第6話

 質問されると、ミーシャは一瞬真剣なまなざしでココナを見つめ、すぐに目をそらした。

 そして、おどけ調子で話し出した。


「まあ、信じてもらえるかどうかな?いや、信じるも信じないもココナが決めればいいか?でも、ことわっておくけど、なんというか、おもしろい話ではないよ」

「そうですね、ミーシャ、信じるかはココナさんに任せましょう」


「といっても何から話すかね」

「ハルマゲドンについて話したらいいと思いますよミーシャ」

「ハルマゲドン?」


 はじめて聞く言葉だった。

「春巻き丼?」

「はははっ、春巻き丼じゃなくて、最後の戦争という意味だぜ」


「私たちがやってきた世界はずっと終わらない悲惨な戦争をしている世界でした。ここよりもずっと進んだ世界、おそらく未来でしょう」


「ああ、私たちのいた世界は聖魔戦争というハルマゲドンをやっていたんだ」

 予想外の話にココナは頭が混乱しそうになり、はたまた、メイとミーシャが冗談を言っているのかと目を見たが、二人は冷静だった。


 ココナはとにかく二人の話を聞いてみようと思った。

「戦争の始まりは聖なるエルフが悪の軍勢を滅ぼすための戦いという、まあ、話だったんだよ」


「戦いは私たちが生まれたころには、もう500年も続いていました。そもそもは聖化という生物改造から端を発しました。全ての悪は生きているものの不純からきているからだという話から始まったです」


「宗教が言い始めたんだ。神託があったとかね、エルフにしろ人間もあるゆる生物を聖化し不純をなくさなければならないという話だった」

 ミーシャは表情をなくした顔で言った。


「俺たちの世界は、すごく宗教とテクノロジー、魔法が発達した世界だった。なんというかココナに伝わるか分らんけどそんな世界だったんだ」


「話が難しいですよミーシャ、そうだ、異なる生物をつなげたり、融合しまうなんてこともやっていましたね」

「融合?溶け合あわせてしまうことですか、なんのために」


 生き物同士を溶け合わせる?そんなことが出来るのか、ココナにはよくわからなかった。途方もない話だ。


「そうですね、馬と人間が合体したらと思ってみてください。そんな生物というか人もいましたね」


「そう、それは人間の知能と馬の力が得られるからだ。生き物を自由に操って、意のままにするためだ。そうしたテクノロジーをやがて聖化と呼ぶようになった」


「まあ、最初は病気の治療や、便利な生活のためにはじまったことだったんです。でもそれが、だんだん聖化自体が目的になったんです」

「エルフは魔法の能力が高く、寿命も長いですから、テクノロジーと融合して聖化は進みました」


「それがどうして戦争になったんですか?」

 生き物を改造する世界、便利になる世界、人も動物も弱さをなくせるそんな世界になるんじゃないか、それが、どうして戦争に陥るのだろう。


「そうさ、実は簡単な話だ。全部の生物を聖化して完全な善なる生物を作り出し、思い通りの世界にすればいいんだと気が付いたのさ、そして、それこそ神の世界だと」

「でも、そうだと思わない人もいたと…」


「そうだ、異なる神を信奉する国、エルフだけでなく、魔族や人間もいたから、それらは連合して戦争になった」

「そして、戦争は終わらなくなり、たくさん死んでいったんです」

「では、メイとミーシャもその戦争に参加していたのですか?」


 ココナは好奇心を押さえられずたずねた。

「俺は…その宗教の技術者だった。教会の命令で人間やエルフたちの聖化をおこなっていた」

「私は兵士の一人でした。ミーシャに聖化されたわけではないですけど、私はそのエルフ国の王女だった聖女の分割魂を移植した兵士だったのです」


「えっ…」

 ココナは何を言っていいかわからず、口をつぐんでいた。

 メイとミーシャの話を信じるのなら、戦争がいつまでも続く世界、人やあらゆるの生物の魂や生命をどんなかたちにもしてしまえる世界、それは異形の世だろう。


 でも、そこにはこの世界にはない、ありとあらゆる可能性があるのではいのか、ココナはそう感じたのも事実だった。


「まあ、そんなわけだ。俺たちはいつまでも続く戦争に絶望してそこから逃げ出したんだ」

「植物、エルフや人間を聖化して束ね、世界樹を作ったところに、ダンジョンが出現したんですよ。私たちは脱走してそこに逃げ込んだんです」


「ダンジョンは時空を超えてつながっているんだ。それから俺とメイはこのダンジョンで暮らしている」


「ハルマゲドンまだ続いているんでしょうか?」

「ココナ、おそらく続いている。あの戦いは絶対に終わらないだろう」

「ココナさんは私たちの世界をどう思いました?私たちに嫌悪を感じましたか?」


「いいえ、とんでもない、そんなことは思いませんよ。でも正直に言うと怒られるかもしれないけど、そのお二人のいた世界にすごい興味を持ちました。テクノロジーと魔法で生きるものが死ななくなる、精神も強くなるのでしょう。それはすばらしいことなのでないでしょうか」


「ココナ、お前まったくわかってねえな、どれだけ多くの者たちが」

「…」


 嫌な沈黙が流れる。ココナは知っている、魔法学校で周りを呆れさせてしまったあの感じだ。


「まっ、待って。わかっています。それは傲慢なんですよ。その、あの、人もエルフも虫も草も、生きるものには、なんとういうか、心に小さな自律というか、うまく言えないけど、自由、光?そんなものがあるんです。だからそんなことをしてはダメなんですよぉ」

 ココナは叫んだ。


「そうです、傲慢だったから、気が付くことが出来なかったから、あんな地獄へ陥っていったんですよ」


 ココナはメイとミーシャに軽蔑されたくないので、とっさに付け足しただけだ。

 ただ、自分がそんな自律、自由だとか光だとか、傲慢だとか青臭いことを言ってしまったのだった。自分は強ければ全てがよいと思うたちだったのに。


 だが予想外のことが起こった、メイはココナを強くハグしたのだ。

 ミーシャは背中を叩いてきた。


 月餅はこの重苦しい話を聞くうちにすっかり食べ終わっていた。

 ほとんど甘さは感じられなかったが。

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