第六十話 賢者、視認されるというもの
夜の学校というのはどうしてこうも恐怖を感じさせるのか?
校舎に足を踏み入れた瞬間、そこは先ほどまでお祭りで喧騒を感じていた音が息をひそめ、シン……と空気が変わった気がする。まるで別世界。
耳を澄ませば遠くで微かに聞こえるお祭りの喧騒が逆にこの場を違う場所だと感じさせてくれる。
温度も心なしか下がったのは気のせいだろうか? そんな中、マリーナさんがロイド兄ちゃんの腕に絡みついたまま口を開く。
「なんで灯りをつけないんだろう……」
「こら、しがみ付くなマリーナ」
「いいじゃないロイド兄ちゃん。男なんだし」
「……お前に言われると納得したくなるぜ」
そういって笑いながら僕に言う。
両脇にいるステラとアニーの手をつないで歩いているからだろう。
「うわあ、広いねー」
「大きなお部屋がたくさんある」
「いつか俺もここに来るのか」
とはいえ、ステラとアニーはただ手を繋ぎたいだけで、子供たちはまったく怖がっていない。僕はちょっとだけ『ひぇ』てなったけど、そもそもゼオラが幽霊なので正気に戻ってしまった。
「灯りはそれほど無いからな。魔石に魔力を通せばいいと思うが、勝手なことをするのも怒られそうだ」
「ま、まあね。ほら、早くいくわよ」
「引っ張るなって」
マリーナさんが虚勢を張ってロイド兄ちゃんを連れて行くのを微笑ましく見守る。なんだかんだで兄ちゃん達は十五歳だから前世の僕より年下なのだ。
なんとなく同級生なノリで見てしまう。まあ、僕に女の子の友人は居なかったけど。
すると頭上でゼオラが口を開く。
【あたしの部屋もこんな感じだったなあ。実験とかするのに地下室がいいからいつも薄暗いんだよな。この雰囲気の居心地は悪くないね】
「ふうん」
それは幽霊だからでは? と思ったが特に口にしない僕であった。
「ロイド兄ちゃんの教室ってどこにあるの?」
「隣の校舎の三階だな。このまま真っすぐ行ってから階段を上がるんだ」
「ここの部屋はなにがあるの?」
「ん? この辺は実習室ね。薬草の調合や調理室、実験室とかあるわね」
歴史とか語学いわゆる国語や数学と同じ算術、魔術に剣術といった基本授業以外は選択科目らしい。午前中に基本をし、午後にやりたいことをやるという自由な感じなんだって。
冒険者志望は卒業後に3割くらいは居るらしく、剣士でも薬の調合を覚えたり、魔法使いでも近接戦闘を学ぶなどやりようはあるそうだ。
僕が一番いいと思ったのは先の『魔法使いでも戦闘を学べる』という部分で、この職業はこうだからと決めつけていないことかな。
身体が弱かった僕はゲームをよくやっていたけど、脳筋の魔法使いでもいいよね?
入学したら楽しそうだと思っていると、ロイド兄ちゃんが手を打って僕達に笑いかける。
「あ、そうだ! 生物の体の仕組みを覚えるための授業あるんだけど、その部屋に骨があるんだぜ骨! それも人間の」
「え……!?」
「ちょ、やめなさいよ!? 思い出しちゃったじゃない!」
人間の骨と聞いてフォルドが目を見開いて驚き、マリーナさんが青い顔で首を振る。
「フォルドはそういうの好きそうだよな」
「ま、まあ、ちょっと見てみたいかもしれねえ……。ロイド兄の言うことならだいたい面白いしな」
「ようし決まりだ。ちょっと見ていこうぜ。昼間でもちょっと不気味なんだよな」
「骨?」
まだ四歳にアニーは言葉の意味まではすぐ結びつかないのか首を傾げる。
「はは、アニーはあだわからないかな? お肉についているやつだよ。ステラは?」
「私はわかる。ギルドには魔物の死体が届くから」
「あー、アニーもわかる! 父ちゃんがなんかの骨付きもも肉を焼いてお店で出してた!」
思い出したらしいアニー。酒場を経営しているのだからステラのように見聞きしたことはあるだろうね。
「実物をみたことはねえんだけど、やたらリアルを感じるんだよアレ」
「うう……ひゃ!? も、もう、リカ、脅かさないでしょ……」
「ダイジョブだって、マリーナ。みんなも居るんだし」
「リカ、あんたってこういう時、はしゃぐわよね……」
ロイド兄ちゃんを先頭に生物学の部屋というところへ入っていく僕達。危険な道具や薬品は鍵のついた棚に入っているので入れるらしい。
そして――
「あれだ」
「おお……」
「これは、確かに凄いかも」
「も、もういいでしょ? いこ?」
「目を瞑ってるなマリーナ」
ギル兄ちゃんが苦笑しながらそう言いマリーナさんを見てみるとぎゅっと目を瞑っていた。
部屋には大きな鏡が壁にかかっており、その壁の隅に人体模型が佇んでいた。よくゲームなどで出てくるスケルトンそのもので内臓を模したものも内部に見えている。
現代日本にあるものと遜色がない……というより本気でリアルだ。
「あれが骨? 人みたいー」
「うん、人の骨だからね。それにしても……確かに凄いや……今にも動き出しそう」
「や、止めてよウルカ君!?」
「へえ。こういう風になっているんだな。ロイド兄よりちょっと大きい?」
「肩幅がでけえな。なんていうか戦士系って感じだよな」
みんなと居ると怖くないとまじまじと見つめる。暗い双眸は吸い込まれそうな黒。
死ぬとこの姿になると考えるとなんともやるせない感じなるなあ……。
まあ模型だし、と思っていると――
「あ。今、うごいたよ!」
「なんだって?」
「ひゃあん!?」
――アニーが僕の手を引っ張りながら大きな声を上げた。そんなはずはと骨を見てみると、
「う、動いている……!?」
右腕か少しずつ上がり、珍しく焦った声をギル兄ちゃんが上げた。
だけどよく見るとカラクリはすぐに分かり、
【くっくっく、驚いている驚いている……】
「ゼオラ、止めなよ。マリーナさんが本気で怖がっているから」
【えー】
「ほら、降ろして。……うわ!?」
【おう!?】
上げた右腕を上げるため僕が触れると、静電気になったみたいにバチっと弾かれた。ついでにゼオラも変な声を上げてびっくりしていた。
「お、おい、ウルカ大丈夫か!?」
「う、うん。なんかバチっときたけど平気。なんだったんだろうね」
「あ、あああ……」
僕が誤魔化し笑いをしながら振り返ると、マリーナさんが青い顔で尻もちをついて指を差していた。なんだろと思ってそちらに目を向けると先ほどの鏡があり――
「だ、誰か映ってる!? え? え?」
「いない、よな……?」
「ゴーストだ!!? へ、部屋から出るぞみんな!」
「「「うわああああ!?」」」
「わー!」
【やべえ、まさかこんなことになるとは】
……なんと、鏡にくっきりとゼオラの姿が映っていたのだ。もちろん部屋を見渡しても誰もいないので本物の幽霊だと兄ちゃん達は子供たちを抱えて脱出した。
まあ、本物幽霊で間違ってないんだけどさ。
「行こうか。もう変なことしないでよ?」
【へいへい。たまにはあたしだって楽しみたいもん】
「可愛く言ってもダメ」
【ちぇー】
そうして僕達も兄ちゃん達の後を追って部屋を出るのだった。
さっさと目的のものをとって帰らないとマリーナさんが大変そうだ。
カタン……
【……】
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