ドミニク、撤退する!

 全裸で吊るし、逃げる体力もないほど疲弊した男の体から棘のような鋭い触手が生えて俺の体を貫いた。


 ありのまま今起きたことを話せばそんなところだ。全裸騎士は目や鼻や口や耳から血を流し、体中のいたるところから触手を生やしている。触手の数は現在進行形で増え続け、その度に全裸騎士はもはや声ですらない音を口から出している。


 どう見ても生きてるとは思えない。他の吊るした騎士も同様だ。目が見えていないのか触手は子供が駄々をこねるように暴れまわる。そしてその一つが吊るしていた手首を切り裂いた。痛みで名状しがたい声をあげるが、そいつは自由になる。


「殺せ! アルミンを殺した奴を、殺せ!」


 これがあのBBAのスキルであることは確実だ。見張り台で叫ぶ聖女になれなかった女。その傍にいた騎士も吊るされたヤツと同じように触手を生やし、そして肥大化していく。ってことは吊るしてる奴も……大きくなってますねぇ!


 やっべ、逃げねぇと潰される。わかちゃいるけど体は動かない。触手にお腹を刺されて、マジピンチ。しかしドミニクあわてず騒がず。こういう時には思わぬ助けが入るってもんさ。何せ天に栄光を約束された俺だからな。


「はああ!」


 肉塊と俺の間に入って拳を振るったのは、ユーリアだ。大地を踏みしめ、まっすぐに突き出した正拳突き。明らかに体重差がある相手だが、その動きを止めた。コイツのジョブ、実は【怪力マッチョ】だったりしねぇ?


「主任!」


「ドミドミ!」


 そして倒れた俺を引っ張るエイラとアーヤ。


「ムービーシーンですから助けるのが間に合いませんでしたぁ! 2週目でフラグ解放したら大丈夫だったんですけどぉ……!」


 相変わらずよくわからない事を言うエイラ。


「2周目って何だよ? みんなでマワすプレイの事か? そういうのが望みなら言ってくれれば人を集めるのに」


 なぜか冷たい目で俺を見るエイラ。おいおい、俺にそう言う嗜好はないぜ?


「ドミドミひどい! 大事に扱うって言ったから貸したのに落とすなんて! あーん、あーしの大事なおめめー!」


 そして俺が落した目玉を拾い上げて、大事そうに土を払うアーヤ。


「確かにそう言って借りたけど、俺よりも目玉が大事とかやめてくれよ。でもそんなツンデレも受け入れるのが俺、ドミニクだぜ。素直じゃない照れ屋さん」


 なぜか冷たい目で見るアーヤ。おいおい、お前もそう言うプレイか?


「やはりお前か、ユーリア! 力で聖女の座をもぎ取った暴力娘! 貴様のような粗暴なヤツが聖女など!」


 出てきたユーリアの姿を見て叫ぶBBA。興奮ここに極まれり。【挑発プロボック】の影響下にあってもなお聖女に拘るとはすげー精神力だ。曲がりなしにも聖女候補だったってことか。


「ニコル・モラレス。確かに若輩であるワタシが聖女の名を冠するのに不満を覚えるのは致し方ありません。ワタシはこれからも鍛錬を続け、ヴェラー様の御心と慈悲と教えと筋トレ法を皆に広めていく所存です」


 BBAに向かって毅然と言い放るユーリア。ヴェラーって筋トレを広める教義だって初めて知ったぜ。どうせなら性行為も広めてくれよ。あと俺の傷を癒してくれると嬉しいんだけど。


「しかし、今のアナタがヴェラー様の聖女を名乗るのが正しくないことはわかります。不正をもって神聖なる選挙を汚し、騎士を引き連れこの地に籠り、魔族と取引して魔人になるなど言語道断! ヴェラーを信仰する騎士達に何をしたというのですか!」


 ナニってナニしたんだろうな。男十数名と女が人気のない所に籠ってるんだぜ。何も起きないわけないじゃねぇか。あと俺の傷……めちゃくちゃ痛いんで、はよ癒せ! お前らの世界に浸ってんじゃねぇよ!


「知れたこと。偽りの聖女を葬り去り、そして私こそが真の聖女となるのだ! そう、アロン様の聖女に! ヴェラーなど不要! アロン様の波に抱かれ、全て海底で眠るのです!」


 おお? いきなり別の神様の聖女になるとか言い出したぞ? そして言うと同時にBBAも体から妙なものが生えてきた。タコっぽい触手だ。そして体からうろこが生えてきた。明らかに人間が知らないスキルだ。……後、俺の、傷を、早く!


「【†魔融合†デモンフュージョン】……! 魔物と人を融合するスキル! という事は騎士達も!?」


「無論、全ての騎士に仕込んである! 彼らは我が手足! 23名の騎士達よ! 我が怨敵はそこにいるぞ!」


 BBAが叫ぶと同時に、砦から破壊音が聞こえる。おそらく砦のどこかに騎士を監禁していたんだろう。BBAから逃げたと思っていた騎士は、実は砦の地下室辺りに監禁されていたのだ。


 何故かって? おそらくBBAの本当の企みに気付いたんだろうな。ヴェラーの聖女になんかなるつもりはない。すでに魔人になっていたBBAはアロンっていう神の聖女になるために犯罪めいたことをしようとしていることを。


 だけど【†魔融合†デモンフュージョン】とかってスキルはすでに仕込まれている。逃げようとしても時すでに遅し。命令されて肉塊になり、ばれないように砦の地下牢辺りに隠されてたって所か。


 となるとこの砦を選んだのも初めからこの肉塊の群れを隠すためか。20名程度の人間が使うには広すぎるが、あの大きさの肉団子で且つ人に見せたくないモノを隠すにはちょうどいい。ついでに言えば、多少こんなのが暴れたところで人目につくことはない。


「アナタが魔に落ちたというのなら、ヴェラーの聖女の名において処罰します。例えこの身が朽ちるとも、心までは奪えぬと知りなさい!」


 なんかこの後負けてエロエロされそうなセリフを言うユーリア。こういう女を屈服させるのが楽しいんだが、あいにくと俺に向けて言ったわけじゃない。このままだと肉塊触手にヤラれるか、BBAタコ触手と百合エロか。


「一旦退くぞユーリア!」


 どっちにせよ見たいものじゃねぇ。なんで俺はそう叫ぶ。


「しかしこのものを放置するのはヴェラーの聖女として許されぬ行為ですわ!」


 自分でも勝てないと分かりながら叫ぶユーリア。ええい、宗教家はめんどくさいな。なんで別アプローチ!


「ヴェラーの聖女っていうのは、傷ついた人間を無視していいものなのか? 大地に住む者すべてに慈愛を与えるんだろ?」


 俺の言葉に言葉を止めるユーリア。俺の傷はけして放置していいものではない。聖職者なら信念よりも傷を癒すことを選ぶだろう。へ、チョロいもんだぜ。


「……むしろアナタはここで死んでくれる方が女性の為でもあり、ひいては世界の為なのですが……!」


「うん、あーしもそう思う。いいんじゃね?」


「ごめんなさい主任、小職の貧相な脳では援護する言葉は浮かびません……。お墓はきちんと立てますので、許してくださぁい……」


 おい、なんでそこで躊躇するユーリア。あっさり頷くなよアーヤ。援護しろよエイラ。


「お前たちが傷に興奮するフェチ持ってるなんて知らなかったぜ。性癖は自由だからな。ま、俺はどんな状態でもかっこいいから仕方ないか。今の俺を見て目覚めたっていわれても納得だぜ。


 あ。もしかして悲鳴もあったほうが興奮するとかか? そういう事なら言ってくれよ。こう見えてもやられたフリは得意なんだぜ。ぎゃー! しーぬー! たーすーけーてー!」


「やはり放置しましょう。思ったよりも元気そうですし」


「っていうか避けてたよね、ドミドミ。ウザいこと言う余裕あるし」


「はい。主任とっさに横に跳んでナイフで触手払って致命傷避けてましたし。お兄ちゃんが『俺が本気なら余裕だった』って言ってましたけど、主任はギリギリでしたね」


 お、気付いてたか。死にそうなふりして心配させる。そんな状態でも戦う俺をみてさらに惚れさせるって作戦だったんだけどな。


「そりゃ避けるさ。BBAのスキルが使い魔っぽい推理はできたからな」


 BBAが俺の持つ目玉を見てその人物を特定した瞬間に、どんなスキルを持っているかは大まかに把握できた。とっさに騎士に注目して【蝶の舞踏バタフライダンス】を使ったが、さすがに触手は予想外だったぜ。一本は避け切れなかった。


「でも撤退はマジだ。ここで強さ不明の奴と乱戦になったら負け確定だからな。俺は生き残れるが、お前らは捕まるか殺されるかだぜ。まあ、そう言うマゾ性癖があるなら止めないがな」


 これは本当だ。相手の強さとスペックが分からない状態での乱戦は危険すぎる。捕まって肉塊にいいように扱われること確定だ。おそらく読者好みの展開になるだろう。そいつはそいつでアリだろうが、あいにくと俺はそう言う性癖はねぇ。


「しかし――!」


「あいつの狙いはオマエで、ついでに言えば俺の【挑発プロボック】もある。あれが山を下りて街に向かう事なんてないさ。


 繰り返すが、ここで乱戦すればお前たちの人生が終わる。あれを止めたければ、ここは退くのが上策だ」


 ここまで言って逃げないのなら、強引に引きずって退くだけだ。お腹の傷が痛いんで、できれば遠慮したいがな。


「……何か策があるんですね?」


「そいつを逃げながら考えるのさ」


「なんといういい加減な……! 社会のクズ詰め合わせ、、ダメ人間の見本市、実力以外は信用するなと言わしめただけのことはりますね!」


「おいおい、褒めるなよ。嫉妬は高名の裏返しだぜ」


 分水嶺はこの辺りか。これ以上の会話をしている余裕はない。木に手を当てながら立ち上がり、視線で撤退を促す俺。


「……わかりました。今はアナタの経験と実力を信じますわ」


 ユーリアは言って俺の肩を抱える。アーヤもエイラもとっくに撤退体制に入っていたのか、すたこらさっさーと走り出していた。ユーリアに運ばれるようにしながら、俺は口を開く。


「どうやら触手プレイされたいっていう願望はなかったみたいだな。まあ、あんなド硬い上に遠慮のない童貞プレイだと、気持ちいいとか感じそうにないからな。正解だぜ!」


「……お下劣……! やはり捨てていけばよかったですわ、この男……!」


「安心しなよ。女の悦びはこの俺がしっかり教えてやるから。俺の経験と実力を信じてくれるんだろ? そこまで言われたら仕方ねぇよな。HAHAHA!」


「あああああ! ヴェラー様、これもお試練なのですか!? このようなヤツにもお慈悲を与えろと!? ワタシ、コイツと同じ大地を生きているという事が耐えられないのですが! この握った拳の振り下ろす先を! どうか! お与え! ください!」


 宗教的な葛藤に悩まされながら走るユーリア。大変だね、聖女ってのは。


 え、俺のせいだって? やめてくれよ読者きょうだい。悩みは全て己のモノさ。俺みたいに自由奔放なら悩みもないってことよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る