第六十九話 これっぽっちも心配しなくていいというもの


 僕が意を決してゼオラのことを口にするとその場に緊張が走った……ような気がしたんだけど、すぐに母さんが微笑みながら口を開く。

 

「ああ、そのことね」

「『ああ、そのことね』!? お、驚かないの? 僕に幽霊が憑いているんだけど……」

「そうね、昨日バスレから聞いていたから」

「え!?」


 リビングの隅に立つバスレさんに目を向けると露骨に顔を逸らされた。


【そういえば口止めはしていなかったな】


 言われてみれば……。家族に話そうみたいなことは言った気がするから気を利かせて先に言ったのだろう。


「あ、まあ、そういうことなんだけど……」

「悪いゴーストではないんだよな?」

「そうだね。意思疎通もできるし、生気を吸われているということはないよ。だからお祓いをする必要もないかな?」

「きっかけはあったのか?」


 ギル兄ちゃんが顎に手を当てて僕に尋ねてきた。なのであの池で起きた蛇の事件からであるということを伝える。


「ふむ……あの時からなのね? ヴァンパイアハーフとして覚醒したのと関係がありそうな気がするわ。賢者ゼオラがあの蛇となにか関連はあったと言っているの?」

「いや、どうも記憶が曖昧で覚えていないことも多いんだ」

「そう。……あの池にはもう石もないし今さら調査は……」


 あの蛇のことだと分かった母さんの表情が少し緊張し、僕達には聞こえない声でなにかを呟いていた。そこで父さんが困った顔で笑いながら口を開く。


「しかし私達には見えないんだよなあ。ステラさんやアニーちゃん、フォルド君には見えているみたいだけど子供たちだけになにかあるのだろうか?」

「だなあ。オレ達の方がずっと一緒なのに見えないのは納得いかねえよな」

「あの時、鏡に映っていたのがそうだよ」

「あ、学校のか?」


 見えないと不満げなロイド兄ちゃんに生物学室の件を話すと、ギル兄ちゃんがポンと手を打って思い出していた。


「まあそういうことで、僕には賢者ゼオラが憑いているんだ。クリエイトの魔法もゼオラから教わったんだ。だから思いついたわけじゃないんだよね。だから才能があるとかそういうものじゃないよ」


 僕は借り物の能力だということを伝えておくことに。すると父さんが首を傾げて言う。


「え? いや、クリエイトの魔法は確かにあるが使える人が少ないんだぞ。それを使える時点で天才レベルだし、ミズデッポウとかゲーミングチェア、温度が変わらないコップなどはウルカのアイデアだ。才能が無いなんて思わないぞ」

「そ、そうかな……」


 現代知識だから心苦しいけど……!

 でもどうやら教えてもらってできるようになったのなら立派な才能だと兄ちゃんズも言う。


「ゴーストだっつっても見えないし今まで通りでいいんじゃねえか? あ、でもプライベートは守ってくれよ?」

「ロイド兄ちゃん、そっちには居ないよ」

「ま、そういうことだ。……怖がられると思ったのにきちんと言ってくれてありがとうな」

「……うん!」


 みんなに認められて嬉しくなる。ゼオラのことを隠していたことは僕にとって少し後ろめたかったらしく、知ってもらえたことで気が楽になった気がする。

 するとゼオラがなにかを考えているのを目にする。


「どうしたのゼオラ?」

【いや、なにか出来ることがなにか無いかなと思ってな】

「お、そこに居るのか」

「うん」


 ロイド兄ちゃんが手を伸ばす中、ゼオラがなにかを思いついて手を打って僕に言う。ロイド兄ちゃんはすり抜けた。


【そうだ! 紙とペンを貸してくれウルカ】

「え? オッケー」

「何か話しているみたいだけど全然わからないな……」

「だなあ……」


 みんなが首を傾げる中、部屋に戻って筆記具を取ってくると、ゼオラはおもむろにペンを手にして紙に向かう。


「おお!? ペンが浮いた!」

「そ、そこか!」

「もう、慌てないの。私が昔住んでいた屋敷にはよくあったわよ」


 いつの間にか元に戻っていた母さんがスラスラと動くペンを見ながら苦笑する。


 そして――


【あたしはゼオラ。縁あってウルカに憑りつくことになった賢者だ。記憶は断片的で曖昧でどうしてこうなったかまでは覚えていないんだ申し訳ない。だけどウルカに悪さをするようなことはないとここで誓うよ。今後、ウルカや子供たちに魔法のレクチャーをしていくなどを考えているので今後ともよろしく頼む】


 ――という手紙を書いていた。


「ふむ、冷静な文面でゴーストとは思えないね。ゴーストというよりガーディアンかな? よろしく頼むよゼオラさん」

「今は父さんの後ろに居るよ」

「マジでみえねえ……」

「ふふ、いつかお話ができるようになるといいわね。えっと、これで話は終わりかしらウルカちゃん」

「あ、うん、そうだね。結構簡単に受け入れられたなあ」


 思いのほかあっさり終わったので僕は後ろ頭を掻きながら困惑する。それを見ていたギル兄ちゃんが呆れた感じで口を開く。


「なんだ、本当に俺達がお前を追い出すとか思ってたのか? そんな薄情なわけないだろう」

「うん、そうだよね」

「あたりまえだっての! 賢者ゼオラが憑いているなら巡回も安心だな。そんじゃ祭り最後もしっかり何事もなく終わらせようぜ」


 ロイド兄ちゃんが僕の首に腕を回しながら笑う。

 よく考えたら母さんがヴァンパイアロードで僕もヴァンパイアハーフだし幽霊が敵として襲ってきてもおかしくない世界だからこんなものなのかもね。


 そしてお祭り三日目も巡回をして過ごし滞りなく終了。

 国王様や王妃様みたいに凄い来賓が来たりもせず、強盗や空き巣みたいな犯罪は無かった。

 三日目ともなれば慣れた人も出てくるもので、酔っぱらいの喧嘩があったくらいで済んだようだ。

 少しだけステラやアニー達と遊ばせてもらいお祭りを友達と楽しむこともできた。

 最後に父さんが締めのスピーチをして拍手喝さいの中で幕を閉じた


【色々あったけど楽しかったな】

「一時はどうなるかと思ったけど、良かったよ。ゼオラも紹介できたし」

【まあ、ウルカ。ご両親に紹介だなんて……】

「そういうのじゃないよね!? さて、明日は集会場か……売上とかどうだったんだろう」


 父さんの様子だとそれほど悲観的になるほど悪くは無さそうだけど今後を考えるときちんと把握しておく必要がある。


【ん? 今、そこでなんか動かなかったか?】

「え? ……なんにもなさそうだけど? 脅かさないでよ。もう幽霊はゼオラだけでたくさんだよ」

【えー、いま確かに……まあいいか】


 そんな感じで僕達はまだ興奮冷めやらぬ祭りの喧騒を縫って屋敷へと帰るのだった。







【……】

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