第27話「ドラゴン討伐」

「クレアッ!?」


 ローランが剣を構えながら叫ぶ。

 クレアはレイピアを携えながらローランと並んでアースドラゴンの正面に立っていた。

 心なしか、表情が変わっているようにも見える。


「無事か?」


 第八特務部隊隊長の言葉に、クレアは無言で頷いた。

 今までの臆病そうな顔つきとは違い、今はまるで近寄りがたいナイフのような雰囲気を醸し出している。


「嬢ちゃん、ライトニングはどうした!?」


 ガトーがドラゴンの横から声をかける。


「ライトニングさんは……」


 クレアの声は、ドラゴンの咆哮によってかき消えた。

 すさまじい圧力が二人に襲い掛かる。


「ぐう」


 ローランが足を踏ん張り、その咆哮に耐える。

 一方のクレアは、微動だにしていなかった。


「ローラン!!」

「クレア!!」


 ガトーとシャナが同時に叫ぶ。

 ドラゴンの咆哮は、横にいてもすさまじい迫力があった。

 それをまともに受けて、ただで済むとは思えない。

 案の定、そんな二人にドラゴンが鋭い牙をむき出しにして顔を突きだしてきた。


 ローランが身構える。


 刹那、ドラゴンの顔が弾かれるように真上に上がった。


「──ッ!?」


 身構えたローランは、何が起きたのかと目を見張った。

 自分たちに襲い掛かっていた顔が、何の前触れもなく下から突かれたかのように弾かれたのだ。

 ふと横を見ると、クレアのレイピアが真上に突きだされていた。

 どうやら彼女が下から突き上げたらしい。しかし、ドラゴンの下顎には少しの傷もついていなかった。


 それを見て、クレアの表情が一変した。

 赤い瞳を睨み付けるように細くし、口は笑っている。

 その光景に、ローランはゾクリと身震いした。

 これは、本当にクレアなのか。

 どう見ても別人だ。


 そんな彼の思いとは裏腹に、ドラゴンが再度首をもたげて二人に牙をむいた。

 ローランが身構える。


「クレア、ここは二人で連携して……」

「必要ない」


 言うなり、クレアの姿が消えた。


「──ッ!?」


 いきなりであった。

 どこに、と上を見上げると、彼女の身体が跳んでいるのが見える。

 ドラゴンの顔の正面に跳躍し、レイピアの刃先を向けて引き絞っていた。

 一瞬の出来事に、ドラゴンの動きも止まる。

 次の瞬間、クレアはレイピアを突きだした。

 それはドラゴンの口内に突き刺さり、そして後頭部までをも貫いた。


「グゲ……ガ………!!!!」


 小さな声を上げながら白目をむくアースドラゴン。

 クレアは貫いたレイピアを口内で回転させると、そのまま一気に首をもいだ。

 真っ赤な鮮血が、彼女の身体を赤く染める。


「な……」


 その光景に、ローランたちは地上から驚きの顔を浮かべて眺めていた。

 5人がかりでも倒せなかった相手を、たった一人で瞬殺してしまった。常識では考えられない。


 クレアが地面に降り立った直後、アースドラゴンの身体が地響きを立てて崩れ落ちていく。

 首がもげたこの伝説級の魔物は、もう二度と起き上がることはない。


 ポタポタと返り血を滴らせながらクレアはそれを見届けると、カラン、とレイピアを手から放した。

 とたんに、ふ、と力が抜けたようにその場に倒れ伏す。


「クレア!!」


 慌ててシャナが駆け寄ると、血まみれのクレアの身体を抱きかかえた。

 彼女にとっても、信じがたい光景だった。

 昨日まで、自分には手も足も出なかった新人隊員なのだ。

 それが、たった一人でドラゴンを倒してしまうまでに成長している。

 いったい、谷底へ落ちてから何があったのか。


 見れば、今まで扱っていなかったレイピアが地面に落ちている。


「これは……」


 すぐさま駆け寄ってきたガトーたちが地面に落ちているレイピアに気付き、言った。


「こいつぁ、ライトニングのレイピアだぜ」

「なんで彼女が……」


 第十四特務部隊の隊員たちは、ここにいないライトニングと彼の武器を携えて現れたクレアに、想像もしたくない可能性を考えていた。


「まさか、ヤツは……」


 ガトーは、最後まで言わずに言葉を飲みこんだ。

 ここにいないということは、そういうことなのだ。


 この仕事についてからそういうことは覚悟の上だった。

 いままでも、何人もの仲間たちを見送っている。

 ライトニングは死んだのだ。彼のレイピアがそれを物語っていた。


 しかしガトーは思う。

 ライトニングの死を看取れなかったのは残念だが、彼がクレアを救おうと崖に飛び込んだのは決して無駄ではなかった。現に、谷底へと落ちていったクレアがここにいる。


「にしても……、バカだぜ、おめえはよ」


 ガトーはそういって地面に落ちたレイピアを拾い上げた。

 涙は出なかった。涙など、流しすぎてとうに枯れている。


「どうせ女の前で恰好つけて死んだんだろ? おめえはそういう奴だからよ」


 そう言いながら、ガトーは全身を震わせていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る