第16話「訓練」
クレアの訓練は昼夜を問わず連日行われた。
昼間はローランの指導のもと、馬に乗る訓練。シャナを本部に待機させ、王都の外れにある草原で朝から夕方にかけて馬を駆った。
最初の頃は馬に跨ることさえ満足にできずにいたクレアだったが、その人並み外れた運動神経の高さと安定したバランス感覚ですぐにコツをつかみ、ほぼ3日間で一人で早駆けができるまでに至っていた。
「飲み込みが早いな」
クレアと一緒に馬を駆るローランが、ぴったりと寄り添うようについてくる彼女の手綱さばきに舌を巻く。
まだまだ本気のローランには程遠いが、任務に支障をきたすほどの遅さではない。
(これなら、馬上訓練もできそうだな)
馬は何よりもバランス感覚が大事だと言われている。
これほど巧みに馬を乗りこなすクレアの安定性は抜群であった。それは戦いにおいても重要なファクターでもある。彼女の卓越した反射神経ならば、馬上での剣戟も可能かもしれない。
ローランは隣で一緒に駆け抜けるクレアの姿を見つめながら、そんなことを思っていた。
夕方になると、今度はシャナが鍛錬場でクレアを鍛え上げた。
新人だとて容赦はない。
馬の訓練でクタクタになった身体に鞭打ち、クレアはシャナと打ち合った。
打ち合ったと言えば聞こえはいいが、実際はクレアの剣戟をシャナが軽く剣であしらうといったものである。
クレアは攻撃を避けるのは上手いが、肝心の剣の扱いに関しては素人以下であった。
「腰が入ってないよ!」
「脇が甘い」
「踏み込みが全然足りてないじゃないのさ」
シャナの激を全身に受け、クレアは必死に剣をふるった。
しかし彼女のフラフラと心もとない手の動きは、いくつもの修羅場をくぐり抜けてきたシャナにとっては容易に見極められる速さでしかない。
シャナは片手でクレアの剣を弾き返していた。
「どしたいどしたい、そんなんじゃ魔物1匹、殺せやしないよ」
「なんだい、その突きは! 傭兵学校からやり直すかい」
シャナの痛烈な言葉に、クレアの目じりに涙が浮かぶ。
しかし、泣きながらも彼女は剣を振るい続けた。
人は泣いて強くなるしかない。
悔しさをバネにするしかない。
シャナの厳しさは、クレアが殺されないためのものであるということは彼女自身わかっていた。
だから泣きながらも懸命にくらいついた。
キィン! という乾いた金属音が薄暗闇の鍛錬場に響き渡る。
シャナがクレアの剣を弾き飛ばしたのだ。それは、本日の訓練の終わりを意味している。
「今日はここまでにしとこうかね」
「は、はい……」
荒い息を吐きながら、クレアは頷いた。
ここ一週間シャナと剣を交えているものの、上達しているとはまったく感じられない。むしろ弱くなっているのではないかという錯覚さえ覚える。
クレアの剣は、シャナにはまったく通用しないのだ。
ある晩、訓練を終えたクレアは汗と涙にまみれた顔をぬぐいながらシャナに問いただしたことがある。
自分には剣の才能がないのではないかと。
このまま、なんの役にも立たずに死んでしまうのではないかと。
そんな殊勝なクレアの言葉にシャナは冷たく言い放った。
「まだ20にも満たない小娘が何言ってんだい! 才能があるかないかなんてのはね、もっともっと努力してもっともっと腕を鍛えた者が言うセリフだよ。そんなことで悩んでる暇があるなら、少しでも多く剣の技を磨きな」
それは彼女なりの優しさであった。
いくら剣の扱いが下手だからとはいえ、クレアはシャナよりも10歳以上も若いのだ。
限界など、ないに等しい。
どこまで伸びるかは、クレア自身の気の持ちようなのである。
言ったあとで、シャナはクレアの肩を優しく叩いた。
「安心しな、あんたは強くなる。隊長もそれに気づいてここに引き抜いたんだ。自信持ちなよ」
クレアはシャナのそんな想いを汲み取って、より一層訓練に励んだ。
涙をこらえながら、懸命に剣を振るった。
そしてシャナも本気でそれに応えた。
シャナはシャナで、クレアに今は亡き妹の面影を重ねていたのである。
傭兵部隊に入る前に、目の前で魔物に喰い殺された幼い妹。
口から血を吐きながら姉に救けを求めるあの顔を、シャナは忘れたことがない。
涙でクシャクシャに顔を歪めながら、必死に姉の名を呼ぶ妹の声を忘れたことがない。
この特務部隊で魔物狩りをしているのは、そんな妹を助けられなかった自分への怒りでもあり、懺悔でもあった。
誰にも妹のような目に合わせたくない。
その強烈な想いが、今のシャナを作ったといえる。
懸命に剣をふるうクレアの姿を見ていると、幼い頃にチャンバラごっこで遊んだ妹の姿が思い浮かんでくる。
そして、思う。
今度は、絶対に死なせやしないと。
結局、訓練を初めて2週間。
ついにクレアはシャナに一太刀も浴びせることができないまま、次の任務を迎えた。
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