的地につく……はずなんだけど、なんだかグルグルと――


「う、気持ち悪――」

【これは――】


 そう思った瞬間ゼオラの驚く声が聞こえ、僕は意識を――


◆ ◇ ◆


「――い」

「ん……」

「おい、しっかりしろ、大丈夫か?」

「うーん、あと5分……」

「ベタな寝言だな……!?」


 ん? この声、どこかで聞いたような――


 僕が目を開けると覗き込んでいる人と目が合った。


「あ、ゼオラか。いや、びっくりしたよ。まさか転移魔法で気絶するとは思わなかった」

「ん? なんであたしの名前を知ってるんだ? どっかで会ったっけ?」

「え?」


 上半身を起こしてゼオラに話しかけると、訝しんだ顔を向けてきた。また僕をからかっているのかと思っていると――


「どうだ? 気絶しているだけだったか?」

「ああ。なんかあたしの名前を呼んだんだよ」

「おや!?」

「うわ!?」


 後から登場したのは……スレイブさんだった。

 それだけなら拠点に移動出来たのかと思うんだけど、ちょっと違うことに気づく。


「スレイブさん……ゴーストじゃない……?」

「え? スレイブって誰のことだい?」

「え?」

「え?」


 なんだろう……色々とおかしい。

 僕は立ち上がってスレイブさんの手を掴んでみた。


「なんだい?」

「いえ……ゼオラも」

「んー? くすぐったいぜ」

「なんと……」


 僕はどっと冷や汗を噴き出させた。何故か? それはこの二人に生身の身体があるということに他ならない。握れるんだ、手を。


「ところでこのいぬっころはお前のペットか?」

「あ! シルヴァ、起きて」

「わふーん……?」

「寝ぼけている場合じゃないよ」


 ゼオラがシルヴァを見つけてくれたので慌てて起こす。転移酔いか分からないけどなんだか寝ぼけているようだ。シルヴァがこういう風になっているのは珍しい。

 

「わふ……?」

「お、結構かっこいいじゃないか」

「わおーん♪」

「あ、こら」


 ゼオラから声をかけられると嬉々としてシルヴァが突っ込んでいく。いつもならすり抜けるのだけど、それが面白いと感じていた。


 だけど――


「おっと! はは、威勢がいいな」

「わおん!?」

「うわあ!?」

「お、どうした? いきなり離れたら傷つくぜ」


 すり抜けるどころかゼオラに抱え上げられ、シルヴァは酷く驚いた。

 そのままゼオラの手を逃れて僕に抱き着いて来た。まさかキャッチされるとは思わなかったのだろう。


「なんだあ、一体?」

「ゼオラの名前を口にしていたみたいだけど、知り合いか?」

「あ? ずっと一緒だったカインが知らないのにあたしが知るわけねえだろ」

「痛い!? すぐ叩くんだからなあゼオラは」


 カイン? スレイブって名前じゃないのか?

 でもゼオラはゼオラだし、男性はスレイブさんで間違いない顔をしている。


「……ここは、どこなんだ……」

「わふ……」

「なんだ? お前、迷子なのか?」

「どうやらそうみたい。ここがどこかわかる?」


 ひとまずシルヴァを降ろしてから落ち着いてゼオラに尋ねてみる。するとスレイブ……カインさんが口を開いた。


「ここはロードア地方のヨウスター領だよ。君はどこから来たのかな?」

「えっと、キールソン侯爵様の領から、ですけど」


 優しい笑みを向けながらカインさんは僕と目線を合わせて質問をしてきた。

 多分、分かるはずないんだけどあえて聞いてみる。


「……知らないな。ゼオラは?」

「だからお前が知らないのにあたしが知るか!」

「痛い!?」


 またしてもカインさんはゼオラにお尻を蹴られていた。ここは過去の世界、もしくは夢のどちらかってことになるかな?


「そうですか」

「町へ連れて行ってあげよう。ソリオとディーネが戻ったら――」

「あ、いえ。僕もついていっていいですか? ダメって言われたら黙ってついていきます」

「怖いこと言ってる!? いや、僕達はこれから魔物を倒さなければならないんだ。それも、とても強いヤツを」

「それでも、です」

「なんか理由が……おっと……」


 そこで僕はゼオラの手を引いてカインさんと離れる。急に引っ張られたのでつんのめりながらついてきた。


「なんだよ」

「ゼオラ、僕がゼオラの名前を知っているのは分かったよね」

「……ああ、会った覚えは無いけど」

「うん。信じられないかもしれないけど、僕は未来から来た可能性がある。そこで僕はゼオラにあっているんだ」

「なんだと……? そんなウソ……ってわけでもないか。あたしの名前を知っている訳だしな。他になにかあるか?」

「他に……」


 証拠を出せと言っているのだろう。僕は少し考えた後、初めて会った時のことを思い出す。


「これは一般的な魔法なのかもしれないけど、ゼオラが僕に教えてくれたものがひとつある」

「……」

「魔法名は『オーヴァレイ』」

「……!? それは――」

「僕の見立てでは大魔法使いのゼオラが編み出した魔法じゃないかって」


 そこまで口にしてからゼオラが冷や汗をかいていることに気付く。どうやらビンゴらしい。

 あの魔法はあの時だけ使ったけど、本を読んでも兄ちゃんズからも名前を一切聞いたことが無い。失われた古代魔法と考えるべきで、恐らくゼオラが発祥だと考えた。


「坊主、お前はいったい……」

「僕はゼオラのことをよく知っているんだ。そして戻る方法もゼオラの近くにいなければダメ……そんな気がする」

「……」


 僕はまっすぐ彼女の目を見てそう口にする。

 そして――

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