ドミニク、情報を得る!

「ったく、水魔法使えるヤツがいないとかめんどくさいぜ」


 言いながら桶を追って山道を下る5人の男達。山を歩くように全身を覆う革製の装備をしている。小枝を切り払うためのナタを持っているが、それ以外の武装はない。


「全くだ。おまけに食べ物も保存食ばかり。それだってどれだけ持つか。狩りするにしても人数を考えれば賄えるかどうかわかったもんじゃねぇ」


「本当についてきて正解だったのかね? 騎士長は『今は雌伏の時』って言ってるけど、逆転の目なんかないじゃねぇか」


「かといってあの正拳突き聖女について行くのはさすがになぁ……」


 男達は山頂にある砦跡から少し先にある川に向かい、水をくむためにけもの道を進んでいた。毎朝ここを5往復して一日の水を確保する。備蓄を考えればもう少し必要かもしれない。


「そういえばスカリーの奴は逃げたってよ」


 愚痴りながら進む男達。彼らは聖女選挙で敗退したニコル・モラレスに連れられてやってきたヴェラーの聖騎士達だ。正確に言えば聖騎士を束ねる騎士長に命令されてついてきたのである。


「俺達も逃げるか? 今ならまだ許してもらえるかもしれないぜ」


 こちらに着けばいずれ神殿の要職に就ける。そう言われてついてきたらさびれた砦で労働力としてこき使われる毎日。何名かはすでに脱走しているが、それを咎めるようするもない。


「だなぁ。懲罰は痛いけど、このままここにいてもどうしようもねぇしな」


 脱走した者の労働が残った者に割り当てられ、負担は増えていくばかり。そして増えた負担と不満でさらに脱走する者が現れる。そんな負のスパイラル。みんなが逃げるから俺も。そんな気持ちになるのも無理はない。


「あーあ。町に戻って酒飲みてぇ。女抱きてぇ……」


 男達の不満は爆発寸前だ。ヴェラーは犯罪でなければ酒や性行為を否定していない。聖騎士と言われる彼らがそう言った娯楽を求めるのも仕方のない事だ。そんな彼らの前に、


「……おい。あれ」


 水浴びする褐色の女が写った。胸と腰だけに布を巻いたほぼ裸同然の姿。肌に奇妙な紋様があるが、それを除けばいい女だ。そんな女が無防備に水で戯れている。武器なんて何も持っていない。叫んでも誰も来ない。


「怪しい奴は尋問しないとな」


「おう、隅々まで調べないと」


「そうだな。仕事だもんな」


 言って男達は桶を地面に置き、堂々と女の前に姿を現す。皮装備を止めるひもを外し、欲望をあらわにして女に近づいていく。


「あはぁ。あーし、ギラギラした目で見られてる。熱くなってきたぁ……」


 女は恐怖で怯えるどころか、むしろ受け入れるように頬を染めた。なんだよそっちもノリ気か。じゃあ仕方ねぇな。ヴェラー様も怒りはしないだろう。楽しませてもらおうか。男達は艶めかしく動く褐色女の肢体を見――


「…………まさか、本当にこんな作戦が成功するなんて……」


 アーヤの【呪紋ジュモン】を見て悶えて動けなくなった男達をあきれた様子で見降ろすユーリア。その顔は呆れと同時に俺の説明通りに動いた元同僚に対する侮蔑も含まれていた。


「ざっとこんなもんよ」


 おおよそ俺の作戦通りに動いてくれた騎士達を縛りながら言う俺。男なんで少しきつめでもいいよな。女だったら最低限にして優しくしてやるけどな。もちろん、縛ったままやれるようにはするけど。


「主任、もういいですかー?」


 少し遅れてエイラとスライムがやってくる。アーヤの色仕掛け作戦が上手く決まらなかったとかで戦闘になりそうだったら、茂みに隠れていたエイラに投網を投げてもらう予定だった。今回は不要になったが、二重三重に策をたてるのは基本だぜ。


「おう。戻って来い。そんじゃ、尋問タイムと行くか」


 男の一人の頬を叩いて、意識を取り戻させる。


「……ッ……!」


 状況に気づいて声をあげようとするが、猿轡をかまされているのでぐもった声しか出せない。ここは敵地近く。いきなり大声で叫ばれて援軍が来たら厄介だ。なのでこういう手段となる。


「質問に答えろ。肯定なら首を縦に。否定なら首を横に振れ。どちらでもないのなら瞬きを二回だ。

 拒否してもいいぜ。質問できる奴はまだ4人もいるしな」


 ナイフをちらつかせながら、小さく言う俺。視界には俺とアーヤ以外は入らないように、ユーリア達には死角にいてもらっている。アーヤだけ残しているのは、罠にかけたのだと理解させるため。そして、


「ドミドミ、目玉えぐっていい?」


 目玉をえぐる用のスプーンを手にして嬉しそうにしているのがいかにも拷問なのだという雰囲気を出しているからだ。いや、コイツの場合素で言ってるし、止めるのも大変なんだけどな。


「こいつは目玉絶対えぐるウーマンでな。まあ片目は諦めろ。それが両目になるか、あるいは命奪われるかはお前の態度次第だ。分かったら返事しろ」


 顔を青ざめて首を縦に振る騎士。よし、初手のハッタリは十分だ。


「お前たちはニコルっていう女の手下か?」


 首を縦に振る騎士。


「目的はニコルって女を聖女にするためのボイコットか?」


 首を縦に振る騎士。


「ニコルって女は魔族の力を持っているのか?」


 首を横に振る騎士。は? どういうことだ?


「ウソを言うとこの女に踊らせて呪いで苦しませるぞ」


 俺の脅しに何度も首を横に振る。あんな苦しみはもう御免だ、とその表情が語っている。


 ウソじゃなさそうだな。でもそうなると教会からの情報と異なる。


 可能性があるとすれば、ニコルババアは魔族とのつながりは秘密にしているとかか? 確かにヴェラーの騎士が魔族について行くとかはなさそうだから、ありえると言えばあり得る。


 ……となるとこいつは……? いや、後回しだ。


「今残ってるニコルの手下は、お前たち5人を除けば10人以下か?」


 首を縦に振る騎士。ニコルババアについて行ったのは20名ぐらいと聞いている。何名かは逃げたとして、半分以上はいなくなっている形だ。


「砦にいるのは町からババアについて行った奴らだけか?」


 首を縦に振る騎士。傭兵とかを雇った様子もなさそうだ。魔族や魔人もいない10名足らずの砦。上手く内部に潜入できれば、すぐに何とかなりそうだ。


「よし。最後の質問だ。お前たちはまだあのニコルに味方するつもりか?」


 首を横に振る騎士。まあその辺りは会話からも想像できる。


「そうか。だがお前たちを此処で開放するわけにはいかねぇ。実は裏切るための演技って可能性もあるからな」


 ナイフをちらつかせて言う俺。首を何度も降って助けを乞う騎士。おうおう、無様だねぇ。涙まで流して命乞いしてるよ。なにも聞こえねぇけど。


「なに? 俺達は誇り高きヴェラーの騎士? 偽りの聖女を掲げる者たちに鉄槌を下すべし? 死んでもなおその志は不滅だ? 立派だねぇ。そこまで誇りを持っているのならその誇りに殉じさせてやるってのも慈悲ってもんよ」


 命乞いをしているのを理解しながら、あえてそういう俺。違う違うと何度も首を横に振る騎士。必死だねぇ。ここまで必死だと笑いたくなってくるぜ。


 俺は騎士の髪を掴んで固定し、ナイフを喉元にあてた。少しでも引けば血が沢山出て死ぬ場所だ。そのままゆっくりカウントダウンを始める。さーん、にぃー、いーち……。


「ふん!」


 ゼロ、のタイミングで背後からユーリアが背中に拳をぶち当てる。予期せぬ場所からの一撃に肺の空気をすべて吐き出し、そのまま騎士は気を失った。


「ったく。そのまま殺したほうが楽だってのに」


「そういうわけにはいきません。彼らもこの大地に生きる者。道を誤った罰は受けてもらいますが、殺すなどもってのほか――あと目玉をえぐるのももってのほかですからね!」


 こいつらを殺すな、というのはこのユーリアの指示だ。一応クライアントはコイツという事なので、その命令に逆らうわけにはいかない。キチンという事聞いたんだから、後で言う事を聞いてもらうぜ。ベッドの中でな。


「ぶー。おめめー」


 ユーリアのストップに従うアーヤ。不満そうだが、一応命令は聞いてくれるみたいだ。よかったぜ。でもなんでだ?


「だってこのキラキラしたおめめと同じのがもらえるんでしょ? だったら我慢する」


 どうやら魔人の目が手に入るなら我慢できるみたいだ。【死霊術ネクロマンサー】で魂を閉じ込めた魔人の目を見ながら、アーヤは答えた。あの黒僧侶もツイてないぜ。アーヤの気が済むまで、あいつを見続けなきゃならないんだからな。


「ヴェラーの聖女として……いえ、おスキルの差別はいけませんわ。でもあのご行為はさすがに……いえ、清濁併せ呑むのも聖女のお務め……でも……うああああああ!?」


 そしてユーリアはそんなアーヤの行為をどうするかを悩んでいた。まあ宗教的な悩みは勝手にやってくれ。雇用条件にも犯罪でなければこちらの行為は見過ごすようにと書いてある。相手は敵なんだから、アーヤの行為はギリ犯罪じゃねぇ。セーフかアウトかで言えばアウトよりだろうけど。


「ユーリア、約束通りコイツラは殺さないでおいたぜ。解放するのはもってのほかだがな。それでいいか?」


「ええ、構いません。助かるかどうかは女神様の慈悲にお任せしますわ。ワタシのように深い信仰と筋肉をもってすれば助かるでしょう」


 俺の確認にうなずくユーリア。この状態で助かるってのは、信仰よりも筋肉の方だろうなぁ。運と体力。確かにコイツの信じる女神ならアリアリだろう。脳内で縄を引きちぎって逃げるユーリアを想像して、憂さを晴らした。


「さて、ここからは時間の問題だ。こいつらが戻らないってなったら砦の奴らも不審がるしな。ベストはこいつらの装備を剥いで変装して近づくってヤツなんだが……」


 それは無理がある。


「エモエモを隠すのいやー」


 アーヤは肌をあまり隠したくないというワガママだ。そして【呪紋ジュモン】の戦術的意味でも、鎧兜を着こむのはよろしくない。


「流石に小職には大きすぎますぅ……」


 身長1mのエイラは騎士の装備を着るには小さすぎる。ウサミミもあるし、すぐにバレる。


「流石にワタシは気づかれますわ」


 ユーリアに至っては論外も論外。あっちに超絶恨まれているのだ。最もバレやすいと言ってもいいだろう。


 俺だけでやるのはお断りだ。楽がしたいんでね。


「腐っても砦だけあって真正面から攻めるのは無理だしな」


 砦の構造は前もって調べてある。ほぼ朽ちているとはいえ、見張り台と壁はあるし、視界も良好だ。迂闊に近づけば、弓矢と魔法を打たれておしまいである。


「ユーリア、お前確か移動魔法使えたよな。あれはどうなんだ?」


「無理ですわ。ヴェラー様のお所縁ゆかりある場所にしか行けません。しかもワタシ一人だけですので。ワタシのおスキルでは砦の中には入れませんわ」


 ダメ元で聞いたが、やっぱりだめだ。エイラやアーヤのスキルでも四人全員を一気に砦の中に入れるのは無理だ。


「ま、砦に入れないなら別の案を考えるまで。俺に任せときな」


 スーパーミラクル天才な頭脳を持つ俺は、すぐに別の案を思いつく。余裕だね。華麗なる俺の潜入案は次回までお預けだぜ、読者ブラザー

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