ドミニク、逃げまわる!

 俺は逃げていた。


 山道なんて立派なものじゃない。うっそうと生い茂る樹が日光を遮り、下草が生えていないだけの大地だ。枯れ葉が積もり、木の根が凹凸になり、木と木の間もクマが通れるかどうか程度の狭さだ。


「クソ、あいつ等あっさり俺を見捨てやがって!」


 わき腹を押さえながら、俺は走る。触手に貫かれた傷の治療は無きに等しい。あの聖女様、俺を癒すのを拒みやがったのだ。スキルにより得られる治癒術さえ使ってくれればこんな傷防げるっていうのに……!


 なんでこんなことになってるかって? 聞いてくれよ読者きょうだい。BBAの追っ手に追われる俺は最高の策を出したんだぜ。


『いい考えがある。お前たちが囮になってあの触手達に犯されている間に、その間に俺があのBBAを狙う。完璧だろ?


 いいか、できるだけ抵抗してそしてすぐに快楽に溺れるんだ。情けなくアヘ顔晒せば、ああいう手合いは調子に乗るからな。まあお前らなら演技しなくてもすぐにそうなるからアドバイスにならねぇな! すまねぇ!』


 と、囮を使って最大最強最高最適なるこの俺様をBOSSに当てるっていう作戦を提案したんだが、あいつ等はそれが気に召さなかったのさ。


『ヴェラー様、拳を解禁します』


『ドミドミ、死ねばいいのに』


『主任、それはさすがにセクハラ案件ですぅ』


 一斉に白い目で見られて、そのまま見捨てられた。おいおい、いくら俺の作戦が非の打ちどころのない完璧なものだからって嫉妬しなくてもいいじゃないか。天才は余に受け入れられない。仕方ないね、これは。


 そして後ろから追ってくる肉団子触手はそんなことお構いなしに俺の方に迫ってくる。待てよお前ら、落ち着こうぜ。長い人生そんなに慌ててどうするって言うんだ。クール。クールに行こうぜ。そんなセリフを言う間もなく襲われ、絶賛逃亡中ってわけさ。


 わき腹から血が出て痛い。走るたびに傷が疼き、そして血がしたたり落ちる。あの元騎士触手野郎に目があるのかはわからないが、血の跡を追えば俺にたどり着く。まあ、絶賛見つかって追われてるんだからその心配をしている余裕はないんだけどな! ヒィハー!


「こっち来るなこっち来るなこっち来るな!」


 叫びながら走る俺。道すらない山を走るのは自殺行為だ。視界が開ければ崖、なんてこともありうるし木や岩にぶつかる可能性だってある。実際、俺は何度かぶつかりかけた。でも足を止めれば追ってくる触手団子に掴まりジ・エンド。このドミニク様が触手に掴まってやられるなんて需要ないぜ。やるならオンナの方に行け!


 追ってくる触手野郎は5体。ちらりとそちらを見たあとで前を見れば、巨大な岩。なんとか右斜めに向かって跳べば、その先には大きなくぼみ。想像外の段差に何とか膝を曲げて着地。足が痛むけど休んでる余裕なんてねぇ。腕を使って地面を掻くようにして前に動き、背中をかすめた触手に冷や汗をかく。


「くそ! なんでこんなことになったんだ!」


 叫ぶ俺。しかし事態はまるで好転しない。むしろ悪化するばかり。叫んでも何も変わらないと知りながら、しかし叫ぶ。とにかく今は走るしかない。走って走って走り回って。足を止めれば肉に飲まれる。その結末を避けるために逃げ続けるのだ。


「俺は何も悪い事なんかしてないのに! ちょっとうまい仕事だからって聖女についてきただけだぞ! なんだってこんな目に会わなきゃいけないんだ!」


 立ち上がり走り出す俺。


「本当なら女侍らして毎日とっかえひっかえで抱き続けて楽しく生きてるはずだぞ! 英雄ドミニク様だぞ! 本当ならもっといろいろリッチでゴージャスでウハウハでモテモテのはずだ!」


 木々の間を縫うように走る。


「高貴で美しいハイエルフの双子姉妹にぽっちゃり豪快でおおらかなドワーフ女、見た目ロリだけどテクニシャン小人族にイタズラ好きなレプラコーン娘! 尽くしてくれるイヌミミ獣人奴隷に態度はきついけど実はベタ惚れネコミミ娘! おおっと、王道のサキュバスも悪くねぇな!」


 岩を飛び越えて、迫る枝葉を潜って避ける。


「俺が身に着けるアクセサリーは赤い宝石が嵌めこまれた金の王冠! 宝石7個がはめ込まれたレインボー首飾り! ブレスレットは全属性防御魔法が込められたマジックアイテムで指輪は全生活魔法が無限にストックされたヤツ! いいねぇ、寝ながら全部家事が終わってるって最高だぜ!」


 背後から振るわれる触手を意識しながら右に左にジクザク走法。おい、ちょっとかすったぞ!?


「住んでる場所は『天空王』並の城! ペガサス馬車は全部名馬でそろえて、車体もベルガー産のかっこいい奴! 護衛はカンガルガ四六竜騎士レベル! 酒はエルブンハーブ2300年物とドワーフスレイヤー! 食事はレジェントリィコックが作った物がいいねぇ!」


 うおやべぇ、この先は崖っぽい! 木を摑んで方向変換。速度を弱めず、木を盾にして転身開始!


「娯楽は至れり尽くせり! 女は言うまでもねぇ。ドラゴン闘技場で豪遊して、ゴッデスレイクで泳いで遊ぶ! 吟遊詩人を1000人呼んで毎日俺の事を賛美させ、英雄ドミニク様を崇める国民が毎日俺の住む場所を拝む! 最高だね!」


 走れ走れ走れ! とにかく走れ! わき腹が痛むけど気にするな!


「それが当然なんだ! なんでこんなところで死にかけなきゃいけないんだ! ちくしょう神様は何してやがる! この世界最強最高最愛最終兵器的英雄であるこのドミニク様が苦しんでいるっていうのに手助けしねぇとか本当に神はクソだな死ねばいいのに! ああ、死んでるから天空城にいるんだっけか。ざまねぇな! ワハハハハ!」


「ヴェラー様の侮辱は許しませんですわ!」


「のぉおおおお!?」


 大笑いする俺に飛んできたのは太い木の枝だ。投げたのは声から察するに聖女様だろう。ブォオン! って音が響く。どんだけのパワーで投げたんだよ、あの女。


「危ねぇな! 当たったらどうするつもりだ!」


「ご安心ください。祈りをささげ、ヴェラー様の元に魂を導きます。たとえアナタが品性下劣ひんせいげれつ極悪非道ごくあくひどう小身微禄しょうしんびろく 俗臭芬芬ぞくしゅうふんぷん野卑滑稽やひこっけいなお方だとしてもヴェラー様は等しくアナタを受け入れるでしょう。ええ、イヤでしょうけど受け入れてくれますわ。その後その穢れたお身体はアンデッド化しないように念入りにお荼毘に付して差し上げます! それも聖女のお慈悲ですから!」


 叫ぶ俺に、汚物を見るような目で俺を見て言うユーリア。


「おいおい。ヴェラーっていう女神はそんなに俺が恋しいのか? ま、仕方ねぇな。この俺のイチモツで激しく貫い――いきなり殴ってくるんじゃねぇ!」


「決めましたわ。テメェは殺さずに地下牢に閉じ込めて拷問してくれます。死なないように回復して差し上げますから感謝して苦しみやがれこのおクズ野郎!」


 天の女神に妄想を膨らます俺に、ノーモーションで殴ってくるユーリア。今の一撃をくらったら、絶対気を失ってた。そして目覚めたら本当に地下牢で拷問&回復の刑に処されていただろう。あいつ、目がマジだ。


「おおおおおおおおおちつけ。ウェットな冗談だ! まあ色々濡らすのは女の――分かった! もう言わねぇから落ち着け!


 っていうか、首尾はどうなっちゃた!?」


 完全に目が座ったユーリアを前に、俺は話題転換とばかりに話を振る。首尾。つまり始まりと終わりの事だ。何の始まりと終わりかって? 作戦の事さ。


「問題ありません。全個体、討伐済みです」


 言って胸を張るユーリア。まあ足を止めてこんな雑談できるぐらいなんだから、当然だよな。


 おおっと。説明は必要だよな、読者きょうだい。言っても大したことはねぇ。要はこのドミニク様が囮になって、女共が追ってくる肉触手を横から不意打ちして各個撃破していたってことさ。


挑発プロボック】でBBAを思いっきり怒らせたこともあって、肉触手共は俺を追い続ける。それを逃げ、戦列を縦に伸ばす。BBAの話だと数は23体。肉体能力の差もあるだろうし、俺を追えば自然と縦一列になる。


 そうなると叩くのは簡単だ。俺はあらかじめ逃げるルートをざっくり決めておき、女共は要所要所で待ち構えて不意打ちする。後ろの方から数を減らしていき、そして最前列を倒したユーリアが最後に木の棒を投げてきたのだ。


 喧嘩別れも当然フェイク。あの【†魔融合†デモンフュージョン】とやらが使い魔を扱うスキルだって言うんなら、感覚を主に伝えている共有している可能性もある。意味もなく散開したら怪しまれるだろう。その為の演技さ。


 ま、この俺と別れたい女なんているはずないからな。当然だろ?


「さすがですぅ、主任。寸分の狂いもなく言った通りのルートで逃げるなんて。しかも罠もばっちり回避してますしぃ」


 今回一番活躍したのはエイラだ。【野伏レンジャー】スキルを駆使して罠を作り、弓で狙撃してくれたのだ。森は【野伏レンジャー】のフィールドそのもの。はっきり言ってコイツがいなかったらこの作戦は成立しなかった。


 やっぱりコイツ、ハンガーがない方が強いよな。 


「おう、当然だろ。エイラも大した弓の腕だったぜ。【弓使いアーチャー】スキルがないのにたいしたもんだぜ」


「えへへ。弓の扱いは【野伏レンジャー】で代用しましたぁ。小職、前世ではFPS系が得意だったんで何とかなりましたぁ」


 えふぴー何とかっていうのはよくわからないが、射撃の経験があるのだろう。エイラは褒められてうれしいのか笑顔を浮かべる。お、これは一押しすればいけるんじゃないか?


「……えへ、へ……スナイパーは卑怯とか、役立たずとか、いろいろ言われながら頑張りましたぁ……DMで罵られたりぃ、死体蹴りされたりぃ……戦争は闇ですぅ……」


 かと思ったらまたネガネガしやがった。めんどくせぇ。


「おめめ、おめめ」


 そして今回一番役に立たなかったのはアーヤだ。肉触手に曲がったナイフを突き刺し、目玉をくりぬいていた。


 とはいえコイツの戦法は『見てもらう』事が大前提。そして俺以外を見られたらこの作戦は瓦解しかねないので、戦力外なのは仕方ねぇ。むしろ勝手に暴走しなかっただけでもマシである。


「その……あのお方、本当に魔族側じゃないんですよね?」


 アーヤの奇行に頭を抱えるユーリア。とはいえ慣れてきたのか、嫌悪感を隠そうという努力は見れる。


「そいつは保証するぜ。目玉に興味があるだけの女だ。胸もデカいしケツもいい感じ。肌なんかいい感じでハリがありそうだしな。【呪紋ジュモン】さえなけれすぐに頂いているのになぁ……」


「忘れていたわけではありませんが、人間的にもっとクズで捕まって投獄されたほうがいい人がいるんでしたわね……」


 俺の答えに眉をひそめて渋い顔をするユーリア。そんな奴がいるのか。世の中悪人ばかりで大変だな。


 俺みたいに聖人君子で頭脳明晰で質実剛健で一騎当千な英俊豪傑はそうそういないてことだよな、仕方ないね。読者アンタもそう思うだろ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る