第六十三話 引きこもりニートというようなもの
突如来訪したのは先日ゲーミングチェアを購入した国王様の妻、つまり王妃様だった。緑色の髪は縦ロールで腰まである。薄いピンクのドレスを纏い、手にはロッドを持っていた。
というかいきなり『なにか面白いものを作れ』と雑な依頼を言われて困惑する僕。
まずは挨拶かと背筋を伸ばして胸に手を当てて頭を下げる。
「初めまして、王妃様。僕はウルカティヌス・バーン・ガイアスです。お会いできてうれしいです」
「わたくしはエレナ。先日は夫が世話になったようですね。……クラウディア様、この子を連れて帰っていいかしら」
「ご冗談を、ダメに決まってますわ」
「そこをなんとか……!」
食い下がった……!?
無茶な注文をつけてくる王妃様に涼しい顔であしらう母さんは笑顔のまま観覧席を降りる階段を指さして口を開く。
「お帰りはあちらですよ」
「わかりましたわ。仕方ありません、お祭りを楽しみつつなにか面白いものをウルカちゃんに作ってもらいましょう」
「まったく。エレナ様にも娘がいらっしゃるでしょうに」
「息子も欲しかったんですもの」
それは国王様に頑張ってもらってと母さんが返す。僕は王妃様の目的を尋ねてみることにした。
「今日はお祭りに来てくれたんですか?」
「ええ、げえみんぐチェアの一件から夫がこの町を気にしていて、王都に報せが入ったの。二人ともここへ来るわけにはいかないから今回はわたくしがお邪魔させていただきましたの」
ころころと笑うエリナ様が言うには前回、国王様はエリナ様に黙ってここへ来たらしく、さらにウキウキで帰ったのが許せなかったそうだ。
なのでお祭りに行きたがっていたところ、先の理由によりエリナ様がやってきた、そういうことらしい。
「私としては可愛いウルカちゃんが認知されれば嬉しいですけど。娘さんはどうしたんです?」
「人見知りが激しいからまだ馬車に乗っていますわ。もう十歳になるというのに。リンダさんはいらっしゃらないの? 確かあの方の子供も娘だったはず」
「リンダはその娘とお祭りに行っているらしいので、探しに行かれてみては?」
母さんはあんまりエリナさんにいい印象を持っていないのだろうか? ここから立ち去ってくれオーラを出している。
「ま、それは後にしましょう。お祭りついでにあの子のこともありますの。年下のウルカちゃんと話せば少しは変わるかと思い、外の世界へ連れて来たの」
「なるほど。ウルカちゃんは王族にしないので覚えておいてくださいね王妃様? スリンダの娘とウルカちゃんは仲がいい……この意味、わかりますね」
「……仕方ありませんわね」
母さんがなにか含んだ感じでステラを引き合いにだすと、エリナ様が渋々と言った感じで引き下がる。
【こりゃあ、ウルカを許婚にでもしたかったって腹があったな。家柄は中流だけど魔力はあるし、引きこもりお姫様の相手にしたいんだろ】
とはゼオラの弁。
ヴァンパイアハーフなんだけどそのあたりは大丈夫なのかな?
そんなことを考えているとゼオラが『他に王位継承権を持っているやつがいたら問題ないだろ』とのこと。
「あら、美味しそうな匂い。今からお昼ご飯ですのね?」
「ええ。姫様をお連れして一緒に食べますか? そろそろ武芸大会が始まるころです」
「それは素敵な提案ねクラウディア様ではしばしお待ちください」
そう言って騎士と一緒に階段を降りていくのを母さんと見送る。悪い人ではなさそうだけど……。
「クリエイトでなにかを作って欲しいと言うのは口実でしょうね。エリナ様はウルカのことを聞きつけて婿にするとかそういう類のことを考えていたみたい」
口実か……。たしかに『なにか面白いものを』という
「ええ? でもヴァンパイアハーフの僕が王族ってどうなんだろう」
「王子が居るから結婚相手は誰でもいいのよ多分。ま、それをしようとしたら私とリンダを敵に回すことになることは伝えたし大丈夫でしょ」
「五歳年上だもんね」
「歳はあまり関係ないわよ? 人間より長生きするから、実年齢とか途中でどうでもよくなるわね」
今は五歳だけど二十歳を越えたあたりくらいからあまり容姿に変化はでなくなるそうだ。母さんも長生きだけど、見た目は二十五歳当時くらいらしい。
「ステラにアニー、バスレと子供を作る環境はいっぱいあるけど王族はねえ……面倒だから」
「そういうものなんだ。というかバスレさんが候補に入っていることに驚き」
「あの子は……ウルカが大きくなったら話すわね」
なんだろう……含みのある言い方をして苦笑する母さん。バスレさんになにかあるのかな? そういえば両親の話しとかも出てこないような――
「お待たせしましたわね。なんとか連れてきましたわ」
「ああ、エリナ様おかえりなさい。……その子が?」
「ええ。デアドラ、挨拶をなさい」
「あ、あああ……」
お姫様の名前はデアドラと言うらしい。すみれ色のドレスにエリナ様と同じ緑色の髪をポニーテールにしており、赤いリボンが良く映える。顔ももちろん整っている。
そんな彼女はカタカタと震えながらエリナ様のスカートを掴み、青い顔でぶつぶつと呟いていた。
「いやだ……怖い……外の世界は危険がいっぱいあるってお兄様が……ああ、きっと私は誘拐されて言葉では表せない酷い目に遭うんだ……!」
「ええー……」
思い込みが凄い。
外に出たことが無い引きこもりというのは流石に誇張かと思ったけど、これはリアルかも……。
「ハッ!? もしかしてお母様は私を売るつもり……!」
「そんなわけありませんわ。落ち着きなさいデアドラ。さ、ウルカちゃんにご挨拶を」
「こ、こんにちは」
「ひっ……!?」
もはや被害妄想の域に達しているのを耳にしてちょっと顔が引きつっていたかもしれない。あと、露骨に顔を歪ませられてショックである。
しかしこのままだと話が進まないので深呼吸をして再び挨拶をする。
「僕はウルカティヌス。ウルカと呼んでくださいデオドラ様」
「あ……」
「え!?」
チラリとスカートの端から顔を覗かせて僕と目が合う。
するとゆっくり姿を現してから僕に抱き着いてきた。
「わ、私より小さい……これなら安心……」
「うわあ!?」
「良かったわ。それではクラウディア様、わたくし達にも席をお願いできますかしら?」
「……仕方ないですね。ウルカちゃんとは離しますけど」
「いや……!」
「力強っ!?」
母さんが目を細めてデオドラ様へ近づいた瞬間、僕を抱えてあっという間に手の届かないところへ。
うーん、どういう子なんだろう? でも小さいのが大丈夫ならウチの動物達はいけるんじゃないか?
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