最終話「帰還」
暗闇の中をクレアは歩いていた。
いったいどこに向かっているのか。
一寸先も見えない真っ暗な世界。
不安に押しつぶされそうになりながら、彼女はひたすら歩き続けた。
「クレア」
どこからともなく、声が聞こえる。
優しくて、柔らかな声。
「ライトニングさん……?」
キョロキョロと辺りを見渡すと、はるか前方にライトニングの姿が見えた。
「ライトニングさん!」
思わず駆け出す。
彼の優しげな笑顔。その姿に心の底から安堵する。
この暗闇の中で彼だけが光り輝いていた。
しかし、行けども行けども距離は縮まらない。
「ライトニングさん……!」
だんだんと不安になっていく。
手を伸ばすも、届かない。
駆け出すクレアにライトニングは笑顔を向けながら言った。
「クレア、君は僕の希望。この世界を託したよ」
瞬間、まばゆい光がクレアの目の前に現れた。
強烈な光に思わず立ち止まり、腕で顔を隠す。
光は彼女の全身を包み込むと、強い力で闇の世界から引っ張り出していった。
「う………」
クレアはうめき声を上げて目を覚ました。
「気が付いたか」
聞きなれた声に、顔をあげる。
気づけば、彼女はローランに背負われていた。
アルス山脈のふもとだった。
ゆっくりと慎重に、もと来た道を戻っている。
何があったのか、はっきりと思い出せない。
背負われながら振り向くと、シャナが心配そうな顔で覗き込んでいた。
「シャナさん……」
「ったく、最後まで隊長に面倒を見てもらうなんてさ。とんだ新入りだね」
そのはるか後方には、ガトーたち第十四特務部隊の面々が見える。
彼らはライトニングのレイピアを大事そうに抱えながら歩いていた。
その姿に、一気にクレアの記憶がよみがえる。
洞窟内で遭遇した魔族の集団。
その集団から身を挺して自分を護ったライトニング。
その直後、一気に爆発した感情。
ひとつひとつが鮮明に思い出される。
瞬間、クレアの頬に涙が伝った。
溢れんばかりの想いに、声が出てこない。
ガトーたちは、何も言わなかった。
それが余計につらい。
「私、私……」
それに気づいたローランが、クレアを背負いながら言った。
「今は何もしゃべるな」
それは隊長としての優しさでもあり、ガトーたちに対する配慮でもあった。
仲間の死は、口に出してしまえば一気に押し寄せてくる重荷のようなものである。
今はただ、本部への帰還を考えるだけでいい。
「はい……」
言いながら、クレアはローランの背中に顔をうずめた。
魔族出現の報、ライトニングの弔い、帰ったらやらなければならないことはたくさんある。
泣いてる暇はない。
彼女はローランの背中から飛び降りると、強い眼差しで言った。
「行きましょう、隊長」
いつものオドオドした顔つきとは違う凛とした表情に、ローランは目を丸くした。
しかし、どこか力強いその顔立ちに、安心感を覚える。
「ああ、行こう」
一行はクレアを先頭に、ひたすら王都への帰還の道を歩き続けた。
真冬のアルス山脈は、これからの戦いの厳しさを象徴しているかのようであった。
第一部 完
そして彼女は覚醒した~無自覚最強剣士の物語~ たこす @takechi516
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