第7話
「さあ、いよいよ魔力キノコを取りに行くか」
「そうしましょう」
「行きましょう」
焚火の火を落とし、敷物を片づけて出発する。
砂浜を踏みしめ進んでいくと、川幅が広がって、大きな湖が出現した。
河口の砂浜には穴が開いていて、そこを掘るとカニが採れるという。
メイとミーシャは流木を使って、巣穴を穿っていくとたちまち握りこぶしよりも大きいカニを捕まえた。
メタルクラブだ。銀色と金色、鈍色の個体がいて、鈍色が最もうまいというカニだ。
メイとミーシャは狂ったように砂浜を掘り、捕まえたカニを、店主のマジックバッグに放り込んでいく。
10匹ほど捕まえた。
***
さらに進むと川が行き着いて、湖に流れ込む、突端は像の鼻のような砂州が延びている場所だった。
そこには丸木をくりぬいた小舟とオールがいくつか置いてある。
凪いでさざ波一つない湖に小舟を押して浮かべると3人は乗り込んだ。
「この船はどっかの誰かが作ってくれた船で、昔から置いてあって誰が使ってもいいんだ」
「この湖の真ん中にミラバスという島があります。そこに魔力キノコが良く採れるところがあるんです。そこが今回の目的地ですね」
「この階層は食材や薬草類が豊富なんだ。ただ、ここまで地上から潜ってくるのはなかなか骨が折れる。だから、ほとんど手つかずなんだぜ」
「ダンジョンの中にはこんなところがあるんですね。私なんかとてもここまで潜ってこれません。でも、すごい景色、夢みたいです」
「そうだろう、これが探索者の特権だぜ」
「ですねミーシャ、でも、これでココナさんも深層の探索者になったんですから、そのうち望まなくたって強くなっていきますよ」
メイが意味深なことを言う。
「ええっ、そうでしょうか」
ココナはちょっとうれしさを感じたが、メイの示す意味がよくわからなかった。
「うん、そういうもんだ、そのうちわかるよ」
***
3人は話しながら漕いで進む。
湖は水の色があちこち変わっている。
「ココナ、水の色が変わっているだろ?天井の青い光と湖の深さで変な色に見えるらしいぜ」
「ここに魔物はいますか?」
「大きなエイの魔物がいますが、おとなしくて襲ってくることはありませんね」
「そうですか、それは安心しました」
島が見えてきた。
周りには岩場があり、その間を縫うように進んでいく。
スープ皿を伏せたような、なだらかに盛り上がった島に、天井に迫らんとする巨木があちらこちらに生えている。
とても美しく、神秘的な島だった。
「魔力キノコはあの島の万年杉という巨木の下にはえてくるんだぜ」
「ココナさん魔力キノコは傘の中心が光っています。それが大きな特徴ですね」
「同じようなキノコはありますか?間違えてしまうような」
「確かに他にもキノコはあるが傘が光っているものはないから、間違わないよ」
「わかりました」
大きな石が張り出したところに船をつける。
すでに船が一艘つけてあり、誰か先客が来ているようだった。
「誰かが食材を取りに来たかな」
「まあ、珍しいですね」
3人は島に降り立った。
***
「さて、ここから、手分けして集めて回ろうぜ」
「そうね、その方が早く見つけられるでしょう。そうだ、ココナさん、島の頂上には近づかないでね。いわくつきの魔族たちのお墓があるのよ。念のためにね」
「魔族のお墓ですか、もしかしてグールやゴースト、レイスがでますか?」
「まあ、私たちは見たことはないけど、そういう話も聞くからな」
「うええええええ、私はアンデットは苦手ですぅ」
ココナは死したものに恐怖を感じるのでアンデッドは嫌いだった。
「ミーシャだめですよ。ココナさんが素直だからと言って脅かしては」
「はははっ、ごめんなココナ、まあ、この島は平和そのものだ。それに食材だらけだ」
「魔力キノコ、ダンシングマッシュルーム、レインボーベリー、北極イチゴ、ブルーバード、レッドマウス、ゲラフィッシュおいしい食材ばっかりです」
「気をつけてほしいのは、獲物を見つけても、採りつくさないことだな」
「マジックバックはココナさんが持っていてください。一時間したらここに集合しましょう」
「はい、わかりました」
***
ココナはメイとミーシャと分かれて歩き出した。
島の中央部にむかって進むと、ココナが20人いや50人が手をつないでなんとか囲むことが出来そうな巨木が目の前に現れる。
枝には房状に桃色の鮮やか花がついていて、一部は橙色の実を結んでいる。
雨があまり降らないのか、島は乾燥していて、サボテンのような多肉植物が多い。
ココナはこんなところにキノコが生えるかなと思ったが、巨木の根元は微妙な湿り気を帯びていて、すぐさまに大きなキノコを見つけられた。
魔力キノコか分らないが、採取しておくことにしよう。
ココナはそれを石づきから抜くとマジックバックに放り込んだ。
風変わりな生態系を持った島だとココナは感じた。
上に向かって進むと、茶色で固い岩が雨と風に砕かれて、所々で、岩場を作り、くぼんだ所には砂が溜まっていた。
変わったかたちの昆虫やトカゲ、蛇がココナを見ると逃げ出していく。
また、至る所でなにやらおいしそうな果物が木々に実っていた。
そして、まばらな間隔で、巨木が生えていた、種類はほとんど杉や松などの針葉樹だったが、広葉樹も稀に存在している。
そこらにココナの頭くらいある、松ぼっくりが転がっていた。
地面を見るとまた枯れた杉葉に埋もれるようにキノコが生えている。
今度のキノコは傘が緑色に光っていた。
ココナは濃い魔力の波動を感じる。
「これが魔力キノコなのね。なんて、濃い魔力」
採取してバッグに入れた。
ココナはコツをつかんだ、魔力キノコは万年杉の根元に生えている。
万年杉を最初に見つければいいのだ。
***
そんなふうにして採取を続けていると、丘になっている島の中腹に来ていることに気が付く。
振り返ると、色とりどりに染まった湖と、青く光る天井、神秘的な景色が広がっていた。
見上げると、丘の上には、黒いのアーチが見え、その奥に真っ黒い真四角の建造物が見えた。
黒い建物はメイとミーシャが言っていたお墓だろう。
ココナはそれを見ると、ゾクッとしたものを感じ、身震いした。
頂上に向かってさらに進むと、巨木の密度が上がり、下草の灌木にはおいしそうな匂いのベリーがたくさん実っている。
ココナはそれもたくさん採集した。
大きな魔力キノコも次つぎ見つかった。
魔力キノコは下の水辺の物よりも大きく、魔力が濃くてココナはそれに酔いそうになるほどだった。
***
それらをどんどん採取して、進むと一面に純白の石が細かく敷き詰められ固められたエリアに出る。
奇妙な場所でここだけ植物は草一本、コケ一つない。
白い石の上に黒い石で模様が書いてあり、魔法陣のようにも、文字のようにも見えるが、ココナの知識ではわからない。
進むと今度は様々なオブジェが並ぶエリアに出る。
球体をつなげたもの、多角形を金属で作ったもの、どれも抽象的なものだが、それに混ざって明らかに翼を持った魔族の像と思われるものも現れる。
ココナはここから先はなんとなく禁足地だと感じたが、先が見たかった。
そのゾーンを抜けるとまた巨木があり、光り輝く、魔力を含んだ魔力キノコが採れた。
「ほえええっ、これすごい魔力ですぅ」
ココナはすっかり気分がハイになっていて、やみくも採取していると、いままで嗅いだこともない甘い匂いに誘われる。
蜂蜜のような甘さの中に、ローリエのような蠱惑的な香りの元はどこにあるのか、ココナは夢中で探し回った。
するとそれは不意にココナの前に現れた。
子どものような、人型をした木、左手が上がっていて、そこにリンゴの形の果実がある。
ココナはそれをもぎ取ると、香りを深く吸い込んだ。
そうこの香りだ。
絶対に食べてはいけない意識はそう強く抗うが、ココナはその果実を口に含んだ。
甘さと酸っぱさのジュースがなだれ込んでくる。
食感はリンゴのようだが、そこにあの香りが口に喉をつたって胃に流れ込んできた。
「おいしいいいい、幸せ」
身体が喜んでいる。
ココナはあまりのおいしさに夢中で食べ、気が付くと、なぜか黒い真四角の廟の前にいたのだった。
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