第六十一話 お祭り騒ぎにはならないというもの


「な、なんだったんだ? 兄貴、ゴーストが出るって話あったっけ?」

「いや……先輩たちもそんなことは言っていなかった。最近出るようになったのだろうか?」

「もうやだあ……帰るぅ」


 生物学室を脱出した僕達ははなれたところで落ち着き、廊下で固まっていた。

 兄ちゃんズが汗を拭いながら学校にまつわる噂話を思い出しているようだけど、ゼオラは最近現れた上に僕に憑りついているからいくら振ってもそんな話は出てこない。

 それよりマリーナさんが限界なので僕はロイド兄ちゃんへ声をかける。


「見えないし、追ってきたかどうかもわからないし早く本をもって校舎を出ようよ。マリーナさん、ちょっと泣いているよ」

「お、おう、そうだな。立てるか?」

「泣いてないよ……! でもウルカ君は優しいから許す……」


 謎の強がりをするマリーナさんだけど腰が抜けて立てないようだった。すかさずロイド兄ちゃんが背負うと彼女は顔を赤くしてロイド兄ちゃんの背中を軽く叩いていた。


「……」

「ん? どうしたのアニー? ステラとフォルドも」


 ふと大人しいなと思って子供たちは大丈夫かと見てみると、三人が生物学室の方を見ていることに気づく。

 そこにはフラフラと飛んでいるゼオラが居て僕のところへ向かっている途中だった。


「い、いや、なんでもないぜ。……えっとウルカは見えているか?」

「え? 鏡の幽霊なら見えたけど」

「……そう」

「ステラ?」

【どうしたんだ子供たち?】


 僕の背中にまたくっついたゼオラの言う通りなんか様子がおかしいな? 特にアニーはずっと大人しく、じっと僕の方を見ている。


「ウルカ君の――」

「アニー」

「え? ……う、うん」

「なんだい?」

「なんでもないって! ほら、ロイド兄達が行くぜ? 俺達も行こう」

「うわ、押すなってフォルド」

「ん」

「むー」


 どうしたんだろう? なぜか焦っているフォルドと、怖い顔で僕の腕を引っ張るアニーとステラ。

 よく分からないけど、骸骨が動いたり幽霊が見えたりしたから強がっているのかもしれないな。


 僕はされるがまま三人に連れられて先へ進み、緊張感の漂う中、ロイド兄ちゃん達の教室へ到着。


「あったあった。こいつだ」

「あった? 早く出よう! さっきのゴーストと骸骨が来るかもしれないし……!!  

あ、出口は別ルートからね! さっきの教室を通るのは嫌よ……!!」

「うるせえなあ。大丈夫だっての。目を瞑ってろよ」

「うう……」

「ゴースト……」

「ん?」


 アニーがぎゅっと手を握って僕を見る。握り返すとにこっと笑ってくれた。可愛い。

 そんな調子でちょっとした冒険になった学校探索は終わりをつげ、僕達はクライトさんのところへ戻る。


「パパ」

「おかえりステラちゃん。……おや、なにかあったのかい?」

「あったというかなんというか――」


 ギル兄ちゃんがことの説明をかくかくしかじかすると、クライトさんがフッと笑い口を開く。


「なるほどね。だけどこの学校でゴーストが出るとは聞いたことが無いかな? だからマリーナさんが気に病むことは無いと思うよ。見間違いか通りすがりのゴーストじゃないかな?」

「女性で賢そうな人だったし、害は無いよマリーナ」

「う、うん、ギルドマスターがそう言うなら……」


 クライトさんがそう言いホッとするマリーナさん。

 学校に行くのが怖くなりそうな彼女を気遣ってというのもあるけど、事実でもあるしね。


【賢そうだってよ】


 嬉しそうに言わない、と意地悪な笑みをしているゼオラに小声で返す。もとはと言えばゼオラがいたずらをしたせいなのだから。悪い霊だ。


「とりあえず今日のところは家で休め。オレが送っていくから、兄貴はウルカを頼めるか?」

「ああ、マリーナは任せるぞ」

「あ、ありがと……」

「またねマリーナさん!」

「またあそぼーね!」

「ふふ、うん! またねみんな!」


 僕達に見送られて少し元気が出たのか、ロイド兄ちゃんと一緒にこの場から立ち去っていく。

 そこでクライトさんもステラの頭に手を置いて僕とギル兄ちゃんへ言う。


「それじゃ俺達も祭りへ戻るよ。アニーとフォルドはそろそろ親父さんのところへ送らないとな」

「えー、まだウルカ君と一緒がいいよー」

「……いや、ダメだぞアニー。ウルカは仕事をしているんだ。俺達も父ちゃんたちを手伝わないとな」

「うー」

「また今度遊ぼうよ。明日はお祭りに出られるし」

「わかった。行こう、アニー」


 ステラに促されて小さく頷くアニー。そのままクライトさんと一緒にお祭りの屋台がある方へと歩いていく。


「……」

「アニー、後にするんだ」

「?」


 少し離れたところでアニーが悲しそうな顔で振り返り手を振ってくる。そんなに遊びたかったのかと思うと心苦しい。というかフォルドが焦ってすぐに前を向かせていたのがよく分からなかった。お手伝い発言もあったしお兄ちゃんをしている感じかな?


「それじゃ俺達も巡回に戻るか。リカはまだいいのか?」

「うん! 折角だし一緒に行くよ。まだ帰るには早いしね」

「ちょっと寄り道しちゃったけど、人が多くなってきたから油断しないようにしないとね。シルヴァまたお願いするよ」

「うぉん!」


 というわけで僕達も巡回に戻ることにし、この日は他に事件もなく終了。

 だけど翌日――



 ◆ ◇ ◆


 ――クライトの後をついていくフォルド達三人がウルカの姿が見えなくなったところで一瞬振り返ったフォルドが小声でステラに尋ねる。


「……アニーには見えていたみたいだな。ステラはどうだった?」

「フォルドも見えていた? あの鏡に映った女の人」

「あ、兄ちゃんとステラちゃんにも見えてたんだ! うんうん、ウルカ君の頭の上にずっといたよね!」


 三人ともゴーストが見えていたと答え合わせをして興奮気味に口にするアニー。

 そこでステラが口をへの字にして腕を組む。


「確かゴーストは人間に憑りついてその人を殺しちゃうってパパが言っていた。だからあのゴーストをなんとかしないとウルカ君が死んじゃうかも」

「え!? なら、はやく父ちゃんたちに言わないと!」

「うん。だけど、私に考えがある。すぐにウルカ君が死ぬことは無いと思うからもう少し待ってねアニー」

「考え?」


 フォルドが眉を顰めてステラを見ると、彼女は小さく頷くと先ほどまで通ってきた道を見ながら胸中で呟く。


(あれはいったいなにかしら……? ウルカ君に害が無いようにしたはずだけど。邪魔ものなら消さないと――)

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