第5話
ココナは目覚めると、まかないのいい匂いが漂ってきていることに気が付いた。
空腹に腹が鳴った。
部屋着に着替えて下に行くと、店主がチャーシューを厚く切ったもの、青菜炒め、小エビとアスパラガスの炒め煮、どんぶり飯、溶き卵とワカメの中華スープが用意されていた。
いつもよりも少し豪華だ。
「あー、おはよう、飯は用意しておいたぜ、弁当もそこに置いてある」
「おはようございます、ありがとうございます。なんか寝てしまっていて申し訳ないです」
「いいって、さあ、食べようぜ、中華は熱いうちにだ」
「はい」
ココナは店主の旨いおかずで山盛りのどんぶり飯を2杯食べきると、腹がパンパンになった。
熱いウーロン茶を飲んでいると。
「ココナ、ちょっと言っておくことがある」
「えっ?はい」
「今日お前が行くところは安全だ。俺も時々、食材採取に行く所だからな。でも、ダンジョン中は何があるかわからん。とにかく気をつける、いいな」
「はい。わかりました店主」
店主が髭面のむさくるしい顔で覗き込んでくる。
そして、ため息をついた。
「ふう…わかってねえな、たぶん、ココナ、なんつうか、まあいいや、三つ約束な」
「ふええっ、はい?」
「一つ、危険があり判断がつかないときはメイとミーシャに助けてもらえ、二つ、自分をしっかりと持て、お前、どこかボケているし、逆に集中するとまわりが見えなくなるし、あぶねえんだよ。三つ、ダンジョンの食材はあまり口にするな、つまみたいときはメイとミーシャにきいてみることだな。魔力が含まれていたりして、毒にもなるんだ」
「はいわかりました。ありがたいご忠告、全部、しっかりココナは宮廷魔術師の一門ロンド家の名誉にかけて、おぼえておきます」
「あー、ほらそういう所だよ、不安になるな、まあ、頼むな」
そんなことを話していると、玄関から呼ぶ声が聞こえてきた。
メイとミーシャがやってきたのだ。
ココナは魔術師のローブと帽子をかぶり、魔術学校の校章の入った杖もち背嚢を背負った。
なんだか誇らしい自分はやれる気がした。
「では、行ってまいります」
「なんかさっそく忘れてねえか?」
店主は小さなバッグをココナの頭に乗せた。
「あはははっ、お弁当忘れてましたね。すみません店主」
「三つ約束したからな、それとそのバック、マジックバックとか言うんだ。常連からもらったのだけど、便利だから持ってきな」
「マジックバック、魔道具ですね。ありがとうございます。では、行ってきます」
「うん、何事もなく帰って来いよ」
***
中華飯店を出発すると、道は左右に分かれ、意外にも一本道だった。
標識があって(←ベルガの大木戸・青海震域→)と書いてある。
岩肌がむき出しになった自然な洞窟の風景が続く、異様なのは重力が普通ではないことで、天井を普通に歩くことができる。
ところどころにライトウィードという発光する草が生えていて、まったくの暗闇ではない。
ココナはメイとミーシャの後ろをゆっくりと進んでいく。
深層という危険な場所なのに魔物は全く出てこないが、ココナはあちこち視線を移しながら、慎重に進む。
「魔物は出てきませんね」
「深層になると、魔物は強力になるけど、数は少なくなるんだ」
「でも、魔物が群れているところもあるから要注意ですね」
「まあ、出てもアタシにかかれば、魔法で吹っ飛ばしてやるけどね」
メイは背嚢から、リンゴを取り出して、かじっていた。
メイとミーシャは全く緊張していない。
まるで犬を連れて近所を散歩しているみたいだ。
「エルフにとっていちばんの美徳とは何だか知ってるか?」
ココナはミーシャから質問をされた。
「それは…ちょっとわからないです」
「真善美に即して生きるだぜ。そんなこと出来っこないけどな」
ミーシャが身もふたもないことを言う。
「ヒント、エルフの好物は?」
今度はメイが言う。
ココナはそれも見当がつかなかった。
「さらにヒント、芋虫とかバッタが好きなものですね」
「青物ですか、野菜とか」
「そうそう、それよ、でも私たちは違うけどね。何でも食べますから」
自然と食べ物の話になった。
メイとミーシャ、何よりも食べることが好きなのだ。
「ココナさんは何がいちばんお好きですか」
「うーん、うーん」
ココナはここで考え込んでしまった。
何かを、自分はおいしく食べた記憶があまりないのだ。
食卓の記憶、だいたい父親と母親がそろったことはあまりない。
台所に買いおいてある食料、時々作ってくれた姉の手料理は不思議に満足したが、それも心からおいしいものではなかった。
どうした良いんだ、あっ、そうだ、あった、店主の料理はうまかった。
パイコー麺、中華がゆ、麻婆豆腐、今日の朝食、みんなおいしかった。
どの料理にも店主の気持ちがこめられていた。
「私の好きなのは店主の作ってくれた料理です。最初に食べたパイコー麵がおいしかったです。」
「そうだよな、俺は肉団子がいちばん好きだぜ」ミーシャが大きな声で言った。
「ですよね、私も肉団子がおいしいと思います」
ダンジョンの中で食べた料理の話で盛り上がった。
ココナは心地よく、いい気持になった。
この二人のエルフたちに少しの友情を感じた。
亜人は人と違うと教わってきたが、そんなことはないのかもしれないと思った。
***
ダンジョンを進むと、ライトウィードが群生している明るい場所に出た。
小石を積んだ石垣があり、そこには小さな穴がいくつかあり、メイが案内する穴を下っていくと、転移の扉があった。
3人で中に入ると狭い。
ミーシャが何かを唱えると、3人の身体が透けていき、また元にもどる。
外に出ると、そこには、大きな川が流れ森が広がっていた。
***
「ココナ、ここが青海震域よ。階層で言うと63階層、天井を見て、青く光っているでしょ」そうメイが言うと、今度は地面が揺れた。
「わっ、わっ、地面が揺れています」
「地震が周期的に来るんだ。まあ、時々、揺れるってだけで無害だぜ」
「すごいですね。地面が揺れるなんてはじめてです。それに天井が青く光っている、すごく神秘的で美しい」
「青海震域はここでしか採れない。おいしいものの宝庫ですよ。その川は湖につながっていて魚や貝がたくさん採れますし、周囲の森には山菜や果物、食べられる魔物がいます」
「はりきって採りまくるぜ。の前に、腹ごしらえだな」
3人は川へ向かって森を歩く、川べりはゆるく傾斜し砂地になっていて、ところどころにヤシのような木が群生していた。
川べりに出ると砂浜になっていて、風が気持ちよかった。
ここで昼飯にするべく、3人は敷物を出し、休憩することにした。
***
さっそく、食いしん坊のエルフたちは、何かとってくると言って、出ていき、すぐに戻ってくる。
メイは果物を抱えて、ミーシャは大きなエビと二枚貝を持って戻ってきた。
手早くメイが火をおこし、ミーシャはナイフでエビを剥くと、塩をふって串に刺し、焚火にむかって並べる。
二枚貝は鍋に入れ蓋をして、蒸して火が通るのを待つ。
***
ココナは店主が持たせてくれた弁当を開けた。
弁当はチャーハンが詰めてあり、おかずは鶏唐揚げ、シューマイ、空心菜と豚肉を炒めたものが詰まっていた。デザートは月餅が三つあった。
さっそくココナは割り箸を割って、いただく。
おかずはいつもよりも少し濃い目に味付けされていた。
チャーハンは炒めもらしがなく、冷めてもパラパラで香ばしい。
店主が言うにはチャーハンは炒め料理の基本が詰まっているから、料理人のレベルがわかるそうだ。
やはり、店主の料理はすごい何かが違う、そうココナは感じた。
メイがエビの串焼きを持ってきてくれた。
「マギシュリンプですよ。のけ反るほどおいしいから食べてみて」
「ありがとうございます。でも、店主がダンジョンの食材は魔力がありすぎるから食べるなって」
ココナは店主との約束を思い出した。
「魔力を減らせば食べても大丈夫、ココナさんは魔術師ですよね。私に手を貸してみてください」ココナはメイの右手を握った「魔力をドレインしますね」ココナの身体から魔力が抜けていった。
「ふううっ、すごい、魔力が抜けていきます。何でこんなことできるんですか」
「私は神官なんですよ。だから、癒しなんかも得意です」
「メイは格闘神官だぜ。聖属性の魔法もすべて使える」
ココナはこの言葉に心底、驚いた。
探索者に神官がなっているということに、特殊な身分のものがなるはずだ。
聖属性の魔法のいくつかは高位の神官にしか使えない。
高位の神官は世襲制であることが多い。
なんとなくココナはこの二人の事が少しわかったような気がした。
つまり、この二人も何かわけがあってこのダンジョンにいるのだと。
***
ココナはすすめられたマギシュリンプを食べてみる。エビ特有の香りとプリっとした食感、旨み、それと濃密な魔力を感じた。
こんな大量の魔力を食べるのは危険である。
身体に魔力が溢れて、死んでしまうかもしれない。
でも、確かにのけ反るほど旨い。
「なんですか、このエビ、うまいです。でも、頭の中がとろけるみたいな感じがします」
ココナは叫んだ。それほど、危険なうまさだったのだ。
「魔力キノコはマギシュリンプよりも魔力が含まれていておいしいんですよ」
「こういうのは地上にはない美味なんだ。ダンジョンにしかない」
ミーシャが快楽にきまった眼で叫んだ。
虹色をした二枚貝のレインボークラムも旨みを持ったジューシーな身が柔らかくて信じがたいうまさだった。
果物はミートパパイヤというもので、肉の味がする不思議な木の実だった。
ココナはこれも少し分けてもらって食べ、すごくうまいのだが、木の実に肉の味という感覚が受け入れられなかったが、メイとミーシャはむさぼるように食べてしまった。
***
食後はゆっくりと休息する。
「ココナさんはどうして料理人になろうと思ったんですか」
「店主に働きたいとお願いしたんです。そうしたら、料理人になれって」
「なるほど、味がわかるって店主が言っていたのはそういうことか」
「なんですか、味がわかるって?」ココナはよくわからないので聞いた。
「実は俺とメイは同じ質問を、どうしてココナを雇ったんだって、店主にしてみたんだ。そうしたら、ココナは味に敏感だから、あれだけ旨そうに食べるんだろう。そういうやつは料理人にむいているんじゃないか、だったらやらせてみたいって思ったっていっていた」
ココナはなんだか恥ずかしくなり顔が赤くなるのを感じた。
まったくの買い被り、私はそれまでうまいと思うものなんて食べたこともなかったのに。
あの時だって、なんとなく面白そうだから、お金がないからやってみようと思ったのだ。
でも、今の境遇を悪いとは思わない。
むしろ、瓢箪から駒で、開けたと感じる。
ココナはデザートの月餅を取り出すと、メイとミーシャに渡した。
「おっ、月餅か」
「月餅いいですね」
「食べてください三つあったから、店主が分けて食べろってことでしょう」
3人で月餅を食べる。
そして、ココナも聞きたかったことをきいてみた。
「お二人はなぜ、ダンジョンへやってきたんですか」
「ああ、その話か、それは何と言えない話だが、聞いてくれるか」
そう言うとミーシャは話し始めた。
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