第19話「転落」

 ローラン率いる第八特務部隊の3人とガトー率いる第十四特務部隊の4人、計7人の隊員たちはアルス山脈に近づくに連れ、神経を集中させ始めた。

 あたりは岩肌の露出した山岳地帯。ドラゴンが最後に目撃された場所にだいぶ近づいている。それは、いつどこで遭遇するかわからない状況でもあった。


「この先は馬では行けんな」


 先頭を進んでいたローランが馬の手綱を引いた。彼の見つめる先には、大きな崖が見える。人が一人通れるような細い道が岩壁に沿って続いているが、反対側は谷底である。一歩踏み外せば奈落の底へと真っ逆さまに落ちていく、そんな危険な道だった。


「ここを通るんですか……?」


 クレアは青ざめながら尋ねた。


「仕方あるまい」


 ローランがそう言って馬から降りる。

 パン!とその尻を叩くと、ローランの乗っていた馬はそのまま山を下りて行った。訓練されただけあって、彼らの乗る馬は自然と元の場所へと戻る習性を持っていた。たとえ戻らなくても、タグがついているためどこかで見つかれば連絡が行く仕組みになっている。

 ローランに合わせて他のメンバーも馬から降りた。



 そこからは慎重に崖の上を進んだ。

 一歩あるくごとにカラカラと音を立てて足場の石が転がって行く。


「気を付けて」


 クレアの後ろを歩くライトニングが冷や冷やしながら彼女の危なっかしい足取りを見つめていた。


「決して下を向いちゃダメだよ」

「は、はい……」


 そう言いながらクレアは懸命に前を歩くシャナの後ろを追った。


 と、突然、魔物の叫び声が耳を突き刺した。


「───ッ!?」


 気が付けば、彼らの前に無数の鳥が立ちはだかっている。

 いや、それは鳥ではない。

 大型の怪鳥ワイバーンであった。

 トカゲのような胴体に翼が生えた、ドラゴンの亜種である。


 一匹一匹は小物だが、空を飛びまわりながら隙を見つけて襲い掛かってくる厄介な魔物だ。

 隊員たちはいっせいに武器を構えた。遅れながら、クレアもダガーを手に取る。


 ワイバーンたちは谷底の上を旋回しながら、こちらの様子を伺っていた。

 ローラン含め、全員が手練れの戦士である。

 襲い掛かれるような隙は微塵もなかった。

 ワイバーンは上空を旋回しながら雄たけびをあげた。


 ビクリ、とクレアの肩が震える。

 その瞬間、ワイバーンがクレアに向かって急降下を開始した。


「───ッ!?」


 クレアの身体が硬直する。


(う、動けない──!!)


 爪がクレアの胸に飛び込む直前、ワイバーンはその身体ごと切断されていた。


「───ッ!!」


 気づけば、クレアの背後にいたライトニングがレイピアを頭上に振り上げている。

 下から上へと突き上げる形でレイピアを振るったらしい。


「はっ、はっ、はっ……」


 谷底へと落ちていくワイバーンの姿を見ながらクレアは荒く息を吐いていた。

 まさに死の直前だった。


「大丈夫かい?」


 何事もなかったかのようにライトニングが言う。


「は、はい……、ありがとうございます」


 乾いた唇を動かしながら、クレアは礼を言った。


「安心するのはまだ早いよ。奴ら、いったいどこから来るのか集まってきているみたいだしね」


 頭上にはいつの間にやらワイバーンが集まってきていた。その数は少なく見積もっても10は軽く超えている。


「こんな場所であいつらを迎え撃つには分が悪すぎる。一気に突き進むぞ」


 ローランは剣を構えながら流れるように崖の上を進んでいった。

 シャナもそのあとを追う。

 クレアは上空を飛ぶワイバーンを注意深く観察しながらシャナの背中を追いかけた。

 その後ろをライトニング、ガトーたちが続く。


 人一人がやっと通れる道を急いで駆け抜けていくうちに、やがて少し幅の広い道に出た。その道にたどり着いた瞬間、クレアの身に一気に安堵感が押し寄せてくる。

 危険極まりない崖の上の疾走。

 それが達成されただけで満足だった。


 しかし、野生の竜ワイバーンはその隙を見逃さなかった。


「ギエエエッ!!!!」


 この世のものとも思えぬ雄たけびをあげ、再びクレアに向かって急降下してきた。


「───ッ!?」


 クレアは瞬時にダガーを構えた。

 しかし、場所が悪かった。

 彼女は崖の手前で身構えたがために、片足が崖下へと放り出され、バランスを失った。


「ひあ……」


 それはまさに一瞬であった。

 彼女は声を上げる間もなく、崖下へと真っ逆さまに転落していった。


「クレアッ!!」


 ローランが手を伸ばす間もなく、クレアは身体ごと谷底へと転げ落ちていく。


「くっ」


 ライトニングはレイピアを鞘にしまうと躊躇なく谷底へと身を投げた。


「ライトニングッ!!」


 ガトーの制止する声も届かぬまま、彼もまたクレアを追って深い谷底へと落ちて行ったのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る