第十三話 町は意外と楽しかったというようなもの
【うーっす】
「あ、ゼオラ」
するりと扉を抜けてきたゼオラに気づいた僕は手をあげて帰還を示唆する。
そのまま僕の背中に張り付いてくると、目の前の光景に視線を移してから口を開く。
【なんだいこりゃ?】
「あー、なんか火が付いたみたいでさ」
「もうウルカ様と会うことはないでしょうし、残念ですがその未来はありませんね」
「おばさんこそウルカ君が大きくなった時に『おばさんはちょっと……』と言われて寝込む前に手を引くべき」
「小娘が」
「おばさんが」
あの後、僕と結婚するのはどちらが相応しいか? そんな会話をずっと繰り広げていたりする。折角、異世界のおもちゃがあるから見てみたかったんだけどなあ。
【モテモテだなウルカは】
「茶化さないでよ。まだ五歳だしそんなことを考えていられないよ」
【バスレは美人だと思うがなあ、唾つけとけよ】
「それを言ったらゼオラだって美人じゃないか。まあ幽霊だけど」
僕がその辺にある大根の出来損ないみたいなぬいぐるみを持ち上げながらそういうとゼオラは一瞬、固まった後にくっくと笑っていた。
【お前は大物になりそうだが、女関係が心配だぜ。くっくっく】
「えー? 前の世界でもモテなかったしそれは無いんじゃない? あ!? ちょ、手を出したらダメだよ!」
「ふぬ……!」
「ちぇいさー!」
おばさん呼ばわりされたバスレさんの気持ちは想像に難くないが五歳児かつよそ様の子供にチョップはよろしくないと間に割って入る僕。
「うぐあ!?」
「あ!?」
「ウ、ウルカ様!?」
直後、バスレさんのチョップと頬にステラの拳が突き刺さった!
「……って痛くないな」
「もう、せっかく『二股疑惑!? 愛は勝ち取るもの!』ごっこをして遊んでいたのに」
「ネーミングが酷いね!? 無駄に長いし……」
「さすがにギルドマスターのお子様に本気を出すわけにはいきませんから」
あ、バスレさんの怒りは本気っぽい。けどそこは大人だったようでチョップも軽いものだったよ。
などと思っていると――
「あ、ウルカ君の口から血が」
「え?」
「袖はいけません」
バスレさんが屈んでハンカチを使って口元を拭ってくれると、白いレースに血が滲んでいた。
「ごめん」
「いや、全然強くなかったしステラのせいじゃないよ。最近よく口を切るんだ」
「お口を開けてもらえますか?」
「こう?」
あーんと大きく開けてみるとバスレさんが左の頬へ手を当ててから言う。
「左上の犬歯が随分伸びていますね。これが下唇を切っているみたいです」
「ええ? 片方だけ?」
「ですね。虫歯ではないしもう少し伸びればかっこいい感じになるかと」
特にそういうカッコよさは求めていないんだけど、原因が分かって良かった気がする。歯医者があるのかは分からないけど虫歯じゃないし本当に障害になるようなら考えてみるかな。
とりあえず切れたところを舐めてからハンカチでもう一度拭いて血が止まったことを確認するとステラが僕の顔を覗き込みながら言う。
「それじゃ、改めてウルカ君と遊ぼう」
「いいよ、なにする――」
「ウルカちゃーん、お話が終わったから帰るわよ」
「はーい。ごめんステラ、そういうことみたい」
「がーん」
口でがーんと言う人を初めて見た。
それはともかく僕はバスレさんに抱っこされて部屋を出ることに。
「かむばっく」
「またねステラ」
片手を床につき、もう片方の腕を伸ばすステラに苦笑しながら手を振り母さんの下へ戻ると閉めた扉の向こうから怨嗟の声のようなものが聞こえてきた。恐ろしい五歳児である。
「やあ、ウルカ様。ウチのステラちゃんとは仲良くなれたかな?」
「まあ、多分……はい」
「ははは、まあ個性的な子だからね。同い年だしまた遊びに来てくれると嬉しいよ」
「町に来たときは」
「リンダが居なかったらいいわよ」
風当たりが強いなあ。
逆にリンダさんがどんな人か気になる……。母さんが嫌がっているのは分かるから言えないけどさ。
ギルドを出てから馬車に乗るとそのまま自宅へと戻ることに。
その途中、そういえばと思い母さんに話しかける。
「お父さんのところには行かなくていいの?」
「んー、特にパパと直接お仕事じゃないからね」
「というかお仕事はなにをやっているのかな」
「そういえば教えていなかったかしら。ウチはガイアス商会という事業をやっているのよ。今度、あの池まで巡回できるよう道を作るの」
なるほど商会か。
貴族がやってもおかしくないし小金持ちの理由も納得だ。物品を売る以外に下請けと元請けの業務とかやっていそうだ。
「ふーん、お店に行ってみたいな。それか兄ちゃんたちの学校!」
「ふふ、そうねえ。また今度行きましょうね。いっぺんに行ったら楽しみが減っちゃうからね」
「あ、それもそうだね。帰ってきたら兄ちゃんと遊んでもらおうっと」
特にロイド兄ちゃんは身体を動かすのが好きなのでボール遊びなんかを一緒にやってくれるんだよね。ギルバード兄ちゃんは虫取りとかをして蘊蓄を語るタイプだ。
そこで僕はそうそうと口に指を突っ込んで母さんに犬歯を見せる。
「母さん、僕の歯すごくない? 一本だけ長いみたいなんだよ」
「え? ……これは……。いつからこんなになっているの?」
「えっと、あの蛇に襲われた時くらいじゃないかなあ。最近よく唇を噛むんだ」
「そ、そうなの? うーん、虫歯じゃないししばらくすればかっこいい感じに伸びると思うわ」
「バスレさんも言ってたけどそんなもんなの!?」
二人がそういうのならそうなのだろうと僕は気にせず帰路につく。
それにしても町は面白かった。ゼオラが居るし一人で遊びに行ってもいいかもしれない。ステラも面白そうな子だったからね。
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