ドミニク、敵地に向かう!

「要するにこういうことだよな」


 教会が用意した馬車の中で、状況確認も含めて俺は口を開く。聖女のユーリアが渋い顔をしているが、それを肴にして楽しませてもらうか。


「件のニコルとアンタは【大地の聖女ヴェラー】の技種スキルシードをめぐって争っていた。教会内で定められた聖女選挙。それに勝利したのは、アンタ」


「ええ。【大地の聖女ヴェラー】の技種スキルシードは希少です。世界に3つしかありません。先代の【大地の聖女ヴェラー】保持者がお亡くなりになり、選挙が行われました」


 俺の言葉に頷くユーリア。


 技種スキルシードは数に限りがある。とはいえその限界数はスキルによりさまざまだ。【強打バッシュ】や【火魔法ファイヤ】といった無数と言ってもいいぐらいに生まれるモノもあれば、【大地の聖女ヴェラー】みたいに世界に3つしかないのもある。


 そう言った数の少ない技種スキルシードは非常に高額で取引される。大抵は大金持ちの貴族が保有していたり、争いが起きないように国が管理していたりする。神様系のスキルはその教会が管理しているわけだ。


 スキル保有者が死んだときには、そいつが持っていたスキルは全部消えてしまう。そして元あった地に新しい技種スキルシードが復活するのだ。当然、【大地の聖女ヴェラー】も。


 そうやって聖女が死ぬ度に教会は新たな聖女を選出し、そいつに技種スキルシードを与えるのである。


「せーじょせんきょ?」


「コンクラーヴェですか? 閉じ込めて選挙するんですね」


 聞き慣れない単語に小首をかしげるアーヤと、相変わらずわけわからないことを言うエイラ。二人に説明するように、ユーリアが口を開く。


「聖女選挙。それはワタシ達ヴェラー教会が次代の聖女を選別することですわ。お座学、日ごろのお態度、そして、お筋肉。その全てをクリアした者だけが聖女として選ばれるのです」


 筋肉ってなんだよ。聖女ってそんなのが必要なのか?


「そして最後に残った二人こそ、ワタシとニコル女史でした。ですが二コル女史は多くのお不正とお賄賂などを駆使してこの場に立ったお方。最後の選挙でも、その手管を駆使してワタシは敗北寸前まで追い込まれたのです」


 選挙なんざ、基本始まる前に票を操作できれば勝てるシステムだ。投票する人間と取引し、勝てばうまみを与える。人間が動くのは正義の為じゃねぇ、利権の為だ。それが分かっているヤツが勝つのは当然だぜ。


「でも、聖女になったのはアンタだよな」


「はい。全ての決着がつく直前に、ワタシはヴェラー様の声を聴いたのです。この選挙は間違っている。その間違いを正すことこそがワタシの使命なのだと!」


 その時の事を思い出すように腕を組んで立ち上がるユーリア。馬車は結構揺れるのに、全然コケる気配はない。体幹がしっかりしてやがるな。


 っていうか神の声とか神様系ジョブ特有の扇動だよな。この後女神が後光を放って不正を行っていたものが全員ひれ伏した、とかそんなところか? 芝居かかってるにもほどがあるぜ。


「ワタシはその啓示のままに、投票箱に正拳突きをしました」


 おい?


「毎日神への感謝を込めて行っている祈りの正拳突き。その想いを込めた一撃は投票箱を砕きました。そしてその中にあるお不正の証拠が明らかとなったのです。


『鉄の箱を砕くか……?』『床もえぐれてるぞ』『っていうかユーリア、スキルないよな?』などと驚く声もありましたが、聖女選挙はワタシの勝利。晴れて私は【大地の聖女ヴェラー】となったのですわ! 正義は勝つのです! おーっほっほっほ!」


 歓喜の声をあげるユーリア。……まあ、宗教家の話はウソ大げさが混じるもんだ。そういうもんだと思って流そう。事実だったらまじこえぇ。スキルなしの状態でなんつーパンチしてるんだよ。


 っていうか、重要なのは選挙内容じゃねぇ。ニコルってBBAが負けたことだ。そしてそれが今回の魔人騒動の原因になった。


「で、その負けた女が魔人になったと。


 その際に協力していた騎士や僧侶もごっそり女について行ったわけだ」


「お恥ずかしい話ですが、その通りですわ」


 選挙の内容はどうでもいい。大事なのは動機がそれってことだ。ニコルってBBAは聖女になったらうまい汁を吸わせてやるって言ってた騎士とか僧侶を勧誘して、離反したのだ。その辺の事情まではあの司祭は言わなかったが、だいたい察した。


「となるとあの村の魔人もそんな感じで抜けた奴か。息子だったっけ?」


 ついこの前のギルマン連れてた黒僧侶な。察してくれたのか、頷くユーリア。


「はい。アルミンは聖女となった私を恨んでいました。教会から去るときに、酷く罵られたのを覚えています。


『筋力だけで聖女になるとかバカか! ゴリラめ!』……失礼ですわ。筋力だけで聖女になれるはずがありません。スタミナや呼吸法も重要ですのに」


 その捨てセリフにそう感想を返せるのが、このユーリアって女なんだろう。出会った時のパンチと一緒に、胸に刻んでおこう。


「で、他の騎士達が同行しないのはパ……聖女選挙の内容に不満があるとかそういうわけか」


 パワー全振り聖女とかについて行けねぇよ、と言いかけて適切な言葉を返す俺。ふ、こういうふうに気を使うのも紳士の務めさ。


「はい。今回の聖女選挙が特殊な決着だったこともあり、私への信頼は薄いのです。そしてニコル女史への信頼は深く、魔人になってもいまだに信じられないという意見も……悲しみは真実から目を曇らせるのですね」


 騎士の連中が愚かなのは認めるが、かといってこの聖女が全うかと言われるとそれも怪しい話である。っていうか、この教会上から下まで全部解体して作り直したほうがいいんじゃないか? 清楚な服だけど紐を解けば下着だけになる俺専用の聖女教会に。


「足並みそろわねぇ聖職者軍団をまとめるために、聖女自らが魔人を討伐してそろえようって形か。そのために俺達が雇われた……ってことでいいんだよな」


 まとめてしまえばそんな話だ。教会の選挙に不満を覚えた奴が魔人になった。その魔人に洗脳されたのかついて行ったのか。そもそも選挙結果に納得していないのか。教会内から離反者がいたりそこまでいかなくても魔人退治に協力しなかったり。


 そんなガタガタな教会内部を統一すべく、聖女自らが先導して事を納める流れになったのである。その際に、魔人を退治した実績を持つ俺達を雇うことで戦力補強を行ったのだ。


「返す返すもお恥ずかしい話です。ヴェラー様の信仰と大地に住む者への安寧を第一にする我々が我欲に溺れ、あまつさえ魔族の眷属になろうとは。教会の威信以前の問題ですわ」


 同意するように頷いて、額に手を当てるユーリア。こういう時に素直に謝れるのは組織として好感が持てる。反省するふりをしてダメージを少なくし、心の中で舌を出して時間を稼いで失った信頼を回復。常套手段だな。


「彼らには筋肉が足りなかったのです。日々の祈りと鍛錬。それにより邪念を打ち払えばこのような事にはならなかったのに。努力が形になる事実を実感し、成長する筋肉に充実感を感じてさえいれば安易な誘いに乗ることはなかったでしょうに」


 悲しげに言うユーリア。返す返すも恥ずかしいのはコイツのこういう所なのではないだろうか。ヴェラーってそういう宗派だったのかと改めて納得した。俺の知る宗教家はミサでヤク焚いて洗脳するとか教えとか余り考えないヤツだったしな。


「んで、そのBBAの居場所とかはわかってる。今から向かう先がそこなんだな?」


 教会内の不備を指摘しても始まらねぇ。とりあえず依頼の話だ。この馬車が向かう先にいるという話だが、その確認だ。


「はい。かつて魔族との戦争があった際に使われたガルラ砦。そこを拠点として勢力を集めているとのことです」


「魔族との戦争って50年ぐらい前だろ? その砦も人間が戦線を押し戻して不要になったから国が放置してる古臭い場所じゃねぇか。そんなカビが生えた場所で何してるんだか」


 それぐらい昔に結構大規模な魔族の侵攻があったらしい。その侵攻は主格の魔族を倒し、その後人間側は15名の【勇者ブレイブハート】を集めて一気に領土を押し返した。事実だけ見れば、人間側の勝利だ。


 もっとも人間側の被害も大きく、参加した勇者のほとんどが死んだという。国も一気に疲弊し、失った戦力と人手を補強するように冒険者ギルドが発展したとか。まあそれはどうでもいい事だ。閑話休題。


「分かりません。最低限、それを調べて報告するのが目的です。魔人の目的が悪しきものだと分かれば、国を動かすこともできるでしょう」


 脳筋な聖女だが、そこまで向こう見ずでもない。何が大事なのかはきちんと見極めているようだな。バカのお守りってわけでもなさそうだし、気分は楽だぜ。


「ふーん。じゃあおめめ手に入らないかもしれないんだ……」


「はふぅ。調査パートって面倒なんですよね。とりあえず目星?」


 ――少なくとも、奇天烈な事を言ってるアーヤとエイラよりはよっぽど安心できる。


「お前らそんなこと言ってると、また前みたいに操られたりぶん殴られたりするぞ」


 年長者として、ここはきちんと諫めねばならない。俺は二人に向けてきっちり言ってやる。


「魔人とか魔族はマジで厄介なんだ。俺達人間にない技種スキルシード持ってるからな。そいつにやられた冒険者は結構いるんだぞ。


 ま、俺のようなスーパーウィズダムスマートクレバーインテリジェンスなハイセンスな頭脳を持つドミニク様がいれば何の問題もないがな」


「おー、ドミドミすごーい」


 俺の言葉に拍手するアーヤ。素直でよろしい。


「なんで俺のいう事はきちんと聞け。それがどんなエロい命令でも意味はあるからな。俺の脳を活性化させるために酒とかが必要だから仕方ないと割り切れ。その際にいろいろ体を触ったりするけどそれも脳の活性化に必要なんだから受け入れろ。


 あ、借金取りのゴルドーっていうヤツが来たら『知らない』『ここにはいない』って言うんだぞ。報酬とか最近受けた仕事とかも言わなくていいぞ。あいつには金関係の事を一切話すな。いいな」


「おー、ドミドミクズーい」


 一歩引いてこっち来るなと手を振るアーヤ。なんでだよ。


「聞きしに勝るクズっぷりですわね。とはいえ前半部分は肝に銘じておきますわ」


「お、エロエロ命令は聞いてくれるってか? 何ならベッドで話し合おうか。絆を深めるってのは大事だからな」


「そちらではなく! 魔人が我々人類にない技種スキルシード持ってるという話です! 身も心もヴェラー様にお捧げしたワタシに触れたらぶっ飛ばすぞゴラァ!」


 なんだよつまんねぇな、聖女様。ドミニク教に染めてやろうと思ったのによ。身も心も全部な。


「確かに初見コロしでハメコロされるのは面倒ですよねぇ。しかもコンティニューできないしヒントもなさそうだしぃ……。お兄ちゃんも言ってましたけど、リアルはクソゲーですぅ」


 そして相変わらず謎の言語を呟くエイラ。リアルも何もこれが現実なんだよ。


「コン何とかはともかく、ヒントは砦に着くまでに手に入れておきたいね」


 遠くに見えてきたガルラ砦。山の上に建てられた自然の要塞ともいえる建物。魔人について行った奴らがそこにずっと籠っているわけでもないはずだ。生きるためには食料や水が必要で、そのためには狩りに出なければならない。


「狩りに出てる元騎士とやらを捕まえて、いろいろ尋問させてもらうぜ。女なら根掘り葉掘りいろいろ掘ってやるからな。男なら好きにしろ」


「わーい。男の人のおめめー! キレイだと良いなー」


「森の中……エイラ頑張りますぅ。……ここしか役立てそうにありませんからぁ……ああああ、でもここでファンブルして、皆になじられる未来がぁ……。エイラはだめだめでごめんなさぁい。先に謝っておきますぅ……」


「……その、今更ですけど本当に大丈夫なのでしょうか、ヴェラー様……」


 気合を入れる俺達を前に、何故か聖女様は沈痛な表情で頭を抱えていた。


 作戦前にしょげるとか、今後が不安になってくるぜ。読者アンタ達も足並み揃えられないこの女に拍子抜けるだろ? やれやれだぜ。

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