ドミニク、真の敵に迫る!
夜の帳が降りた教会。その司祭室。
「よぉ。邪魔するぜ」
俺はノックもなしにその部屋に入り込んだ。警護らしい警護は入り口だけ。戦えるヤツを20名ほど失ったこともあるし、人手不足なのだろう。あっさりここまでこれたぜ。
「おや、ドミニクさんでしたね。何の用です? 報酬などはすべて支払ったはずですが」
司祭――ローベルトだったか。めんどくせぇ、おっさん司祭でいいや。突然の来訪に驚くことなく俺を見る。
おっさん司祭の言う通り、報酬は冒険者ギルドを通していただいた。ユーリアとは謝礼をした後に別れ、アーヤとエイラとスライムは食べるモノを食べて宿で寝ている。ここにいるのは俺一人だ。
「ああ、仕事は終わったぜ。これでユーリアは聖女として認められるだろうよ。これでヴェラーの神殿騒動は落ち着くってことだよな」
「そうですね。問題は山積みですが、騒動はこれで落ち着きました」
「こいつは純粋な興味なんだが、アンタはどっちの聖女が成立すると思ってたんだ?」
俺の問いかけに、おっさん司祭は押し黙った。表情を見ればわかる。質問の意味が分からないのではない。喉元にナイフを突きつけられたような、緊張した顔だ。
「なんのことですか?」
「ヴェラー聖女のユーリア。そしてアロン聖女のニコラだっけか。アンタとしてはそのどちらかが成立すればよかったんだろ? 勝った方の聖女を擁立し、それを盛り立てていく。そんなシナリオだったんだ。
ユーリアが勝てばこのままヴェラー聖女を盛り立て、アンタは教会内での地位を盤石にする。信頼されなかったヴェラーの聖女を見捨てずにサポートし続けた影の功労者。女神の司祭として、人格者として多くの信頼を得る。
ユーリアが負けてアロンの聖女が生まれればそちら側についたのかね? 聖女を失ったヴェラー教会は失墜し、弱った隙をつくように魔人が台頭。魔族の聖女を擁立したアンタは地位と報酬を得る。
どっちに転んでもアンタは損をしないからな。全く商売上手だ。あやかりたいもんだね」
誤魔化そうとするおっさん司祭に笑って言う俺。どっちに転んでも、勝ち。そんな楽な賭けなら誰だってやりたいよな。
「誤解があるようですね。確かにそう解釈できますが、私はヴェラー様の司祭ですよ。アロンを擁護するなどありえません」
「だよな、それが普通の司祭だ。あのババアについて行った騎士も当然そうだった。ババアが魔人だなんて知らなかったんだ。正当なヴェラー聖女はババアの方で、ユーリアはトチ狂ったゴリラ。いきなり投票箱を殴って選挙を中止するとか、奇行でしかねぇ。
もしババアが魔人だって知ってたら、あの騎士達は離反していたはずだ。なのに知らなかった」
俺は最初、ババアが騎士達を洗脳しているのかと思っていた。あの黒僧侶のスキルもあったしな。だけど騎士の様子を見るにそうじゃなかった。応対もしっかりしていたし、アーヤのエロボディに発情したり。まっとうな人間の反応だった。だからその可能性は真っ先に消したのだ。
「ババアだってそれはわかっていただろうから秘密にしていた。砦で【
どこかの誰かがババアのことを魔人だと言わなければ、それは上手く行ったはずなんだ」
ババアは死ぬ間際にこう言った。
『ココ、コノ場所、カ……! 何故バレタのだ……!』
ババアが街から離れた砦を選んだのは肉触手を収容することもあるが、できるだけバレない場所を選んだからなのだ。何せ魔族のスキルだ。人間側にバレれば処刑されるのは目に見えている。魔族スキルは心を蝕み、理性を失わせる。その上驚異的な力だ。バレれば排除されるのは目に見えている。この場合の排除は、死だ。
「誰が俺達にババアが魔人だと教えて、しかも逃げ場所まで教えたんだろうな? 言うまでもねぇ、アンタだ。
ついでに言えば、ユーリアを連れていく必要はなかったはずだ。確かにゴタついてたのは確かだが、かといってその上で聖女を失えば混乱は極まる。ユーリアが進言したにしても、教会の安寧の為ならもう少し慎重になってもいいはずだ」
オッサン司祭は聖女と聖女の対立をあおって、戦いの場を整えたのだ。どっちに転んでも自分が得をするように。ヴェラー聖女が負けてもアロン聖女が負けても構わない。まったくたいした策士だよ。俺でなきゃ見逃してたね。
「面白いお話ですね。邪神の聖女を認めるなんて、まるで私が魔人か魔族みたいですね」
おっさん司祭は笑みを浮かべる。俺の話を聞いて、勝利を確信したように言葉をつづけた。
「何か証拠でもあるのですか?」
証拠。このおっさん司祭が魔人もしくは魔族であるという証拠だ。俺が話したのは状況的な証拠でしかない。怪しい、というだけでしかない。ユーリアとババアを争わせたとしても、魔族云々は関係なくただの考えなしなのかもしれない。
「証拠はねえな」
そして証拠なんてない。証拠の類は徹底的に消されているだろう。あのババアが生きていれば、というのはあり得ない仮定だ。ババアが生きているということはユーリアが死んでいることになる。まだケツも揉んでないのにそれは許されねぇ。
「はっはっは。ならただの戯言ですね。お帰りはあちらですよ」
勝った。そう確信しておっさん司祭はふんぞり返る。後ろの扉を指さし、会話の終わりを告げた。あいにくだが、まだ終わっちゃいねぇのさ。
「確かに戯言だな。魔族如きが人間の街で司祭をやってるなんざ笑い事だ。力があるくせに女神にへりくだってご機嫌取り。プライドを捨てて靴舐めるような魔人なんかいるわけないよなぁ」
俺はそれに答えるように言って、スキルを使う。
【
相手の精神を揺さぶり、俺に怒りを覚えさせるスキル。
「ああ、ありえない。まっとうな魔族なら耐えきれないぜ。自分より弱い人間の中で生活して、これからもずっとあの聖女に頭を下げ続ける人生が待ってるのにな。
誇り高い魔族や魔人なら怒って当然だぜ」
魔族や魔人なら。条件を指定し、スキルを使う。おっさん司祭が人間なら。魔人や魔族じゃないなら対象外になる。だけど条件に合致するなら――
「あ、あ……ふざけるなああああああああああ!」
叫び、怒り、そして肉体が変化する。魔族のスキルが発動し、肉体が肥大化していく。鱗のようなものが生え、顔がサメのように鋭角になる。歯が抜け落ち、新たに鋭い牙が生えてきた。
「アロン様の為に耐え忍ぶこと50年! ようやく楔を穿てると思ったのにあの女ァ! まだ潜伏しなければならないなど、耐えられるかあああああああ!」
赤い瞳で俺を射抜くようように睨む。鋭い角が突き刺すように向けられる。
「殺す! ことごとく殺して! その全てをアロン様に捧げてくれる!」
赤い瞳と、頭部の角。この二つは魔族であることの証だ。へっ、馬脚を現すっていうのはこういうことを言うんだな。もう言い逃れはできねぇぜ。
おっさんを擁護するわけじゃねぇけど、コイツはこのドミニク様の極めに極めた【
「殺す? 誰が誰をだ? まさかお前が俺を、なんていうんじゃねぇだろうな。
だとしたら大笑いだぜ! ゴブリンがドラゴンに挑むぐらいに差があるっていうのにそんなこと言うなんざ、オツムがゆだってるに違いねぇ。野菜と肉いれてスープでも作れそうだな! 味は魚味ってか!」
そして【
「黙れ! 人間如きが【
おいおい。一人称も口調も変わったぞ。おそらく本当に田舎者で、捨て駒のように命令されたんだろうな。失敗前提、成功すればラッキー程度の作戦ってところか。
スキル効果は変化系。このサメ人間になれるって感じか。単純だが、だからこそスキル効果は特化されるだろうよ。キラーってぐらいだから、攻撃力は高そうだ。
「すまねぇな、田舎者。許してくれよ、田舎者。田舎者だからって拗ねるなよ、田舎者。馬鹿になんかしねぇよ、田舎者。そのまま田舎に帰って頑張れよ」
「ふざけるなああああああああ! オバエは、ゴロズ!」
「ひゃっひゃっひゃ! オバエってなんだよ。どこの田舎出身だ? ゴロズ? 頼むから都会の言葉喋ってくれよ」
「ああああああああああああ!
言葉に【
ここまでやれば俺を殺さない限りは外には出ないだろう。まったく、足手まといを守らないといけないから大変だぜ。ま、イケメンドミニク様の当然の配慮ってやつさ。けして田舎者をからかって楽しんでるんじゃねぇぞ。
そんじゃま、コイツを倒して真のハッピーエンドと行きますか。次回を楽しみにしてくれよ、
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