第18話「ライトニングの教え」

 出立はそれからほどなくして行われた。

 クレアが厩務員の用意してくれた馬に跨ると、シャナが口を鳴らした。


「なんだい、ちったあ様になってんじゃないのさ」


 初めて乗った時のようなオドオドとした姿勢ではなく、しゃん、と背筋を伸ばしている。

 どことなくぎこちないまでも、始めのころに比べれば雲泥の差であった。


「それは毎日練習してますから」


 クレアは照れたように笑う。


「でも、隊長やシャナさんみたいに速く走るのは苦手で……。遅れたらすいません」


 そう断りを入れるクレアに、そっと馬に乗ったライトニングが横付けした。


「大丈夫ですよ。相手はあのドラゴンなんですから、闇雲に全力疾走では向かいません。ある程度、急ぎはしますけど、競走馬のように駆けたりはしませんから」


 その言葉にクレアはホッとする。


「モタモタするな、行くぞ」


 ローランの言葉に、隊員たちは一気に駆け出した。目指すはドラゴン最後の目撃場所であるアルス地区。ここから早馬に乗っても2日はかかる距離であった。


     ※


 アルス地方にそびえる山の頂は、すでに白く雪化粧が施されていた。

 季節は秋から冬へと突入しようとしている。

 世界的に温暖なこの国でも、冬はやはり寒い。

 ローランはじめ特務部隊の面々は、各々の装備の他、布のマフラーを首に巻きつけ、毛皮のマントで身を包んでいた。


「途中までは馬で行けるが、行先は断崖絶壁の山道だ。徒歩で進むことも考慮に入れておけ」


 ローランの指示で、クレアたちは比較的軽装備だった。

 伝説のドラゴン相手にレザーアーマーというのも不安が残るが、そもそもドラゴンの爪はどんな鎧をも簡単に切り裂くほど強力だ。まともに攻撃を喰らえばまず命はない。であるならば動きやすいレザーアーマーのほうがまだマシだと判断した。


 とはいえ、同行を共にしている第十四特務部隊の隊員たちは、常日頃から身に着けている全身鎧でガチガチに身を固めている。力自慢の彼らにとって、アーマーの重さは気にならないようだ。自分の戦闘スタイルにポリシーを持っているともいえる。


 遠近両用と比較的バランスのいいローラン率いる第八特務部隊と比べて、彼らは近距離戦闘に特化したタイプである。隊長のガトー筆頭に、全員が強力な大剣や槍を携えている。その中にいて、ライトニングだけは別格だった。兜も盾も身に着けていない。白い胸当てだけであった。


「僕は牽制役だしね」


 そんなライトニングにクレアは共感を持った。


「私も、今はまだそうです。隊長のように剣の扱いは上手くないし、シャナさんのように弓を使えるわけでもないし。牽制すら出来ていないかもしれませんけど」


 うつむきがちに言うクレアに、ライトニングは「おや?」と不思議そうな顔をした。


「クレアさんは牽制役が他と劣っていると思っているのですか?」


 クレアはその言葉にきょとんとした顔を向ける。


「だって、そうじゃないですか? 魔物を倒すこともできないし、遠くから援護することもできないし。ただ動き回るしかない。実際、それしかできないし……」

「はは、牽制役と謳ってる僕に、正直に言うもんだね」


 クレアは「あ」と口を手でふさいだ。


「ラ、ライトニングさんのことじゃありません! 私のことです、全部私の!」


 慌てふためくクレアに、ライトニングは「ふふ」と笑った。


「そんなに卑下することないよ。牽制役ってね、実はとても重要なんだ。特に僕らみたいな強大な魔物と戦う機会が多い部隊にとっては、なくてはならない存在だと思うよ」

「そうですか?」

「そうだよ。だって、そんなに強い魔物と戦うってことは、逆を言えば攻撃を喰らえば死ぬ確率も高いってことじゃない。いかにして攻撃を喰らわないようにするか、それが大事なんだ。敵の一撃で形勢逆転、なんてこともあるしね」


 クレアは真剣な表情でライトニングの言葉に耳を傾けていた。


「言うなれば、牽制役はその隊で最も優れた者でなければ務まらないポジションなんだ。なんせ、敵の注意を一手に引き受けるわけだしね」


 ゴクリと唾を飲みこむ。

 ライトニングの言葉には、何かしら説得力があった。


(最も優れた者でなければ務まらないポジション……)


 先頭を走るローランや、その脇を駆け抜けるシャナの姿を見ながらクレアは頭を振った。


(さすがにそれはない)


 いやいやと頭を振るクレアを面白そうに眺めながらライトニングは言った。


「まあ、そういうことにしといたほうが気がラクだよ、て話」

「はあ……。そうですか」


 なんだかよくわからなかったが、クレアは相槌を打った。


「ところで、そういえばさっきから気になっていたんですけど、ライトニングさんの腰に下げているものって……」


 話題は武器へと変わった。

 正直、巨大な斧や重そうな槍を携えている第十四特務部隊の中にいて、彼だけが貧弱そうな剣を帯びている。牽制役だから、といってもかなり異色だ。


 ライトニングは剣の柄に手を置いて言った。


「ああ、これ? これはレイピアさ」

「レイピア?」


 柄を握る指の部分を保護する金属の棒が施され、異様に細長い。

 レイピア自体は世界各地の標準武器とされているが、好んで使う者はあまりいない。

 主に突き攻撃が基本だが、刃もあるため斬ることもできる万能の剣だ。

 しかし、その刀身の細さから、剣が折れることを嫌う戦士にとっては敬遠されがちな武器であった。


「意外と軽い上に、実はロングソードよりもリーチが長いんだ。相手を牽制する僕のような者にはうってつけの武器だね」

「折れたりはしないんですか?」

「みんなそう言うけど、レイピアって頑丈な造りだから折れたことはないよ。そもそも武器なんだから簡単に折れたら大変だ」


 それはライトニングさんの腕がいいからじゃ……、とクレアは思ったが口には出さなかった。


「君は何を使ってるんだい?」


 ライトニングに言われてクレアは懐からミスリル製のダガーを取り出した。


「ここに配属される前に、前にいた部隊の人たちからいただいたものです」

「へえ、すごく立派なダガーだね。切れ味もよさそうだ」

「とても丈夫です」


 クレアはマンティコアの戦闘を思い出した。

 あの時は、頑丈なマンティコアの身体でまったく傷つけられなかったが、逆に折れもしなかった。

 ミスリルという名は伊達ではなかった、ということだ。


「大切にしなよ」

「はい」


 クレアはコクリと頷いた。

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