第4話

 とある日の迷宮中華飯店、あれからしばらくすぎて、変わらずココナは店の給仕と仕込みをしている。


 店主はこの店は客も従業員も飲食店としてまわすことを最優先にするが、売り上げを増やそうとしたりしない。というか、立地で客を増やしようもないそうだ。


 だから、客も従業員も楽しくやるなるべく自由でいられる居場所にする方針なのだという。


 ココナは調味料の名前や道具の名前をいくつか覚えた。

 まかないのを作るときに店主の技術をメモしながら、味付け、素材の加熱具合などを学ぶ。


 料理の配膳と片づけ、客から料金の受け取って、つりを返すやり方なども店主から細かく教えられた。


 客は多くはないが、開店すると動きっぱなしで、夢中に働いていると、そんなふうにしていると自分が店の一部になったような感じになった。


 時間が過ぎていくのが早い。

 そして、店のまわりの事もだんだんとわかってきたのだった。


 店はダンジョンの49階層にある。

 ここは竜の顎とと呼ばれ、常連の探索者が言うにはダンジョンの道が一度、集まる場所なんだそうだ。


 この下の階層からダンジョンは下層に向かって枝分かれしていくのだ。

 このダンジョンの深層にあるこの店は探索者たち、といっても腕利きの者たちには有名なんだそうだ。


 命をかけてここまでダンジョンに潜ってきて、竜の顎で休憩して、さらに下層に挑んでいくのだ。

 ここは危険と恐怖が渦巻くダンジョンの安全地帯であり、つかの間の休憩所なのだ。


***


 ここはダンジョンの中であり、日が昇ったり、日が沈んだりがないので朝昼晩がよくわからない。

 しかし、開店時間は正確だ。


 時計をみて17時になり、ココナが暖簾を出すと、客たちもやってくる。   

 その多くは常連たちだ。


 ここでしか食べられない料理を求めて、少なからずの人々がやってくるのである。

 そんな中でだいたい一番乗りするのが、エルフのメイとミーシャだ。


 メイは銀髪で長身の美女、ミーシャはツインテールにしていて、幼女体形、言葉遣いが雑で声が大きい。


 二人は姉妹のようでそうでもなさそうな不思議なコンビで、フードファイター並みの大食いだ。


 次にやってくるのが、ガロキン、糸目の優男だが、身のこなしが巧みで、腕利きの探索者なんだろうと思う。


 メイは「こんばんは」と言いながら暖簾をくぐると、窓側のテーブル席に座る。

 ガロキンはカウンターの端の席に座る。


 ココナは注文票を手に注文を取りに行く。

「甘酢あんかけ肉団子に半チャーハンセット二つ、桂花陳酒のボトルも持ってきて」


 ミーシャが大きな声で注文を言った。

「甘酢あんかけ肉団子に半チャーハンセット二つ、桂花陳酒ですね」


 ココナは復唱して厨房に注文を伝えに行く、店主にはもう聞こえていたらしく、早速、調理に入っていた。


 ココナは桂花陳酒がボトルキープされているのを知っているので、さっとそれを持っていく。


 「チンジャオロースに餃子セット、ビール大瓶」

 ガロキンは店主に直接、注文した。


 店主の手早く、的確な調理で料理が次々と完成していく。

 ココナは完成した料理を配膳する。


 毎日、開店したときはこんな感じだ。

 この後は、次の一団がやってくるまで暇になる。


***


「うん、ここの料理は最高だな、特にこの肉団子と甘酢あんかけの組み合わせが最高だ」とミーシャが言った。


「そうね、肉団子の表面がカリカリに揚げられているのも、おいしいのよね」

「上手い料理と酒があれば、ダンジョンの中でも心が晴れてくるもんなんだ。麦がゆか固いパンじゃ、ただ生きているってだけだぜ」


「この店に来れば人に会えるもの、はじめて人と言葉を交わして生きているって感じがするわ」


「そうだなメイ、おい、ココナ、コップもってこっち来いよ」

 ミーシャが話しかけてくる。

 どうもココナを気に入ってるようだ。


 ココナの知る、エルフという種族は魔法学校の教授にも居たが、肉は食べず、プライドが高いという典型的な人物だった。

 しかし、この二人は人間とさして変わらないようだ。


 人間よりもはるかに長く生きる彼女たちの年齢はおそらくココナよりもはるかに上なのかもしれないが。

「はい、どうぞ」


 メイがコップに桂花陳酒を少し注ぐ、ココナはそれをあおると口に甘みと金木犀の香りが広がった。


 ココナは酒は好きだが、すぐに酔ってしまって、自分から話さなくていいことをしゃべってしまうのだ。


 この酔癖で魔法学校にいた時は同級生たちからずいぶんからかわれた。

「あー、お客さん、ココナはこの後も仕事があるから、のませるのは一杯だけにしておいてくださいよ」


 店主がすかさず注意してくる。この間はこの二人に乗せられ、しこたまのまされて寝てしまったのだ。


 その後の仕事は満足に出来なかったことは言うまでもない。

 目覚めると、言うまでもなくココナは店主にめちゃくちゃ怒られた。

 メイはおっとりだけど、抜け目がなく、ミーシャは辛辣で容赦がない。


 このエルフたちは見た目は可憐な美少女だが、探索者としてもダンジョンに潜りっぱなしのベテランなのだ。


 メイとミーシャは押しつけがましさや、こうしろというのがない。

 いつものようにエルフ二人は五目チャーハンに餃子、鶏肉のカシューナッツ炒め、酢豚、鶏唐揚げ、シューマイ、天津飯などを平らげた。


 食事が終わると、彼女たちは他の常連たちと酒を酌み交わしながらチェスやカードで、ナッツを賭けて、悔しがったり、冗談を言ったりして、楽しんだ。


 ココナ、店主が暇なときはそのゲームに加わることもあった。

 二人はとても魅力的な人物だった。

 ギターラを奏でて歌を歌ったり。


 絵をかいたり、詩を作ったり、時には稚拙であったが、それもまた微笑ましいものだった。


 メイとミーシャは教養があり、ユーモアがあった。

 ココナはメイとミーシャを素直におもしろい人たちだと思うようになった。

 ココナも二人を気に入っていたのだ。


***


 メイとミーシャは毎日やってきて、同じ席に座り、甘酢あんかけ肉団子に半チャーハンセット二つ、桂花陳酒にはじまって食べつくした。


 彼女たちは、24時の閉店までいて、どこかへ帰っていった。

「店主、不思議な二人ですね。どんな方々で、いったいどこに住んでいるのでしょう」


「客の詮索はマナー違反だな、知りたければ、あいつらが話してくれるまでまったらいい」

 店主はそうそっけなく言うと、片づけをするために厨房に戻っていった。


***

 2週間ほど時は過ぎ、ココナはまた店の仕事を覚えた。


 野菜の下ごしらえも少しやらせてもらえるようになった。

 そんなある日の事だった。


 メイとミーシャはいつものように席に着き、大量の料理を楽しんでいた。

 宴もたけなわになって、ミーシャがある注文を出した。


「魔力キノコの中華炒めってある?久しぶりに食べたいんだけど」

「魔力キノコか?ちょっとまってな、裏の倉庫を見てくる」


 店主は店の奥に引っ込むと、しばらくして戻ってきた。

「すまねえ、魔力キノコは切らしている。食べたければ自分で採ってきてくれねえか?持ってきたら料理してやるから」


「ねえ、メイあれってどこにあったかな?」


「魔力キノコはたしか、ここからすぐ下の階層、青海震域にある樹海に生えていますね」

「明日取りに行こうか、私はあれが久々、食べたいぜ」


「それはいいんだけど、ミーシャ、魔力キノコは大きいから私たちだけじゃ一つくらいしか持ってこれませんよ」


 魔力キノコは大きいものらしい。

「そうだ、ココナさんを連れていきましょうよ」


「そうだな、そりゃあいい考えだ。ココナと一緒に行けばもう一つくらい持ってかられるな」


「店主、どうでしょう?ココナさんを貸していただけませんか。魔力キノコと他の食材を取ってこれると思いますよ」


「どうするココナ、魔力キノコを好物にしている奴もおおい食材だ。店としては冷凍して常備しておきたい。青海震域はここから、行って帰って2時間くらいだ。店の開店前に帰ってこられるから行ってきてもいいと思うぞ」


 ココナは店主に反対されるのではないかと思っていたので驚いた。

 どうやら、魔力キノコとはそれなりに旨いものなのかもしれない。


***


 ココナはダンジョンの深層を見られる。貴重な食材を採集してくるということに心がおどった。


 しかし、自分のような大したレベルでもない人間がそんな場所まで行けるのだろうか、不安を感じた。


「私は浅いところでしか探索はしたことがないから、足手まといになりませんか?」


「大丈夫だよ。あたしらがついているし、転移の扉があるから、すぐだよ」

「そうですか、店主は大丈夫ですか、私がいないと仕込みが」


「うん、まあ一人でも問題ねえよ。地上にはない食材やら、景色あるからそれを見てきたらいい、いい勉強になるはずだ」


「なら決まりだね」

 ココナは再びダンジョンを冒険することになったのだ。

 

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