ドミニク、聖女を助ける!

 アーヤの踊りが終われば呪いは消える。命を削るほどの呪いが消え、自然と体力が回復していくだろう。もっとも、既に命がないギルマンたちはどうしようもないがな。


「おいエイラ。ポーション飲めるか?」


 ポーチの中から小瓶を取り出し、エイラに近づける。意識はあるのか小さくうなずいた。体を起こしてやり、ポーションを口に運んでやる。コイツが死んだら依頼はおじゃんだからな。


「あ、ありがとうございますぅ……いろいろご迷惑をかけて申し訳ありませぇん……小職なんかの為に、こんなポーションまでぇ……」


「ふ、女は世界の宝だからな。こんなポーション程度、安いもんさ」


 必殺の俺スマイル。弱ったところに優しい笑顔。これで落ちない女はいないぜ。お子様ウサギボディだがもう少しすればきっと出るとこ出るだろう。投資と思えば問題ない。俺、未来を見てるぜ。


「はうぅ……好感度が4上がりましたぁ……」


 コウカンドってなんだよ。ホント、コイツの言ってることが分かんねぇなぁ。


「ところでお兄ちゃんはぁ……? お兄ちゃん、何処ぉ……。カホを置いて行かないでぇ。カホ、一人にしないでよぉ……」


「あー、スライムならあそこの木の影に隠れて――おわぁ!?」


 か細そうに言うエイラにスライムが隠れている場所を指さすと、そっちに向けて四つん這いのまま走るエイラ。ポーションで楽にはなっただろうけど、呪いで結構体力とか削られてるはずなのに! どこにあんな元気があったんだ!?


「あああああ、お兄ちゃん御免なさい! 不甲斐ないカホを許して! うん、次からはドミニクさんを一撃で倒して全部独占するから!」


 なんか酷いこと言ってるな。あのスライム干すか? 瓶に詰めて日光で干すか?


「うう……」


 うめき声に振り返れば、聖女さんが目を覚ましたようだ。吊られた状態なので、その縄を切ってやる。こっちもこっちで疲弊が激しそうだ。


「おいおい大丈夫か? ポーションあるけど要るか? んん? 口も開けれないぐらいに疲弊してるだって? じゃあ仕方ない。口移しで飲ませてやるか」


 アーヤの呪いはきついからなぁ。仕方ないなぁ。これも医療行為だ。決してやましい気持ちなどない。ないぞ。せっかく助けたんだから役得ぐらいもらってもいいだろうが。仕方ないけどコイツ何もしてないしな。


「いえ、大丈夫です。ヴェラー様の加護がありますから」


 言って聖女さんは自分に治癒術をかける。


「いや、それだけでは足りないだろう。回復は万全でないとな。なので口移しで――」


 これは善意。これは医療行為。冒険者たるもの不測の時に備えるために体力回復は必要だからな! 弱った女の力で振りほどけると思うな……!


「こ、この殿方、ワタシが弱ってると思って何しようとしやがるんですか……ちょ、お冗談はストップですわ! ヴェラーの聖女は女神に貞淑をさせげると誓って、顔近づけてくんな! 


 離れろゴラァ!」


 ドムッ! みぞおちに重い一撃が入った。弱った女とは思えない見事な一撃。密着していると言ってもいい距離のわずかな隙間に拳を入れ、体の動きだけでインパクトを生んだのだ。俺を蹲らせるほどの寸打ゼロパンチを。


「ゴ、おふぅ……いいもん、持ってんじゃ、ねえか……」


「聖女たるもの、武道を嗜むなど当然の事ですわ。その程度の常識もないのでしたら、田舎に帰ったらどうですか?」


「いや、普通の聖女は、人を殴ったり、しねぇ……」


 おそらく身体強化術を使ったんだろうが、それにしても手慣れた動きだった。


「とはいえ助けられたのは事実。先ほどの非礼はそれで忘れておきますわ。何事もとりつくろわないお方とは手を取る必要はありませんので」


「そうかい……ま、こっちも高貴で剛毅な聖女さんと手を取ることはなさそうだがな」


 何とか呼吸ができるようになったので、起き上がって言い返す。クソ、このアマァ、月がない夜は気をつけろよ。


「ふん。それよりもアルミンの身柄を確保しておきませんといけませんわね」


「アルミン?」


「貴方達が倒したアロンの眷属ですわ。アルミン・モラレス。元はヴェラーの神官でしたが、今は魔族の眷属です」


 ああ、黒僧侶の事か。そんな名前だったんだな。興味ないしどうでもいい。


「ゾンビを倒してその元凶を探って村に来れば、彼が儀式を行ってたのです。問い詰めようとしましたが、ギルマンリーダーに後ろから襲われて……」


「で、吊られてたと。俺達が来なかったらヤバかったってことだな」


 事の経緯は大まか理解できた。ゾンビ討伐依頼を請け負ってきたのがこの辺りで、よせばいいのにゾンビの元凶を探りに来て、知り合いと思って近づいたら想像以上にヤバい奴だったと。


「そうですわね。その事には感謝します。彼を確保して、神殿でしかるべき処遇を与えないと――」


 言って聖女さんは黒僧侶の方を振り向き――固まる。


「奇麗なおめめ……あーし、こんなの初めてぇ……」


 黒僧侶の額にナイフを突き刺して、そこにある目玉をくりぬいているアーヤの姿を見たからだ。くりぬいた目玉を見て恍惚とした表情を浮かべる褐色部族娘。初見だとこうなるよなぁ。うんうん。


「え、あ……あの! どういうことですの!? あの方、なんで嬉々として目玉を、しかも手馴れておりますし、凄く嬉しそうで! ど、どういうことです!?」


 パニックに陥る聖女さん。正直にアーヤの性癖を告げてもいいが、多分納得されないだろうなぁ。


「落ち着け。あいつが魔人で魔族の力を与えれていたのは見ただろう? 与えられたのは、間違いなくあの『目』だ。それを放置するわけにはいかない」


 なんでそれっぽいことを言って誤魔化すことにした。口から出まかせ? 違う違う。カバーストーリーってやつだ。


「目っていうのは魔法的にも呪術的にも脳に直結している器官だ。つまりあの目が魔族に繋がっている可能性は高い。あの娘は魔族との連絡を絶つために、目玉をえぐって術をかけているんだ」


「その……お【死霊術ネクロマンサー】のように見えますが……え? 結構邪悪判定されそうな感じですわよ!? しかも嬉々としてますし!」


死霊術ネクロマンサー】を行うアーヤにそんなことを言う聖女さん。死体をどうこうする【死霊術ネクロマンサー】は嫌悪される。とはいえ、スキルを保持しているだけで悪人認定されることはない。勝手に遺体を操ったりそれで人を襲えば悪人だ。武器や魔法だって、それで襲えば強盗ってのと同じもんだ。


 ただ、宗教関係者は結構うるさい。人の魂は死んだら神様の元に戻る。勝手に使うな馬鹿野郎そいつは俺の資源なんだよ盗人猛々しいんじゃヴォケェ! とばかりに眉をひそめ、糾弾するのだ。


 なのでまあ、適当に誤魔化す……折り合いをつけるために多少誇張して乗り切ることにした。

 

「毒を盛って毒を制するってやつだよ。教会や聖女や聖騎士と戦い慣れてる魔族だから、聖なる力への対策は取っているだろうぜ。だけど【死霊術ネクロマンサー】はノーマークなはずだ。


 まさか呪いと死霊を操る者が魔族に敵対するなんて、思いもしないだろ? そういう事だよ。察してくれ」


 我ながら適当だなぁ。そう思いながら聖女様の反応を見ると、


「……成程、表には出せない対魔人チームという事ですのね。納得ですわ」


 うわ納得したよ。もしかして馬鹿なのこの子? 或いはこういう話に心くすぐられる系なの?


「となるとここに来たのも偶然ではないという事ですわね。他の依頼を受けているように見せかけて実は――という事ですね。


 思えばアルミンも何故かギルマンの援軍が来ないと嘆いていました。貴方達が来たのは海側ですから、そこで援軍を食い止めていたというわけですか」


 あ、コイツの頭の中で勝手にストーリーを補完しやがした。よし、こういうときは、


「さあな。勝手に想像してくれ」


 それっぽいことを言って誤魔化す。ウソは言ってない。勝手に想像してくれ。多分間違ってるけど。


「ええ。勇者フォルカーから追放されたと見せかけて世間からの注目を逃れ、裏で魔人と魔族の活動を絶つ。教会の聖堂騎士団では手が回らない動きを、魔族すら予想できない手段で食い止め、その連絡網を絶つ。


 見事な手際ですわ。先ほどの破廉恥な行為も、まだ目による連絡が途絶えていないことを察し、無能を演じていたという事ですのね」


 おお、なんかさっきのも帳消しになりそうな雰囲気。よし、このまま押せ押せだ!


「ふ、どうだろうな。キミの唇がキュートだったのは確かだぜ。男なら誰しも奪いたくなるものさ」


 言って微笑み聖女に近づく。そのまま顎に手を当てて――


「そんなわけありますかぁ!」


 どふぅ……! 腰の入った重いパンチ。この俺に二度もパンチを叩き込むとか、見事……だぜ。


「貴方がクズオブドクズであることは周知の事実でございますわ! 冒険者ギルドの女性全員に注意喚起されるほどですわ! どうせここに来たのも偶然とかでしょうとも! 適当なウソをついて誤魔化そうとするなど、皆様ご存じですわよ!」


 くそ……冒険者ギルドめ余計な事を。ミルキーさん辺りが率先してやったんだな。ふ。俺を独占したいからってお茶目さんだぜ。


「繰り返しますが、助けてもらったことに感謝しています。ですがそれはそれ! 今日の無礼を水に流しておしまいです! ええ、お仲間の行為やスキルなどにも深く言及は致しませんわ!」


「そりゃ、助かる、ぜ……」


 正直、それさえ守ってもらえればありがたい……んだけど、腹いてぇ……!


「ふん。アルミンが生きていればもう少し話が聞けたのでしょうけど。遺品だけでも回収させてもらいますわ」


 言って聖女さんは黒僧侶の方を見て、そこにいるアーヤと目が合う。


「えへー。お姉さんのおめめ、奇麗だね。えぐっていい?」


「……だめです。その人の荷物と遺髪をいただきますわ」


 血まみれの手に眼球。そして刃物。明るく問うアーヤに嫌悪の表情を浮かべながら、事務的に言い放つ聖女さん。助けてもらった恩義は一応感じているらしい。


「いいよー。あーしはおめめ欲しいだけだし」


 どうぞ、とばかりに譲るアーヤ。聖女さんはアーヤに意識を向けながら、黒僧侶の懐から何かを取り出し、そして髪を切って袋に入れる。


「では失礼しますわ。できる事なら、もう二度と合わないことを祈ってますわ」


 そう言って聖女さんは祈るようなポーズで礼をし、その姿が描き消えた。自分の神殿に戻れる術式だ。どうやら本当に【大地の聖女ヴェラー】なのは間違いないようだ。


 しかも長距離移動を可能とする術式など、かなりスキルを鍛えないと難しい。『双子種デュオ』でそれを使える者はいないだろう。となると『純粋種ピュア』か。……じゃあ、あのパンチも本当に聖女スキルの嗜みだったってことか。


「聖女なら、俺を癒して帰れってーの……」


 未だにじんじん痛むお腹を押さえながら、俺はもういなくなった空間に毒つくのだった。


 無理やり唇を奪おうとした俺の自業自得だと? 読者アンタもわかってないね。あれは大人のコミュニケーションさ。若い聖女さんには理解できないだけだよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る