ドミニク、魔族を倒して街を救う!

ね! オデにわれて、ねぇぇぇぇぇぇ!」


 もはや理性すらなくしたサメ野郎。大きさも2mを超えている。腕には刃物のようなヒレがあり、奮うだけで周囲にあるモノを切り裂いた。おいおい、ドワーフの金剛両手斧グレイトアックスよりもすごいんじゃないか、あれ?


「この俺を食いたいってか? 醜い男が美貌の為に俺を食いたいっていう嫉妬は理解してやるよ。だけどブ男は何をしてもブ男さ。失敗して恥かいて泣き叫ぶのがオチだよ。大人しく田舎に帰りな!」


「があああああああああああ! オデをバカにするなああああああああ!」


 俺の心優しい忠告を拒否するサメ野郎。まったく、ブ男で田舎者はこれだから困るぜ。


「ま、俺を殺すっていうのも無理な話だ。何せこの天才的なドミニク様を倒せる奴は美人と金持ちだけだ。そのどっちでもないお前は手も足も出ねぇよ」


 言って俺はダガーを二本取り出して構える。右手を正眼に、左手を逆手に。状況に応じて正眼を逆手に、逆手を正眼に入れ替える。このスイッチの速さは鍛え抜かれた【蝶の舞踏バタフライダンス】の賜物だ。


 両手に武器を持っている時に限り、回避と攻撃速度を上げるのがこのスキル。逆に言えばそれだけのスキル。【盗賊シーフ】のように忍び足も登攀もできないし、他のスキルの代替もできない。片手武器二刀流という使用条件もあり、使い道も戦闘にしか使えない。


 戦闘以外に使えない――だからこそスキル成長の幅が大きくなる。【盗賊シーフ】のように忍び足も登攀も成長するのではなく、両手ダガー時の戦闘補正だけが高まっていく。戦えば戦うほど、より強くより早くより華麗にってな!


「どうしたどうした? そんな動きじゃ俺に傷を負わせることもできないぜ。フラフラしやがって、田舎の踊りかよ。もっと腰降って楽しませてくれや」


「がああああああああああ!」


「おおっと噛みつきか。猪まるかじりできそうだな。田舎じゃそれぐらいしかごちそうないもんだ。ほらほら、もっとやってみろよ」


ね! ね! ねええええええええええ!」


「言葉のバリエーションが少なすぎるぜ。田舎者はこれだから困るなぁ。雨で滑って泥で窒息死しろ、ぐらい言ってくれよ。ほらほら!」


 部屋の中を動きながら戦う俺。円を描くように足を動かし、宙を舞いながら切りかかる。振るわれる豪腕。せまるヒレの刃。襲い掛かるサメの顎。それらすべてをダガーでいなすと同時にもう片方のダガーで相手の肉を割く。


何故ダゼだ……!」


挑発プロボック】で怒ってるから当たれば酷いことになるだろうが、そんなスプラッターな事にはならねぇ。この絶世の美形が肉の塊になるなんて、世界の損失だしな。


何故ダゼ当ダラメエエエエエ!? 人間ジンゲンゴドギディィィィィィィ!?」


 もうまともに言葉が喋れないぐらいに理性を失っているサメ野郎。そんなサメ野郎に、優しい俺は説明してやる。


「まったく、ガキじゃねえんだからそんぐらい分かれよな。


 お前が相手しているのは人間って枠組みにはまるモノじゃねぇんだよ。超英雄的存在にして全世界ハーレムを構築する最強の王になる予定のドミニク様さ! 田舎者でもそれぐらいは知っとかねぇとな!」


 かわし、身をひねり、そして斬る。【蝶の舞踏バタフライダンス】。まさに蝶が舞うかのような動き。両手のダガーはそれぞれ別の生き物のように動き、俺自身も止まることなく動き続ける。


何故ダゼだ……!」


 説明してやってるのにまだ理解しないサメ野郎。


人間ジンゲンゴドギ……人間ジンゲンゴドギ……!」


 体中から血が流れ、息も荒い。それでも動き回り、更に出血していく。


「しょうがねぇなぁ。最後に敗因を教えてやるよ」


 俺はサメ野郎の懐に迫り、両方のダガーを胸に突き立てる。そのまま胸を割くようにダガーを真下に降ろした。魚を割くなら、お腹から割かないとな。食わねぇけど。



 あの黒僧侶もBBAもこのサメ野郎も――もっと言えば魔人や魔族っていうのは、スキルだけで全部解決しようとする。心を食らって成長するぐらい強力だから、確かに強いのはわかるんだけどな。


「俺の知ってるイイ女たちは、スキルなんぞに頼らねぇぜ。


 むしろスキルをいいように使って、人生を楽しんでるからな」


 アーヤのように自分の欲望のままにスキルを変化させる女もいる。


 エイラのように『お兄ちゃん』のためにスキルを使い、元の経験と組み合わせている女もいる。


 ユーリアのようにスキルとは関係なく自らを鍛え上げている女もいる。


 あいつらはスキルに依存しない。スキルを使っていることには変わりはないが、スキルがなくなったとしてもあいつらの根本は変わらない。


 当然、俺もだ。スキルを極めに極めちゃいるが、俺の魅力はそこじゃねぇ。顔もよくて頭もよくて強くて無敵。どんな相手でも負けることのない気持ちのいい英雄。スキルはその為の道具でもあり相棒なのさ。


 確かに戦闘で【蝶の舞踏バタフライダンス】を使っちゃいるが、あくまでスキル。使い慣れたダガーと同じ、道具で相棒だ。


 死ぬかもしれない状況でも前に出るのはこの俺様。腕を動かし、足を動かし、命を奪うのは俺様だ。スキルが戦うんじゃねぇ、俺が俺の意思で戦うのさ。


「自分の分相応を知って、その為にスキルを使えばもう少し長生きできたのにな。


 ま、俺みたいなやつを見て憧れてしまい、自分でもできると勘違いしてしまうっていうのは仕方ないか。罪な男だね、俺」


 ふう、と肩をすくめる俺。もう動かないサメ野郎はスキルの効果が消えたのか元のおっさん司祭の姿に戻っていく。司祭の帽子で隠していた角だけが魔族の証だ。瞳はもう血も通らずに濁っている。アーヤが見たら惜しんだかもな。


 コイツがどんな人生を送ってきたかっていうのは想像するしかねぇ。50年前に起きた戦争。その時敗北した魔族軍。おそらく逃げ損ねて、人間のふりをして潜伏していたんだろうよ。上司魔族の命令に逆らえず、どうにか邪神の聖母を作ろうと頑張って……って所か。


「知ったことじゃねぇ。詰まらない勢力争いにこの俺と俺のオンナを利用しようとしたのが運の尽きってな。


 テメェみたいな器量が女を利用しようなんざ、100年早ぇんだよ。あの世で女を1000人斬りしてから出直してきな」


「プレゲスバウアー司祭!? 何事ですか!」


「これは……!」


 これで憂さは晴らした。さて帰って寝るか――と思ってたところに飛び込んできた聖堂騎士達。俺の方に武器を突きつけてくる。


「おいおい。お前らの目は節穴か? 教会内に魔族がいたんだ。そいつを俺が倒したってことさ」


「黙れ! 貴様の戯言など信じられるか!」


「何処をどう見ても貴様が司祭様を殺したとしか見えないぞ!」


「大人しく捕縛されろ! 抵抗するなら、殺す!」


 俺の説明など聞く耳持たない。まあおっさん司祭の姿は元に戻っているし、俺のダガーは血まみれ。頭の悪いヤツが見たら確かに俺が殺した、って思うのが当然か。


 俺レベルの頭脳を持つ人間がいれば『いや待て。この善属性で正義の塊であるドミニク様がこんな事するはずがない! 何か理由があるはずだ!』とか思うんだろうけど……。


「だからこいつは魔族なんだって。頭に角が生えてるぜ。確認してくれよ」


「ふざけるな! そんなことを言われて信じられるか!」


「大方、魔族に見せつけるためのトリックだろうが! 騙されんぞ!」


 ふぅ、俺レベルの頭脳を期待するのは無理のようだな。全員殺気だって俺を見ているぜ。少しでも変な動きをすれば殺す。そんな顔だ。野郎の妬みは怖いねぇ。まともに話もできやしねぇ。


「ふ、仕方ねぇな」


 聞く耳持たない相手への対処は、ただ一つ。


「お前らなんかに捕まるかよ、ばーかばーか!」


 叫ぶと同時に俺は窓に向かってジャンプ! そして屋根沿いに走って神殿の外に逃げ出し……違う、走り出した。逃げてるんじゃない。コイツはあくまで状況をリセットしただけだ。捕まるわけにはいかねぇからな!


「逃げたぞ! ドミニクを追え!」


「冒険者ギルドに連絡しろ!」


「門番に通達だ! 町の外に出すな!」


「ベティを泣かせた恨み、腹させてもらうぞ!」


「カードの負けたツケ、払いやがれェ!」


 追ってくる神殿騎士達。おいおい、気合入りすぎじゃねぇか? 俺は街に根を張っていた魔族を退治した英雄だっていうのによ。


 とはいえ足を止めている余裕はない。包囲網が完成する前に町を出ないとな。神殿に捕まればとんでもない扱いを受けるだけじゃねぇ。マフィアのボスがやってきていろいろツケを払わされるだろうし、借金取りもここぞとばかりにやってくる。いろいろな勘違いで俺を殺したい女もいるし、男の嫉妬なんざ山のようにある。


「逃がすな追え! テメェが壊したカジノルームの恨み、ここで支払ってもらう!」


「金貨24枚のツケ、忘れたとは言わさへんで―!」


「ドミニクウウウウウウ! アンタだけは許さないよ!」


「リースとファムを泣かせやがって!」


「お前が邪魔しなかったら俺とレイナは上手く行ってたんだよ!」


「ファーザーの命令だ! ここで捕えて『ネズミ』送りにしてやる!」


「にゃあああああああ! ドミニク許すまじ! スタンリーの仇ィ!」


「俺の美少女ゴーレムを壊しやがって! 死ねえええええええ!」


 ここぞとばかりに町中の奴らが俺を負い始める。人気者は辛いね。


 待ち伏せるヤツを蹴っ飛ばし、捕まえようとするヤツをひらりとかわし、飛んでくる魔法と弓をかがんで避けて、そのまま立ち上がりざまにジャンプして建物の壁に捕まり屋根に上る。ギャングの暗殺部隊が好機とばかりに襲い掛かり、ネコミミ娘が我がフィールドとばかりに屋根を蹴って攻め立てる。ゴーレム使いのちゃちぃ人形を踏みつけて戦場から離れ、地面に降りれば聖堂騎士。しかしドミニクあわてることなく身をひるがえして転身し、迫りくる言いがかりを難なくクリアしていく。華麗だね、俺!


「しつけぇな! 過ぎたことにとやかく言ってもしょうがねぇだろ。水に流して明日を生きるのが人間てもんじゃないのか!?」


「「「「「「「お前が言うなああああああああああああああ!!」」」」」」」


 人の道を問う俺に、一斉に返ってくる拒絶の言葉。まったく、心が狭いね。俺みたいに人生楽しく生きないと損だっていうのによ。


「何処に行った!?」


「あっちにいたぞ!」


「余計なこと言うんじゃねぇ! うおおおおお!」


 逃げても逃げても誰かが俺を見つけて報告する。くそ、俺が言った何をした!? ちょっと女をつまみ食いしたり、ギャンブルに負けた腹いせで暴れて有耶無耶にしたり、女を頂いたり、ツケを踏み倒したり、女と楽しんだり、マフィアの欲しいものをかっぱらったり、女を抱いたりしただけじゃねぇか!?


 そんなこんなで追いかけっこは朝まで続いた。何とか連中を振り切り、街の外に逃げ出し、追ってこないことを確認して一息つく。


 人間に成りすました魔族を倒して街を救った英雄だっていうのにこの扱いはねぇぜ。読者アンタもそう思うだろ?

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