第六十四話 外の世界は恐怖しかないというようなもの


 というわけでデオドラ様は自分より小さいならなんとかなるという情報を得ることができた。

 まずは落ち着くことが大切だと母さんとエリナ様が着席し、僕はなぜかデオドラ様に抱っこされたまま膝に落ち着くことになった。


「あの、重くないですか?」

「大丈夫。安心する」

「あ、あ、首筋で深呼吸するの止めて……!?」


 しかし僕は動けない。箱入り娘の割には力が強く、離してくれなさそうだ。

 まあ、飽きるか興味が別に移ればいいかもと僕は早速タイガを呼ぶ。


「タイガ、おいで。お姫様だよ」

「ふにゃぁん」


 床で伸びきっていたタイガ(最近多いな)を呼ぶとシャキッと立ち上がり僕の膝に乗ってくる。それを見たデオドラ様は僕の腰に回していた手をタイガに伸ばしてゆっくりと撫でてくれた。


「小さい……ふかふか……可愛い」

「気に入ってもらえたみたいだ。ならジェニファーも大丈夫かな?」

「こけ」


 次にジェニファーを呼ぶと、椅子の横に設置してあるテーブルへ飛び移ってデオドラ様が手の届く場所へ来てくれた。


「まあ、こちらも小さくて可愛いですわね。ふふふ、手触りがいいですわ」


 やはり小さい生き物は平気らしく、顔は青いものの少し嬉しそうだ。ジェニファーも新しい人物に撫でられて嬉しいのか身を振るわせると一声鳴いた。


「こけー!!!」

「声が大きい!? 怖い!?」

「ああっ!? ジェニファー!」

「こけっ……!?」


 感極まって叫んだジェニファーの声に驚いたデオドラ様がジェニファーをむんずと掴んでドッジボールみたいな感覚で投げ捨てた!?

 慌てて助けようとするもがっちりロックされていて動けず、ジェニファーは床に叩きつけられる――


「うぉふ」

「こけー……」


 ――ことは無く、ジェニファーが羽で抵抗し、回り込んだシルヴァがクッションになってくれたので事なきを得た。

 さすがに今のはダメだと僕はデオドラ様の顔を見上げて抗議することにした。


「ダメですよ動物を乱暴に扱ったら。僕の眷属だからなにかあったらここから離れますからね」

「うう……ご、ごめんなさい……。大きい犬……怖い……」

「ぐえ……!? シルヴァ、ちょっと離れて」

「くぅん……」

「こっちへいらっしゃい」


 ジェニファーを背中に乗せて近づいて来たシルヴァを怖がって僕が締め上げられた。すぐに母さんがシルヴァを呼んで距離をとったので締め付けは無くなった。

 しかし、シルヴァとジェニファーは寂しそうだった。


「うう……ごめんなさい……犬はすぐ噛みつくってお兄様が……。そしてその傷から腐ってやがて死ぬと……」

「ああ、うん。分かるけど、よっぽど強く噛まれないとそうはならないから。それにウチのシルヴァは大人しいよ」

「でもお兄様が外で油断しているとすぐに死んじゃうって……」

「ううむ」


 さっきも言っていたけどどうもその『お兄様』がデオドラ様に余計なことを吹き込んでいるらしい。かなり悪質だなあとエリナ様へ尋ねてみることに。


「デオドラ様のお兄さんってどういう人なんですか? あの、変なことばかり吹き込んでいるような気がするんですけど……」

「息子はルースというのだけれど、ウルカちゃんの言う通り妙なことをわたくし達が見ていないところでデアドラに言っているみたいですわ」


 もちろん𠮟りつけるが見ていないところで色々と言うから現場を抑えることが難しいらしい。ちなみに現在十三歳。

 それでデアドラは外が怖くなり引きこもりに、とのこと。なるべく散歩などに連れて行きたいそうだけどルース様が邪魔をするのだそうだ。

 で、今回は口実がいくつかあったのでルース様が寝ている隙に連れ出した、と。


「身内のことでお恥ずかしい限り。王族として顔を見せる機会はどんどん増えますし、この子にも慣れてもらわないと」

「外……怖い……売られる……」

「そんなことないから!? ルース様と離した方がいいんじゃないでしょうか……」

「そうねえ……」


 とはいえ、他の家族でさらに王族相手にそこまで親身にはなりにくいし望んでいないだろうから僕はここまでだ。

 できることと言えばウチの動物達に触れ合ってもらい慣れさせるくらいかなあ。


【妹が好きすぎてこじれてんな】

「ええ? 妹が嫌いだからじゃないの?」

【くっく、そういうところはまだまだだなウルカ】


 謎のドヤ顔で僕の前に立つゼオラに小声で返すもまたふわりと飛んで頭上へ行った。

 そろそろ武芸大会も始まるけど、落ち着いて見たいから僕はデオドラ様がホッとした隙をついて膝から降りるとシルヴァの下まで行く。


「あ、あ……戻って来て……」

「シルヴァは大人しいってことを教えてあげようかなって。ちょっと怖いけど優しいんだよ」

「わふふ」

「ひっ……」

「大丈夫。僕の手を握ってくださいデオドラ様。シルヴァ、伏せ」

「わふ!」


 僕の合図にサッと伏せてその時を待つ。デオドラ様は僕の左手を掴んでからシルヴァの頭に手を伸ばす。


「う、うう……怖い……」

「ごめんなさいデオドラ様。でもこいつが怖がられたままも可哀想なんだ」

「ほらわたくしも一緒に撫でてあげますから」

「うう……おかあさま……。あ……」


 涙目になるデオドラ様を見かねたエリナ様が、彼女の手に自分の手を添えてシルヴァの頭に伸ばす。騎士達も心なしか『頑張れ』と応援しているような表情だ。

 そしてふかふかのシルヴァの頭に手が触れたその時、


「ふかふかです……! おかあさま、猫ちゃんよりふかふかです!」

「くぉん♪」


 手触りに感激したデオドラ様はわしゃわしゃと撫でまわしてくれた。

 毛量はタイガよりも多いしギル兄ちゃんが体を洗ってやっているので毛並みも最高。撫でなれている僕でも気持ちいいのだ。


「大きい犬を触ったのは初めてです……。ふわぁ」

「わふ」

「良かったわねデオドラ」

「はい……」


 にこりと笑うデオドラ様にいいことができたと思う。しかし段々と不穏な感じになってくる。


「うふふ、可愛いです」

「わ、わふ……」

「あ、ちょ、ダメだよデオドラ様!? そんなに力いっぱい撫でたらシルヴァが禿げちゃう!?」

「ああ……」


 この子、恐怖による火事場の馬鹿力かと思っていたけど本気で強いらしい。ほんわかムードの中、シルヴァの毛が少し薄くなってしまった。ギリギリ引きはがして間に合った形だ。


「ゆっくり、優しくしてくださいね」

「は、はい……ごめんなさい……」

「うぉふ」

「大丈夫だって。背中も柔らかいからどうぞ」

「あ、ほんとう……」


 今度はきちんと優しく撫でてくれ全員がハッピーになれた。

 そこで武芸大会が始まる鐘の音が鳴り響いた。


「ひゃう!?」

「それじゃ少し観戦していこうかな? デオドラ様はこっちの椅子へ」

「う、うん……」


 今度は僕を抱っこせず、隣の椅子に座ってくれた。少しでもエリナ様の役に立てたなら良かったよ。

 そういえば武芸大会にロイド兄ちゃんが出るみたいなことを言っていたような――

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