第17話「共同作戦」
「今回は第十四特務部隊と合同で任務にあたる」
ローランからそう言われた時、クレアの頭にクエスチョンマークが浮かんだ。
場所は本部内のブリーフィングルーム。
普段はあまり使うことのない部屋ではあるが、細かな作戦や大掛かりな任務の場合はここを使う。
もちろん新米のクレアにとっては初めての場所であった。
急な呼び出しで何を言われるのかと思いきや、ローランは他の部隊と共同戦線を張ると伝えたのである。
それにはもちろん、シャナも怪訝な反応を示した。
「合同って、あたいらとかい?」
「そうだ」
「新入りの嬢ちゃんはともかく、いきなり他のチームと組んでうまく連携をとれるとは思えないけどね。足を引っ張られなきゃいいけど」
シャナの言葉は、タイミングよく入ってきた第十四特務部隊隊員たちの耳に突き刺さった。
「聞き捨てならねえな。誰が足を引っ張るって?」
全身を重そうな金属鎧で身に包んだ大柄な男が言った。
その大きな身体と同じく、声もでかい。
「こっちだって新入りのいるところと組むなんてまっぴらだったけどよ、旧友のローランの頼みとあっちゃ放っとくわけにいかねえだろ」
そう言って、ドンと肩に担いだ大剣を床に立てた。
あまりの迫力にクレアはビクリと肩を震わせる。
ローランは動じることなく、一言
「すまんな、ガトー」
と言って頭を下げた。
「けははは、特務部隊随一の剣豪ローランがオレに頭を下げやがったぜ。どうだ、オレも偉くなっただろ」
ガトーと呼ばれた大柄な男が振り返りながら得意げに語ると、それを押しのけるようにぞろぞろと第十四特務部隊のメンバーがブリーフィングルームに入ってきた。
「なに言ってんすか、隊長。もともとこれはウチらと合同の任務だったでしょ。ローラン様の頼みも何も、本部の命令なんですから。ていうか邪魔です」
「お、おい、お前ら。押すな……」
グイグイと隊長を押しのけて入ってくるメンバーの中に、クレアは見知った顔を見つけて「あ」と声をあげた。
「ラ、ライトニングさん!」
「やあクレア。久しぶり」
それはクレアの歓迎会で出会ったライトニングだった。
熟練の屈強な男たちの中で、一際異彩を放っていた物腰の柔らかな青年。
共通の知人がいて、右も左もわからなかったクレアにとって唯一心が安らいだ相手。
歓迎会で会って以降、探しても見つからなかった相手がまさか同じ任務に当たるとは思わなかった。
「おいおいライトニング。てめえ、いつの間に新入りと仲良くなってんだよ!」
グイ、と二の腕でライトニングの頭を挟み込みながらガトーが言う。
金属と金属に挟まれ、ライトニングは苦しそうな表情を見せながら
「そんなんじゃないです!」
と叫んでいた。
「オレたちよりちょっと顔と腕がいいからって調子に乗りやがって」
「だから違いますって! ギブギブ、放してくださーい!」
メリメリと骨が軋む音が聞こえて、クレアは慌てて止めた。
「や、やめてください! ライトニングさんとは歓迎会で名前を知っただけで、別になんの関係も……」
「甘いな、嬢ちゃん。こいつぁな、そうやって徐々に女を落とすテクニックを備えてやがるのさ。それでオレたちもいろいろと苦労してんだ。こいつには気をつけな」
「わかりました、わかりましたから! ライトニングさん、死んじゃいます」
必至に訴えるクレアの姿があまりにも
その隙に素早くライトニングが頭を抜く。
「あ、てめ!!」
再度捕まえようとするガトーの腕をひょいとかわしながら、彼は言った。
「んとにもう、乱暴なんですから」
頭を抑えつけながらも、まるでいつものことであるかのような口調にクレアは心から安堵した。
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ、だいじょぶだいじょぶ」
隊長ガトー率いる第十四特務部隊は、力に特化した部隊である。
技や速さよりも、圧倒的なパワーで押しきる部隊。そのため、他の隊員も隊長と同じく屈強な体つきで全身鎧に身を包んでいる。
ただし、ライトニングだけは胸当てをつけただけの軽装だった。それは、彼がこの部隊で牽制役であることを物語っている。
「にしても、今度の相手は一筋縄じゃいきそうにもねえな」
ガトーの言葉にクレアは目を丸くした。
彼女にとっては、任務の内容を教えてもらっていない。
「あの、隊長。今度の相手って、どんなのなんですか?」
クレアの言葉に、今度はガトーが目を丸くした。
「なんだ、言ってなかったのかローラン」
「言えば逃げ出すと思ってな」
穏やかではないセリフに、クレアの緊張が高まる。
ふとシャナに視線を送ると彼女はすでに知っているらしく、軽く肩をすかした。
「クレア、新入りにとってはかなりキツい相手だが、今回の相手はドラゴンだ」
「ド、ドラゴン……?」
クレアの身体が一瞬硬直する。
冗談とも本気ともつかない言葉だった。
ドラゴンとは、神話でしか登場しなかった伝説中の伝説の魔獣である。
以前のマンティコアも神話の生き物であったが、それとは比較にならないほど数々の伝説を残している。
人類の歴史上、ドラゴンを倒したという英雄は一人しかいない。しかもそれは神話上の人物であり、実在したかどうかも定かではない。今でもその人物は『ドラゴンスレイヤー』と呼ばれ、その物語は吟遊詩人の語る叙事詩の一番人気を誇る。
今、これから退治しようという相手がそのドラゴンなのだ。
落ち着いた表情を見せるローランたちのほうがどうかしている、と誰もが思うだろう。
「ヤツは今、次々と村をつぶしている。一刻も早く退治しないと被害は増える一方だ」
理屈はわかる。
しかし、これだけは王国軍を総動員する必要があった。個人の力でどうにか出来る相手ではない。
それほど危険な存在である。
「なあに、心配すんな! ドラゴンなんざ、オレたちがひねり倒してやるからよ」
クレアの不安そうな顔に、ガトーは満面の笑みを浮かべた。
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